また、花が散ってしまった。 神秘の守り なにか、不意に感じた胸の中。 脳裏に過ぎったのは真っ白な花だった。 「…ミュウ、ツー…さ」 「(……)」 ひゅんひゅん、と感じる湿った空気。 流れるように触れるソレは、ミュウツーさんの腕の中で茫然と空を見上げる私の頬を掠めていた。 ミュウツーさんが森の中を駆け抜けるたびに、周りの木々がミュウツーさんを避けていく。 道を譲るように開けていく木々たちは、気のせいか、どこか嬉々としていた。 けれど、そんな空気が不意に変わった。 ミュウツーさんは一つの枝に留まりを覚えると、静かに私に視線を落とした。 瞳に映るのは諦めの感情。 それはきっと、拭ってもぬぐいきれない彼自身の感情なのだろう。 私はそっとミュウツーさんの腕に触れると、ゆるりと微笑んだ。 「ん、すごく…きも、ち悪い」 「(……)」 中忍試験と言われて受けている、この第二の試験。 でもそれは、ひどく脆いものだと思っていた。 いつかのようにまた、何かが散っていくのだろうと、初めから感じていた。 じっと見つめるミュウツーさんの瞳はひどく虚ろだ。 見止めてしまった先の光景が、それを更に深いものにしてしまっていた。 いつか見た白い花を、きっと思い出してしまったのだろう。 私はほうっと、息を吐いた。 「…ここに…い、て…」 「(…)」 静かに閉じられたミュウツーさんの瞳。 瞬間、ミュウツーさんの姿が消えていく。 私はそれを目の端に収めると、するりと彼の腕から降り立った。 そして、見つめるのは、下。 「両腕が自慢らしいな、お前」 「やっ…、やめろ」 きも、ちが…悪かった。 「ぐあっあああ」 聞こえた声も、この場を支配する空気も、何もかもが気持ちが悪かった。 にたりと、持ち上げられる口角は、ほんとうに、ただ気持ち悪くて。 だから、なんとなく思ってしまった。 「…っ!あなたは!!」 「…!っお前は―――」 白い花が枯れるのは見たくないな、って。 いつか見た白い花が並ぶ光景は、もう見たくないなって、思った。 だから、わたしは降り立った。 「―――っルカ…」 見つめるのは、一点。 じっと見据えるのは、君だ。 ―――しんぴのまもり。 降立った先でたった一言、つぶいた。 真っ赤な眼をした藍鉄髪の少年に。 「っく…」 瞬間、ぼたり、と鈍い音を鳴らして落ちゆく一体の身体。 それは、一本は折れてしまったであろう腕を抱えて悶えていた。 一人の忍びがその男を攫っていく。 その男の眼には、畏怖が色濃く映り込んでいた。 「なぜ…止めた」 「……」 私は、目の前の少年に眼を向ける。 頭を抱えて唸る彼は、真っ赤な瞳を燃やして賤しい獣に成り下がっていた。 ……きも、ちが…わるい。 「っルカ!サスケ君がっ!!サスケ君がっ!!」 「……」 千切れてしまいそうなほどに紡がれる声色は、春野さんの叫び。 壊れしまいそうな彼女の声が戦慄するようにその場に轟いていた。 彼女は何度も私の背にその名を浴びせる。 「……」 「俺は、まだあいつらを殺ってない」 「……一本、で…いい、です」 「だがアイツらは…くっ、…ちからが…」 その瞳に真っ赤な色を燃やす彼は、賤しい獣の眼を未だ相手の忍びに向ける。 けれど、解かれていく気持ちの悪いチャクラに、彼は徐々に足元を失っていった。 呼応して、引いていく黒色の紋様。 私は目の前で膝を崩したうちはさんを無機質な双眼で捉えると、もう一度だけ、口を動かした。 「もう、いい」と諦観しながら。 なんだかもう、疲れてしまった。 「…いやしの、すず」 刹那、完全に地に伏したうちはさん。 周囲からの悲鳴が耳を襲った。 「っ!」 「っサスケ君!!!」 「えっ!何!」 「ばかっ!イノ黙ってろ!!」 ガサゴソと聞こえた音は少し離れた先の茂みから。 そこには奈良さんたちが身を潜めていた。 …木の上には二人。 私はそんな彼らに一瞥を投げると、「もうこれでいいだろう」とうちはさんの身体を抱きとめた。 ちらりと覗くその顔には、もう先ほどの気持ち悪いものはない。 うちはさんは、先ほどとは異なった面持ちで私を見遣ると、悔しそうにその表情を歪めていた。 …なんですか。 「…ルカ…俺は……」 「……」 「……俺は」 「…うち、はさん。春野さんが、待って…ます」 「…」 私は彼の言葉を遮ると、静かにその場に彼を横たえた。 そして、今にも崩れてしまいそうなほどに儚い彼女を見据えれば、私は静かに「春野さん」と声を発した。 「…ルカ……」 「うちはさんの…傍に…」 「っ!!…っうん!」 瞬間、倒れてしまいそうな足で駆け寄ってきた春野さん。 その瞳にはたくさんの涙を溜めていた。 私はそんな春野さんを見送ると、ようやくか、とスッと音忍の一人に視線を向けた。 けれど、その人は意外にもすでに戦意を喪失していたらしい。 突如伝えられた言葉には、一切覇気がなかった。 「…音…忍さん?」 「…私たちは、ここで引かせてもらいます」 「……」 「ですが、今回の試験で次にうちは君、貴方と戦う機会があるときは、僕たちは逃げも隠れもしない」 そう一言、言葉を残すとともに、音忍のその人は仲間の二人を抱えてその場から姿を消していった。 …なんだ、つま…らない。 私は、姿を消したその人たちが立っていた場所を茫然と見つめた。 けれどこの場にいる全員にとっては、「敵が姿を眩ませた」という事実は喜ばしいことなんだろう。 じわりとその事実が彼らの脳に咀嚼されると、一気に奈良さんたちが集まってきたのだった。 「サスケ!!」 「サクラ!」 「リー!!」 空気に伝ってくる音はたくさんの感情を携えたもの。 心配と安堵に揺れるそれらは、この場の全員の心にじんわりと広がっていた。 「……もど、ろ」 私はそんな彼らを横目に捉えると、誰にも気づかれることなくその場から姿を消した。 そして、ずっとそばにいてくれた彼に声を掛けると。 ゆるりと頬を緩めて名を呼んだ。 「ミュウツーさん」 「気持ち悪いの、なくなった?」。 そう呟きながら見遣って、いつものように頭を撫ぜてもらった。 (おい、ルカは…?) (…ほんと、どこ行ったのかしら) (ったくアイツは…) (……ルカ)