奇跡は眠る
黄金の髪が、風に靡き揺らめいてやわらかに輝く。
――その日私は、天使を見つけた。


****


視界に飛び込む真っ赤な薔薇たちに、ジョルノは一瞬思考を止めた。

「会いたかった、私の天使」

その声は、愛を囁くような甘さを孕んでいる。
ぶっほ、とミスタの吹き出す音が、ジョルノの耳に届いた。ジョルノにとっては笑いごとではない。ジョルノの眼の前では、若い男がその場で膝をつき、ジョルノに薔薇の花束を差し出していた。

――なんだこれは。これではまるで、彼がジョルノに求婚しているようではないか。
思わず真顔になったジョルノは、まだ現実に有りうる可能性として、反抗勢力の襲撃を疑った。ジョルノがパッショーネのボスとなって幾月。その手の集団は他国に逃げ出すなり、潰されるなり、パッショーネに吸収されるなりして、イタリアからは消え去ったはずだったが。まさか、まだ諦めていない輩がいたのだろうか。ジョルノの意表をつくという意味では、相手の作戦は成功している。
警戒心を高めつつ、ジョルノはスタンド像を出す。――が、襲撃者はいつまで経っても現れなかった。

ジョルノは天を仰ぐ。襲撃ならばどれほどよかったか。本気で求婚されているらしい。






拘束された男はニコニコと毒のない笑みを浮かべ、ジョルノの取り調べに応じていた。
本来なら、ジョルノ自身が出てきてまで彼を取り調べる所以はないのだが、どういうわけだかジョルノ以外の人間が彼を尋問しようとすると、いつの間にか彼は拘束を解いてその場を逃げ出してしまうらしかった。……逃げ出した彼の行き着く先が、毎度ジョルノのもとなのだから、ジョルノもいよいよ諦めがつく。

「また僕が逃げ出すことを心配しているのかい? 安心して、僕は君の愛の奴隷だよ」
「やめてください」

蜂蜜色の髪をした、どこか軟派な男は、名をヴェルクといった。
ヴェルクは、見たところ鍛えたことのないような体つきで、その手も柔らかく拳銃など握ったことのない様子だった。
ジョルノがスタンド像を出しても、ジョルノばかりを見つめていて特別反応するようなことはない。……正直、この熱を持った瞳を同性であるはずの彼から向けられることがジョルノには苦痛だった。

彼は、ジョルノがパッショーネのボスだということどころか、ギャングであることすらも知らずに求婚したらしかった。男であることは分かっていたらしい。解せない。

「天の遣わした至高、地上に舞い降りた天使。まさに奇跡の具現ともいえるその美貌に、恋い焦がれずにいられないよ」

要はジョルノの容姿が気に入ったということだ。とんだ面食いである。
同性愛者か、はたまた両性愛者か。問えば、異性愛者だという。ただ、ジョルノの神々しいまでの美しさは、性別にとらわれるようなものではないというのが彼の弁であった。それで求婚に至るのだから、迷惑極まりない。行動力があり過ぎるのではないか。

「そこは性別に囚われてほしいところですね」
「僕は君の魅力に囚われているよ」

近くにいたミスタが、またもや吹き出した。






****

その場できっぱり求婚を断るジョルノ。それでも食い下がるヴェルク。しつこい。
冗談はいい加減にしてくれ、迷惑だ。そんな内容のことを告げるジョルノに、待ってほしいとヴェルク。

「この私の気持ちは嘘じゃない。本気で想っているんだ。私はね、君のためなら何だってできる。命を賭けてもいい」
「――」

会ったばかりの人間に、そんな言葉をかけられて。命を賭けるという言葉が、どこかブチャラティ達の死への侮辱のように思えて。
ついにプッツンきてしまったジョルノが口汚く罵るが、ヴェルクはむしろご褒美ですうへへといわんばかりの反応。かわいいお口で罵ってもらえちゃったやったー! めげない。

そういうことならと、厄介払いも兼ねて一般人には到底無茶な仕事をやらせようとするジョルノ。今パッショーネがちょっと困ってる、一般が裏に首突っ込んで面倒臭いことになってる案件をそぉい。命の危険はそう高くないだろうけれど、死んでもおかしくない程度で。

