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郭嘉はもうすっかり元気になった。
顔色はいいし、ご飯もたっぷり食べるし、てゆーか私とから揚げの取り合いをするから超うざいし。
体もすくすくでかくなってるし、とっくに私の背は追い抜いてるし、てゆーか見上げすぎて首いたいし。
顔つきのあどけなさから見て身体的な年齢は私より確実に下のはずなのに、背が高いだけでこんなに印象が違うのか…。


鳴はここ最近、なんだか不思議な気分になっていた。


その気持ちが一体なんなのか。気づきたくなくて、怖かった。


「そういえば今日、花火大会があるらしいですよ」

二人並んで朝食をとっているとき、かずがそう言った。
え、と同時に顔をあげると、にこにこ笑っているかずの顔があった。


「お二人で行ってきたらどうでしょう?」

おや。と、興味深そうな顔をした郭嘉とは裏腹に、鳴は不満たっぷりの顔でかずを見た。

「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、家からでも見えるじゃん」
「そんなに露骨にいやそうにされると、さすがの私も傷つくのだけれど」
「郭嘉と行くのが嫌なわけじゃなくて、人ごみがいやなの。友達もいるだろうし…」
「元恋人もね」
「まあ!お嬢様…」
「郭嘉!このバカ」

いらんことを暴露された腹いせに郭嘉のソーセージを一本かすめとる。郭嘉は面白そうに笑っていた。

祭りごとの好きな友人や元彼氏は花火大会に確実に参加するだろう。学校でも絶対に話題にのぼる。
別に未練があるわけではないが、郭嘉と一緒にいるところを見られると非常に気まずい。

「鳴のことは私が守るから、花火大会に連れて行ってくれないかな?」

そのソーセージあげるから。郭嘉はにっこり笑って鳴に「おねだり」をした。
鳴は口をもぐもぐさせながら「…まあ、いいけど」と応えた。
それに対して一番に色めき立ったのはかずだった。

「そうと決まりましたらかずはさっそくご用意をさせて頂きます!お嬢様、今日は忘れずに真っ直ぐ家に帰って来てくださいね」

「いっつも真っ直ぐ帰って来てるじゃん」
鳴より張り切った様子のかずに苦笑いしながら鳴はごちそうさま、と席を立った。
「私のためにね」
「自意識過剰。郭嘉、今日のぶんの薬忘れずに飲みなよ」
「…うん」

郭嘉の肩をポンと叩いて「いってきます」と鳴は家を出た。
鳴のぬくもりの残る肩にそっと触れる。

医者から処方された二週間分の薬は、今日の夕食後の分を飲んだらなくなってしまう。

郭嘉はなんとなく…飲みたくないなと思った。
途中経過を見に来た小十郎先生も「奇跡的な回復ですね」と言うほど、郭嘉の体を蝕む病はほぼ完治していた。


この病が治ってしまったら、多分、おそらく、絶対、自分はこの時代からはいなくなる。


根拠は無い。
裏づけも、理由もうまく説明できない。
何かにつけて自分の勘を信じる男ではないけれど、感覚的にそう思っていた。


健康な体を持って許昌に帰れるのは嬉しい。願ってもないことだ。

心残りがあるとすれば…鳴のこと。そして、鳴への気持ちのことだった。


あの日、鳴に気持ちを打ち明けた日。
それから二人は特に態度が変わるわけではなく、至って今までどおり過ごしていた。

相変わらず鳴は口が悪いし、よく郭嘉の尻を蹴っ飛ばすし、かずにはわがままを言うし、でも必ず夜は同じベッドで寝ていた。
郭嘉の体がだんだん大きくなってベッドがせまくなっていっても、グチグチ文句は言うが鳴は決して郭嘉を追い出したりしなかった。

夜、眠っている鳴の体をそっと抱きしめたことがあった。
鳴の体はびっくりするほど細くて、紛れもなくか弱い少女のそれだった。
腹に回した手が肌を撫でると、つい指が動きそうになって少し慌てた。
その日はゆっくり離れたが…やっぱり自分はそうなのだ、と自覚する材料になった。

郭嘉は日を追うごとにどんどん鳴を好きになっていった。

それと同時に、その気持ちは無駄なものなのだという気持ちも強くなっていくのも事実。

それでも、日ごと大きくなる恋心を抑えることはできなかった。


恋なんて、もしかしたら生まれて初めてするのかも。
だからこんなに…正解がわからない。きっと…そうに違いない。

以前の郭嘉が女性と親密になるためにしていたことといえば、そっと腰に手を回して耳元で囁き、酒の席に誘うだけ。
鳴にそんなことをしてしまえば、「くすぐったいからやめろ」と肘鉄をくらうだろう。

向こうの自分も案外役に立たないものだね。と、郭嘉は自嘲っぽく思った。




夕刻。かずは学校から帰宅した鳴をとっつかまえ、小一時間部屋の中に閉じ込めてあれやこれやと飾り立てた。
しばらくしてから一仕事終えたという顔のかずが戻ってきて
「お嬢様。とってもお綺麗ですよ」
なんていうものだから、郭嘉は廊下を覗き込む。

そこには青い浴衣を着た鳴が立っていた。照れくさそうに前髪を押さえながら、ちょっと疲れた様子で郭嘉の前まで歩いてきた。

「かずさん気合いれすぎなんだよ………どう?似合う?」

挑発的に上目遣いにこちらを見つめる鳴を、郭嘉は今すぐ抱きしめたいなと思う。


「ああ……とても似合ってる。綺麗だよ、鳴」


郭嘉の言葉にぽっと頬を染める鳴を見て、年甲斐もなく心臓が跳ねた。
ああ、若い体は厄介だ。と郭嘉は思った。
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