その日は、普段の週末の休日で。 珍しく部活動が午前中だけだという蘭と園子と一緒に、俺は赤坂のホテルへと足を延ばしていた。 「いやぁ〜俺も一緒に来られるなんて、なんて幸運なんだ」 「もう、お父さん!園子が連れて来てくれたんだから恥ずかしいことしないでよ」 「わーったよ!ったくうるせーな」 「お父さん!」 「はいはい」 そして、それになぜかオっちゃんまでついて来るとは。 はは……。 見慣れたものだが、苦笑いしちまうのは仕方ねーだろ。 「はいはい、蘭もおじさまも行くわよ」 「あ、園子!ごめんね」 「いーのよ別に」 「それにしても私緊張してきちゃった」 「なんでよ」 「だって、天下の日本帝ホテルよ?私こんなところ来るの初めてだもの、ね?コナン君」 「え?あ、うんそうだね」 突如蘭に話掛けられ、慌てて返事をする。 俺は茫然と辺りを見回していた視線を戻すと、笑顔を浮かべながら二人の後を追った。 ……でも、確かに豪著だな。 さすがは日本随一のホテルと言ったところか。 「でもあれだな。こうして日帝(=日本帝ホテル)に来られるなんてさすがは鈴木財閥と言ったところか」 「あー違う違う」 「?」 「確かにウチもいくつかホテル系統とは太い繋がりがあるけど、ここは別格よ」 「どういうこと、園子?」 オっちゃんの言葉に手を振りかぶって否定した園子に、俺たち三人が視線を寄せる。 その様子に、園子が珍しく苦笑を浮かべると、俺たちはさらに疑問に首を捻らせた。 「なんていうのかなぁ。このホテルが海外の貴族来賓とか、王室とかを受け入れてるのは知ってるでしょ?」 「うん。ニュースとかでたまにやってるから」 「でも別に一般の人が利用できないってわけでもないでしょ?」 「そうよね、今だって周りにいっぱい利用している人たちいるみたいだし」 「なにが言いてぇんだ?お前は」 「おじさまも探偵なら聞いたことくらいはあるんじゃないかしら?」 俺たちの前を歩いていた足を止め、徐に振り返る園子。 顔の前に人差し指を掲げて、眉間に皺を寄せていた。 「日本唯一の貴族ってやつよ」 「「「!?」」」 あー…そういうことか。 ニヒルな笑みを浮かべ胸を張る園子に、俺は「なるほど」と納得した表情を返す。 だが、園子の言ったことに理解を示したのはどうやら俺だけのようで。 オっちゃんと蘭の奴は、未だに不可解な顔をしていた。 「どういうことだ?」 「もー、おじさまったらまだわかんないわけぇ?!」 「日本唯一の貴族の家系。それって一種の伝説みたいなお話として知られているけど、本当に実在しているってことだよね?園子お姉ちゃん!」 「よくわかったわね、オチビちゃん」 「えっ、コナン君わかったの?」 「うん!」 つまりは、こうだろ? 日本唯一の貴族、名前こそ知られてはいねぇが、そいつらが本当に存在していて、このホテルの権限に関わっているのだとしたら……。 それはいくら財閥の娘だろうがどこぞの資産家だろうが、天皇の次に位のあるそいつらとつながりを持つなんてことは不可能だ。 賄賂なんて以ての外。 そいつらからしたら、俺たちにとって金持ちに見える奴らも一庶民、一般人と変わらねぇってことだ。 だから、そいつらにとって園子も鈴木財閥も一般人と何ら変わりない存在。 貴族様と庶民には一生繋がりなんてものはできねぇ。 他のホテルのように優遇なんてしてもらえねぇってことだろ。 「へぇ……そんな人たちがいたのね」 「まあ、今回は特別なんて言えないけど、それでもスイートルーム取ってあげたんだから感謝しなさいよね」 「はは、ありがと園子」 「……はは」 …自分で言うか、普通。 「鈴木様四名様でいらっしゃいますね。お部屋までは私がご案内させて頂きます」 そうして、何とかフロントまで辿り着いた俺たち。 優遇とまではいかないみてーだが、鈴木財閥の一人娘には、取り敢えずコンシェルジュの責任者自らが部屋まで案内をしてくれるらしい。 俺たちはそいつの案内のもと、他の客とは違うエレベーターで部屋まで連れられて行った。 「こちらが日本帝ホテル唯一の最上階スイートルームにございます。