8x3honey

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練習するから来いと千秋から連絡があって流星隊メンバーが集まったのは、いつも練習している場所ではなく、人通りの少ない校庭隅の倉庫裏だった。
深海奏汰の姿もあることに一年三人は珍しいなと首を傾げ、そんな仲間達を見て千秋は満足そうに仁王立ちしている。
「えー、ごほん。」
ジャージ姿の4人の前で1人だけユニット服を着た守沢千秋は、数回咳払いをして本題を切り出した。

「今日は来週末のライブに向けて、新技の練習を行いたいと思う。そこで特別コーチを用意した!」
「特別コーチぃ?」
「誰もいないでござるが……」
「まあ待て。たぶんそろそろ来る。」
「はぁ」

翠は何となくグラウンドの向こうを眺めた。倉庫の影になっていてよくは見えないが、コーチとやらが来るならあちらからだろう。
「……そういえば、此処って職員室からも視覚になってるんだね。」
思ったことをそのまま呟いたら、鉄虎がすごい勢いで反対側を向いた。

「……どうしたの?」
「ま、まさか……いや、さすがにあの人もそこまでは……」

見つめた先には別学科の棟。

残念ながらそのまさかなのだと、誰にも言われずに鉄虎は悟った。
塀越しに隣合った倉庫の屋根の上。そこに太陽を背負った小さな人影が、ひょこんと現れる。
人影は制服のスカートの下にジャージを履いていた。

「センパ〜イ、お待たせしました〜」

非常識なところから現れた憂木由仁は常識的に挨拶をして、「よっ」と小さく掛け声をかけると宙返りで降りて来る。きっちり着地までを美しいフォームで決めると、待ち構えていた千秋とハイタッチをした。
小柄な体の肩を抱いて、千秋は四人に向き直る。

「みんなも何度か会ったことあるな?演劇科2年の憂木由仁だ!俺のバイトの後輩で、今回はアクロバットのコーチをしてもらおうと思って呼んだ。なりは小さいがアクロバットは俺より得意なんだぞ。しっかり学ぶように!」

それに「よろしくおねがいします〜」と返したのは奏汰だけで、一年三人は白い目を向けている。
だってバッチリ、がっつり不法侵入だ。バレたらめちゃくちゃ怒られる。
規則に厳しく説教が趣味とまで公言している生徒会副会長の説教の長さは有名であったが、三人はため息ひとつで諦めた。
副会長の頭の堅さと同じくらい、彼らのリーダーの頑固さも有名だ。


実際のところ、由仁と初対面なのは深海奏汰だけであった。一年三人は、放課後のふたりヒーローショウの見学で何度か会ったことがある。
由仁はたった一度喋っただけの忍のこともきちんと覚えていた。「仙石忍くん、だったよね?お噂はかねがね」なんて言って笑うから、女の子に馴れていない忍は可哀想なくらいしどろもどろになって「こっ……こっ……」と言った。『こちらこそ、話はよく聞いているでござるよ』みたいなことを言いたかったのだろうと分かったのは多分鉄虎と翠だけだ。

「由仁さん、いつも怪獣役ばっかりだったから気付かなかったっスけど、アクロバット得意だったんスね。」
「まあね。センパイも勿論得意だけど、ほら、この人の教え方って感覚的でよく分からないでしょう」

だから助っ人に来てくれたらしい。
心遣いは有難かったので素直にお礼を言った。問題は鬼の副会長に見つからずに済むかどうかだけ。
もし見つかったら全力で知らない人のふりをしようと一年三人は心に決める。

怪我をするといけないからと、由仁はコンクリの上にマットを敷いた。上に乗って軽く跳ねて感覚を確かめると、軽く助走をとっていとも簡単にバク転してみせる。

「すごい……」
「かっこいーっス、由仁さん!」
「も、もしや由仁殿は忍者だったのでござるか……?」

由仁は大真面目に

「忍者じゃないです、ヒーローです。」

と制服の胸を張った。

おお、そうかとそれぞれに頷く皆を見て、何となく違和感を覚えて首をひねる。
今、ほんの一瞬心が凍った。己は何を恐れたのだろうと考えてふと気付く。

耳の内にこだまする何人もの声。

『由仁ちゃんしらないのー?おんなのこはレッドになれないんだよ!』
『ヒーローなんて職業はこの世にありません。』
『夢を見るのはおやめなさい』
『やめなよ、あの子ちょっと変なんだって』
『由仁さん』

