それは、とある本丸の、とある刀剣男子たちの、とある庭先でのお話。 What We were Looking for 「慣れが出てきたとは言っても、この僕が畑仕事とは…暗くなりますねぇ」 「そうは言っても宗三殿。見事なまでに手入れをするこの鳴狐をご覧ください!地味な仕事ほど影の功労者はいないのです」 「それもそうですね」 限りなく見渡せる丘に広がる数面の畑。 その一区画で緑溢れる畑に腰を降ろしている人物が二人(と一匹)いた。 「そう言えばここに来てから随分と経ちますが、僕たち未だにこれを食したことありませんね」 「言われてみれば確かに。私はもちろん鳴狐もありません」 「うん…そうだね…」 「どんな味がするのでしょうか」 「どうでしょう」 「……わからない」 雑草除去から害虫駆除、水やりや種づくり、土づくりまで。 毎度のことながら、極小の作業人員にしては大業な奉仕を要する畑当番。 手慣れた様子で畑の手入れをしていた二人は、つと沸き上がった疑問に手を止めた。 タオルを掛けた肩上に一匹の狐を乗せる少年は、視界に捉えた若草を凝視する。 「鳴狐?」 「どうしたんですか鳴狐?」 「…いや」 手を止めた瞬間に、ふと頭の中を過ぎった所業。 それを打ち消すように頭を振ると、鳴狐は怪訝な表情でこちらを見つめる宗三左文字とお供の狐に小さく言葉を返した。 「気になりますが、この一面は主専用と加州も以前言っていましたし。今は眺めるだけが最善でしょう」 「そうですね私もそう思います。ね、鳴狐」 「うん…、そうだね」 「それでは作業再開と行きましょう!今日はあとこの一面だけで終わりですよ!!」 「…頑張ろう」 そうして再び畑に向かい始めた二振りと一匹。 黙々と土に向き合う背中は、常よりも随分と下方に位置していた。 『――ちょ………じ』 『――、……』 『みん…も――……』 「「「…?」」」 最後の雑草を根っこから抜き取ると、空を切るように畑の外へと投げ捨てる鳴狐。 放られた雑草が集められた屑上に着地を決めるころ、不意にそれが二人の耳を掠めた。 両手に着いた土を払い落としながら、聞こえた小さな声に二人と一匹がその場に立ち上がる。 戸惑いつつもその目が向けられるのは、彼らが立つ位置から少し上の方。 そう。向けられた視線の先には、寝殿造の公家屋敷、 ――本丸の建物があった。 「鳴狐……」 「…うん」 「…これは……」 丘斜面に作られた畑に佇む彼らから垣間見る本丸は、丁度主の部屋がある一角だ。 二階の角、独立したような造りになっているその部屋の襖窓が、珍しくも開けられていることに気がついたのだ。 三者三様に口を噤んで、風に乗ってくる声に耳を澄ます。 『――これ…俺がみん――渡せば…―んだね…』 『…――』 『了ー解。でも…――からも言ってる…――……よ』 静寂が落ちたその場に届くのは、この本丸ではよく知られた人物の声。 はっきりと聞こえ始めたその人物の声に、二振りと一匹は更に息を呑んだ。 『…――』 『それじゃぁ俺はこれを届けた後、出陣の知らせをしてくるから。俺も出ることになるんだよね?ならこの後当分は布団の中でじっとしててよ』 『…』 『あと、食事は俺が戻ってからでいいでしょ?あ…そろそろかな。じゃ行ってくるね』 『……、』 『ん?なに?』 途切れた会話に、吹き抜けていた風がぴたりと止まる。 眩しいくらいの晴天の中で無風に包まれた二人は、耳が痛くなるほどの無音に襲われた。 コクリと鳴った喉は誰のモノとも判別がつけられない。 指一本も動かせないほどに固まった二振りと一匹は、ただその場で一点を見つめることしかできなかった。 そして、ただひたすらに望むものが届くことを待った。 「……、」 「…」 心臓の音が木霊する。 『なーに、主?』 見たことも、聞いたことも、触れたこともない。 その声が、音が……。 今一瞬、ほんの一時。 聞こえてくるかもしれない。 声を、吐息を、その呼吸を。 ――聞きたい。 『主?』 そして、不意に桃色と白銀が揺れたとき。 『――あり…とう』 再び吹き始めた柔らかな風に小さな音が運ばれてきた。 「主……」 それは、初めて耳にする、 花のように軽やかな音をしていた。 【え?主さん声も知られていなかったんですか、の回】