あ? あ、違います。 そこはこうして跡をつけるんです。 Not My Cup of Tea 講習会とやらを任されて、わたしは現在その役目を全うしている真っ只中です。 「え、っと…秦野さん、小豆はあまり煮立たせないようにしてみてください」 「ほうほう、このくらいの火加減かのう?」 「はい、そのくらいであと数分様子を見てみましょう」 「センセー!」 「あ、はいただいま」 ぱたぱたと呼ばれた先に駆けていく。 そうすれば、今回限りの生徒さんが、お鍋に顔を近づけてわたしの顔を見ていた。 「先生、豆が泡噴いてるの」 「先生、わたしのも」 「え、二人ともそれは火加減が強すぎるの」 「「えっ」」 「もう少し、このくらいに抑えてみて」 「「はーい」」 参加者の中で唯一の子どもである二人。 一人は桜色の髪をもった女の子。 もう一人はクリーム色の髪をもった女の子。 最初は仲が良くないのかと不安になったけれど、一度作り始めれば二人はそんなことを気にせず、お菓子作りに夢中になっていた。 「だんだんと落ち着いてきたみたい」 「ほんと、不思議だわ」 鍋の中を覗き込む姿は、危なっかしいけど愛らしい。 わたしは二人に注意を促しつつ、他の生徒さんに呼ばれた先に移動した。 「…先生さんよォ、この豆オカシイんじゃねーのか」 「?どうかされましたか」 「いや、俺ァべつに何もしてねーと思うんだが…」 「?」 そう言いどもりながら、頬をかじって他方を向く生徒さん。 わたしはその様子を不思議に思いつつ、彼の鍋の中をそろりと覗き込んだ。 「……」 「……」 豆が、真っ黒。 「えーっと…」 顔を上げながら、その生徒さんを見遣ればほんのりと僅かに色づく頬。 わたしは彼のその様子に内心苦笑しつつ、プライドを崩さない程度にそっと笑い掛けた。 「いや、なんつーかその豆が悪ィんだろ」 「えぇ、そうですね」 「…」 「なので奈良さん、今度はこちらの豆を使ってみてください。この豆ならこのくらいの火加減でちょうどいいと思いますから」 「お、おう…そうだな」 二へラと笑う顔が少し照れていたように見えたのは気のせいかな。 奥さんにお菓子を作ってあげたいとか。 愛妻なのは素敵なことだと思う。 わたしは彼に気づかれない程度にそっとコンロの火を弱めると、静かにその場を後にした。 「……あ」 「いい感じじゃない」 「日野さん」 全体の様子を見終えたころ、日野さんがお茶を片手に声を掛けてくれた。 「順調にいってるみたいね」 「おかげさまで」 「いや、それわたしの台詞だから」 にこりと笑った顔に返ってくるのは、この数時間で見慣れてしまったあきれ顔。 「あとは?何が残ってんの」 「そうですね、あとは成形だけなので小一時間と言ったところでしょうか」 「そう、ほんとに急で、ましてや初対面のアタシからこんなことホントに悪かったわね」 「いえ、わたしも楽しませて頂いてるので」 「そう」 そうして笑いあえば、日野さんも気にしてくれていたらしい今日の傍若無人っぷりに一言謝罪の言葉をくれた。 けれど、わたしとしては久しぶりのこんな賑やかさなので、むしろ感謝をしたいくらいだった。 「まっ、もうちょっと頑張って頂戴」 「はい、あ、お茶ありがとうございます」 そうして、店裏に姿を消していく日野さん。 わたしはその姿を微笑ましく見ていた。 けれど、そのホクホクとした時間も、直ぐに掻き消された。 「「センセー!!」」 「…っはい!」 「先生、こっちも頼みます」 「はい」 「センセー!嫁の顔が火影岩になっちまった!!」 「…っえ」 普段のゆったりとした時間の流れも好きだけど。 今日くらいは先生と呼ばれるのも悪くはないのかもしれない。 もちろん、自分のお店を賑やかにするつもりはないですが。 (奈良さん、生地の成形はこれからですよ) (いっけねぇ…)