眼の端に映った真っ白な花。 セロファンに包まれたそれは、儚げに揺れていた。 雪中花 「ルカ…?」 「…?」 今日も今日とて不知火先生はお勤めに奔走中。 対して、特にやることのない私。 今日も日がな一日怠惰に過ごそうと定位置になりつつあるとある森に向かおうとしていた。 そしてそんな私が、里の中を"珍しくも"(里に移住してきてから指折り数える程度に珍しいほど)徒歩で歩いていたとき、不意に掛けられた声。 私はそれに素直に振り向いた。 なぜならそれは聞き覚えのある声だったから。 「…春野…さん?」 「こんにちは。街の中で会うなんて初めてじゃない?というより本当に住んでたのね」 「…こん、にちは」 「アカデミーの頃からいることは知ってはいたけど。あんまりにもルカってば里の中で見かけられないから、以前アカデミーでホントは幽霊なんじゃないかって噂されてたくらいよ」 「……」 「ごめんなさい、でもほんと珍しいわね」と掛けてくれる春野さんの声はとても朗らかだ。 私は、春野さんの言葉に頷きながら、ふと彼女の手元に視線を遣った。 すると彼女は敏感にもそれにすぐに気がついた。 「あぁこれ?お花持って行こうと思って」 「持って…いく?」 「えぇ。リーさんに」 「…??」 彼女の意図することに理解が欠ける。 私はどこか沈んだ色を浮かべた春野さんを他所に、ひとり小首を傾げた。 「あ。そうかルカ、あなた予選試合棄権したんだったっけ?途中でいなくなってたものね。知らなくて当然よね…」 「予選…?」 「そうよ。ルカったらどうしていきなりいなくなったのよ。試合が終わった後に火影様からそのことを聞かされたとき、ほんとに驚いたわ。特にナルトなんて大声上げてたんだから。たぶん今度会ったらいろいろ訊かれるわよ」 「……そ、うなんだ」 「覚悟しといた方がいいわね」 「…」 そう言う春野さんは頭を左右に振ってため息を吐いている。 どうやら、当時のナルトさんの行動を思い出しているようだ。 私は、素直に春野さんの忠告を心にとめて置こうと思った。 「それで、ね。歩きながらでもいい?私これから病院に行くんだけど…ルカは?」 「…もり」 「え?森?」 「(こくり)」 「そ、じゃあ途中まではぎりぎり方向同じかしらね」 「…」 首を傾げて肯定の意を促してくる春野さん。 木の葉の森なんていくつもあるけれど、私は取り敢えず否定せずに頷いた。 そして、それを認めた春野さんはゆっくりと歩き出した。 「リーさんって、ひとつ上の先輩なんだけど。彼今、入院してるの」 「…」 「試合で怪我を負ったんだけど…それがかなりの重症だったみたい。動ける状態じゃないのに毎日病室を抜け出して修行してるのよ。すごいわよね。私だったらあんな真似絶対にできないわ。でもリーさんはするのよね……」 キュッと春野さんの手に力が込められる。 手に持っていた花のフィルムに少しばかりの皺が寄っていた。 「でもね…リーさん……」 春野さんの声色が沈む。 私は横目で春野さんを見止めると、春野さんが止めた言葉の先をぼんやりと理解した。 恐らくそのリーさんとやらは、忍びの道が断たれる程の怪我を負っているのだろうという事実を。 何も言わずに春野さんの歩幅に合わせて、私は、彼女の言葉の続きを待った。 「私、できることならリーさんを応援したいわ。でも、正直戸惑ってもいるの。どうしてって…」 「…」 「いつ行っても病室にはいないし、それに…サスケ君も…」 「?」 突として落とされた名前に小首が傾く。 すると、私の様子に気づいた春野さんが取り繕うように「違うの」と言葉を発していた。 けれど、その表情は先ほどよりも薄暗いモノになっている。 その人もリーさんと同じ状況なのだろうか。 私は春野さんの手元に握られる花の本数を視認すると、先の自分の考えが間違っていた事を改めた。 一本…ということは、それはリーさん宛。 さすけ…、それは確かうちはさんのことだったから、あぁ、そういえば彼も入院してるとかなんとか聞いたような。 私はぼうっと空を仰ぎながら溜息をひとつ落とすと、春野さんが先の名前を零した理由を把握した。 病院抜け出しているってことの方か、と。 春野さんが花を持つ手を持ち替えていた。 「兎に角なんて言ったらいいのかな。あんまり無理して欲しくないのに、って思っちゃうのよね」 「……」 「でも男の子って言うこと聞かないし、勝手に頑張って先に進んでいっちゃうでしょ」 春野さんは「そんなとこよ」と言っては笑っていた。 なんだか、表面的な笑顔だったけれど。 私はとりあえず春野さんに、小さくコクリと頷いておいた。 「ほんと、男の子ってよくわからない…」 「…」 正直、何を求めて春野さんが私にこんな話をしてくるのかはわからない。 けれど、今わかることは、春野さんの伏せられた目が横に並んで歩く私の位置からではどこに向けられているのか把握できない、ということ。 「そう思わない?」 だから、私はこれまで聞いていただけの口を何気なく動かしてみた。 今なら春野さんもこっちを向いたりしないだろうからと思って。 いつもなら関わったりしないのに、なんとなく零してみてしまった。 「春野さん…は、何を、したい…ですか?」 「えっ」 予想に反して思い切り上げられた春野さんの顔。 その瞳が捉えるのはもちろん、隣の私。 それはひどく驚いたような、けれど、狼狽えたような瞳を携えた顔だった。 目が合ってしまった。初めて。 そんな私の思考を他所に、春野さんは私に更に言葉を続けるように、と促してくる。 けれど、私はそれ以上言葉を続けることはしなかった。 周りが良くも悪くも進んでいく波に置いて行かれるのが怖いの?なんて言葉を綴るつもりは毛頭なかったから。 だから、代わりに瞳だけを向けておいた。 「…なんだかルカって怖いわ」 「…」 「別に変な意味じゃないんだけど。表情が変わらない所は最近慣れたわ。ただ、ルカって私たちのこと知らないでしょう?でもなぜかわかっちゃうじゃない。今だってたぶん私のわかっていなかった私の部分を見透かしちゃったってかんじ。だから怖いって言ったんだけど…不思議って言った方が良かったかしらね」 「……」 そう告げる春野さんに小首を傾げてしまいそうになる。 けれど、それは春野さんが突如止めた足によって阻止された。 「あ、病院行く道こっちだから、偶然だったけどルカと話せてよかったわ。なんだか話聞いてもらって悪かったわね。でもありがと!」 「じゃあね」と笑顔を見せて別の道へと向かって行く春野さん。 その後ろ姿はなんだか寂しさを孕んでいたけれど、先刻会ったばかりの時よりは幾分か覇気があるように見えた。 私は春野さんの別れの挨拶に、春野さんの姿が見えなくなったころに返事を返すと、そろりと森のほうへと続く道に足を延ばした。 森は完全に反対方向だったけれど。 (……水仙…の花?) (「…」) (…ありがとう)