木の葉の里を出てから数十分。 私は姿を消したミュウツーさんを供だって、ポツリと一本道を歩いていた。 周りには森や林が広がっていて。 土道は、晴天の日差しによってその表面を乾していた。 雪の少年 「え。この世界の国すべて知って、るの?」 「(……)」 「そっか…外に出てない頃に…」 「(…)」 「これから行く国も?」 「(……)」 ゆっくりと進める足に合わせて、穏やかな空気を楽しむ道中。 私は、ミュウツーさんとの会話で意外な事実を知った。 彼は私が赤子の頃に、すでに様々な国を知っていたらしい。 ちらりと横にいるミュウツーさんを見上げると、彼は不意に進める足を止めた。 どうしたのかと言葉を掛けようとするけれど、ミュウツーさんは私が声を掛ける前に、その身体に私を抱きとめていた。 ひょい、と身体が地面から浮く。 「(……)」 「あ。ありが……」 最後まで言い終えることのなかった言葉。 私は、ミュウツーさんのテレポートに瞬時に言葉を噤んだ。 振動はないので舌は噛まないですけど、なんとなく咄嗟に反応してしまった。 そして到着した先。 私は、ミュウツーさんの腕から降ろしてもらう前に、先ほどの言葉の続きを伝えた。 「…ここが、波の国?」 「(……)」 「ありがとう」 降ろされた場所はどうやら森の中。 相変わらずの景色だったけれど、森の纏う雰囲気が違っていたことに気づいた。 本当に違う土地に着たみたいだ。 私は、そっとその場に腰を降ろすと、足元に咲いていたいくつかの花を見遣った。 「…カモミール」 「(……)」 「ん。久しぶりだね」 ミュウツーさんの言外の言葉に頷く。 前に住んでいた家の庭で育てていたハーブがこの場に咲き誇っていたのだ。 私はじっと地面を見つめると、徐にハーブを摘み始めた。 「…君は」 「?」 そうしていくらかその場で草木の香りを堪能していれば、不意に届いてきた柔和な声。 それは、驚いたような、けれど少し嬉しそうな声色をしていた。 後ろに振り返る。 「すみません、お邪魔してしまったでしょうか」 「…」 すると、そこには長髪の男性が立っていた。 片手には籠を抱いている。 「こんなところで何をされているんですか?」 「…は、なを」 「あぁ。それなら僕も同じですね」 「…」 そろりと私の横に腰を降ろしたその人。 纏う空気がとても朗らかだ。 向けられた笑顔に、私はそろりと視線を逸らしてしまった。 「薬草を摘みに来たんですが、先ほど少し失敗してしまいまして」 「…失敗、ですか?」 「ええ。少年に出会ったので、話に花を咲かせてしまったんです」 「…」 「あ、でも、ここにあなたがいたからといって、そんなことは思いませんから」 「お邪魔なら言ってください」、とこぼされる言葉には笑いが含まれていた。 私は、そんな雰囲気に顔をそっと上げると、初めて交わした視線にトクリと鼓動を逸らせた。 ミュウツーさんの気配が横から伝わる。 「初対面でこんなことを言うのは可笑しいかもしれませんが、少しお話を聞いて頂いてもよろしいでしょうか?」 「?」 「なんだか、少しそんな気分なんです。あなたが、よろしければですが…」 「…(こくり)」 現れたその人はどこか危うい雰囲気を纏っていた。 だからかはわからないけれど、いつもなら私を止めに入るミュウツーさんまでもが、そっと私の肩に手を置いて了承の意を示していた。 「ありがとうございます」 「…」 そして、紡がれ始めたその人の言葉。 その内容は本当に何の変哲もない話だった。 他愛もない、ほんの日常生活で花を咲かせるような話で。 そんな話が楽しいのか、その人は口を止めることなく、ずっと話し続けていた。 けれど、話をし始めてから数十分。 遠くから、かなりの速さで近づいてくる大きな気配を感じた。 私はその気配にピクリと米神を動かしたけれど、目の前にはこの人がいる。 普通の体を装ってそのまま話を聞き続けた。 「それでですね。僕は雪の降る国で育ったんですが、そこでとても大切な人に出会ったんです。命を掛けてでも守りたい人。僕の、世界で一番大切な人なんです」 「…」 「て、…ああ。そんなことを話していればですかね。どうやら迎えに来させてしまったようです。まだ本調子ではないはずなのに…」 「??」 途中で区切られた話。 その人は、私に向けていた視線を不意に逸らすと、先ほどから近づいてきていた気配が、突如姿を現わした場所にその視線を投げかけた。 大きな身体の男の人がそこから姿を現わす。 その背には見たこともないような大きな剣が背負われていた。 