ピクシーボブを抱えて、施設に着いた。――けど。
「っ……!!」
心臓が、凍りつきそうになる。
入口にはまだ、真新しい焼け焦げた跡。
(みんな……!)
間違いない。確証はないけど、分かる。あの時の、青い炎の"個性"の敵だ――。
「結月くん!!」
「結月〜良かった!無事に戻って来て!」
「結月!それに、ピクシーボブも!」
マタタビ荘の一室に、皆はいた。天哉くん、三奈ちゃん、尾白くんの声に迎えられる。他の人たちも補習組も皆無事で、安堵に胸を撫で下ろした。
「ピクシーボブがやられたのか……!すぐに手当てしよう。して状況は?」
プラド先生が私からピクシーボブを受け取り、そっと床に下ろす。(……相澤先生の姿が見当たらない)
「依然、マンダレイと虎が二人の敵と応戦してます。あの、相澤先生は……?」
「イレイザーは他の生徒たちを保護するため、森へ向かった」
「なら、私も向かいます」
「「!?」」
驚く皆に、次の反応も分かっている。
「結月くん……!?」
「はぁぁ!?何言ってるんだよ君は!」
「そーだよ!敵が何人来てんのかも分かんねーのに!ここで大人しくしてろよぉ」
天哉くん、物間くん、峰田くんが畳み掛けるように言った。
「だからこそだよ。まだ森にはA組もB組も大勢いる。相澤先生とラグドールの二人だけじゃ手が足りない」
「けどよ……!」
心配そうな顔の上鳴くんに、他の皆も同じような顔で頷く。大丈夫。何も戦いに行くわけじゃない。
「結月、気持ちは分かる。おまえの"個性"も知ってる。だが、それは許可できん」
断固として言い放ったプラド先生。そのしかめ顔を、見上げて言う。
「許可なら、相澤先生と合流して直接もらいます。敵と遭遇しても戦闘はしません」
その為に、行くのだから。
「合流と言ってもどうやって……」
「すみません、プラド先生。みんなが心配なのでもう行きます。ピクシーボブをお願いします!」
一方的に言って、最後に一礼をし――"個性"を使った。
マタタビ荘の外にテレポートして、再び森へと戻る。
お叱りなら後でちゃんと受ける。敵と戦闘しなければ、原稿用紙三枚ぐらいの反省文で済むだろう――そう前向きに考えた。
(肝試しで、最後に出発したのはお茶子ちゃんと梅雨ちゃん……)
施設にはでっくんと洸汰くんもまだ戻っていなかった。そちらも心配だけど……肝試しの進行ルートの道を行く。
相澤先生と合流したいのは本心だ。
ここまで来たなら帰れと言わず、相澤先生ならきっと合理的に同行を認めてくれるはず。(後でめっちゃ怒られるだろうけど)
ただ、どっちの道を行ったかは分からない。
出会えなかった場合は、中間地点にいるラグドールと合流しよう。身勝手な行動をしているのは重々承知で、それでも最低限の生徒としての行動は取るつもりだ。
(ごめんなさい、安吾さん。また心配かけるけど、ぎりぎりルールは守るから……!)
その時、体がびくっと反応した。……マンダレイのテレパスだ。
『A組B組総員――……』
頭の中に、直接マンダレイの声が響く。
『プロヒーロー、イレイザーヘッドの名に於いて、戦闘を許可する!』
「!!」
相澤先生からの戦闘許可が降りた。
これを、意味することは。皆の身に、危険が迫っているということ……?
「――ッ!!」
「よォ、また会ったな」
目前に広がった青い炎に、反射的に後ろにテレポートする。
「……おまえは……」
「俺の名は、"荼毘"」
一応名乗っておくよ、と続けて気だるげに男は言った。
写真で見た姿と同じ風貌。私の髪を燃やした敵だ。
あの時はこの目で直接見れなかったけど、今は目の前に立ち塞がっている。
継ぎ接ぎだらけの異様な皮膚。青い炎と同じような色の目が、細められた。
「まあ、長い付き合いになるか短い付き合いになるかは知らねえけどな」
「……どういう意味?」
いや、こいつを相手している暇はない。
戦闘はしない。許可は降りたとはいえ、それは身を守るためだ。
避けられるのなら、避けるのが得策。
はぐらかすような言い方は、情報収集にも適さないだろう。相手をしているだけ、時間の無駄。
「逃げてもいいが、この辺一体燃やして、奥にいる生徒たちを焼き殺すぞ」
「っ………」
安い脅し……だけど……これ以上、火の手を回るのは避けたい。
その言葉は大袈裟ではないだろう。それほどまでに、森は火が回るのが早い。
「……私にどうしろと?」
「大人しく捕まれ。手間が省ける」
「なんで私が目的?」
「さあ?そうリストに乗っていた。あの男に気に入られたんじゃねえか」
あの男って死柄木のこと……?
