一次試験終了後、合格者たちは皆班ごとに喜びを分かち合っていた。 束の間 「お、ルカ。一次試験合格したって?よかったな」 「…不知火…さ」 「お前なぁ、少しは喜べ。それと、いい加減他所他所しい呼び方すんな」 「……」 試験会場から立ち去っていく合格者たちを机に座って見送っていれば、誰もいなくなった室の扉から不知火さんがこちらに近寄ってきた。 奈良さんと犬塚さんたちは去り際に声を掛けてくれたれど、担当上忍から各々明日の二次試験に向けての報告があるらしい。 私は、不知火さんのところに駆け寄ると、相変わらずのクールな表情を浮かべた不知火さんに頭を撫ぜられた。 「とにかく移動するぞ」 「(こくん)」 私が頷いたのを確認すると、先立って歩いていく不知火さ…先生。 仕事の合間を縫ってわざわざ迎えに来てくれたようだ。 見上げた横顔に疲れが垣間見えていた。 「…不知火…さ……せんせ、い」 「!!」 不意に掛けた言葉にぎょっとしたような顔を向ける不知火先生。 廊下のど真ん中で立ち止まった不知火先生の背中に、ぼすんと顔から突っ込んでしまった。 …どうしたんだろう。 「ルカ…今なんつった」 「え?」 「もっかい言ってみろ」 「?…不知火…先生?」 「おま……っ」 不知火先生は瞠目したように、瞼を何回もパチクリとさせた。 クールな表情が崩れて、初めて見る不知火先生の顔に私の方が瞠目しそうだ。 瞠目感染症? 「どうし、たんですか…?」 「いや…なんでもねェ」 不知火先生が私の肩を掴んで、瞠目させていた目を他方に逸らす。 私はそんな不知火先生の様子にどうしたのかと、首を傾げてしまうが、不知火先生の空気がなんとなく柔らかなものになっていたのに気づいて。 よくわからないけど、まぁいいのかな、とほんの少しだけほおが緩みそうになった。 試験も取り敢えず突破したしね。 「…っ!ルカ……おまっ…」 「あらら?こりゃまぁ。誰かと思えば、ゲンマ君じゃないの」 「っ!」 「?」 そうして幾らかそんな不思議な見つめ合いを不知火先生としばらく続けていたとき。 不意にどこからか届いてきた、最近聞いたような聞き覚えのある声。 不知火先生は弾かれたように声の先を見遣ると、初めて見るほどに眉間の皺を深く刻んでいた。 私もその視線を辿って声の主を視界に留める。 「こんなところでお熱いことで」 「…カカシさん。貴方こそこんなとこでなにやってるんですか。班員はどうされたんです」 そっと、私を背後に隠してくれた不知火先生。 低く下げられた声色が、突如姿を現わした人影に向けられていた。 私は現れた人を見遣って、思わず言葉を失くした。 …あの人は、さっきのあやしい男性だ。 「いやーね。あいつら俺に合格だけ伝えて、明日の試験場所と日時を聞いたらとっととどっか行っちゃったのよ」 「…そうですか」 「たぶんどっかで修行とか言って喧嘩でもしてんじゃないのかね」 「それで、わざわざここまで戻ってきたというわけですか。ご苦労なことで」 「いやいや。それほどでも」 「…誰も褒めてないんですけどね」 私は不知火先生の顔をチラリと見上げる。 不思議な感じだ、こんなにも厭そうに顔を顰める不知火先生は初めて見た。 不知火先生に向けていた視線を、私はふと怪しい人に向けると、ぱちりと重なった視線にスッと不知火先生の背中に顔を引っ込めた。 「で、その子がワンマンの子?」 「カンケ―ないと思いますが」 「いやいや、悉く下忍担当を避けてきた君が合格をあげた子なんだから。気にならないわけないでしょ」 「チッ……はぁ、メンドくせーな」 「ま、いいじゃないの」 「…ルカ……」 深く、大きなため息を吐いた不知火先生。 額に手を当てて、諦めたように目の前の男性を見遣るその姿は、本当に疲れているようだった。 不知火先生が私の前から少し左にずれる。 その行動に私はコトリと首を傾げてしまった。 不知火先生が移動したことにより、眼前にいた怪しい男性と対峙してしまう。 おおう。どうすれば…。 