上司の恋人2
鮑三娘様に連れられてやってきたのは、まさかの関索様の執務室だった。
ふつうの女官ならば場所で気づくかもしれない。仕事をしていれば関索様含め、将の皆様のお部屋を訪れる機会はたくさんある。
しかし私の直属の上司は鮑三娘様。
ふつうのお仕事なんて与えられないし、ほぼ毎日、鮑三娘様と一緒にいる以外は街に出掛けて買い物をしたり宿舎にこもってゆっくりしてる。
そのせいで、ここが関索様のお部屋だなんて全く気づきもしなかった。
女官失格だ。
窓辺にたたずむ関索様は私と鮑三娘様を交互に見つめ、美しく微笑んでいた。
そんな笑顔を見てもなぜか安心できず、逆に体を固めて戸惑ってしまった私の背中を、いつのまにか隣にきていた鮑三娘様がぽんと叩いた。
「ヒトミ、そんなに緊張しないで。」
「ほ、鮑三娘様…。私はなぜここにお通しされたのですか…?」
不安がる私の顔をのぞきこみながら、鮑三娘様はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべる。
その笑顔に、少しだけ安心した。
「それはこれからわかるって。関索、もう遅いし、始めちゃおっか」
「うん、それがいいね。では、こちらへ」
「え!?あっ、ちょ……」
「はい、こっちこっち〜〜」
関索様に手をとられ、奥へとつれていかれる。決して痛くはないが、有無を言わさぬ力はある。
鮑三娘様は背中をぐいぐいと押してくるし、私はあれよあれよと奥の部屋へと連れ込まれてしまった。
「さあ、ヒトミ。服を脱いで、寝台の上に横になってくれるかな」
「はあ!!??」
一体どんなことをされるのかと思ったら、服を脱げとおっしゃる。
「いや、それは、さすがに…」
「恥ずかしいの?まー、それもそうか。じゃあ、最初は着たままでいいよ。こっちおいで」
先に寝台に寝転がっていた鮑三娘様が、自身の隣をポンポンと叩いて私を手招きしている。
そこに来いということだろうか。
不安げに関索様のお顔を伺うと、優しげに微笑まれるだけ。
私は覚悟を決め、「失礼します」と小さく言って、鮑三娘様が待つ関索様の寝台へとゆっくりあがった。
すぐ横に鮑三娘様が寝ていて、私の顔を見つめながらなぜか頭をなでてくれる。
なんだか普段とは違う雰囲気にドキドキしていると、寝台のむこう側からギシッと音が聞こえた。
「さあ、はじめよう」
視線だけそちらにむけると、いつのまにか関索様が私の上にまたがっていた。
ギョッとして上半身を上げようとした。が、関索様の手のひらが背中にあてられて、私はビクッと硬直してしまった。
「か、関索様、鮑三娘様…」
「大丈夫。安心してていーよ」
「彼女から、いつも頑張ってる君が腰を痛めてしまったと聞いたんだ。そこで、君を癒してあげようと思ってね」
体を硬くした私の緊張をほぐすように、関索様は背骨をすうっとなぞって笑った。
…
ああ……気持ちいい。
関索様の手のうごきも、服越しに感じる暖かさも、鮑三娘様が頭をなでてくれる優しさも……
「ん………」
「ふふ……ヒトミ、とっても気持ち良さそう」
関索様は按摩の達人だった。
ビクビクしていた私の恐怖心はすぐになくなり、絶妙な力加減で体をほぐされる気持ちよさに身をゆだねてしまっていた。
「それはよかった。………そろそろ直に揉んであげたいのだけど、構わないかな?ヒトミ」
「んん……はい……お願い……します………」
あ…なんかわたし、服を脱がされちゃうみたい。
さっきまであんなに恥ずかしかったのに、私はいつの間にか頷いてしまっていた。
もう関索様のお顔を伺う余裕もない。気持ちよすぎて、眠ってしまいそうになる。
背後で二人がクスッと笑う声がした。
「…可愛い人だね、鮑三娘」
「でしょ?私の一番のお気に入りだもん。関索、ヒトミの服あたしが脱がしたい」
「君が言うなら、お好きにどうぞ」
やわらかな寝台の上でゆっくりと体を揉みほぐされながら、鮑三娘様の細い手が私の寝巻きをするすると脱がしていく。
もともと着脱のしやすい寝巻きはあっというまに脱がされて、私は家族以外の誰にも見せたことのない肌を上官とその恋人の目にさらしてしまった。
「…きれい、ヒトミ」
「君が大事に育てているだけはある。美しい肌をしているね」
関索様の熱い手のひらが、まだ誰にも触れられたことのない背中にそうっとあてられた。ゆっくりと力を込めながら体の筋をほぐしていく。
「あ…、きもちいい、です、関索様、鮑三娘様……………」
「…ヒトミ、眠たくなったら眠りなさい。今夜は私たちが、君を天国に連れていってあげよう」
「ふふ、ヒトミはなにもしなくていいよ………ただあたしたちを受け入れるだけで……ね?」
「鮑三娘…様、関索……様…………」
もうすでに天国まで上り詰めてしまいそうなんですが。
背中、腰、腕や足に与えられる心地よい刺激が、耳に届く鈴のような甘い声が、私の体を溶かしていく。
うふふ、クスクス…。鮑三娘様の天使みたいな笑い声を聞きながら、私はゆっくりと意識を手放した。
肩が軽い。
肩と言わず、頭も軽い。ていうか、体全体がフワフワしてすっごく心地がいい。
上体を起こした私はキョロキョロと辺りを見回す。
