「出掛けるわよ」 「え」なんて思う暇もなく。 日野さんに連れられた先で、私は初めてこの世界のことを知った気がしました。 This is the World I'm Standing in 風の国へと砂饅頭を食べに行き、お土産で購入した砂饅頭を渡して以来、私は日野さんとなかなか会うことができずにいた。 というよりなぜかあれ以来、日野さんがお店に顔を出さなくなっていたので、私はどうしたのだろうかとお店を切り盛りしながら毎日頭の隅で日野さんのことを考えていた。 そして、そんなもの静かになってしまった日常に身を置いていた日の午後。 休日の自宅兼茶店に響いたのは、十数日ぶりになる日野さんの快活な声だった。 「出掛けるわよ」 「え……」 がらりと遠慮なく開けられた玄関戸。 その隙間からぬるりと伸びて来た白い腕に手首を掴まえられたかと思うと、私はまともな声をひとつも上げられることなく、あれよあれよという間に気づけば店の外へと連れ出されていた。 「今日は付き合ってもらうわよ、この私に。もちろん反論なんか聞かないわよ」 「え?あ……日野さん?」 「そうよ、今更気づいてんじゃないわよ!ほらさっさと歩く!!」 「え…、あ…はい」 突然の出来事に茫然自失となってしまっていた自分。 私は突如現れた人物に判別をつけると、引かれるように歩いていた姿勢を正した。 そして、久しぶりに会った日野さんに笑い掛けると、ようやくの挨拶をした。 「ったく、いつ見ても抜けてるわね。ほんとにいつか野垂れ死ぬんじゃない?」 「はは…そうですかね」 「っていうより、アンタ今わたしに勝手に連れ出されて暢気に挨拶なんかしてんじゃないわよ!どこ行くのかくらい聞きなさいよ!まったく」 「……あ、そういえばどちらに行かれるんですか?」 「……」 久しぶりに対面した日野さんは、いつもながらの呆れ顔を見せてくれる。 私はそんな日野さんに申し訳ないとは思いつつも、少しだけホッとしてしまった。 久しぶりの日野さんの声だ、なんて思いながら。 けれど、私の考えていることにどこか気づいたのか、日野さんはため息を吐いたのち、小さく「久しぶりね」と言葉を漏らしてくれた。 「まぁ、いいわ。今日アンタの店休みでしょう?」 「はい」 「ちなみにアンタ、今日何の日かわかってる?」 「?」 未だに掴みっぱなしの私の手首を引きながら、日野さんは私の方へと顔を振り向かせる。 問われたことに小さく小首を傾げて返事をすると、日野さんの眉間が僅かにひそめられた。 「やっぱりね。どうせそうだと思ったわよ」 「?」 「あんたのことだからどうせ何も知らないと思ったの。来てみて正解だったわ」 「…?何かあるんですか?」 伝えられた言葉に沸き上がった疑問を素直に落とす。 すると、不意に立ち止まった日野さん。 路中(みちなか)で急に歩みを止めた日野さんの行動に、私はさらに深く首を傾げた。 どうしたんだろう…? 「……」 向けられる背中に視線を投げると、後続するはずの言葉を静かに待つ。 けれど、いくらその場で立ち尽くしていても、日野さんから返ってくる言葉は一向に耳に届いてこなかった。 そうして道の真ん中で互いに立ち尽くし、十数秒。 突如横から吹き抜けた風に、私はぱちくりと目を瞬かせた。 日野さん……? 風によって攫われた髪の隙間から、日野さんの目に微かな水滴が溜っているのが見えたのだ。 「…日、野さん?どうされたんですか?大丈夫ですか?」 「っちが!!どうもしてないわよ!」 私は咄嗟に掴まれていない方の手を日野さんへと伸ばす。 けれど、パシリと乾いた音を立てたそれは、いとも簡単に振り払われてしまった。 「ったく…あーあ時間潰したわ、行くわよ!」 「……え」 虚空に彷徨わされてしまった手を茫然と見つめると、徐に再び歩み始めた日野さん。 