私はどうしたらいいのかわからず、不知火先生を見上げた。 すると、先生は「悪ィな」と一言言ってから、私の背中を少し前に押していた。 「ルカ、この人ははたけカカシ。第7班の担当上忍だ」 「…?」 「や。また会ったねェ。試験合格おめでとう」 「は?また、ってどういうことですか」 「試験前にちょっと会ったんだよ」 「変なこと…してませんよね」 「いやいや、するわけないでしょ」 「どうだか…」 不知火先生に紹介されたはたけさんという人は、どうやらナルトさんたちの担当上忍らしい。 にこにこと始終笑顔でこちらを見るはたけさんは、正直、あやしいと思う。 けれど、私の思惑など微塵にも感じていないのか、その笑顔を張り付けたままよくわからないあいさつ文を述べていた。 そんなこんなではたけさんからの自己紹介を受けていると、しびれを切らせた様子の不知火さんが「もう十分でしょう」と相の手を入れてくれた。 けれど、それが起因してか、私の頭上で二人がよくわからない小競り合いを開始した。 「…」 どうしよう。 私はそんな二人を見ながら、ふとそう言えばと、不知火先生の仕事の続きが気になった。 それに、今日は本当に疲れているようだったし。 「…不知火…せん、せ」 「だから俺はさ、ワンマンの子がどんな子なのかなーって思っただけなわけよ」 「…信用なりませんね」 「君も強情だね」 「…こいつは俺の部下、それだけです。なのでお引取り願えると嬉しいんですがね」 「はぁー…君もとことん人の話を聞かないねェ」 「…」 「そろそろ移動しませんか」と伝えるつもりで口を開いたのだけれど、どうやら二人の会話で自分の声は埋もれてしまったらしい。 私には茫然と立ち尽くすことしか選択肢が残されていなかった。 うーん。どうしよう そうしてしばらく二人の会話を眺めることに徹していれば、徐に届いた背後からの扉を閉める音。 静かに首だけを動かすと、そこには一次試験の試験官が立っていた。 プリントの回収を終えて廊下に出て来たらしいその試験官は、こちらの様子に気がついたのか、怪訝な表情でこちらを見つめていた。 もしかしたらこれは救いの女神かもしれない。 私はそう思うと同時に、これ幸いにと、その人に向けて諦観の表情を向けた。 どうかこの二人をどうにかして下さい、という念を送りながら。 すると、私の言いたいことが伝わったらしい。 「…はぁ、アイツらは何をやってるんだ」 「…あの」 その試験官は呆れた面持ちでこちらに近づいてくると、白けた視線を小競り合う二人に送っていた。 おお、助っ人になりそうな、頼りがいのある人が来てくれた。 私は近くに着たその人にぺこりと頭を下げると、いまだに火花を散らす二人を指差した。 「お前はさっきの受験者だな。…ゲンマが担当上忍か」 「…はい」 「で、カカシに絡まれてるってわけか」 「……」 「そうか、気にするな」 そう告げる試験官は、私に「まかせろ」と告げると二人に向かっていく。 そして、なんともあっさりと閉会された不知火先生とはたけさんの小競り合い。 私は、その人の手腕に感嘆するも束の間、はたけさんから距離を取った不知火さんにそっと近寄った。 「悪ィなルカ。無駄な時間使っちまった」 「……」 「ま、あの人は放っておいて、そろそろ行くか」 「…はい」 「というわけなんで。わざわざすみませんでした、ヒビキさん。それとカカシさん。ルカに突っかからないでくださいね」 「さあねー」 「おい、カカシ……」 「…行くぞルカ」 クイッと不知火先生に引っ張られた右手。 歩き出した背後で、はたけさんが私に向かって笑顔で手を振っていた。 私は向けられた顔にぺこりと取り敢えず頭を下げておいたけれど、不知火先生に「前向いとけ」といなされてしまった。 ん、不知火先生の言うことは聞いておこう。 横を歩いていたフ―ディンさんにも頷かれてしまった。 (いいかルカ。あの人見つけたら近づくな。目も合わすな) (…仲…悪い、んですか?) (いや、変態には気をつけろって話だ) (あ、あやしいですもんね…)