天皇陛下、アレクサンドリア皇帝、ロマノフ皇后など、様々な歴史的人物がこのお部屋にご滞在なさいました」 「ひえ〜っ、こりゃすげーなぁ」 「うわぁ、本当に素敵なお部屋」 両開きの扉をコンシェルジュが手際よく開けていく。 その先に見えた部屋は、ここが日本だということを忘れさせるほどの豪著さと絢爛さを帯びていた。 オっちゃんと蘭が驚きに眼を見開いている。 「それでは、私の案内はここまでとなりますので」 「あ、ありがとうございます」 「あ、あとで飲み物持って来てくれるかしら?」 「はい、かしこまりました」 「園子!この人案内してくれた人よ?」 「何言ってんのよ、コンシェルジュなんだから別にいーのよ」 「すみません」 「いえ」 だが、蘭の驚きは直ぐに冷めたらしい。 コンシェルジュのフォローに回るとは……。 なんというか、蘭の奴はお嬢様には不向きなタイプだな。 「…?」 そんな蘭と園子、コンシェルジュのやり取りを横目に、俺はスッと窓際に近づいた。 はー…確かにこりゃすげーな。 東京が一望できるとは……かなりの高さがないと無理な話だ。 こりゃオっちゃんにはちょーっとキツイかもな。 「ひゃぁあああ?!」 「お父さん?!」 とかなんとか言ってれば、案の定だな。 ちらりと目の端に捉えたオっちゃんの姿に、俺は苦笑を漏らした。 「わぁ、すごい高さね」 「こちらは客室の最上階部屋となっておりますので」 「そうなんだ」 「はい。またこちらのフロアはこの一室となっておりますので、周りも気にすることなくお過ごしいただけることと思います」 「なんか贅沢ね」 コンシェルジュの説明に、蘭が感嘆の声を上げる。 オっちゃんは相変わらずビビっちまってるみて―だが、窓際に行かなければ何とか大丈夫みてーだ。 情けねぇ。 ん?でもちょっと待てよ… 「あれ?客室の、ってことはまだ上に階があるの?」 「え?」 「なーに言ってんのよ!ガキンチョ!!」 「えー?だって今コンシェルジュの人がそう言ったから、だからまだ上があるのかなーって思っただけだよ?」 「最上階って言ってんだから、これ以上上があるわけないでしょ?!馬鹿ね」 ポカッと軽く園子に頭を小突かれる。 俺は、その痛みに頭に手を載せると「だってぇー」と子供じみた声を上げた。 すると、その様子を見ていたコンシェルジュが微笑ましそうに声を掛ける。 「申し訳ございません、私の表現不足でございました」 「いいのよ、こんな子供の戯言なんか気にしなくても」 「園子、そんな言い方…」 「お客様」 「なーに?」 申し訳なさそうに笑ったコンシェルジュ。 それは後続して起こった蘭と園子のやり取りに向けられ、俺に向けられることはなかった。 けれど、そいつは二人のやり取りを傍目に入れると、次には俺の目線に合わせるように腰を屈めた。 目の前にコンシェルジュの顔が現れる。 「このお部屋が、最上階となりますので」 「……、そーなんだ!」 「えぇ。エレベータでもこちらの階で番号が終わっております」 「…」 ニコリと微笑んだコンシェルジュ。 気のせいか?笑ってるくせに眼が笑ってない気がする。 ……なんだ? 「もうすみません。こんなガキンチョの質問に答えてもらって」 「いえ、いつでもご質問くださいませ」 「私の方こそ、コナン君の質問に答えてくれてありがとうございます」 然し、そいつの瞳はすぐに俺の視界から消えてしまった。 体を起こしたコンシェルジュが見遣る先は蘭と園子だ。 その表情は……さっきと何ら変わりない。 「いえ。それでは私はこれで失礼させて頂きます」 「あ、はい」 「もし御用がございましたら、そちらのお電話でお申し付けくださいませ」 「わかりました」 「それでは」 ……。 パタリと静かに閉められた扉。 蘭は俺に振り返って「よかったね」と声を掛ける。 が、俺は僅かに感じた違和感を拭い去ることができなくて、蘭と園子が部屋の奥に行った後もなぜかそこから動くことができなかった。 「……気の、せいか?」 見上げた先は、豪著な天井。 そこに在るのは精巧に描かれた幾重もの天使と、四隅に見え隠れする悪魔の姿だけだった。 ……まさかな。 5月25日。 絢爛豪華な部屋に隠された天使と悪魔。 感じた違和感の先には踏み出せなかった。 摩天楼の高み