相変わらず引かれ続ける手首にわずかな力が加わった。 …日野さん? 「…追悼式があるのよ」 先を歩く日野さんの背中から、掴まれている手首に視線を落とす。 しっとりとした温もりが手首にじんわりと伝ってくる。 私は日野さんの言葉に小さな頷きを返すと、いつもより低い声色の日野さんに耳を澄ませた。 「昔起きた事件…災害で亡くなった人たちの追悼式があるのよ。まぁ…まさかあり得ないでしょう、と思ったけど、アンタならそのまさかで今日の追悼式のことも知らないんじゃないかと思ったの。で、来てみれば案の定だったわね」 「……すみません」 「いいのよ、別に」 前を歩く日野さんの足は、しかと地面を進んでいく。 私はその光景をぼんやりと見つめながら、そう言えば今日は町が静かだったなという事実に今更ながら気がついた。 ……あ、だから周りのお店とか閉まってたんだ…今日。 「今の子どもなんてそんな災害があったことすら知らないわ。だから追悼式があったことなんて知らなくてもいいんじゃない?ただ、時間の流れってほんと恐いとは思うけど」 「……」 「それに、そんなこと引きずってるのは大人と年寄りだけよ……大抵、大切な人を失ってるから。だからそんなやつらが勝手にやり始めたのよ。追悼式、をね」 「…勝手に?」 「えぇ、まぁ火影様は黙認して下さってるみたいだけど。ほんと勝手よねぇ」 肩を震わせながら笑い声を漏らす日野さん。 その声にはどことなく自嘲じみたものが孕んでいる気がした。 私はそんな日野さんの表情をそっと覗き見ると、細められた瞳の中に笑っていないブラウン色を見つけた。 「で、その陰気な準備にこの私が駆り出されてたのよ!ふざけてんのかって感じでしょう?!あのジジイっ…!!あー思い出すだけでもこの過去十数日が恨めしいわ!!追悼式の準備ごときでこの私の自由を奪ってんじゃないわよっ!もう!!あのくそジジイ共め!!」 拳を戦慄(わなな)かせ、上空へと突き出す日野さん。 それと同時に吹き荒んだ風が、日野さんの髪をなびかせていた。 「だーかーら!!あんなしみったれた式典なんかに私だけが参列するのも悔しいでしょ?!ってなわけで、アンタを道ずれにしてやろうと思ったわけよ!!」 「…え?私が追悼式に、ですか?」 「そうよ?文句ある?ないわよねぇ」 「…ぁ、えっと……」 というより…いいのかな? おそらく違う世界というか、別次元からのぽっと出の私が参列してもいいものなんだろうか? そういう式典には、きっと何かしらの想いを抱えた人たちが参列するはずだから……。 私は一人思い悩むように眉間に皺を寄せた。 「フンっ!どう断ろうかなんて考えても無駄よ。この私がアンタを逃がすわけないでしょ!!それにね、非公式に開かれてる式典と言えど、里のほとんどが出席してるんだから。だーかーら、アンタも出んのよッ!!わかった?!」 「…え、あ日野さん……」 「わかったらさっさと歩く!!」 空いていたはずの片手を掴まれ、思い悩んでいた思考が強制的に遮られる。 強引に引かれる両手は、私の身体を誘導するように勝手に前進していって。 私は、急激に早まった足並みに驚くも束の間、先ほどとは打って変わっていつもの強気な瞳を取り戻した日野さんにこれまたあれよあれよという間に連れ去られていくのだった。 「いーい?逃げようなんて考えるんじゃないわよ」 「…、」 「さーて行くわよー!」 こうして私は、日野さんと久しい再会を果たすのであった。 (あ、そう言えばアンタ…) (え) (服脱ぎなさい) (え…) (あ…変な勘違いするんじゃないわよ?!喪服に着替えろって意味よ?!) (……あ、はい) (ほ、ほら、黒の着物貸してあげるからさっさと着替えてきなさいよっ) (あ……ありがとうございます) (……フンっ)