04

これが本来の自分なら。
据え膳と称して押し倒しているかもしれないが。

「郭嘉、あんた細すぎ。もっと喰いな」
「そうだね…」

体を全く隠さずに自分の背中をごしごし拭う女性にそんな気持ちは全く起きない自分になんだか笑えてきてしまった。





長い入浴時間を終えた郭嘉は先にあがっていた鳴に着替えを用意してもらった。
Tシャツは鳴と同じものを。下は小さい頃はいていた短パンを渡す。
下着はないが、まあ仕方ないだろう。

「はー、いい風呂だった。明日からは一人で入れる?」
「そうだね…大丈夫だと思うよ」

鳴はタオルを肩にかけながら冷凍庫に頭をつっこみ、棒のついたアイスを2つ取り出す。
そのひとつを郭嘉に差し出すと、不思議な顔をしたので鳴は実際に自分で食べながら説明した。

「冷たいお菓子。アイスっていうの」
「冷たい…せっかくだけど遠慮するよ。」
「そう?食べたくなったらここに沢山入ってるから」

鳴はアイスを一つ冷凍庫に戻し、足で扉を閉めた。(郭嘉は見ないふりをした)

鳴は無類のアイス好きで、実は郭嘉が目覚めた時も違うものを食べていた。
使用人のかずは「健康にも悪いし、食材を入れる場所が狭くなります」いい顔をしないが、本人が自分で買ってくるものだから仕方ない。

バニラ味のアイスをほおばりながら、鳴はソファに座ってテレビをつけた。
音量は小さいが、いきなり動く映像が映し出されて郭嘉は立ちすくむ。
テレビに驚いたとは気づかない鳴は、後ろで突っ立っている郭嘉を手招きして、隣に座らせる。

「隣おいで。そんなとこに立ってたら疲れるでしょ」
「そうだね…とても疲れた」
「だろうね」

おとなしく自分の隣にちょこんと座った郭嘉に鳴は満足げな表情を見せる。
郭嘉はソファの生地を優しくさわりながら鳴にたずねた。よほどソファが気に入ったようである。

「これは何?」
「これって?」
「この…ふかふかしたもの」
「ソファだよ。人が座ったり、寝たりできる」
「…ソファ…これはいいものだ。柔らかくて、とてもすわり心地が良い」
「そっちにはないの?」
「寝台や椅子はもちろんあるけど…こんなにやわらかいものはないな」
「へえ」

アイスを食べ終わった鳴はゴミを捨て、郭嘉に向き直った。
そのまま、郭嘉の肩に乗せてあるタオルを手にとっていきなり髪の毛を拭き出した。

「…いきなりなんだい?」
「髪の毛乾かしてんの。このまま寝たら風邪ひいちゃうでしょー」
「君の髪も濡れているようだけど…」
「私はいいの。あとでドライヤーで乾かすから」
「ドライヤーって?」
「いいから」

鳴は説明がめんどくさくなったみたいだった。


「ほんとうはあんたの髪もドライヤーで乾かしてあげたいんだけどね。音が大きいから、びっくりしちゃうかも」
「あなたは優しいんだね」
「………」

しばらく無言で髪の毛を拭いていた鳴は、照れ隠しのように「はい、これで終わり」とタオルを郭嘉に返した。
水気を吸ったタオルはしっとりと濡れており、代わりに髪の毛はすっかり乾いていた。

「ありがとう」
「…どういたしまして」

洗面所で鳴のレクチャーを受けながら歯磨きをして、二人で寝室に入る。

「余分な布団とかないから、私と一緒のベッドでいいよね」
「…………あなたがいいなら」
「あのさー、私子供に手出すほど変態じゃないから」
「うん…それはとてもよくわかるのだけれど…」
「ぐだぐだ言わないで子供は早く寝な」

本来の年齢であれば、年齢関係は全く逆のはずなのに。
異性として全く意識されないことも、子供扱いされることが面白くて仕方ない。

鳴は郭嘉を自分のベッドに突っ込むと、柔らかい羽毛布団をゆっくりかけた。
郭嘉のおでこを優しくなでて、おやすみ、と小さく呟いて部屋を出て行った。


「……不思議な少女だな」


なでられたおでこを自分の手で触れる。
少女はどこへ行ったのだろうか。先ほど言っていた「ドライヤー」なるもので髪の毛を乾かしに行ったのだろうか。
異常に軽くて、しかしとても暖かい布団は寝つきが恐ろしく早くなるようだ。もしかすると子供の体に戻っているからかもしれないが。

うとうとしていると、扉がゆっくり開かれた。どうやら鳴が戻ってきたようだ。
髪の毛はすっかり乾いて、ふわふわと揺れている。
足音を立てないように歩いているのが音で分かる。郭嘉はフッと笑った。

「……おかえり」

「うわっ!ビックリした。起きてたの?」

いきなりしゃべり出した郭嘉に鳴はとてもびっくりしたようだ。
鳴は布団をめくり、郭嘉の隣に横たわった。

「…あなたは、化粧をしないほうが可愛らしいと思うよ」
「…うっさいな、子供のくせに。早く寝な」

「はいはい。おやすみ、鳴」

「呼び捨てかよ…まあいいけど」

程なくして鳴のほうから静かな寝息が聞こえてくる。

このような形で女性と床を共にするのは始めてかもしれない…。
驚いたことに、自分も全く食指が動かないのにも笑える。

…目を閉じれば、また許昌に戻れるだろうか。…戻ったら、今度こそ死ぬのだろうか。

郭嘉は期待と不安の混ざったまま、ゆっくりと目を閉じた。






朝は以外と早く訪れた。


「げほ…ゲホッ!」

「郭嘉!郭嘉…、ちょっと!大丈夫!郭嘉!」

早朝、鳴は聞きなれない音で目を覚ました。
隣を見ると、郭嘉は鳴に背中を向け、苦しそうにひどい咳をしていた。
眠気の吹っ飛んだ鳴は郭嘉の肩に手をかけて揺さぶったが、ますますつらそうにするので慌ててかずに連絡をした。

かずの機転でこの家お抱えの医者がやってくるまで、郭嘉の咳はとまることがなかった。

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