『由仁さん』



ちらりと千秋を見る。朗らかに笑う彼は誇らしげであった。
何も知らないはずだ。
由仁は何も言ってない。
けれど訳知り顔で笑っている彼はきっと……彼もきっと、同じおもいをした。

「いいお友達ですね。」
「ああ。自慢の仲間だ。」

己はその枠に入れないことを、心底から残念に思った。





その後すぐに由仁は蓮巳敬人に見つかった。
ツカツカ早足で近付いてくる敏腕副会長を逸早く見つけたのは、人見知りゆえ人の気配に敏感な仙石忍。
「あわわわ、みみみ、見つかったでござるよ!」
小声で叫ぶという何とも器用なことをやってみせた彼が振り返った時には由仁は既に逃走を開始していた。

助走はたっぷり。
学科を隔てる塀の手前には守沢千秋が立つ。

「来い由仁!」

走り出した由仁は千秋が組んだ腕を踏み台に信じられないほど高くジャンプして、鮮やかに塀を飛び越えた。


到着した敬人とヒーロー3人はポカンと口を開けて塀の前で佇むことしかできない。
残り2人のヒーローの内ひとりはぷかぷか笑い、最後のひとりは鼻高々だった。

「俺の自慢の仲間だからな!」

得意げに反った頭の天辺に蓮巳敬人の拳骨が落ちた。



◇◇◇◇



ライブ当日は晴天であった。
客の入りも上々。流星隊も他校のユニットもメジャーデビューこそまだであるが、それぞれに少なからず固定ファンが付いているらしい。

由仁はプロデューサーの女生徒に移動売店を任され、張り切って声を上げていた。
ここでの売り上げはそのまま流星隊の活動資金になるそうだから、重大任務を任されたエージェントの気分だ。

首から下げる台にはうちわと缶バッチ、サイリウムが載っている。由仁は既に缶バッチ五つ分のお金を集金鞄に入れ、全員分のバッチとステッカーをポケットに入れていた。家に帰ったら飾ろうと決めているが、何だか恥ずかしいので彼らには買ったことも飾ることも内緒。『アイドル』のグッズを買うのはこれが初めてだということはもっと内緒。

手持ちの売り物がなくなって、物販ブースまで戻るのを三度ほど繰り返したところでプロデューサーに呼び止められた。夢ノ咲学院に転校してきた彼女と由仁に直接の繋がりはなかったが、流星隊のライブのお手伝いとしては三度ほど顔を合わせたことがある。今日で4度目。
彼女はにこやかに微笑んで、お疲れ様と言った。

「え、でもまだ、」

由仁を遮って首を振る。

時刻はライブ開演の五分前。
同い年の彼女の気遣いを有り難く受け取って、由仁は最前列右端へと駆けた。
首から下げた関係者パスを握り締める。

1分と経たぬ内に辿りついた関係者席には既に少なくない人数が集まっていて、その誰もがアイドル科の制服を着た男子生徒だった。同じ夢ノ咲の生徒とはいえ、演劇科の制服に物販スタッフ用の蛍光ピンクの羽織を羽織った由仁は悪目立ちする。何人もの怪訝な視線が突き刺さるが、由仁にとってそれは大した問題ではなかった。悪目立ちなど今に始まったことではない。

由仁はサイリウムの電源を入れた。

カチ

小さな音。
ライブの始まりの音だ。

時計は16時ちょうど

ステージにライトが灯り、
観客が沸き立った。




夢ノ咲学院のドリフェスは2ユニットの対抗戦という形で行われ、パフォーマンスは人気上位のユニットから行われる。
今回は親善試合ということで、先鋒は相手に譲ったらしい。先に登場したのは由仁の知らないアイドルだった。

