新たに別の世界で目を覚ましてから二日目。 昨日、この世界での友人の訪問により、現時点での自分の立ち位置を掻い摘んで理解することができた。 前の世界のように、異世界に渡るたび、これまでの時間の流れを途切れさせることなく話が繋がっていることもあるけれど……。 今回はどうやら時間の流れが微妙に飛んでいるらしい。 前回この世界に来たとき中学三年生だった私は、この世界の四月からすでに高校一年生へと変貌していた。 「……」 取り敢えず、明日からは件の高校へと通うことになっている。 でも、生憎今の私にはその高校の所在地がわからない。 私は腰掛けていた椅子から腰を上げると、室内電話へと手を伸ばした。 「≪はい≫」 「車を、回してください」 「≪かしこまりました≫」 リンッと軽やかな音を立てて途切れた電話。 私は窓から覗く高層階の景色に目を細めると、傍に在ったストールを手に部屋を後にした。 「本日はこの国光がお供させて頂きます」 「……学校に、向かっていただけますか」 「かしこまりました」 「……」 通常のエントランスとは別のホール辿り着けば、そこで待っていたのは一人の老紳士。 柔らかな物腰で受け答えをする所作は、ひどく繊細なものに見えた。 開けられた車の座席に乗り込む。 「差し出がましいこととは存じておりますが……」 「……」 「本日は休日にございます。行先はよろしいのでしょうか」 「……はい」 バックミラーから垣間見える国光さんの瞳は真っ直ぐにフロントガラスに向けられている。 私は横に見える窓から視線を移すと、「かまわない」と一言彼に告げた。 そして、流れる景色に茫然と目を向けること数十分。 不意に車のエンジンが止まった。 「春瀬さま、ご到着となります」 「……ありがとう」 寄り掛かっていた扉とは反対の扉が開かれる。 差し込む光に一瞬目が眩みそうになるけれど、脇に立っていた国光さんがその光を遮光するようにドアのすぐそばに佇んだ。 彼の手を取り、車の外へと降立つ。 「私はこちらでお待ち申し上げております」 「…わかりました」 一礼をしたのち、私の姿が見えなくなるまでその場で見送ってくれた国光さん。 私はその光景にどことなく既視感を覚えたけれど。 その感覚を振り払うように目の前の建物に目を向けた。 「……てい、丹高校」 両脇の門に掲げられた学校名。 それを見止めると、昨日メモに残されていた学校名と一致することを確認する。 そして、一言一句間違いがないことを確信すると、ゆっくりと校内へと足を進めた。 「……」 休日の学校、だけれど。 部活動やクラブ活動が盛んに行われているのか、学校内の至る所から学生たちの声が聞こえてくる。 グラウンドからは野球、サッカー、陸上。 テニスコートも近くにあるのか、ボールを打つ音が木霊していた。 「……」 いくらか進んでいくと、均等に立ち並ぶ下駄箱が目に入る。 昇降口を潜れば、どこか懐かしいような感覚が襲った気がした。 一年生の区域だと思われる場所に足を運び「一年二組」の文字を探す。 更にその中から自分のモノだと思われる場所に手を伸ばせば、ひとつのプレートが目についた。 「……」 案外、すんなりと迷うことなく見つけることができた下駄箱。 私はその下駄箱を開けると、一足の上質な布で作られた布靴を見つけた。 「…、?」 この世界でもかなりの上流階級に組み込まれてしまっている自分。 それを踏まえれば、この靴が自分のモノであることは一目瞭然だった。 けれど、どういうことなのか。 おそらく自分のものと思われるその靴の横に、あろうことか、何か白いモノが添えられている。 見たところ封筒のように思えるソレは、下駄箱という空間で異彩を放っていた。 「……名無し」 しかも封筒を徐に手に取って見れば、何も書かれていない宛名欄。 不思議な存在に首が傾くのも無理はない。 私宛て、ではないのかな。 私は怪訝に思いながらもそれをじっと見つめると、廊下の先から聞こえた声にハッと顔を上げた。 「いやーね、園子ったら。そんなこと高校生になってまであるわけないでしょ」 「でも私見たんだから!うちの学年の男子が一年の娘の下駄箱に手紙入れてるの!!あれはぜーったいに恋文よ!!」 「小学生じゃないんだから、もう。どうせ連絡用のプリントか何かよ」 「夢がないわねー、蘭ったら」 ……恋文。 ……連絡用プリント。 聞こえた会話の単語を頭の中で反復すると、私は手元の封筒に視線を落とした。 「……」 けれど、宛名もないものを勝手に見るような性格ではない。 だからたとえこれが私宛てだったとしても、開けようとは思わない。 「空手ばっかやってるからそんなに頭まで固くなんのよ」 「そんな言い方しなくてもいいじゃない」 「ふーんだ、いつか旦那からも愛想尽かされるわよー」 「園子っ!!」 「おっ先〜」 「あ、待てこらー!!」 私は持っていた封筒をポーチの中に仕舞うと、教室のある方向だけを確認してその場から立ち去った。 そして、誰一人として顔を合わせることなく門まで辿り着くと、脇に控えていた国光さんの車に乗り込んだ。 「ここからいかがなさいましょう」 「……どこか、紅茶の美味しいところ」 「かしこまりました」 「……」 流れ出した車窓に白い息が掛かる。 明日からの高校生活は憂いばかりな気がする。 「いつまで、続くんだろう」 漏れ出た言葉は誰に聞かれるでもなかった。 5月25日。 休日に見た学校はいつの時代も、どの世界も変わらない。 明日からの憂い