元の世界ではあまりないことだけれど…。 私用で学校を休む、ということが別次元の世界では頻繁にあるような気がする。 まあ、前の世界では体調の面が大きく影響しているんだけど…。 「本日春瀬さまにご同行させていただきます、コンシェルジュ責任者の中里と申します」 「……」 「本日は天皇陛下御主催の昼食会にご参加のご予定ですが、着付けの方はいかがなさいましょう?」 「……誰でも、大丈夫です」 「承知いたしました」 そう、今日は学校を欠席し、この世界での御家事情に巻き込まれなくてはならない日だった。 「春瀬さま、本日は洋装といたしましょう」 「…」 「昼食のご予定では、本日のメインディッシュは北欧から招かれたシェフが御用意なされるとのこと。そちらに合わせ、白銀の雪をイメージしたお洋服をいくつかお見繕いさせて戴きました」 中里さんに連れられ、部屋に付随した衣裳部屋へと入っていく。 目の前に並べられた数十着もの衣装は、今日の昼食会のためだけに世界中のデザイナーに作らせたものらしい。 私は目についた一つの衣装に手を伸ばすと、他の衣装には目もくれず、一言「これにする」と呟いた。 「それでは、あちらのお部屋に。化粧師がお待ちしております」 「……」 そして、手際よく着付けされていく自分。 顔から足先、髪の毛まで専任の人に整えてもらえば、準備し終えたときにはすでに出発の時刻となっていた。 「「「いってらっしゃいませ」」」 数人のコンシェルジュに見送られ、準備された車へと乗りこむ。 一切の揺れもなく走り出した車は、スモークガラスに包まれた光の入り込まない内装をしていた。 窓から見える景色が紫黒色(しこくいろ)だ。 私は、徐々に速度を上げて流れ始める景色に瞼を降ろした。 そのとき、不意に手元近くに並べられた新聞が手に触れる。 徐にそのうちの一つを手に取った。 「……高校、生?」 経済紙の三面辺り。 読んでいた手をふと止める。 すると、そこには今の私と同年代ほどの少年の写真が載せられていた。 それも、あまり見たことのないような文字とともに……。 「春瀬さま?いかがなさいましたか?」 「……あ、いえ」 「なにかございましたら、直ぐにご連絡を」 後部座席と運転席の間に置かれた仕切り。 そのすぐ脇には小さなマイクロフォンが設置されている。 私の微かな呟きを拾った中里さんが、不思議そうにこちらに声を掛けていた。 「いえ…ただ新聞が気になったので」 「新聞ですか?」 「はい、英国で活躍されている高校生の探偵がいらっしゃるとの記事です」 「あぁ、その記事でしたら、本日の経済新聞の朝刊ですね」 けれど、私が目にしていた記事の内容を話せば、中里さんは直ぐに合点がいったみたい。 あまり感情を表さない彼には珍しく、少々嬉々とした声色で、その高校生のことを教えてくれた。 「彼は警視総監の息子さんで、英国を主に活躍されていますが度々日本でも難事件を解決に導いているとのことです」 「……そうなんですか」 「えぇ。確か高校二年生なので、春瀬様よりひとつ年上になると思います」 ……ひとつ、上。 「それと、彼はあの怪盗キッドの捜査によく携わっているとか。彼の手腕で何度もその怪盗を追い詰めているんですよ」 「……怪盗?」 「はい。あ…えっと申し訳ございません」 「?」 「出過ぎたこととは存じておりますが、春瀬さまはキッドのことをご存じでは……?」 「……いえ」 「っ!さようでございましたか……大変申し訳ございません。少しおしゃべりが過ぎてしまったようです…」 ジジッと小さく呻いたマイクロフォン。 先ほどよりもトーンの下がった中里さんの声が、申し訳なさそうに謝罪を述べていた。 どうやら私の無知が彼の盛り上がっていた気分を落ち着けてしまったようだ。 私は小さく口元を緩めると、中里さんに「続けてください」と話の先を促した。 「申し訳ございません。私のようなものの話に…」 「いえ。私も外部のことは知りたいので…」 けれど、落ち着いてしまった気分は直ぐには上昇しない。 中里さんはもう一度謝罪を述べると、先ほどよりも安定した声で「ありがとうございます」と漏らした。 「八年前に消息を絶ったのですが、現在になって日本を中心に再び姿を現わし世間をにぎわせているのが怪盗キッドと呼ばれる怪盗なのです。主にビッグジュエルを狙っているようですが、そのほとんどが持ち主に返却されているとか」 「…返却ですか?」 「はい。詳しいことはわかってはおりませんが、世論では何か目的の宝石があるのではないかと言われております」 中里さんの言葉に、ぼんやりとその理由を探る。 けれど、犯罪者の心理を理解できるはずもなくて…。 私は、いつの間にか黙ってしまっていた口を、中里さんの心配するような声に応えるために再び開いた。 「春瀬さま?申し訳ございません、世間の犯罪などをお伝えしてしまい…。お気持ちを不安定にさせてしまいましたでしょうか」 「いえ…大丈夫です」 「本当に…、申し訳ございません」 声色に浮き沈みがこんなに現れる中里さんも珍しい。 これまで何度か顔を合わせたことはあるけれど、冷静な彼をこんなにも上下させるなんて。 私は、運転席の中里さんの様子を思い浮かべながら、小さく言葉を紡いだ。 「中里さんは…お好きなんですね」 「え」 「……その事件」 「あ…お恥ずかしいのですが、『はい』と言わざるを得ません」 「…そうですか」 「春瀬さま、これまた出過ぎたこととは存じておりますが……」 「?」 「もしよろしければ、本日の朝刊の他にも先週末刊行された各社の記事も反対側の新聞差しにご準備しております。その中に、小学生がキッドからビックジュエルを守ったとの記事もございますので、ご興味がございましたら是非お手に取られてみてください」 再びマイクロフォンから運ばれてきた中里さんの声。 その端々には、話し始めの頃の明るさが戻っていた。 私は伝えられた内容に小さく頷くと、皇居到着までの数十分、中里さんの話を聞きながら『またまたお手柄小学生』という記事に目を通したのだった。 「春瀬さま、ありがとうございます」 「……」 5月25日。 尹倚さんは、知ってるのかな。 人の話