悪意との対峙

 相性最悪――。視界を闇の霧が多い尽くす。

 これじゃあ正確な周りの空間も何も把握できず、"個性"が使えない。(どっちにしろまた弾かれるかもだけど……!)

 生徒たちを分散させるのが役目って、あのヴィランは言っていた。

 一体、どこに飛ばす気――

「黒霧のやつ。女子生徒を一人寄越してどういうつもりだ?」
「っ!?」

 ピンポイントぉ!?ちょうど落ちる先にいるのは、あの不気味な手のヴィランだ。

「まあ、いいや」

 顔に付けた手の指の隙間から覗く暗い瞳。
 なんの光も通さない濁った色。
 目が合った瞬間、金縛りにあったように体が動かない。息が止まる。

 似たような瞳を、私は知っている。

 でも、それよりももっと深くて――「結月!!」

 相澤先生の声にはっと気づき、"個性"を使ってヴィランと距離を取る。

 伸ばされた手がすぐ側まで迫っていた。

 意味あり気に手を沢山つけてる事からしても、きっとあの手に触れられたら危なかった……!

(白髪に、まだ若そうな外見。主犯……?それに、その隣の脳がむき出しの異形のでかいやつ。じっと動かず何を考えてるのか分からない)

「……なるほど。黒霧と似た下位互換の"個性"か」
「下位互換……!?」
「安い挑発に乗るな。状況は!?」
「黒い靄のヴィランによって、皆バラバラにワープさせられたようです!」

 ヴィランと戦っている相澤先生に簡潔に言う。辺りには先生に倒されたヴィラン数十体が転がっている。
 戦闘能力は大した事なさそうだけど、敵の数が多すぎる――

「可愛い子ちゃんいただっ……あれ?」
「悪いけど……」

 後ろから襲いかかって来たヴィランの背後を、"個性"で逆に取った。その肩にぽんっと触れる。

「背後を取るのは私の専売特許なの」
「うぐっ!」
「のあ!」

 飛ばしたのは他のヴィランの頭上。二人仲良く衝突し、呆気ない。(やっぱりこのヴィランたちは……弱い)

「へぇ……。子どもとはいえ、さすが雄英生だ」

 主犯格らしきヴィランは楽しげな口調で話した。

「下位互換といえ、その"個性"で外に助けを求められたら厄介だもんなぁ。やっぱりここで殺しとこう」
「ッ……!」

 いきなり向けられる純粋な殺意。

 貧相な体に見えたけど、動きは速い。けど、私の"個性"で接近戦は無意味だと分かっているはず。

(何か別の狙いが……)
「結月!お前は早く行け!最優先は外部への連絡だ!!」

 相澤先生が、目の前に飛び出した。

「……っ分かりました、先生もご無事で!」

 今は一瞬も迷っている暇はない。後ろ髪を引かれながらも、すぐさまその場から飛んだ。


「本命か。生徒に手は出させん」
「……24秒」


 ――みんな、いた!

 ゲート付近に数名の生徒の姿。
 その中心に倒れているのは――

「13号先生!」
「っ結月か!?」
「結月〜!良かった、無事だったんだね!」
「……うぅ……」

 小さく呻いた先生、意識はまだある!

「13号先生は俺たちにまかせろ!」

 切羽詰まった様子で、状況を教えてくれる砂藤くんと三奈ちゃん。

「結月は飯田を助けてあげて!!」

 三奈ちゃんの言葉に、無言で深く頷いた。
 "まかせて"という言葉を、ありったけ込めて。
 再びその場から飛ぶ。

 外部に助けを呼びに行こうとした飯田くんを、あの黒い靄のヴィランが追いかけていったという。

 13号先生もやつにやられたと……。

 先生の背中部分が抉れていた。二つの地点を繋ぐワープゲートによって、13号先生は自身の《ブラックホール》の"個性"でやられたんだ。似たような"個性"に、どんな風に使えるか大体想像がつく。

(……いた!)

 入口付近で飯田くんの姿を発見。それを追う黒い靄――黒霧の姿も。

「なまいきだぞ、メガネ!」

 なんか口調が荒々しくなっている!いや、そんな事より飯田くんが危ない!干渉し合っているなら、こっちだって多少なり妨害は出来るはず。

「消えろ!!!」
「させない――!!」

 意識を高めて、ヴィランの前にテレポート!