会場は沸き立っているが、由仁がいるのは関係者席。学外のアイドルのパフォーマンスを冷静に分析し、見つめている人間がほとんどで、千秋ら流星隊以外のアイドルにはほとんど興味が無い由仁も温度差を感じずに眺めていることが出来た。
知らない歌に合わせ、最低限楽しめる範囲で腕を振り上げる。

先鋒ユニットのパフォーマンスは恙無く終了し、観客は点数を示すサイリウムを振った。満点の虹色は7割くらい。
由仁は焦らない。
大好きなヒーローショウも休んで頑張っていた姿は誰よりも近くで見てきた。

(きっと大丈夫)

先方の退場に被せるようにして、何度も聞いた流星隊の持ち歌が流れた。会場の電気が消え、スポットライトが照らした先には背を向けた守沢千秋。

「『待たせたな!』」

期待と緊張と興奮がごちゃまぜになった、複雑な気持ちで握りしめた手は手汗で濡れた。気にせずにサイリウムを振り上げる。

「『赤い炎は、正義の証!真っ赤に燃える生命の太陽!流星レッド!守沢千秋……☆見・参!』」

歓声。
負けないように声を張り上げる。

瞬間、千秋が由仁を見た。自惚れでなく目が合う。
一瞬だけ驚いた顔をしたと思った次の瞬間にはウインクが飛んできて、由仁は口をもごもごした。照れくさくてどういう反応を取ればいいのか分からなかった由仁なりの返事に、舞台上の千秋は満足そうだ。

名乗りは続く。

「『あおいほのおは、しんぴのあかし!あおい「うみ」からやってきた〜♪』」

5人分終わったら、ステージの背景に敵である悪の組織の下っ端連中の姿がプロジェクターで投影されると聞いている。

「『黒い炎は努力の証!泥で汚れた燃える闘魂!流星ブラック 南雲鉄虎……!』」
「『緑の炎は、慈愛の証……。ゆるキャラとかで、みんなを癒す……。名前が「翠」だから流星グリーン…… 高峯翠……』」
「『黄色の炎は希望の証!闇に差し込む一筋の奇跡!流星イエロー!仙石忍!!』」

五人目。
終わると同時に彼らの背後で爆発が起きる。ヒーローの登場シーンではお約束だ。

そしてこの後プロジェクターが

プロジェクターが




……起動しない。


不自然な間に観客は首を捻った。
舞台上では忍と鉄虎が慌てふためいているが、3年生ふたりは流石に落ち着いている。
とりあえず挨拶を始めた千秋の声を聞きながら、由仁はプロデューサーの姿を探した。
PA機器が集まっている付近にいた彼女は頭の上でバツを作っている。

「故障かな……?」

呟いたのは由仁ではなく、近くにいたアイドル科の生徒だった。
由仁は疑問を呟く事すらできない。
3年生ふたりがおだやかな表情を装って間を繋ぐ中、きっと1年生3人と同じ気持ちで居た。

流星隊はヒーローだ。正義とは悪が居てこそのものである。彼らが歌とダンスだけで勝負できないとは思わないが、折角なら彼らの持ち味を活かして欲しい。
なにより

『折角の機会だからな。いつもより自由度の高いライブなんだし、1年達には何か特別なことを経験させてやりたい。』

千秋の言葉。

いつの間にか手汗は乾いていた。冷えた手を握り締めて、頭を過ぎったものにハッとする。
思い出した。黒いライダースジャケットに改造黒ビキニ。センパイに見せようと思って持ってきた。控え室に置いてある。