嫌な気に入られ方だなぁ。
「自分が狙われてんのに平然としてんだな」
「可愛い子は狙われるから気をつけろって、小さい頃から言いきかされてるの」
『敵の狙いの二つ判明――!!』
再び、マンダレイの声が頭の中に響く。荼毘という男を見据えたまま、頭の中の声に耳を傾ける。
『生徒の結月さんと「かっちゃん」!!』
「……!?(かっちゃんって爆豪くん!?)」
なんで爆豪くんが!?何かの間違いじゃ――……いや、"かっちゃん"という呼び方ならでっくんからの情報だ。となると、信憑性は高いだろう。(ということは、少なくともでっくんは無事で、きっと洸汰くんも……)
『わかった!?結月さんと「かっちゃん」!!』
繰り返される声に……
『「かっちゃん」はなるべく戦闘を避けて!!二人とも単独では動かないこと!!』
念を押す言葉に思わず苦笑いした。
(やばい。"どっちも"守れてない)
逃げられない、逃げることができないとしたら……残る選択肢は一つしかないのだから。
「今ここであなたを倒す」
「……!」
どうせ狙われてるなら、迎え撃つしかない。
向こうは派手な"個性"だ。戦っていたら、先生たちが応援に来てくれるかも知れない。
それに……一応策は、ある。
「生きて連れて帰れと言われてんだがな。手加減が難しい」
その手から青い炎がぶわぁと生まれる。火花が燐光のよう。敵の"個性"じゃなかったら、きっと綺麗だと思っていた。
広範囲の攻撃。しかも、体に致命傷を与えやすい攻撃は、私の"個性"と相性最悪だ――口元に笑みを浮かべる。
(この戦法は、焦凍くんと戦う時に使おうと思ってたのになぁ)
いつか、炎を使いこなした焦凍くんと手合わせした際に、彼と渡り合えるように――。
(自分をテレポートさせる時の、空間を押し出して現れるという法則を応用……)
つまりは連続テレポートで、タイムラグである1秒以下でテレポートをし続けた場合、その空間にある"影響"は受けないのではないか?と考えに至った。
(相手が前面に炎を放出したら、それを目眩ましに連続テレポートして近接攻撃を叩き込む。向こうも炎の中に飛び込んで来るとは、普通思わない)
でもこれは、机上の空論だ。
期末試験でオールマイト先生と一対一になった時、僅かなタイムラグでも風圧を受けたのを思い出す。
拳をぎゅっと握り締める。
(怖いよ……――でっくん)
でっくんのように、まっすぐと恐れず飛び込んでいくその勇気が、私にはない。
だから私は、いつも得意気に笑って、虚勢を張る。
(それでも。怖くても痛くても、逃げたくないから……!)
自分を奮い立たせるのは、いつだって自分自身の意思だと信じて――!
地面を蹴る。青い炎が目の前を燃え上がる。肌にじりっと高熱を感じた。
右手を胸に当てテレポートして、間髪を入れずに再びテレポート。
青い光で見えなくとも、敵の位置は把握している。狙うは急所の顎。
(油断しているその一瞬を逃すな)
一撃必殺で落とせ――!!
「……ッハァ!!」
真っ正面から渾身の力を込めて、その顎に蹴りあげる。敵が後ろに倒れた。
左手を伸ばして触れると、地面にうつ伏せにテレポートさせる。
「…はぁ…はぁ……やった……?」
抵抗できないようにその背中に乗って、片膝で押さえる。
「……イレイザーと同じやり方かよ……」
「……なっ!?」
思わず背中から飛び引く。その言葉を最後に、その体はドロドロと溶けていった。
「………………」
やがてその体は跡形もなくなり、そこには泥しか残っていない。唖然とその場を見下ろし、分かっている事は一つ。
……偽物……?