「何でもできると言いましたね」

それなら頼みましょう、とジョルノは言う。おいおい一般人相手にそれはマズいんじゃねーのというミスタもジョルノに睨まれ静観。

「愛の証明か、分かりやすくていいね」

ヴェルクはまるで、それが可能だと信じて疑わない様子でにこにこ。

「僕はやる。やれるよ。ねえ、ジョルノ。ボクを信じて」

真剣な目で見つめられてジョルノ(ウワァ)
側にいたミスタも同情したような顔で(ウワァ)

その愛で、湖の水を飲み干すことだってできるとどこかの怪盗は言っていた。――だが、愛で出来ることというのは実際のところ限られている。彼がその案件をこなすことは不可能だろう。それこそ奇跡か何かでも起きない限り。

****

「その薔薇、飾るつもりですか」
フーゴが花瓶に飾ろうとするのを嫌がるジョルノ。花束はゴミ箱に乱暴にぽい。珍しく感情的になっている。

ひと月ほど経って。忘れた頃にミスタの報告。

「――そういや、○○の件、片付いたらしいぞ」
「は?」

****

ヴェルクは火照る頬に風を感じながら、今日出会った天使のような彼のことを思っていた。
ようやく知れた彼の名は、ジョルノというらしい。あの頃は遠目にしか見ることができなかった。月日は人を変える。彼は美しくなった。以前の黒髪も、何者にも染まらぬ彼の道をいくようでヴェルクは好いていたのだが。今の彼は、かつて神の子として崇め奉られていた自身よりもよほど神々しく、美しく、そして何より可愛らしかった。

****

「一体どうやって!」

ミスタに食ってかかるジョルノ。
唐突に開く扉。ノックもせずに入ってきたヴェルクは、何故か牧師のような格好をしていた。
ヴェルクはジョルノとミスタを見て頷く。

「なるほど、これはDVの酷い夫に悩む妻が牧師に相談するうち、親身な牧師に恋しちゃう流れだね」
「ちがいます」
「だれがDV夫か」

 ※夫に嫌気がさして、奥さんが牧師に恋するって流れはラブストーリーでよくある鉄板ネタらしいよ!

これを機に、ヴェルクさんの素行調査がきっちりされることに。
……ゴミ箱から出てきた薔薇の花束は、まだ枯れていなかった。

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解決手段は、基本的に荒事抜きな話し合いだったという報告を受け、その裏も取れる。ヴェルクの手腕に呆気なジョルノ。少し事態を面白がっているミスタ。ヴェルクはジョルノに投げキッスを残し、その場を立ち去る。

人的被害はゼロ、それどころか相手側の死人も一人におさめ、後の人間は話のわかる・従順な奴らになっている。
珍しいことにフーゴが大絶賛。ジョルノは微妙な顔。ミスタも苦笑。
ヴェルクの「話し合い」に関しては、語るでなく聞き上手、教会の牧師じみているとかなんとか、そんな噂を聞く。


素行調査により、彼がかつて港町周辺に流行っていた宗教団体の関係者だったことが判明する。組織におけるそのポジションまでは分からないが、それなりに高い位置にいたと推測される。
宗教団体については、神の子がいて、実際に信者に奇跡を齎していたとかなんとか、そんな噂がある。
「奇跡」「超常現象」に関して、スタンドを疑うジョルノ。

ヴェルクがやってきた際。牧師服繋がりで、宗教団体について話題に出せば、あっさり所属していたことを告白。
ポジション? 神子やってたよ〜〜。に、ジョルノは真顔。

「貴方、スタンド使えたんですか」
「うん。もしかして、見直した?」*
「……」

真正面から訊いたジョルノに、あっさり答えたヴェルク。ジョルノは額をおさえる。

「能力は」(まあ、話しはしないでしょうが)*
「端的に言えば、相手の信じた奇跡を起こす能力だね。(以下、説明が続く」*
「」*(絶句)

信じられることで奇跡を発揮する、という、神子として求められた精神性を具現化したようなスタンド。

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・ヴェルク
今は解体された宗教団体で、かつて神子についていた。人間扱いされず、自身のことを神の子と思い込まされて育てられたという背景がある。

宗教団体はSPWに危険視されて早めに潰されたけれど、当時甘い汁吸ってたお偉いさんは、未だ健在で別場所にいる。ヴェルクの素顔は神子として隠されていたので、宗教団体の元トップのひとたちあたりしか知らない・元トップのひとたちとのコネが使える。昔悪いことしてたのバラされたくなかったら、という脅し方。

