07



「郭嘉様。お薬が届きましたよ」
「ああ…ありがとう、ございます」
「たくさんありますが、ゆっくり飲んでくださいませね」


ほどなくしてかずが部屋に入ってきた。その物音で郭嘉も目を覚ます。

小十郎先生の遣いが、二週間分の薬を届けてくれたようだ。その中から一回分ずつ、かずが持ってきてくれた。

お盆にのせられたたくさんの錠剤は、元の時代よりずっと色とりどりで形も飲みやすそうに見える。
かずはベッドサイドにお盆をおき、自分も椅子に座ると薬とお水を郭嘉に渡した。

「お薬は飲めますか?」
「…ええ、この薬は大分飲みやすいものですね」

平べったく作られていたり、舌ざわりがつるつるしていて不快感がなく、異物感を感じないうちに喉をするすると通っていく。においも全く無いことに郭嘉は大いに驚いた。
いつも飲んでいた痛み止めの丸くて大きな丸薬は飲み込むのも一苦労だった。飲んでいくうちに慣れてしまったが…と思ったところで、ふつう薬を飲むのなんて慣れるものではないよなとも思った。

ぱくぱくと薬を飲んでいく郭嘉に、使用人のかずは目を丸くした。
鳴から「薬をちゃんと飲めるか見ててあげて」と言われていたのだ。てっきり飲めない子なのだと思っていたが、それはこちらの勘違いだったようだ。

「…お薬飲まれるの、お上手なんですねえ。お嬢様よりずっと」
「そういえば、鳴は?」
「学校に行かれましたよ」

鳴の名前を聞いてふと思い出して聞いてみたが、どうやら鳴は「高校」という場所に行ってしまったみたいだ。
暗くなるまで帰ってこないらしい。

「学校帰りにお友達のみなさんと遊んでから帰ってくるのです。かずは心配ですよ」
「何故?友人と遊ぶのは悪いことではないだろう」
「若い娘が暗くなるまで街をほっつき歩くのは感心しないと言うことです」
「まあ…それは正しい感覚だろうね。それに、鳴は美しいし」

男が放っておかないだろう。と郭嘉がニヤリとすると、かずは冗談じゃありませんよ!と病人の郭嘉の背中を叩いた。



太陽が真上にのぼった頃、またかずがおかゆを作って持ってきた。
でもどうしても食べる気がしなくて、またレンゲ一杯だけ食べてあとは返した。
申し訳ないというと、仕方がありませんよ、少しずつ召し上がれるようになってくださいね。とかずは言う。
おかゆはとても美味しく、少しずつしか食べられないことが残念に思えた。


食事が終わるとまた薬が用意された。どうやら、食事のあとに食べるものらしい。
それらを全て難なく飲み込むと、郭嘉はまた布団に大きく沈み込んだ。
寝具には鳴のにおいでいっぱいだ。他人のにおいなんて、落ち着かないのに…なぜだか、この香りに包まれていると落ち着く。
郭嘉は再びゆっくりとまどろみのなかへ沈んでいった。





何やら大きな音がする。郭嘉は目を覚ました。
その音はどんどん大きくなって、郭嘉に近づいてくるようだった。


「郭嘉っ!!」


鳴が飛び込んできた。肩で息をして、額には汗をかいている。
髪の毛はぼさぼさだし、化粧はほぼ崩れてとれかけていた。

鳴はベッドの上でぽかんとした表情をする郭嘉を見つけると、安心したようにその場にへたりこんだ。


「よ…かった。生きてた…」


鳴の呟いた言葉に郭嘉は心臓を握られたような感覚に見舞われた。
母親のことを聞いてしまったからかもしれないが、きっと鳴の本心からの言葉なんだと郭嘉は思った。

かずの話だと、暗くなるまで帰ってこないはずだったけれど、今はまだ日も高く、夕方まではまだ時間がある。
友人との遊びを我慢して、急いで帰ってきてくれたのだろうか。
郭嘉のことを心配に思って、いてもたってもいられなくなったのだろうか。
きちんと勉学には励んだのだろうか。郭嘉のことばかり考えて、何の話も耳に入らなかったんじゃないのか。

そんなことを考えると、郭嘉はなんだか鳴のことを抱きしめたくなってしまった。
できるはずはないのだけれど。


「…私はそんなに死にそうな顔をしていたかな」
「今朝ものすごい咳払いで人を起こしたのは誰よ」
「さて、誰だったかな」
「あんたほんとに、いいの顔だけだよね」

あーむかつく、といいながら鳴の顔はなんだか楽しそうだ。
郭嘉の足元に腰を下ろして、何やら手に持っていた白いものを掲げた。

「あんた、昨日冷たいもの嫌がったでしょ?だから…これ。常温のやつ」

鳴が白い袋から取り出したのは四角くてやわらかい物体だった。
郭嘉が興味ぶかそうに観察していると、二つ買ったらしく鳴が自分のぶんを取り出して口にいれた。どうやら食べ物らしい。

「この白く出っ張ってるところをひねると口があくの。そのまま軽く吸うと中身がでてくるんだよ」

それはパックに入った吸うタイプのスポーツドリンクだった。
鳴がしてみせたように、郭嘉も見よう見まねで口に含んでみる。
水だと思ったものは味がついていて、適度な甘みと酸味が喉にやさしく流れ込んできた。

「飲めそう?ただの水じゃないから…色んな栄養成分とか入ってる」
「うん、これは…途中で蓋をしめることもできるんだね。味も悪くないし、便利だ」

一口飲んだ郭嘉は満足そうに言って、蓋をしめた。先の世のものは便利だ。また喉が渇いたら飲もうと思った。

「そっか…よかった…」

学校に行っていたため、郭嘉が何かを口にするのを始めて見た鳴は心の底から安心した様子で呟いた。
その気持ちが表情にもでていたのか、鳴の気持ちを汲み取った郭嘉は口端を上げて笑い、鳴に話しかける。

「鳴、私は顔もいいけど…頭も良いんだよ」
「へーあっそ。自分で言うな」
鳴はパッと表情を変えた。その表情の落差に郭嘉はまた笑った。

「鳴が髪も顔も乱してまで私に会いに来てくれた理由をかずに教えてあげたいな」

「顔が乱れてるってどういう意味だ!?はたくよ!」

鳴はカッと赤くなった頬を隠さずに手を振りかぶった。
郭嘉は「おや」と言って肩をすくめながら布団を口元までもってきた。
布団で隠された口元は鳴には見えないように笑っている。

「病人には優しくしてほしいな」
「おい!都合いいときだけ病人面すんな!」

「お嬢様!大声はおやめくださいませ」

いつのまにやら二人分のおやつを持って扉の前に立っていたかずが言う。
うるさいのがきた、と鳴は手を下ろした。
小言を聞き流しながらお盆を受け取っている鳴を見ていると、郭嘉はなんだか自分の主とその従兄弟を見ているようで、少し愉快な気持ちになった。


「鳴…ありがとう、そして…ごめんね」

「……お礼は元気になってから聞くから」


ああ、やっぱり鳴は優しい。


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