11
「では、私は一旦お屋敷に戻りますが、時間になったら帰らせて頂きますね。お二人とも、帰りは無理せずタクシーを拾うんですよ」
「はいはい、ありがとうかずさん」
「ありがとう、お気をつけて」
かずの車に乗せられて花火大会の会場に到着した二人は、人だかりの中に足を踏み入れた。

花火の時間まではあと30分ほど。それまで少しの間だが、出店なんかを見て回ろうと思ったけれど。

「へえ。ずいぶんとにぎやかだね」
「あんまりちょろちょろしないでよ。帰りは歩きなんだからね、途中でヘバっても私は今のあんたのことひきずれないからね!タクシーなんて拾わないからね!捨てて帰るからね!」

今日は彼氏とも友達とも違う、郭嘉と一緒なのだ。
下手なことをされて注目を浴びたり、騒ぎになってしまっては困る。花火は普通に鳴も見たい。

「鳴こそ、疲れたら私がおんぶしてあげるからね」
「バカ」
「おやおや」

なんだか郭嘉の見た目のせいで、ただ人ごみの中で立っているだけなのに既に注目を集めはじめている気がする。さすがめちゃモテ生徒会長役顔。
このままでは友達や元恋人と鉢合わせしてしまうかもしれない。花火が始まる前に、どこか人気の少ない場所に移動しようとしたそのときだった。


「…鳴?あれ鳴じゃね?おーい!」


聞きなれた声が背後から聞こえる。
鳴はがっくりとうなだれて、それからくるっと振り返る。

「あれー?あんたたちも来てたんだ?奇遇ー!」

パッと表情を明るくさせて、いつも学校でしているような軽い雰囲気の鳴。
そんな鳴と似たようなノリの友人達は、鳴の元恋人を含めた男女数人で花火大会に来ているようだった。
わたあめをつまんだりリンゴ飴を食べていたり、出店の食べ物も満喫している様子。
鳴に向かって「なんだー、来るなら教えてよ、一緒に回りたかったのに」と少し不満げに言う友人もいたりして。皆、このお祭りのような雰囲気を楽しんでいるようだった。

「ごめんごめん、急に決まったからさ」

「鳴、お友達?」

「げっ」

適当に交わしてさっさと立ち去りたい。
そう思っていたところに郭嘉が後ろから鳴の肩を抱きながら笑顔をふりまいた。

その途端、鳴の友人集団は一瞬でどよめいた。
全員いきなり現れた薄幸の美少年にくぎづけになっていて、鳴なんかもはや通行人Aでしかない。
鳴はチラッと元恋人の視線をたどる。元恋人も例に漏れず、びっくりした様子で郭嘉を見つめているようだった。

「えっ誰?芸能人みたい。めちゃイケメンじゃん」
「鳴、新しい彼氏?もう超イケメンじゃん羨ましい超羨ましい超絶鬼羨ましい」
「こんなイケメンどこで見つけたの?てかライン教えてほしいんですけど」

興奮を抑えきれない女友達たちが口々に言う中、郭嘉一人がのんきにニコニコと笑っていた。

「ねえ鳴、イケメンってどういう意味?ラインって?」

「あんたは少し黙ってて!」

もうこれ以上はあぶないと焦った鳴は郭嘉の腕を引っ張り、適当な理由をつけて友達と元彼から逃げた。
郭嘉の腕を引きながら、人の合間を縫ってとにかく遠くへ走る。
たどり着いた場所はどうやら花火のよく見えるスポットのようで人はたくさんいたけれど、友達から逃げられたのでまあよしとする。

ようやく足を止めた鳴は、乱れた息を落ち着かせながら肩をなでおろした。
同じ距離を走ったはずなのにケロッとしてる郭嘉をヒジで突く。てか病人のくせになんでそんな平気そうなんだよ。

「ああ、もう…あせった!郭嘉、急にでてこないでよ」
「どうして?」
「あんた、顔だけはいいんだから友達に食いつかれてたでしょ。現代人とまともな会話ができると思わないでよね」
「ああ…そういえばイケメンってどういう意味?」
「あんたみたいに顔がいい男のこと!はあ…疲れた」

