03
ソファに郭嘉と鳴、隣あわせで座る。使用人のかずは時間が来たので帰ってもらった。

「じゃあ、お互いにわかったことを確認がてら言っていこ。あなたの名前は郭嘉。魏という国の、許昌という土地に住んでいた。ここに来る前は自分の家で寝ていた。…で、あってる?」

「うん、完璧だよ。では私も。美しいあなたの名前は鳴。日本という国で女子高生という学生…勉学を学んでいる。この家に住んでいる16歳。家に帰宅するときに、林で倒れる私を見つけた…というところかな?」

「美しいっていうのはいらないけど、合ってるよ」
「おや、自分の美しさを自覚していないのも罪だね」
「はあ…なんなのそれ、許昌ではそういうのが流行ってるの?そんな年齢からそういうこと言うのやめな」

郭嘉はおや、と思ったが口にはしなかった。鳴は疲れたようにためいきをついた。

「…あのさ、申し訳ないんだけど…ここらへんには魏っていう土地も許昌っていう土地もないんだけど」
「うん、そのことには薄々気づいていたよ」
「じゃあ早く言いなさいよ。まだなんか気づいたこととかある?」

「…恐らくこれを言うと、あなたを困らせてしまうと思うのだけれど」


「うちの林で泥だらけで寝てたくせに、今更何言われても一緒。はい、さっさと言う」


「…私はおそらく、この時代の人間ではないのだと思う」



「……それ本気?」
「本気だよ。あなたは私の格好を見て、何も思わなかった?自分の着ている服と、つくりも素材も違うとは思わなかった?」
「ん…?言われてみれば、確かに…?いやでも、そういう趣味の子かと思った」

この時代には色んな人間がいるらしい。

「私はこの家にあるもの全て、初めて見たよ。さっき私が林に倒れているとき、光っていたと言ったね?ということは今の時刻は夜のはず。なのに…こんなに明るいのはありえない。月やろうそくの光だけだから。この柔らかい台も座ったことがない。床も、この部屋にある調度品も、素材から用途まで何から何まで想像もつかない…」

「一体どこから来たの?あんた」

「最初はここが天国かと思った」
「おい」

なにそれ、と足を組んだ鳴を見て郭嘉は笑った。
短いスカートから程よく日焼けした太ももがあられもなくさらけ出されている。

「それに、私のいたところでは女性がそんなに肌を出すものではない。襲われたか、妓楼の女だと思われる」
「…ぎろうってなに?」
「知らなくても良いことだよ。つまり私は今、途方に暮れているのだけれど」

郭嘉と鳴はしばし見詰め合った。黒いアイラインに囲まれた鳴の目が、ぱちぱちと瞬きした。


「…………うちに住むってこと?」
「そうしてくれるととても有難いな」

え〜…、と渋る鳴に、郭嘉は詰め寄る。

「…じゃあ、また私をあの林の中に捨ててくるかい?」
「うっ」
「あなたは恐ろしい程お人よしの女性だよ。そんなことできないはずだ」

「…マジで顔だけしかかわいくないんだけど、あんた!」

鳴は勢いよく立ち上がった。そして、郭嘉の目の前に手を出した。
郭嘉は少々首をかしげながらその手をとると、ものすごい力で体を持ち上げられる。
かの軍神の娘のようだと郭嘉は思った。