「っく!?」
「……っやっぱり。その反応じゃあそっちの"個性"にも影響が出るみたいね……!」

 痛み分けだけど、何とかワープの妨害に成功した。

「小娘が……!死柄木弔は殺りそこなったか」

 黒霧の敵意がこちらに向く。死柄木弔って……あの不気味な手のヴィランの事か。
 殺りそこなったって事は、やっぱり私を始末するつもりで送り込んだのね。

「結月くんっ無事だったか!」
「飯田くん!こいつの相手は私がする!だから君は……!!」

 ――その時、黒霧がぐるんと妙な動きをした。

「良かった理世ちゃん!無事だった!!」

 その声は……お茶子ちゃん!

「待ってて!理屈は知らへんけど、こんなん着とるなら実体あるってことじゃないかな……!!!」

 何かしら弱点はあるはずと思っていたけど、その体全部が靄じゃないと、お茶子ちゃんが証明してくれる!

「行けええ!!!飯田くーん!!!」

 無重力状態にされ、宙に放り出される黒霧。

「行けええ!!結月、今だ!!」

 そこに瀬呂くんがテープを張り付け、動きを阻止する。(今なら……!)

「あとはあの自動ドアを……!」

 飯田くんは妨害電波のせいで、閉ざされたドアを見据えた。

 ここで私の出番!

「まかせて委員長!途中まで送り出してあげる!」

 背中を押すように飯田くんに触れて、自動ドアの先にテレポートさせた。
 やっぱり、あの状態じゃあ黒霧は妨害できなかったようだ。

「応援を呼ばれる………ゲームオーバーだ」
「……?」

 反撃してくるかと身構えたけど、渦を巻くように黒霧はその場から消えた。
 残した言葉に、きっと仲間と合流し、撤退する気だ。

(ゲームオーバーって……ふざ、け………)
「っ結月!大丈夫か!?」
「理世ちゃんっ!」

 ふらっと体がよろけて、その場に膝をつく。

「……大丈夫。さすがにちょっと疲れちゃっただけだから」

 心配そうな顔を向ける瀬呂くんとお茶子ちゃんに、笑顔を見せる。
 立ち眩みのような症状だから、まだ動ける。大丈夫。

("個性"はそんなに使ってないのに……。まったく、あのワープ。余計な気力を使わせて)

「あ、おい、もう立って平気なのか?」
「平気。他のみんなが気になるし……。あのワープがいなければ、私の"個性"も妨害されないから今のうちに……」
「相澤先生……!!!」
 
 お茶子ちゃんの悲鳴のような声にそちらを見る。

 先生――!!

 ボロボロの相澤先生の姿が目に飛び込んだ瞬間、その場にいた。
 考えるより先に体が動くというけど、私にとってそれは"個性"だ。

 相澤先生の上に馬乗りになっている異形のヴィランを、頭上高く飛ばす。
 こいつ、先生の顔を地面に叩きつけようと……!

「相澤先生っ!!!」

 うつ伏せになっている先生の頭から血が流れている。
(酷い……っ)
 腕は折られ、肘はボロボロに破壊され、目を背けたくなる。

(こんな風になるまで、一人で、今まで戦って……)

「……馬、鹿……な、んで戻って来た……」

 生徒私たちを守ってくれたんだ。13号先生も、相澤先生も……!!

「……先生、大丈夫です。飯田くんが今、外部に知らせに行ってます」

 衝突音と共に、地面が振動する。

「先生を助ける為に戻って来たんだ。勇敢な少女を生徒に持ったな、イレイザー」
「死柄木弔。あの娘は少々厄介です。私の"個性"に少なからず干渉し、ワープゲートを繋ぐ妨げになる」

 先ほど飛ばした異形のヴィランが、地面に落下した衝撃だ。

「だから……それまで……、ちゃんと生きてて下さいね」

 立ち上がって、やつらを睨みつける。
 許せないと――怒りの感情がふつふつと込み上げてきた。

(……あの異形のヴィランは無傷。少なからずダメージを与えられると思ったのに……どんな"個性"か未知だけど、生温い攻撃じゃだめってことか)
「残念。対平和の象徴、改人『脳無』はあの程度じゃ壊れない」

 私の考えてる事が分かったように、死柄木弔は言った。
 対平和の象徴――つまり、オールマイト先生への対抗策。……あれが切り札で雄英に攻めて来た、ってこと?

 怪人……または改人。
 のうむは、脳無……?