鳴は空を見上げた。すると、近くのスピーカーからまもなく花火点火の放送が聞こえてくる。
郭嘉から空へ視線を移す鳴。

「郭嘉、もうそろそろ花火はじまるみたいだよ」
「………」
「郭嘉?」

鳴は黙る郭嘉を不思議に思い視線を戻す。郭嘉は真面目な顔で鳴をじっと見つめていた。
なんだかその顔がおかしくて、鳴は郭嘉の顔を覗きこんだ。

「何?どうしたの、イケメン台無しの変な顔」

「…鳴。聞いてくれる?」

郭嘉はなにやら神妙な声色で言った。

あたりがざわめき始める。もうすぐ花火があがってしまう。

「…なに?」
「私はここ数日の薬のお陰で、数年ぶりにとても気分がいいんだ」
「…そう。良かったね」

「でも…美しいあなたを前にすると、ものすごく心が激しくなる」

郭嘉は鳴の腰をぐっと抱き寄せて顔を近づけた。幼い顔に、知らない色が走る。
鳴はとっさに顎を引いて逃げた。郭嘉がその顎をそっとすくう。

「郭嘉、」
「あなたの目は真っ黒だね。私の顔が良く見える」

お互いの吐息がまじわる程の近さで郭嘉が言った。
もう、鳴の視界には郭嘉の顔しか映らない…。


「郭嘉…花火見たい」
「だめ」


そう言って、郭嘉は鳴と唇を合わせた。しっとりと濡れた唇同士が湿った音を立てて離れ、また合わさる。
その頭上で花火が何発も打ちあがる。周囲の人間は歓声を上げて空を見上げていた。
花火の音も、観衆の声も、遠い世界の出来事のように思えた。

結論から言うと、鳴は花火をひとつも見ることができなかった。
花火があがるたびに、色とりどりの光が郭嘉の輪郭を彩って、金色の髪の毛が虹色に光っていた。
長い睫が頬に触れるたび、鳴は、もっと強く抱きしめてほしいような、早く開放してほしいような、不思議な気持ちになった。

一際大きい最後の花火が打ちあがった後、人々の拍手喝采が聞こえる中、郭嘉はゆっくりと唇を離した。
唇が離れてもなお郭嘉を見つめる鳴の瞳には、涙が浮かんでいた。
こぼれそうなそれを、郭嘉は親指でそっと拭う。

「泣かないで…私の大切な人」

「無責任なこと言わないで」


鳴は郭嘉の手を振り払った。発した声は涙声だった。


「ひどい。こんなの…最後だからって言ってるようなものだよ…」


気付かないふりしてたのに。知らないふりしてたのに。
郭嘉に心をこじ開けられてしまった。


鳴は自分の顔を手で覆って泣き出してしまった。郭嘉は悲しい顔をして、鳴をそっと抱きしめた。
最初は抵抗されたが、そのうちその元気もなくなったのか郭嘉の胸に抱きついてきた。
腕の中で声をあげて泣く鳴を、郭嘉は心の底から愛しいと思ったし、ずっと一緒にいたいと思った。


その後、鳴が泣き止んで二人は静かに手をつないだ。そのままゆっくり歩き出して、屋敷へと歩いて帰った。
街を抜け、人気のない山道にはいっても二人は終始無言だった。
外灯の明かりだけが寂しげに光る山道で、履き慣れない下駄を履いてふらふら歩く鳴の手をぎゅっと強く握っていた。

鳴はなんだかまた泣きそうになっていた。


郭嘉がもうすぐいなくなってしまうことは直感で感じ取っていた。

それなのに、握られた手はこんなにも暖かい。

触れた唇は今までの誰よりも熱くて、自分のことを想ってくれているような気がした。


しばらくして屋敷についた。
色んなことがあったせいで、家に帰るのがすっかり遅くなってしまった。かずももう帰宅しているだろう。
真っ暗な家に入ると、急に現実に引き戻された気分になった。

鳴は今日のこの日が、永遠に続けばいいのにと思った。
- 11/15 -
11
*前 次#

しおりを挟む
小説top
サイトtop