8x3honey

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ユウマが生まれる少し前の話。

今となっては何の用事で訪れたかすら定かではないが、それ自体はあまりにも印象的で、泣く子も黙る極東のドラゴンとまで渾名される頼朝東吾が十二年経った今でも夢に見るような出来事があった。

とある日、とある用事で訪れた、とあるラボ。
彼はそこで、同じ顔、同じ容をした何人もの少女に出会った。

五歳ほどに見える少女たちはまるで天使のような可愛らしさで、皆美しい若葉色の髪に蜜色の瞳を持っていた。名を由仁と言う。

憂木博士の膝の上で頭を撫でられている子も、
博士の座る隣の椅子に大人しく座っている子も、
部屋の隅で絵を描いている子も、
本を読んでいる子も、
皆一様に、由仁という名前であった。

そのおかしさに気付きつつも、彼がそれらを払いのけられなかったのは性格ゆえか、それとも彼女らの髪色のせいか。
全部で18人の由仁は、彼の今はもう亡き妻と同じ髪の色をしていた。無理もない。彼女らの遺伝子配列は、彼の妻のそれと限りなく近かった。

2020年、2021年と続けて竜の侵攻を防いだNAVと呼ばれる人工生命体を生み出す技術がある。三度目の襲撃となる今では体の弱さからフロワロの毒素に勝てないとして衰退しきった、忘れ去られかけた技術だ。その前時代の技術の最後の落胤というのが、18人の由仁の正体であった。

ヨリトモは老齢の博士を哀れんだ。
遺伝子操作により最強の人間をつくる計画は既に持ち上がっているが、NAVシリーズはそれには用いないと会議で決まったばかり。それでも夢が捨てきれなかったらしいこの博士は、おそらく人生をかけてNAV技術の革新に心血注いできたのだろう。
博士は嬉しそうに言った。
「可愛いだろう。」
確かに可愛らしいと思ったので頷いた。そうだろうそうだろうと、皺でくしゃくしゃの顔を更にくしゃくしゃにしながら博士は笑う。
おそろしく頭が良い代わりに体の弱いNAVシリーズではこれからの戦いとフロワロの瘴気に耐えられぬ、というのが、NAVシリーズが新たな計画から外された理由だ。それならば死んでもいいようたくさんスペアを作れば良い、というのが彼の論。吐き気がする。

「私はね、ヨリトモくん。我が親愛なるNAV達に無限の可能性を感じているのだよ。NAVはいつか必ず世界を変える。これはその第一歩だ。私はこの次世代のNAVである由仁による計画を、親愛なるものによる計画、《コード・ファミリア》と名付けよう」

その親愛なるものによる計画、コード・ファミリアは数いるスペアを消費しきる前に哀れにも博士自身の死によって幕を下ろし、後には由仁という名の少女ばかりが残った。
憂木博士が亡くなってから三ヶ月か四ヶ月ほど経ってから漸くその事実を知ったヨリトモは、同時に彼の最期の研究はナグモ博士が受け継いだと知る。
まったく知らぬ人では無かったから、ヨリトモはナグモ博士のもとを訪れた。

ナグモ博士のラボには既視感のある光景が広がっていた。博士の膝に乗る由仁。その隣の椅子に大人しく座っている由仁。部屋の隅で膝を抱えている由仁に本を読んでいる由仁。
あの時と違うのは、由仁の数がたったの6人であることだけであった。

ナグモ博士は、由仁たちを軍事利用するつもりは一切ないと言い切った。予測していたので驚くことはしない。ただ、利用されたのでないならどうして由仁の数が少なくなっているのかだけが不思議だった。
ヨリトモの表情からそれを察したらしいナグモ博士は、何でもない風を装おうとして失敗した顔で「死んだよ」と言った。ああ、そうだ。NAVは元々短命で、生命力に乏しい。ヨリトモが憂木博士のラボを訪れてから数年の間に由仁は一人死に、二人死に、ナグモ博士に研究が押し付けられた時には既に8人になっていたのだという。半分以下だ。10人のこどもを殺した1人の博士に殺意が湧いたが、生憎彼もまた既に墓の中であった。

生命工学の権威、ナグモ博士はありとあらゆる手を尽くして由仁の延命に励んだ。その甲斐なく亡くなった由仁が二人。竜斑病が原因だったらしい。私の力が及ばないばかりに、と悔いた博士を慰める紅葉の手。
ナグモ博士の膝に乗る由仁が、天使のような唇を開く。

「先生は優しいんです。わたしたちはみんな、どうせ死ぬのなら先生がしている竜斑病の研究に役立ててと言うのに、決して頷いてはくれないの。」

聞き分けのないこどもを宥めるような口調に、思わず苦笑した。




あれから由仁は一人死に、二人死に、三人死んで、残っているのはたった一人。
その一人は今年で17歳で、生き残ったと言えどもNAVの宿命からは逃れ切れずに重篤な竜斑病を発症し、博士のラボより医療環境の整った病院に入院していて、今回の軍公認慈善活動《code:F》に参加しているというところまで説明して、ヨリトモは長い長い息を吐いた。
ユウマは黙っている。
視線は手に持つコード・ファミリアの全貌を記した機密資料に落とされていた。

これはユウマは知らないことだが、code:Fの提案者はヨリトモであった。発案当初はあまりのらしくなさに同僚と部下と上司とがザワついたが、そこは極東のドラゴンらしいひと睨みで黙らせた。けれどまあ、確かにらしくなさは否めなかったであろう。軍に対して説明した、世間の認識を和らげるというのも理由のひとつ。しかし、今もまだ病室で世界を見つめ続けている少女とユウマを会わせたかった、という誰に対してのものかはっきりしない親バカも理由のひとつだったのだから。
あの忌まわしいクローン計画、コード・ファミリアと酷似した名を付けたのは、天国だか地獄だかにいるだろう憂木博士への意趣返しのつもりだ。ファミリアなんて一方的な関係じゃない。今度のFはフレンドのF。ヨリトモは、あの閉鎖された環境にいる少女がユウマの友になってくれればいいと考えていた。

とまあこの辺りの真相は胸の内に秘めたまま、ヨリトモはユウマの反応を待った。
ユウマは動かない。
動けなかった。


ユウマにとってそれは、ドラゴンの太い尾から繰り出される薙ぎ払いをまともに食らったのと等しい衝撃であった。
だって、あの、由仁が。
いつ見てもふわふわぽやぽやと笑っていて、ユウマがやった何でもないようなものを大事に大事にサイドチェストの一番下に仕舞っている由仁が。

恐らく現存する最後の純粋なNAVで、
ユウマと同じ『つくりもの』で、
その『つくりもの』のユウマですら憐れんでしまうような過去を持っている、だって?

信じられないと思う一方、脳味噌は難なく納得していた。寧ろこれで諸々の感情に説明が付くとも思う。
初対面の時から不思議なほどに親しみを持てていたのは由仁とユウマが本当の意味で近いからで、ふとした瞬間感じる懐かしさも間違いではなかった。なんだそうか。本当は黄緑色の髪だったのと言った、アレも嘘じゃなかった。なんだ、そうか。

ユウマは緩やかに理解した。
複雑に絡み合っていた感情が解けていく。

堪らなくなって右手で顔を覆った。ヨリトモ提督の戸惑う声。返事をしようと口を開いたら、全然違う言葉がぽろりと転がり出た。

「……会いたぃ」

恥ずかしさで語尾が消えた。
提督の大きな手が、不器用にも程があるぎこちなさでユウマの背を撫でた。





(151201)

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