その日は、学校休みを利用して幸村君の見舞いに切原と二人で出掛けていた。 だが、何の因果か……。 今の俺はどれだけため息を漏らしても、この鬱蒼とした気分を振り払うことができそうになかった。 「どうしたの?ブン太」 「どうしたんっスか、丸井先輩」 「……ぅわっ!なんだよ切原、いきなり覗き込んでくんなよ」 「っテェ…ッスよ!!何すんですか丸井先輩!!」 呆然としてたら、いつの間にか目の前に切原の顔があった。 やべェ…つい手が出ちまった。 スマン切原。 「ブン太どうしたんだい?珍しいね君が考え事なんて」 「あー…そんなんじゃねェんだよ、幸村君」 「って!二人とも俺の事ほったらかしッスか?!」 幸村君の病室に来たのはつい先刻ほど。 病院のエントランスで、ようやく見つけ出した切原と落ち合い、予定していた時刻より随分と遅れて到着した。 ……未だに不思議だけど、アレ、夢じゃなかったんだよなぁ。 「ブン太、また動きが止まってるよ」 「…ほんと何なんッスか、丸井先輩」 クスクスと微笑みながら、俺の眼前で手を振る幸村君。 俺はハッとして苦笑いを浮かべた。 はは…俺としたことが……らしくねェなぁー。 「そう言えばブン太、切原とは一緒にここへ来たのかい?」 「そうだけど?」 「よく迷わないで来れたね」 「は?どういうこと?」 笑みを濃くした幸村君に首を傾げる。 なんだ? 「いや、前に柳生が来たとき、切原とはもう来たくないと言っていたからね」 「え…それって……」 おいおい、まさか… 「近道を彼なりに見つけたみたいなんだけど、柳生にとってはかなりの遠回りになったみたいなんだ」 「………(やっぱりかーっ!!)」 「ちょッ!!幸村先輩!!そんな言い方したら俺が柳生先輩を迷わせたみたいじゃないッスか!」 「あれ、そうなのかい?切原?」 「え…そんなことないっすけど」 「――だそうだけど?ブン太?」 わなわなと拳を震わせる俺に向かって、厭らしい笑みを見せる幸村君。 柳生の野郎、わかってて今回俺についてくるように頼んだな……。 病室のベッドに腰かけてても、幸村君の悪魔が健在なのがはっきりと見て取れたぜ。 「切原ァ〜ッ!!俺はもう絶対にお前とは来ない!」 「えっ?!なんでなんッスかぁ〜!!」 「金輪際オレを誘うなよ!いいか?!柳生もダメだからな」 ぎゃいぎゃいと煩(うるさ)い切原に背を向ける。 気分を晴らすためにガムを口から膨らませるが……っ 「丸井先輩ッ!!」 ―――バチンッ。 割れやがった。 こんの、切原ァッ!! 「ぎゃァあぁッ?!痛ェッスよ!!丸井先輩!!」 「うるせェ!」 「あはは。ブン太、切原もきっと反省するはずだから今回は許してあげなよ」 「……切原、次はねェからな」 「…うー…イテテテッ、わかったッスよ」 幸村君の笑い声に、切原の頭を掴んでいた手を放す。 ったく、そのワカメ何本か抜きたい気分だぜ。 まぁ、今回はここらへんで解放してやるけどな。 「そうだ、幸村君」 「なんだい?」 「ちょっと聞きたいことがあんだけどさ」 そうだ、切原なんて放っておけばいいんだ。 それよりも、幸村君がせっかくここに居るんだし、気になることは訊いておきたいよなぁ。 うん、訊くに限るだろい。 「ここの病院って結構でかいけど、幸村君が入院してる本棟と外来用の棟以外にも入院施設ってあるのか?」 「どうだろう。俺はこの棟しか知らないけど……何か気になるのかい?」 「いや、知らないならいいんだ、ありがとな」 「?、そう」 不思議そうな表情を浮かべる幸村君に、俺は若干茫然としながら話を打ち切ろうと手を上げる。 そうか、幸村君も知らねェのか……。 ――あの不思議な場所のこと。 「ブン太?」 俺は、少しだけがっかりしたような感覚を覚えると、腰かけていた椅子からゆっくりと立ち上がった。 「丸井先輩…?どうしたんッスか?」 そして徐に窓に近寄る。 「……」 あーあ…… こっから覗いても、そこに見えるのはだだっ広い中庭だけ。 さっきの庭とは全然違ェな。 あんなに草ボーボーじゃなかったし。 あんなに広くなかったし。 「ブン太?何か気になるモノでも見えるのかい?」 「丸井先輩どうしたんスか?なんかさっきから変ッスよ」 「……」 聞こえる声を横目に、俺はそっと窓枠に手を置いた。 そして、窓脇にくくられたレースのカーテンを目に入れると、不意に、先ほど見た夢のような映像が脳裏に浮かんだ気がした。 「……あー」 「「??」」 咄嗟にギュッと目を瞑る。 けれど、鮮明によみがえってくるのは、あの光景。 「先輩……?」 真っ白なレースから現れた女。 真っ白で、人間じゃないみたいで、すげェ眩しかった。 緑と白しかないあの場所で、この世のものじゃねェみたいに浮世立っていた。 あそこは……ほんとうに存在したんだろうか。 「俺……どうやってここまで来たんだろうな」 「ブン太?」 「先輩?」 迷ってるうちに夢でも見ちまってたのかもな。 うん、そうだろい。 絶対そうに違いねェ。 俺は窓のカギを回すと、フッと息を漏らして笑った。 「……ブン太、本当にどうしたんだい?って…ポケットから何か落ちたよ?」 「ほんっとッスね」 「……」 あれは夢だ。 じゃなきゃ、あんなにきれいなものを俺が知れるはずもねェ。 「飴…?」 だから、買ったばかりの『大特価いちご飴アーンドりんご飴大袋』がいつの間にか袋だけになっちまってたのも、俺が単に迷ったときに落としちまっただけなんだ。 「ブン太……この飴の袋」 「幸村先輩??」 「花茶かな?菊花茶の香りがするよ」 「花茶ってなんッスか?」 ……その、はずなんだ。 5月22日。 俺は、初めての白昼夢を体験した。 脳裏の白昼夢