翌日。私は午前中から授業をさぼってD会議室に来ていた。

誰かいるだろうか…。

昨日は青島先輩は"クソガキ"がいるから来ちゃダメだと言っていたが、一体誰が来ていたのか。

そーっと扉を開ける。

……誰もいない。

さすがに朝は誰もいないかと少しだけほっとして、部屋に入った。
扉を閉め、部屋の中を見て回る。奥には上谷先輩が言っていたようにベッドもあって、昨日行った生徒会室のように冷蔵庫やポットもあった。

コーヒーメーカーを見つけて入れてみる。
コップを持ってソファに座り、部屋を見渡した。棚には漫画やらゲーム機やらがあって、本当に会議室の面影はどこにもない。

スマホを取り出して、例の生徒一覧を見る。

昨日会った緒川先輩。彼女はここの一覧には入っていないが、確かに緒川家はトップレベルの名家だった。彼女自身は特別問題があるように見えないが、付き合いを続けるのもありだろう。
他にもここの生徒についていろいろ調べた情報を見直していると、勢いよく扉が開かれた。
慌ててスマホをしまう。

「…あ?」

扉の方を見ると、目つきの悪い黒髪の男がいた。私を見て眉を寄せ、低い声を出す。

「お前…」
「あ、えっと…初めまして」

見たことない人だと慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
制服じゃない。完全に私服だけど、恐らく金バッジの生徒だ。

「金バッジに選ばれた、一年の紺野真奈です。よろしくお願いします」
「……へぇ、お前がか」

男は私の元まで来ると、不機嫌そうに私を睨んだ。

「お前、誰の許可でこの教室入ってきてんの?」
「……え?」
「なに勝手にこの教室入って、勝手にコーヒーなんか入れてんの? 何様?」
「えーっと…」

鋭い視線で睨まれて、返事に迷う。
誰の許可って…金バッジの人はここ自由に使えるってこの前上谷先輩が言ってた気が…。

それに、勝手にコーヒー飲んだこと怒ってる?

このコーヒー、まさかこの人の…?

「あの…これあなたのでしたか? すみません、勝手に飲んじゃって」

「弁償します」と、コップを持ってすぐに片付けようとする。すると肩をグイッと引かれて無理やり振り向かせられた。髪を掴まれ、思いっきり床に叩きつけられる。受け身を取ろうと床に手を付き、そのせいでコップに入ったコーヒーが顔にかかった。

「あつ…っ」

床に倒れ込んだまま、顔を顰める。薄目を開けると、「お前さぁ」と苛立ったような声を出して、男が足を私の頭にのせた。上履きじゃない、硬い革靴に押しつぶされて痛みが襲う。

「やめて、ください…っ」

足首を掴み、なんとか退かして彼から距離を取る。靴についていた砂とコーヒーで顔が汚れて、手の甲で拭った。

「何するんですか!」

きっと男を睨むと、男は私の顔を見てクスクスと笑う。

「顔、きったな」
「…っ、それはあなたが…!」
「何? 俺に逆らうの?」

ゆらりと男が首を傾げる。その様子があまりにも危険に感じられてぞっと鳥肌がたった。

この人…

「こっち来いよ。遊んでやる」
「…?」
「服脱げよ。それで地面に正座な? あ、このコーヒー溢れてるとこに座れ」

クツクツと笑いながらそう言う彼に、目を細める。

「そんなこと…」
「はぁ?」
「そんなことするわけないじゃないですか」

これ以上ここにいては危険だと思い、教室を出ようとする。ドアノブに手をかけて開けようとすると、後ろから頭を強く押さえつけられた。ゴツンと扉に額がぶつかり、激しい痛みに意識が揺らぐ。

「…っ」
「口の聞き方に気をつけろよ」

倒れそうになる私を無理やり立たせ、頬を殴る。勢いよく体が後ろに飛んで、床に転がった。
すぐに立ち上がろとするが、男が跨ってくるのでそれも敵わない。
体を押さえつけ、私の制服に手をかけた。ボタンがちぎれるのも構わずに引っ張るようにはだけさせる。ブラジャーが顕になって、男が嘲るような笑みを浮かべた。

「でけぇし、肌も綺麗だな。汚しがいがある」
「…っ」

鎖骨あたりに爪を立てられる。

「泣き叫んでもいいよ? ああ、怖くて何も声が出せねぇ? 普通そうか」

抵抗しようとして、その普通という言葉に動きを止めた。

『普通に、ね?』

雅紀様…。

確かにこんなことされたら、普通の女子なら怯えて声も出せないかもしれない。
そして、これは生徒の問題行動の証拠を掴めるチャンスだ。大人しくして、この男にされるがままにされる。
普通を装って、確実に証拠を掴む。それが、私の任務。

って、頭ではわかってるのに、

「やめて!」

肘を男の顔面に打ち込む。彼が怯んだすきに体を起こし、腕を掴んで体勢を入れかえた。
馬乗りになり、背中にしまっていた小ぶりなナイフを掲げて彼の顔の横に思い切り突き刺す。

「――っ」

男が息を呑み、目を見開いてナイフを見た。

「動かないでください」

ナイフを床から抜き、彼の首元に当てると、彼の顔が青ざめた。

「…さっき、遊んでやるって言ってくれましたよね。ぜひ、お願いしたいです」
「ふざけてんじゃねぇよ…、てめぇ。俺にこんなことして許されると思ってるのか」
「黙ってください」

もがく男を、手で押さえつける。私はこれでも力が強い。
罵声を上げる男を冷えた眼で見た。

「ブスが調子乗ってんじゃねぇよ! 離せや!」
「…さっき私にしたこと、謝ってください」
「許さねぇ…っ、家名言えよ、家ごとぶっ壊してやる!!」

男が私の腕に爪を立て、キリキリとした痛みに眉を寄せた。家…雅樹様の顔が浮かぶ。

頭にくる…。

腕でも使えなくしてやろうと、ナイフを振りかざして、

――ドアが開く音がした。

「…うーっす。って、え!?」

上谷先輩の声に、はっと我に返る。力が抜けて、その隙に男が私の手から抜け出した。

「てめぇ! 殺す! 殺す!!」

顔を真っ赤にした男が、私に掴みかかってくる。それを見た上谷先輩が慌てて男の体を抑えた。

「翔! お前何してんの!」
「うるせぇ! この女絶対許さねぇ!!」
「落ち着けって! ちっ!」

男を抑える上谷先輩が焦った顔で私を見る。

「真奈ちゃん! 逃げろ!」
「えっ?」
「このままじゃやばい。早く!」

上谷先輩がそう叫んで、私は慌てて教室を飛び出した。




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