再び始まった高校生活。 今日からまた、憂鬱な一週間が始まる。 「春瀬さんだ…」 「……ほんとだ」 前の世界でも、どの世界でも、自分の立ち位置というものは変わらないらしい。 私は先刻着いたばかりの下駄箱に靴を仕舞うと、ひそひそと聞こえた声にため息を漏らした。 「…二階……」 顔を上げた先で捉えたリノリウムの階段。 歩くたびに足元で鳴らされる学校特有の高音がひどく耳につく。 私は、自分の教室があると思われる階まで足を進めると、周囲から注がれる視線を受け流しながら目的の場所を探った。 「……」 わいわいと騒がれる教室は、若さあふれる生徒たちの声で賑っている。 けれど、自分が足を踏み入れた瞬間に聞こえてくるのは、唐突に落とされる静寂と小声だけ。 「春瀬さんよ」 「ほんと、きれい…」 「でも入学してからあんまり学校来ないよね?なんでだろ」 「さあ?」 遅めの時間に登校したことが功を奏し、私以外の生徒はすでに席についていた。 後三分ほどでホームルームが始まる時間。 私は時計を横目で確認しながら、ポツリとひとつだけ空虚になっている席に近づいた。 そして、間違いなくその席が自分のモノであるという確証を得ると、静かに腰を降ろした。 「午前の授業はここまでだ」 「よっしゃぁー!!飯だメシ!!」 「購買行かなーい?」 「カフェテリアにしようよー」 そうして、その席から一歩も動くことなく終えた午前。 私は、昼休憩にうるさくなった教室の声を背景に、茫然と窓の外を見つめた。 ……既視感の煽る時間、だ。 そう言えば、前の世界ではこうしている間にハルトがお弁当を届けに来た時があった。 私は、この世界では決して会うことのない人物を思い浮かべると、小さく心の中で苦笑した。 ――ピンポーン、ピンポーン。 「≪一年二組、春瀬ルカ。至急学長室までお越しください。一年二組、春瀬ルカ。至急学長室までお越しください≫」 けれど、そんな私の思考を遮るものがこの耳に届いてきた。 突如鳴り響いた校内放送が、二度繰り返しながら私の名前を呼んでいた。 「……」 その場に立ち上がる。 瞬間、なぜか動きの止まった教室内の人間たち。 さざめいていた喧騒も一瞬のうちに止まり…。 私は、クラスメイト達の間にできた道をゆったりとした足取りで歩いていった。 「春瀬さんが動いた…」 「あぁ、登下校以外で席立つの初めて見た…」 「いや…移動教室もあるから……」 「あ……あぁ」 教室から出て来た私は、ふと進めていた足を止める。 そして徐に窓の外を見遣ると、これから向かう場所の位置を探ろうとした。 けれど、そこに見えるのは広範なグラウンドだけ。 私は、窓枠に手を添えると小さく肩を落とした。 「……、学長室」 今の私にしてみれば、この学校は今日が初めて登校する場所。 小中高、大学まで一貫したこの敷地内で、学長室一つを見つけ出すのにはかなりの難が生じる。 人に訊ねようにも、前の世界同様、誰も私と目を合わすことはない。 私は、取り敢えず一階まで降りてくると、校舎外にある構内図を確認しようと足を動かした。 正門に辿り着くと、門から入ったすぐ傍に構内図を見つけた。 それによると、学長室は高等部の校舎ではなく、大学の敷地内にあることが見て取れる。 私は現在地と学長室の位置を再確認すると、昼休憩があと数分で終わることにため息を漏らした。 「ルカお嬢様!」 「…?」 午後の授業は確実に欠席してしまうだろうと考えながら、大学方面へと足を動かそうとしたとき。 不意に耳に届いてきた、聞き覚えのある声。 私は、呼ばれた先に顔を向けると、案の定見覚えのある人物をこの目に捉えた。 「……正宗さん?」 「っはぁはぁ、良かったです、こちらにいらっ…しゃっ、たんですね、はぁはぁ」 「もしかして…学長室に呼ばれたのは……」 「はい、お嬢様が今こちらにいらしております」 「……」 ここまで駆けて来たのか、全身で息をする正宗さんの額にじんわりと汗が滲んでいた。 制服のポケットからハンカチを取り出して渡す。 「いえ、私にそのような…恐縮でございます。お気持ちだけ、大切に頂戴いたします」 「……」 深呼吸をしながら息を整えていく正宗さん。 呼吸が落ち着く頃には、尹倚さんが学長室を訪れた理由を話してくれた。 「一昨日、お話をされましたように、ルカお嬢様の学校にセキュリティの改善を求めにいらしたのです。そのため、今現在、学長殿にお目通りをしていらっしゃる最中でございます」 「…」 「私もルカお嬢様の身を案じるものとして、伊倚さまのご心中大いにお察しいたします。」 「ですから…」と言葉を続ける正宗さん。 けれど次にはその歩んでいた足を止めて、話している間に到着していた学長室の扉に手を掛けた。 「今からお会いされる尹倚さまをあまりお咎めにならないであげてください」 「……」 「不器用ながらもこれが伊倚お嬢様のお優しさなのでございます」 キィッ、と古びた音を立てる蝶番。 ゆっくりと開かれていく赤茶色の重厚な扉の先に、私は一昨日ぶりになる友人と上質なスーツを纏った男性を見つけた。 「それでは、ルカお嬢様……参りましょう」 「遅いわよ!」 「…」 5月25日。 登校日に再会した友人。 帰宅が誰よりも遅くなったのは致し方のないことだった。 友の約束