08
休日の朝。朝起きると隣に郭嘉がいなかった。
鳴は寝巻きのまま一階に降り、キッチンにいるかずに話しかけた。
「かずさん、郭嘉は?」
「お庭に出ていらっしゃるようですよ」
「あのくそがき!また勝手に脱走したな」
かづが「そんなこと言うものではありませんよ」と言いかけた時には、もう既に鳴の姿はキッチンになかった。
なんだか郭嘉がきてからおてんば具合が復活したような気がする。
学校からもすぐ帰ってくるし、スマホをいじる頻度もめっきり少なくなった。学校にさえ忘れていくほどだ。
休日も、今まではなんやかんやと理由をつけてさっさと遊びに出かけていたが、今日は郭嘉につきっきりでいるらしい。
郭嘉がここに訪れてから一週間がたった。
郭嘉の容態は日を追うごとに驚くほど良くなっていた。
今では夕食のおかずを鳴と郭嘉で取り合うほど。お風呂の順番やテレビのチャンネル権でも小さな戦争が毎日起きる。
それなのに夜は二人仲良く同じベッドで寝ているというのだから、かずはまるで鳴に大きな弟ができたみたいだと思っていた。
鳴鳴が家で無邪気に笑う姿を見るたびに、郭嘉とくだらない喧嘩をしている様子を見るたびに、かずは微笑ましい気持ちになってしまうのだった。
「郭嘉ー!」
鳴はつっかけを履いて外に飛び出した。今日も日差しが強い。
肌の白い郭嘉にはつらいのではないかと思って、自分の帽子を持ってきた。
鳴の叫び声に反応したらしく、林の近くにいた郭嘉は振り返って鳴に手をふった。
「あんなところにいた…ん?」
鳴は手を振る郭嘉の姿を凝視した。目を細めてじっと見つめる。
なんだか…郭嘉の体が…
「でかくなってる……?」
「鳴、おはよう」
ゆっくり歩いてきた郭嘉は鳴の目の前で立ち止まり、にっこり笑った。
鳴は郭嘉の顔が自分と同じ位置にあることに気づく。
「どうしたの?変な顔して」
「余計なお世話。なんか…あんたさ、体大きくなってない?」
「ああ…やはり、鳴もそう思う?」
なんだその他人事な態度は。ていうか郭嘉も自覚があったのか。
鳴は持ってきた帽子を郭嘉の頭にかぶせてやる。郭嘉は「ありがとう」と微笑むが、その顔もやはり以前とは違っていた。幼さは残るが、もう少女だなんて呼べはしない。
うちにきたばかりの郭嘉は本当に女の子みたいだった。それに、体の線も細く病弱を表したようにひょろひょろしてて、肌も青白くて表情も乏しくて…今にも死んでしまいそうだった。
それが、今や何故か背も伸びて表情もはつらつとしてきた。顔色も、色白なのは変わりないがだいぶ健康的になった。太陽の光を浴びてキラキラと光る金髪がよく似合っていて、とても女の子には見間違えそうにないなと思った。
実際一週間かそこらで成長を確認できるなんてお前は植物かなにかかといいたくなるが、郭嘉に出会った経緯を思い出せば何も不思議なことなんてない。
ていうか、出会い頭に勝る不思議発見はそうそうないだろう。
帽子のつばを指先でちょっと押し上げる。さらさらした前髪の下、綺麗なアンバーの瞳が優しく鳴を見つめていた。
これぞまさに、美少年。少女漫画とかに「女子生徒全員が憧れている生徒会長役」で出てきてもいいんじゃないか。
「なんか郭嘉…かっこよくなったね」
鳴がそう言うと、郭嘉は一瞬驚いたような顔をして、そのあと破願した。
「おや、嬉しいな。いつも乱暴に「顔だけはいい」とか言われるから」
「勘違いすんな!顔だけ良いことにかわりはないわ」
たまに褒めるとすぐコレだ。
鳴は郭嘉の背中を軽く叩いた。
「…私もあと20年くらい年をとったら、顔だけではなく…あなたに認められる男になる自信があるよ」
「遠っ。具体的のようでそうでもないし」
「…そう、だね…」
変なの。と、鳴は笑った。
鳴の笑顔を見ると、郭嘉はおもむろに帽子を脱ぎ、代わりに脱いだそれを鳴にかぶせた。
「わ、ちょっと、何すんの」
「…鳴、私はあなたに私のことを知って欲しい」
郭嘉は帽子を目深にかぶせながら言った。鳴は無理やり目線を下げられたので、郭嘉の腹あたりから下しか見えず、急に何かをカムアウトしたがっている郭嘉の表情を見ることはできなかった。
「いきなり何?遊んでないでちゃんと帽子被ってよ」
「私は郭嘉…字を奉考。曹操殿の元で…軍師として働いていたんだ」
「………はあ」
「本当は…こんな、子供のような容姿ではなくて…年齢だって…何もかも……」
そう言った後、郭嘉は言葉に詰まってしまったようで何も言わなくなった。
鳴は郭嘉に無理やりかぶせられた帽子のつばを押し上げて、郭嘉の表情を見た。
こんなに不安げな郭嘉の声は、初めて聞いたかもしれない。
「………」
郭嘉は鳴を見つめ、なんだかつらそうな顔をしていた。
そんな顔を見てしまうと何もいえなくなってしまう。文句を言うために開いた口は閉じ、代わりの言葉をつむぐ。
「なんか…よくわかんないけど…話したいことがあるなら聞くよ。てか長くなるなら座りたいんだけど」
ちょうどよくかずの声が聞こえた。おやつセットを籠につめて用意してくれていたみたいだ。
鳴は「かずさんがおやつ用意してくれたみたい。あれ食べながらお話しよ」と言って、郭嘉の返事を待たずに駆けていった。
鳴の背中を見つめてから、郭嘉は空を見上げた。空の色は全く同じなのに…それ以外はこんなにも違う。
そのことが奇妙で…少し安心した。
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