上質な寝台の寝心地に慣れない私はそこから立ち上がろうとしたが、なぜか強い力で固定されていて動けない。不思議に思って視線を落とすと、私の腰にはグッスリ眠る関索様と鮑三娘様の腕が巻き付いていたのだった。
「いや、ていうか私…服着てないし…」
しかも自分の格好は裸、生まれたままの姿である。
昨夜、流れに身を任せて服を脱がされた記憶がだんだんとよみがえってきた。
なんだか恥ずかしさを通り越して自分にドン引きである。
「はぁ…お二人とも…なぜ腰に………これじゃ仕事に出られない…」
仕事といっても鮑三娘様が起きてこなきゃ仕事らしい仕事はないのだけども。
とにかく上司と一緒に起床するなんてことはあってはまずい。
「よいしょっ」
私は一瞬の隙をつき、ゆるんだ腕からするりと抜け出す。
名残惜しそうに腕が空中をさ迷ったが、そのうち関索様と鮑三娘様がむつまじくぴったりとくっつきだしたので、これ以上はここにいないほうがいいだろうと判断し、そうっと部屋を出ることにした。
「…ていうか、あのお二人と私が同じ寝台で寝てしまうなんて、本当に変な話。」
寝室の扉に手をかけて、もう一度寝台を振り替える。
そこには関索様が、鮑三娘様の小さな体を愛しそうに抱きすくめる光景があった。
「……ほんと、謎」
それを見てなんだかのろけを見せつけられた気分になった私は、早々に部屋から立ち去ろうと心に決めた。
「私の服…、あ、ここにあった」
寝台の下に転がっていた寝巻きを適当に着て、上着も肩に引っ掻ける。とにかく早くここから出よう。
ガラッ!
勢いよく扉を開けるとそこには…
「うわっ、お前!どうしたのだその格好は…!」
「…びっくりした」
「キャーー!!」
関索様の執務室を出た廊下には、まさかのお二人の姿が。
その人物とは、関索様のご兄弟である関平様と関興様。このお時間なら朝の修錬に向かう途中なのかもしれない。
お二人の顔を見た瞬間私は自分の格好を思いだし、思わず小さな悲鳴をあげてしまった。
「かっ、かか、関平様、関興様!!お、お、おは、おはようございます………」
恥ずかしさのあまり声がだんだん小さくなってしまった私に、お二人は苦笑いを浮かべた。
「……ああ、おはよう。お前は確か…鮑三娘付きの女官だったか?」
「はい、ヒトミと申します」
関平様の問いかけに小さな声で返事をし、上着のあわせをしっかりと握る。こんな姿でお二人とお会いしてしまうなんて…恥ずかしすぎる。
「はい、あの、このような格好で申し訳ありません…今すぐに宿舎にもど、」
「ヒトミ、ここにいたの?」
「きゃあぁ!!!」
後ろから関索様がぬっと顔をだし、私の腰にぐっと腕を回した。
ち、近い!顔が、近い!
「おや…兄上たち、おはようございます。いい朝ですね」
「そのようだな、お前は…まったく」
「か、関索、様、あの、私」
「関索……おはよ……」
あわてふためく私と対照的に、いつもどおりポーカーフェイスな関興様とにこやかな関索様。あきれ顔の関平様。
「それにしても、びっくりしたよ。起きたら君がいないんだもの。あの子もまだしばらく起きないよ、まだ部屋にいたらいいのに」
「いえあの…そのようはわけには、あの」
「そうだ、まだ体につらい部分はある?昨夜の続きをしてあげようか」
「ちょっ、だからあの、」
目の前の二人を置いてけぼりにして関索様と私がごちゃごちゃと言い争いをしていると、
「…ちょっとまて、どういう状況なのだ?」
「………関索…?」
一瞬で不穏な雰囲気を感じる。私はサーッと顔を青ざめた。
「ち…………!違うんです!私はその…決してそのようなことではないんです!関索様!誤解を生むようなお言葉は…!!」
「…なにが違うの?あんなに気持ち良さそうにしていたのに」
「ああぁぁぁぁぁ………!」
しれっと言われた言葉に絶望を隠しきれない声が洩れる。嘘じゃないけど、嘘じゃないけど!言い方!!
口をぱくぱくさせていると、諦めたような顔をした関平様が遠い目で言った。
「………………関索。ヒトミ。ほどほどにな」
「…やりすぎ厳禁」
関興様もポツリと一言。
「違うんですってば!!!!!」
「さぁ、ヒトミおいで。もう一眠りしよう」
早朝にも関わらず大声を張り上げた私を無視して、関索様は私の腕をぐいっと引きこんだ。
そのまま腕の中に納まってしまい、なんだか肉食動物に捕食されたエサの気分。
すがる思いで関平様と関興様のほうを見たけど、お二人はもう既に廊下のむこう側へ歩いていってしまっていた。
「いやっ、ちょ……助けて……!!!!」
「さあ、こちらにおいで」
先ほどの私の大声に目が覚めてしまったのか、部屋の向こうから「まだぁ〜?」なんていう鮑三娘様の声が聞こえる。
身をよじるけど、関索様の太い腕はびくともしない。
「…寝て起きたら、昨日のつづきをしてあげようか?」
「結構です!!」
「ふふふ、可愛いね」
されるがままに部屋のなかへと引きずり込まれ、私は小さな悲鳴をあげることしかできないのであった。
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