考えている時間はなかった。
由仁は舞台に背を向け駆け出して、少し行ったところでUターンする。

「これ!貸してください!!」
「えっ?」
「すぐ返すので!!!!」

関係者席の観客が何故か付けていたバタフライマスクを引っぺがして走った。


またUターン。

「ちょっと一緒に来て!!!!」
「えっ?」

目に付いた美少女の手を引いて走った。









プロジェクターが故障したらしい。

全く想定していなかったことではない。舞台にアクシデントは付き物だ。
けれど何も今でなくても、と思わなくはなかった。
公式のドリフェスどころか外部というゲストを迎えてのイレギュラーは、生徒会の目を通さずとも良いという『自由』を生み出した。きっといろいろ試せるのは今だけだと、ちょっと過激めのシナリオだって用意したのに、まさか出だしで躓くとは。

焦る頭とは裏腹に、表情だけはにこやかに言葉を紡ぐ。今日の天気のこと。隙あらば奏汰がぷかぷかしようとして大変だったこと。高嶺が練習をサボろうとすること。
意味があるかも分からない時間稼ぎ。
諦めて何事も無かったかのように歌うこともできたけれど、まだ、あと、もう少し。
もう少しだけ……、



パッ と会場の電気が消えた。


まさかブレーカーまで落ちたのかと思ったのはほんの一瞬。
スポットライトが舞台の上、岩を摸したセットを照らす。



「『茶番はそこまでにしてもらおうかしらぁ?流・星・隊の坊・や・た・ち』」



マイクを通せども聞き慣れた声。
目を疑う。


スポットライトの先には、敵の女幹部(※セクシー系)が立っていた。
目覚えのあるバタフライマスク。
ボンドで繋ぎ合わせたムチを体の前で構えている。

「『くだらないことをいつまでもベラベラと。ちょっとはわたくしと遊んでくださらなぁい?』」

慌てて転校生を振り返れば親指を立てられた。
いつの間にかBGMも悪役っぽいものに変わっているし、由仁はきちんと許可を取った上で助っ人に来てくれたのだろう。思わず笑ってしまった。本当に頼りになる後輩。
一度息を吸って、吐いて。

再び吸ったときにはもう、己は『ヒーロー』だ。

「『……出たな、セクシー仮面!何をしに来た!』」

千秋のアドリブに忍がぎょっとした顔をする。

「『貴方たちと遊びに来たに決まってるでしょお?そうね。まず手始めに……このステージは頂いたわ!』」

セリフに合わせて、照明が紫に切り替えられた。ドライアイスまで吹き出している。大方転校生の方で演出に指示してくれたのだろう。先方ユニットではクールさを演出していたライトだが、由仁のマスクや煙に反射するからか、今は打って変わって禍々しい。

「『それはこまりました〜。きょうはぼくたちの「すてーじ」なので』」

奏汰がノってきた。目を合わせるとにこ、と微笑まれる。

「『これだけじゃあなくってよ。これを見なさい!』」
「うわぁっ!」

由仁が物陰から誰かを引っ張り出した。

「えっ?は、創くん……?」

Ra*bitsの紫之創が縄でぐるぐるまきにされていた。
半泣きの創に由仁が何か耳打ちをする。

「え、えと……『た、助けてください〜!』」

涙声は観客の心を鷲掴んだ。
「やっちゃえりゅうせいたいー!」「セクシー仮面なんてやっつけちゃえ!」「がんばれー!」小さな子の声に混じって大人の声もある。
ステージを乗っ取り人質をとって、あっという間に悪役としての地位を確立してしまった由仁の手腕に、千秋は笑いを堪えられなかった。あんなに毎度毎度文句を言っていたのに、悪役っぷりが板についているのが妙におかしい。

「『人質を取るとは何て卑怯なやつ!』」
「『創くんを離せー!』」
「……『隊長。あのままでいいんですか』」

同級生を人質に取られたことで、1年生3人もノってきたらしい。
紫之創の方も「鉄虎くん……高嶺くん……」と悲壮な表情で呟いたりして、クラスメイトふたりを存分に煽っている。おそらく無意識なのだろうことが恐ろしい。

先程の変な空気はもうどこにもなかった。
進行が滞ったことで生じた蟠りは霧散した。きっともう観客は忘れている。冷たい手で心臓を撫でられたような感覚は余韻も残さずに掻き消え、今はただ、興奮に脈打っていた。

