05


「どうしてここまで放っておいたのかな」

医者はそう言った。
子供相手に口調はくだけて顔も薄く笑っているが、眼鏡の奥の目は絶対怒っている。そうに違いない。
郭嘉は少し微笑んだだけで、何も言わない。郭嘉の体については鳴は全くわからないし、ていうか昨日会ったばかりなので何も言えなかった。
静まり返る室内に、医者の大きなため息だけが響いた。

「はっきり言うけど、今の君の状態は最悪だよ。どうしてそんな平気な顔ができているのか不思議だ」

そういわれても郭嘉は表情を変えない。ベッド横で椅子に座る鳴のほうがひどい顔をしていた。

「…でも、大丈夫だよ。薬をきちんと飲んで健康な生活をすれば、直る病気だから」

そこで初めて郭嘉の顔に光が差した。目をわずかに見開いて、じっと医者を見つめていた。
その視線に気づいている医者は、少し笑って言った。

「不思議かな?昔はこの病気で命を落とす人はたくさんいたんだよ。でも今は、医療が発達しているから」

昔の人たちのおかげでね、だから安心して。と優しく言った。郭嘉は戸惑ったように、力なく頷いた。
郭嘉が頷いたのを見ると、医者は鳴のほうを見て言った。

「鳴ちゃん、ちょっと話があるからきなさい」
「はい…」

さっきまでの優しい声色はどこへやら。また冒頭の顔だけ笑顔の先生に戻ってしまったようだ。
鳴は「ちょっと行ってくる」と郭嘉へ言い残し、医者と二人で廊下に出た。


「郭嘉くんのことですが」
「う、うん…」

郭嘉への態度とは打って変わって敬語に直った医者は、人差し指で眼鏡を押し上げて言った。
この医者は代々鳴の家族の体を診てくれていた街の診療所の何代目かの先生。
鳴のことも小さい頃から知っているし、鳴の体のことはもしかしたら本人よりも知っているかもしれない。

そんな医者が厳しい顔をしているのを鳴は久々に見た。
こんな顔をするのは、鳴がいつだったか高熱を出した日に「学校に行く」とわがままを言って聞かなかった時ぶりかもしれない。あの時は本当に怖かった。正論で淡々と追い詰めてくるんだもん。

「今時あの病気にかかる人は珍しいんですよ。しかも、あそこまで進行しているのは…。ふつう皆あそこまで進行する前に医者にかかりますから」
「……」
「ひどい頭痛に動悸と息切れ、あと咳。たまに血痰もでてたかと。あんな状態だと、普通は立つ事もできませんよ」

食事はとっていますか?と聞くと、そういえば昨日拾ってから何も食べさせてやってないことに気づいた。鳴は力なく首を振った。

「食欲不振も症状のひとつなんです。おかゆとか、うどんとか…とにかく胃に優しいものを食べさせてあげて下さい。ですが先ほども言いましたが薬を飲めば大丈夫ですので。とりあえず今日から2週間分の薬をまたあとで持って来させます。ちゃんと飲むか見ててあげて下さい」

「監視しろってこと?」

「言い方が悪いですね。あの状態になるまで放置してた子どもです、もしかすると今まで医者にかかったことも薬を飲んだこともないかもしれません…安心させるために隣にいてやって下さいと言ってるのです」
「あ…」
「それと、せめて食事をしっかりとれるくらい体力が回復するまで、絶対安静です。ベッドでおとなしくさせること。いいですか?」

「…わかった。小十郎先生。」

「いい子です。頼みましたよ」

鳴が頷くのを見ると、医者は安心したように頷いて、また室内へ戻っていった。

「郭嘉くん、お待たせ。今日からお薬たくさん出るけど、頑張って飲もうね」

小十郎先生がそう言っているのを、鳴はぼんやりと聞いていた。
郭嘉は一体どこからきて、何をしていたんだろう。元いた時代では、どんな子供だったんだろう。どうしてそんなに重い病気にかかっていたのだろう。
どうしてうちの林に倒れていたんだろう。どうして…私は郭嘉を拾ってしまったんだろう。
そのことに何か意味はあるのだろうか。

郭嘉が思い出さない限り判明しないことだけど。鳴はそんなことをもやもやと考えていた。



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