「……失礼しました」


お辞儀をして職員室を出る。先生ににこやかに手を振られて心が弾んだ。
学級委員に名乗りを上げて、先生との関係も上々だ。このまま仲良くなって、いろいろ話を聞こう。

今日やるべきことはすべて終えたので、例の会議室に行こうかと廊下を歩く。曲がり角を曲がったところで、青島先輩に出くわした。

「あれ、紺野ちゃん」
「あ、青島先輩。ちょうどいいところに…って、どうしたんですかその怪我!」

顔に貼られた湿布や腕に巻かれた包帯にぎょっとして声を荒らげる。
青島先輩は「ああ…」と苦笑いすると、「ちょっと躾のなってないクソガキにやられてね…」と渋い顔で言った。

クソガキ…?

「それはそうと、紺野ちゃん何してるの?」
「あ、今から例の会議室に行こうと思ったんです」
「D会議室に? ああ…今日はやめた方がいいよ」
「…? なんでですか?」
「……そのクソガキがいるからね」
「……?」

まさかそれって、まだ出会ってない金バッジの…?

「より興味があるのですが…」
「え!? いや、本当にやめた方がいい。危ないから」

顔を青ざめさせながら言う彼に、そうか…と身を引く。

「じゃあ今日はやめときます」
「うん。また今度おいで」

にこっと優しく微笑まれて、私も自然に笑顔が移った。

青島先輩と別れ、少し歩いたところで立ち止まる。会議室に行けないなら、どうしよう…。私のクラスの生徒達はみんな真面目で、問題があるように見えない。
一年を探っても意味ないだろう。そしたら…

階を上がって、二年の教室があるところに行く。

放課後で部活動の準備をしてる生徒や、教室で話をしている生徒がまだ残っていた。やはり、まだ初々しい一年生より活発的だ。

「……あれ、あなた一年の紺野さんだよね?」

二年の教室をちらちら見ながら歩いていると、後ろから話しかけられてビクッとして振り向いた。そうして、息を呑む。背の高い、日本人離れした青い瞳と自然な白金色の髪を持つ美少女が私を見て首を傾げていた。

なんて綺麗な人…。

言葉の出ない私に、彼女の目が細められる。

「どうしたの? 私の顔に何か付いてる?」
「え、いえ…」

あわあわと首を横に振って、聞かれたことを思い出す。

「なんで私の事知ってるんですか?」
「一年B組の学級委員だよね? 私、ここの生徒の顔と名前は大体覚えてるの」
「え、全員…ですか?」
「そうだよ」

ここの学校は一学年に5クラスあるから、全生徒は600人以上いる。しかも、一年生は昨日入学したばかりなのに…

ビビっと、私の危険センサーが反応した。

そんなことをするメリットがわからない、怪しい…。


「なんて、冗談だけど」
「え…?」
「あなた金バッジの生徒でしょ。金バッジの生徒は何かと目立つから覚えてるの」

疑いの眼差しで見る私に、彼女はおどけながらそう言った。それに、きょとんとして胸元を見る。
確かに…仲倉さんの話じゃ、金バッジの生徒はかなり特別扱いされているらしいし、覚えられるのも頷ける。

「あの、あなたは…」
「私は二年の緒川瑞穂おがわみずほ。紺野さん、二年生の誰かに何か用があった?」
「あ、いえそういう訳じゃなくて…」

問題行動をする生徒がいないか探してた、なんて言えない。

「えと、校舎を探検してたんです。この学校いろんな設備があるから新鮮で…、いろいろ見て回ってたら迷っちゃって…」

はは…と愛想笑いを浮かべると、緒川先輩は「ふーん」と曖昧に頷いた。そして何かを考えるように視線を上げると、あ、と手を叩く。

「じゃあ私が案内してあげよっか?」
「え? いえでも…」
「遠慮しないでいいよ。私も昨年学級委員やってたからいろいろ教えられるし」

ついてきて、と言って歩き出す彼女を慌てて追いかける。
できれば一人で見たかったのに、面倒臭いことになったなぁと内心でため息を吐いた。
しかもこの人…緒川ってどこの家だろう。後で調べないと。

「先輩、留学生ですか?」

明らかに純日本人じゃない容姿に疑問を持ってそう聞くと、彼女は「いいえ」と首を振った。

「こう見えて日本生まれ日本育ちだよ。ハーフだし。母親がヨーロッパの生まれなの」
「そうなんですね」
「紺野さんも綺麗な肌してるね。若いっていいなぁ」

あどけない笑みで微笑まれて、う、と言葉に詰まる。本当は3歳も上、なんて言えない。
「……一歳しか変わんないじゃないですか」と苦笑しながら言うと、緒川先輩も「そうなんだけどね」と笑った。
彼女に案内してもらいながら校舎を歩き回る。

生徒が多い場所に行く度に、みんなが私たちを見て何やらざわざわと話をしていた。

「なんでしょう…?」

居心地が悪くてそう言うと、緒川先輩は「仕方ないよ」と目尻を下げる。

「金バッジの生徒は目立つから」
「え、私ですか?」

慌てて胸元のバッジを掴んだ。私のせいで悪目立ちしてしまっていたのか。緒川先輩に申し訳ない。

「それと、私も原因かな?」
「え…?」
「私昨年生徒会やってたから結構有名なんだ。そんな私と金バッジの子が一緒に歩いてることに珍しく思うのかも」
「そ、そうなんですか…」

生徒会…彼女が目立つのは生徒会がどうとかよりも、その美貌によるものだと思うが…。

「なんかこんなに目立っちゃうと歩きづらいね。あ、ねぇ、生徒会室行かない?」
「生徒会室ですか?」
「うん。今は生徒会やってないし、誰もいないと思う」
「いいんですか? 勝手に入っちゃって」
「大丈夫。私先生に信頼されてるし」

にこっと笑う緒川先輩に、私も頬を上げて頷いた。正直、生徒会室には行ってみたい。
この高校の重要なデータとかあるかもしれないし。


  • TOP
  • 目次
  • しおり