 確かに、感情や意思があるようには見えない。

「まさか……、改造人間……?」
「察しがいいな。頭もよく回るか」

 死柄木弔は正解というように笑った。
 もし、本当に改造人間なら、元になった人間がいるはず。
 その事実よりも、それを笑って、何とも思っていない事が怖かった。

 私たちとはまるで違う世界の人間。
 これが、正真正銘の"ヴィラン"
 
「っ!」

 えっ!?地面を蹴り上げ、一瞬にして目の前に距離を縮めてきた脳無。
 大木のような拳を振りかざす――
 今まで、"私と相澤先生がいた場所"にその拳が抉り込んだ。

「…………」離れた場所から息を呑む。

 そのパワーも恐ろしいけど、その巨体でそのスピード。
 一瞬でここまで距離を詰めて来るなんて反則……!
 私の"個性"と咄嗟の反射神経がなければ、あの地面みたいに粉々にされていた。

「……先生。ちょっとこれ、借ります」

 相澤先生の了解を得ずに、その手にある操縛布に触れて、自分の首にそのまま転移させた。

 一つ、考えがある。

「っ……結月、よせ……!」

 先生の制止の言葉は聞かず、脳無の背後にテレポートした。

「おいおい……その技は効かないって学べよ」

 死柄木のせせら笑いは無視だ。脳無と一緒に宙に飛んだのは、自由に動かれると狙いが定まらないから。

 この武器、炭素繊維に特殊合金の鋼製を編み込んだものって、相澤先生は以前に言っていた。

 ならば……首に巻いた操縛布をぎゅっと握る。

(法則は、服をテレポートさせて着るのと一緒)

 意識を集中させ、操縛布を脳無の体に巻き付かせるように転移!
 両腕ごとがんじがらめになった脳無は、そのまま再び地面に落下した。
 私の繊細なコントロールだから成せる、捕縛必殺技!(思い付いたのはさっきだけど)

 関節ごと抑えたから、いくらあのパワーでも物理的に破れないだろう。
 無理やり破ろうとしたら骨は折れるし、たとえ痛覚がなくても、まともに腕は使えなくなるはず。

「……力で叶わないなら脳無の動きを封じるか。その"個性"といい、ヒーロー側にゃあもったいない逸材だな」
「……何が言いたいの」

 癇に障る言葉に、再びやつを睨む。

「なあ、それ」

 死柄木は、近くに落ちているナイフを徐に指差した。
 相澤先生にやられた格下ヴィランの持ち物だろうけど、これがどうしたって……

「そのナイフを俺の"ここ"に飛ばしてみろよ」
「なっ……!」

 ここだ、と指を差すのは、自らの心臓。

 その事を認識した瞬間、氷の手に掴まれたように心臓がぎゅっと締め付けられた。背筋が凍り、指先が震える。

「簡単に俺のことを殺せるぞ」

 これが敵のタチの悪い挑発だと頭では分かっていても、感情は冷静ではいられない。(動揺するな……相手の思うツボ……)

「先生をボロボロにされて憎いだろ?でも、できないよな?ヒーローなんかを目指してるせいで。その"個性"は、一瞬で人を殺せる素晴らしい"個性"なのに――」
「っ違う!私の、"個性"は……っ」

 鈍い光を放つナイフが目に入る。

 否定が、できない。だってその通りだから。
 このナイフを心臓に転移させれば、簡単に命を奪える。
 その気になれば。一歩間違えれば。一瞬で。

 忘れてはいけない、幼い頃の記憶の光景。お父さんの腕から流れる赤い血は……。

 ――ずっと前から知っていた。

 持っていた鉛筆を誤って転移させ、父の腕に怪我をさせてしまった時。
 両親が自身の"個性"による事故で亡くなった時。
 親戚がこの"個性"に怯えて、私を引き取ろうとしなかった時。
 今まで仲が良かったクラスメイトに、この"個性"を怖がられて避けられた時。

 ――危険な"個性"だって、そうやって思い知らされてきた。

「お前の"個性"はヒーローじゃあ活かせない。可哀想に」

『なら、君はヒーローを目指すと良い』

「殺傷能力が高いヴィラン向きの"個性"だ」

『あなたは、両親から受け継いだその"個性"を誇りに思って良いのですよ』

「なあ、こっち側に来いよ。ヴィラン連合に。歓迎するぜ、テレポート」

『命を奪うことも、人を救うことも、表裏一体だよ。君が思う、"素敵な方"を選ぶといい』

「………そうだ………」

 辛い記憶があっても、同時に救われた言葉を思い出す私は。

 可哀想でも不幸でもない!