「『行くぞおまえたち!セクシー仮面からステージを取り戻し、人質を開放するんだ!!!』」
「「「「おう!!!!」」」」

当初の予定通り、千秋のセリフでイントロが流れ出した。
流星隊は歌いながら戦う。敵はセクシー仮面ひとりであったが、由仁は鞭を使った派手なアクションでステージを端から端までつかってみせた。観客を飽きさせないようにという配慮だ。
鉄虎の飛び蹴りをヒラリと躱し、忍のすぐ足元を鞭で打つ。後ろから羽交い締めしようとした翠の頭の上を軽く飛び越えると、バク転からのロンダートで距離を取った。鞭を持ったまま器用なことである。
セクシー仮面の前と後ろで見せた翠と鉄虎の側転は課外練習の賜物。何も言わずとも察して1番の終わりに一度追い詰められ、間奏で反撃し、2番でまた劣勢を演出してくれる由仁の鞭を千秋は捕まえて引き寄せた。

「すまん。助かった。ありがとう。」

伝えたいことはたくさんあったが、伝えきれないので三言にまとめた。マイクに入らないよう小声での応酬。それでも至近距離で睨み合っている彼女に届いたようで、セクシー仮面がセクシーとは程遠い顔で笑う。

「あたしはヒーローですからね。センパイのピンチに駆けつけただけです。」

そんなことを言う悪役に、込み上げるいとおしさを全部込めたハイキックを送った。



その後アウトロでPA機器が復活したが、セクシー仮面の素晴らしきアドリブによりセクシー仮面の援軍ということになった。一気に窮地に立たされた流星隊だけれども、この手のピンチはヒーローものには不可欠だ。
観客の力も借りて必殺キャノン砲を装填している間に、セクシー仮面が連れまわしていた創にコソッと耳打ちをして、創がセクシー仮面の手を振り払って逃げた。タイミングもばっちりだ。横目で確認したプロデューサーのあの子は頭の上で大きく丸をつくっている。爆発の準備も整ったようだ。

「『くらえーッッッ!』」

閃光。爆発音には煙が続く。プロジェクターでやまほど投射されていた雑魚キャラは一気に消える。
セクシー仮面は派手に吹き飛んで、よろよろと立ち上がった。

「『きょ、今日はこのへんにしておいてあげるわ!覚えてなさいッ!いつか必ず、貴方たちを地に伏せさせてあげるんだからッ!!』」

捨て台詞。

ぷしゅーと煙が吹き出して、セクシー仮面の姿は消えた。歓声。



振り返れば、虹色の海。







それから少しあとのこと。

アンコールまできっちり終えた守沢千秋は居ても立ってもいられずに走り出し、袖で控えていた由仁に飛び付くように抱き着いた。

「わ、ちょ、センパイ。汗くさいですよ。」
「すまん。」

返事は口だけ。ぎゅうぎゅう抱き締める。

「ありがとう。本当にありがとう。おまえのおかげですごく楽しかった。みんな笑っていた。由仁は俺の……俺達のヒーローだ。」

舞台上で言いたかったけれど飲み込んだ言葉をやっとこさ吐き出して、けれど胸は軽くならない。締め付けられるように愛おしい。
衝動のままに抱き締めていたら、ぐえ、と潰れたカエルのような声が聞こえた。それでもまだ足りずに抱き締める。
やがて観念した由仁の手が、千秋の背中に着地した。


絞め殺されるのかと思うほど抱きしめられていた由仁は、千秋の背後に四人の笑顔を見た。
照れくささに頬をかこうにも身動きが取れずにいると、奏汰が口パクで



『あ り が と う』



嬉しかった。

けれど同じくらい恥ずかしくもあって、胸の奥のくすぐったさを誤魔化すように千秋の背をたたいた。すると離れた千秋がこどもみたいに笑いながら握り拳を突き出してきたので、同じくこどものように笑いながら拳をコツンとやった。




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