「…その細い腕にどんな力が…」
「何言ってんの?担ぐのは無理だったけどこれくらい普通。とにかく、まず風呂ね」

鳴はそのまま郭嘉の腕を引っ張って浴室まで歩く。その歩幅は女性と思えないくらい大股だ。
そのくせ、太ももが視界に飛び込んできて目に悪い。

そして不思議なことに…鳴の頭が自分より高い位置にある。
記憶の中の自分を思い出すと、女性より背が小さいことはまずなかった。

引っ張られるまま脱衣所につくと、鳴は家の中に自分たちしかいないからと戸も閉めずに服を脱ぎ出した。

「えっ、ちょっと」

「違う時代から来たんなら風呂場の使い方もわかんないでしょ。どうせなら一緒に入ったほうがいい」
「いや、でも…」

そう言う間にも鳴は下穿きも縫いでしまった。
あの郭嘉でさえ、さすがに目の前でこんなに豪快に女性に脱がれたことはなかった。いたたまれなくなって声が小さくなる。

「何ぶつぶついってんの?別に女同士なんだからいいじゃん。じゃ、先はいってるから脱いだ服はその洗濯機…でかいやつの穴のなかにいれといて!」

キラキラとかざりのついた美しい爪で洗濯機を指差し、適当な説明をした鳴はするっと浴室にはいっていった。即座に水の流れる音がする。
郭嘉は心の中で頭を抱えた。女同士って…どうして彼女はそんな勘違いをしてしまったのだろう。
むさくるしいわけではないが、女性のような美しさは持ち合わせてないつもりだった。
そんなことを考えていると、中から「ちょっと、まだ!?」と怒号が聞こえてくる。
これは入らないと許してもらえないやつだろう。郭嘉は観念したように服をゆっくり脱ぎ出した。

一糸まとわぬ姿になり、ああ、やはりなと思う。
そのまま扉まで近づけば、先ほどまでは気づかなかったが、驚くほど鮮明で大きな姿見があった。

その姿見は現実と寸分たがわぬ郭嘉の体を映し出す………


「これは……」


そこには、遠い昔の幼い姿をした自分が写っていた。

大分小さく見える体。顔つきも幼い。髪の毛も肩のあたりで切りそろえられている。
気味が悪いのが、郭嘉の精神は許昌で意識を手放す時の自分の年齢だということだ。

先ほど台の上で横になっている時感じた違和感も、やけに小さい子相手にされるような話し方をされることも、腕を引っ張られた時驚くほど軽く体が持ち上がったことも、目線がやけに低く感じたことも、全てこのことに繋がっていたのだ…。

精神と肉体の年齢がかみ合わない気味悪さをはじめて経験しつつ、郭嘉はゆっくりと扉を開けた。

足を踏み入れたそこは湯気が立ち上り、とても暖かくて湿気でじめじめとしていた。
鳴は浴室の壁にも設置された鏡の前に(こんなに湯気がたっているのに、全くくもっていない)椅子に座って体を洗っている様子だったが、扉が開いた音を聞いて視線をこちらに向けた。

「ちょっと、遅い!いつまで…」

鳴は泡だらけの体で郭嘉を睨んだ。
いつまで人を待たせてんの、と言いかけた鳴は郭嘉の顔を見て、そして胸元を見て固まった。
貧乳レベルではない真っ平な胸板。そしてゆっくり視線を下にスライドさせ…しばし沈黙。再び顔を見た。

「あんた……男?」
「…うん」
「なんで言わなかったの?」
「言う隙がなかったんだ」

「はあ…まあ、いいや」

小さいし髪の毛長いし、私って言うから女かと思った。

鳴は体の泡を、何か細長く、水が出るもので全て洗い流した。
そのまま立ち上がると、座っていた椅子を軽く水で流し、そこに座るよう促した。

浴室内は湯気が立ち上っているとはいえ、視界をさえぎるほどではない。
今日会ったばかりの、自分を拾ってくれた命の恩人の、さらに言えば「そういう」関係でもない嫁入り前の女性の裸を見てしまうことにさすがの郭嘉も罪悪感を覚えないこともない。自然な動作でパッと視線を外した。


「じゃ、ここ座って。色々説明するから」


「…いいのかな?」
「何が?」
「未婚の女性の裸を見てしまったけれど」
「…別にあんたみたいな子供に見られてもなんともない。明日からは一人で入ってもらうから今日だけ我慢して」
「我慢…」

はい、いいから座る。と言って郭嘉の薄い背中をパンと叩いた鳴に恥じらいなどかけらもなかった。
郭嘉はなんだか意識してる自分ひとりが馬鹿みたいだと思った。
言われたとおり椅子に座ると、いきなり暖かい湯をかけられて盛大にびっくりした。
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