「私は『そちら側』には絶対行かない。ヴィランになんて、絶対にならない」

 さっきから好き勝手言って来たんだ。
 私にだって好き勝手言う権利はある。

「この"個性"は傷つける"個性"じゃなくて、誰かを救うことができる"個性"だって……証明するために私はヒーローを目指すの」

 本来なら"個性"にヒーロー向きもヴィランもない。
 本人の使い方次第だって――。

「……いいぜ、おまえ。じつにヒーロー志望らしい正義感だ。……イラつくなぁ……」

 顔に付けた手の隙間、虚ろな二つの目に睨まれる。

「ますますブッ殺したくなってきた……」
「…………」

 ……無駄に挑発しちゃったかも知れない。
 まずいと焦っても、口から出た言葉は取り消せない。(飯田くん早く戻って来てぇ……!!)
 
「死柄木弔」

 張りつめた沈黙を破ったのは、黒霧だった。
「ああ………そうだなァ」
 渦巻く黒い霧に、ワープゲートの準備ができたのかも知れない。

 ゆっくり頷いた死柄木から、先ほどの緊迫した空気がほどける。(……どうする)
 ちょっとほっとしたものの、このままやつらを逃がして良いのか考える。

「その前に」

 ワープの直前に"個性"を使って、たぶん妨害する事はできる。でも……、

「平和の象徴としての矜持を少しでもへし折ってから――帰ろう!」
「!!!」

 悠々した動作から、打って変わって素早く動いた死柄木。
 その先の水辺に佇む三人の姿が目に映る。

(でっくん、梅雨ちゃん、峰田くんっ!)

「友だちを救えるかな、テレポート」
「ッ……!!」

 何故もっと早く、三人がそこにいる事に気がつかなかったのか。

「脳無、起きろ」

 その一言で、脳無は骨が折れる音を立てながら拘束を無理やり破る。(バカな……!!)
 一瞬、気が逸れた。三人の目の前にいる死柄木。
 その手は、梅雨ちゃんの顔面を掴むように――

 全身から、血の気が引いた。

「………本っ当、かっこいいぜ」

 時が止まったように、ぴたりと動きを止めた死柄木。
 何が起こったのか分からなかった。
 ゆっくり振り返った死柄木の、視線の先を追う。

「イレイザーヘッド」

 血だらけの顔を上げ《抹消》を使っている相澤先生。

「……ッ!!」

 ――先生が作ってくれた時間を、無駄にしたらだめだ!!

(死柄木を見ているなら、今やつを飛ばそうにも抹消される。いちいち三人をテレポートする余裕はない)

 私にできる、救ける方法は一つ!
 三人一度にテレポートさせる、今!!

(できるかじゃない、やる!!この"個性"で救けるって、決めたでしょ……!!)

 お母さんとお父さんから受け継いだ、この"個性"で――!

「……消えた……?」
「触れずに三人同時にテレポートさせただと……!?馬鹿な……」
「……奥の手は、取っておくもの……でしょ?」

 驚く黒霧に笑ってみせたものの、こっちの"能力"はまだ使いこなせていない。
 しかも、三人同時に、だ。一気に反動が来て、くらりと視界が揺れる。
 前のめりに膝から落ちて、なんとか地面に手をついた。

「脳無」

 回る視界のなか、大きな影が差す。

 ――後ろに立っている。

 背中から恐怖が粟立つ。逃げなきゃ。頭では分かっているのに、動けない。今の私は"個性"はおろか、自分の足で動くことさえ出来ない。

「……っ!!」

 背後から、大きな手に首を掴まれ、地面が遠ざかって行く。

「あッ……ぅぐっ!」
「お前は調子に乗り過ぎた。さあ、脳無。ゆっくり喉を締め上げ、苦しませてから殺せ」

 その言葉通り、徐々に首を掴む手に力を込められる。苦しい……痛いっ……!
(殺さ、れ……――)


「手っ……放せぇ――!!」


 地面に落とされた。「……ゴホっ……ゴホ……っ」解放された喉が、噎せる。

「まだ逃げてなかったんだ」
「……ッ」

 でっくん……っ!ぼやけて滲む視界に、緑色が映る。


「いい動きをするなあ……スマッシュって……オールマイトのフォロワーかい?」


 聞こえる死柄木の余裕の声に――。

 今、どんな状況か。把握できずとも、恐ろしいほどに理解できた。


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