ジョルノにこの案件片付けて、と言われて片付けたけれど、このとき話しようのなかった、どうしようもなかった人間を一人殺している。*

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人を殺したのは初めてだというのに、なんともあっさりしていた。*
おとなたちは「いけないことだ」といったのに、罪悪感のひとつも湧いてこない自分をろくでなしだと思う。
あの頃はあの頃で楽しかったが――、やはり自分に神の子なんて肩書きは相応しくなかったのだろう。

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ちなみに、話し合いでなんとかできたあたりのノリは、本当に新興宗教でも作るノリかって感じで崇める人が出てくるかんじの、人の上に立って操るのに慣れてる、割と黒い性質とでもいうか、どうすれば人がどう動くか、熟知してるようなかんじ。

本人は好きでやってるところがある。その案件を解決した後も、問題の場所に何度か訪問して、慕われる人増やしてるとかいう。愛され上手?
それを見たジョルノ
「なんですかあれ」*

****

ことあるごとに、ジョルノに「信じて」と真面目な顔で言う。
ジョルノのいうことに従順。タダ働きもハイヨロコンデー! ちょろい。わんわん。
面倒な困り事は、彼に任せるとあっさり片付く。

「ジョルノが言えば一発だろう」*
「あの人に頼みごとをするというのが僕は嫌なんです」*

周りはヴェルクを便利屋程度にしか思ってなくて、ジョルノをせっつくけど、ジョルノは関わることを嫌がっている。

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ヴェルクの死ぬ原因は、ジョルノが間接的に作ることになる。

潜伏していた反抗勢力が、パッショーネのボスと最近接触を持ったらしい、かつ、何の後ろ盾も持たないヴェルクを利用しようとした。相手がパッショーネのボス、要はジョルノを暗殺しようとしていると知って、ヴェルノは激しく抵抗。情報ひとつ漏らさず、反抗勢力の人間達の首を食い千切ろうという構え。
それでもヴェルノの身体スペックは一般人と何ら変わりない、どころか深窓の令嬢よろしく大事に仕舞い込まれていたようなところがあるので、複数人相手に暴力的にこられると逃げることもできない。

――ジョルノが聞くのは、彼の訃報。
その時になって初めて、彼が戦闘経験も何もない、血や鉄火の似合わない世界で過ごしているような種類の人間だということを思い知る。
しばらく信じられなくて、それでも彼が死んだというのなら、清々していいはずなのに、胸に何かがつっかえている。
彼の死は、あまりにも急すぎた。


「相手の信じた奇跡を起こす」
彼のその能力に期待して、一度は彼の蘇生を信じようとしたジョルノだったが、今は亡き護衛チームの仲間達の例を思い出し、頭を抱える。死者が生き返るとは、ジョルノには到底思えなかった。
信じてくれと、切に訴える彼の言葉を思い出し、無力感を覚える。いつも、いつでも、彼は真っ直ぐだったのに。最後まで、自分は彼を欠片も信じずにいたのだと。
少しだけしゅんとして、それでも日は過ぎて。そのうち記憶は風化して。彼の存在すら忘れ去られる。


そうして、神の子になり損なった男の物語は幕を引く。
――奇跡は起きなかった。男は幸せだった。






****

・書き損なったこととか、蛇足とか

作中での、彼の殺人や同性への求婚は、彼のかつて所属していた宗教団体的には「神を否定する行為」だとかいう。神への反抗は、人間ならではの行動。既に神の子であるのをやめていることを暗に示す描写のつもりだったが、書いた後でなるほどわからんと思ったのでここで説明しておく。無粋。


奇跡という名のスタンドは、信じた者の願いを叶える。
「信じる者は救われる」を具現化したような能力。

彼がジョルノに抱いているものは、突き詰めれば恋愛感情ではない。どこかアガペー的なところがある。

自分よりも理想を具現化したような容姿の人がいたので、しゅき*ってなっちゃったかんじ。
アイドルという存在に憧れて、おしゃれに気合い入れて可愛くして、アイドルになって、人気も出てるアイドルさんが、自分の理想のようなアイドルちゃんにあって、お友達になろう、デュエット組もう、みたいなノリで求婚している。

ヴェルク自身は、親の愛情に飢えただけの人*。
尽くして、尽くして、その愛がほんの僅かにでも、ジョルノから返ってくることを切に望んでいる。
訃報を聞いたジョルノがちょっと肩を落とした、それだけでヴェルノさん的には天にも昇るほど満足。まあ、死人に満足も何もないのだが。


キリストとは違って、ヴェルクさんは神の子ではないので、復活しない。
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