「ハク、何をしている」 「再不斬さん」 「あ?なんだそいつは」 「薬草を一緒に摘んでくださったんです…えっと」 現れた男の人が、じろりと鋭い視線を私に向ける。 ミュウツーさんが危ないことをしそうになったけれど、私は咄嗟にそれを制すると、先ほどまで一緒に花を摘んでいた人に視線を投げた。 「…ルカ、です」 「ルカさん。です。再不斬さん」 「…お前知らなかったのか」 「はいすみません。あ、ルカさん。申し遅れました、僕はハクといいます。それで、こちらの方が先ほどお話していた再不斬さんです」 「…」 ちらりと投げられた視線を追えば、ハクさんの伝えたいことが伝わってくる。 つまり、この人がハクさんにとっての大切な人。 命を掛けても守りたい人なんだ。 「なんだ?さっきの話ってのは」 「ふふ。気にしなくて大丈夫です」 「ったく、お前は相変わらずだな」 再不斬と紹介された男の人は、明らかに血に染まった身体をしている。 でも、それはハクさんの身体からも十分に嗅ぎ取れていたこと。 ただ、再不斬さんという人からは、それよりももっと強いにおいがしていたから。 ハクさんの雰囲気に矛盾を感じるなと、心なしか思ってしまった。 それに、このひとたち… 気のせいでなければ……。 私はふと感じた何かにそっと自分の胸に手を置いた。 そろりとハクさんと再不斬さんを見遣る。 「ルカさん?どうされたんですか」 「……ハク…さん?再、不斬さん?」 「…」 私は座り込んでいたままの足を朧げに立たせると、そっとミュウツーさんの腕から抜け出した。 ミュウツーさんは私に静止を促したけれど、私はそれをやんわりと断ると、二人の名前を呟きながらハクさんと再不斬さんに近寄った。 刹那、再不斬さんが怪訝な表情を見せる。 「あの、胸のあたりに…」 「?」 「ハク、なんだこいつは」 「…」 「ルカさん?大丈夫ですか?」 「おい、ハク」 そっと手を差し伸べてくれるハクさんに、私もそっと手を伸ばす。 再不斬さんはその行為に顔を顰めたけれど、私はそのままハクさんの手に触れた。 そして伝える言葉。 「胸のところにお守り…」 「え?」 「胸のところに、お守り、書いてもいいですか…」 「え」 私の言葉に再不斬さんとハクさんが戸惑ったような表情を浮かべる。 けれど、私は二人に構わず言葉を続けた。 「なんとなく、厭な感じがしたので…」 「いやな、かんじ?」 「それに、再不斬、さんも…」 「…」 ハクさんは私の肩に手を置いて、隣に佇む再不斬さんを見遣る。 再不斬さんは何か勘案するように私を見つめていたけれど、一瞬だけ眉を顰めると、ため息を吐いてハクさんの頭に触れていた。 「怪しい奴ではないんだろう?コイツ」 「え、はい」 「お前がいいならしてもらえ」 「え?」 「なんとなくだ。わからねェが運ってのも忍びには必要なもんだからな。こういう縁は使っとけ」 「再不斬さん…」 再不斬さんは私に一瞥を投げると、「お前」と一言私に呼びかけた。 「怪しい動きをすれば殺す」と忠告されたけれど、ハクさんが私を庇うように立ってくれた。 私はそんなハクさんの腕に手を添えると「大丈夫です」と伝えながら懐から一本の筆を取り出した。 そして早速ハクさんの胸元におまじないを書かせてもらう。 「…これは?」 「一度だけ、どんな災いからも守ってくれる大切なおまじないです」 「ルカさん…」 「なんとなく、書きたいと思ったんです…。それと…」 「あ。そうですね。再不斬さんも」 「…俺はいい」 「…」 そっと再不斬さんに近寄ろうとするけれど、一歩進めるたびに一歩後退されてしまう。 ハクさんも一緒になって掴まえてくれようとしたけれど、人に胸元を晒すのが嫌なのか。 するすると逃れられてしまった。 そこまで嫌がらなくても…… 「…それじゃぁ…腕でもいいので…」 「再不斬さん…」 「ハク、お前。俺がやられるとでも思ってんのか」 「そうじゃないですけど…せっかくルカさんが…」 「フン」 胸元ではないけれど、再不斬さんの両腕に書くことができたおまじない。 書いている最中にくすぐったそうにしてたのが面白かったのはここだけの秘密だ。 「それじゃぁ、ルカさん、僕たちはこれで」 「…ハクが世話になったな」 「いえ」 「お元気で」 「はい。お二方も…お気をつけて……」 そうして、ゆっくりとハーブ畑に背を向けて行った二人。 その二つの背中をじっと見つめながら、私はなんとなく心臓に感じる焦燥を打ち消すように言葉を漏らした。 「……気を…つけて」 (ミュウツーさんも感じた…?) (「…」)