「……ッくそ!」
我に返った瞬間、思わず自分の口から普段出ない悪態が飛び出ていた。
人が決死の覚悟と思いで戦ったのに、時間と労力だけを失った。(あいつ、絶対に許さないっ!)
「――!?(今のは……)」
破裂音が木々に反響した。音の位置は分からない、けど。……銃声?
「……行かなきゃ」
ふらりと足がもつれる。(……また、百ちんに斜めに歩いてるって言われちゃうね……)
深呼吸して、集中して、再びテレポートで飛ぶ。
「梅雨ちゃん。梅雨ちゃん……梅雨ちゃんっ!カァイイ呼び方、私もそう呼ぶね」
「やめて。そう呼んで欲しいのは、お友だちになりたい人だけなの」
――私の大切な友達に、
「じゃあ、私もお友だちね!やったあ!」
「梅雨ちゃん!!」
「血ィ出てるねえ、お友だちの梅雨ちゃん!カァイイねぇ、血って私、大好きだよ。だから、もっと血塗れにしてあげるね」
「……何してくれてるの?」
トガ、ヒミコ!
梅雨ちゃんに振り落とそうとしたナイフを手のひらに転移させて奪う。
「っ理世ちゃん……っ!」
「理世ちゃん……!良かったわ、無事だったのね」
――梅雨ちゃんは管がついた注射器のような物を髪に突き刺され、木に張り付けにされていた。それなのに、その梅雨ちゃんの口から出たのは、私の心配する言葉。(そんな優しい梅雨ちゃんを……!)
――理世ちゃん。ゆらりとこちらを振り返ったトガヒミコのその顔に、一瞬戦く。
恍惚な表情を浮かべながらも、私への殺意を隠しもせず、ロックオンされたと本能で分かった。
ぞくり……と、言い知れぬ悪寒が背筋を走る。
「理世ちゃん!ショッピングモール以来だね。名前覚えててくれたんだぁ!」
まるで、うっとりと夢見る少女のような表情が、逆に不気味で怖い。
「理世ちゃんから会いに来てくれて嬉しいよ」
「違うし」
……なんなのこの女子高生!
「理世ちゃん!ショッピングモールって、まさか……」
「うん……!ショッピングモールで遭遇した敵の一人」
こちらに駆け寄ってきたお茶子ちゃんと話す。
「……お茶子ちゃん。私がトガヒミコの気を引いてる隙に、梅雨ちゃんの髪に刺さってる管を抜いてくれる?」
隣に並んだお茶子ちゃんに小声で話す。
「そしたら、二人で走って逃げて。距離ができたら私も追いかけて、二人連れて施設までテレポートで向かうから」
「分かった……!理世ちゃんも気をつけて」
そう言ったお茶子ちゃんの腕部分のシャツが、赤く滲んでいる事に気づいた。……トガヒミコを睨み上げる。
「やっぱり、理世ちゃんは焼くより刻まれる方がもっとカアイイと思います」
対して彼女は、私の少し焦げた服を見て、上機嫌に笑って言った。
その手に新たなナイフを持ちながら……
「いっぱい切り刻むんで、もっともっとカァイくしてあげるね!」
「余計なお世話。そのままでも私、十分可愛いから――!」
ナイフを突きつけ向かってくる!
違う、それは囮!反対側から投げられる小型のナイフを転移させた。(その手の小細工はステインで散々――)
その瞬間、ふらりと視界が揺れ、地面に膝を着く。
(……やば……"個性"の反動が……)
「理世ちゃん、上よ!」
「二本刺し――!!」
梅雨ちゃんのおかげで、真上からまっすぐ下ろされる二本のナイフを、地面に転がってなんとか避ける。(なんか、もろもろの特訓がちゃんと身に付いてる……!)
「避けたらだめですよぅっ!」
テレポートで体勢を整えると、すかさず投げられるナイフを転移させる。
そして、息つく間もなく振り回されるナイフ。
身体能力でこれを避けるのは無理……"個性"を使わせざるを得ない!
「大丈夫だよっ!ちょっぴり痛いだけだから!」
(絶対、ちょっぴりじゃない……!)
楽しげに笑うトガヒミコの後ろで、お茶子ちゃんが管を引き抜き、梅雨ちゃんを解放したのが目に映った。
これでこんなクレイジーガールを相手にすることない!
「チウチウするお仕事まだしてないです!」
「っわ!」
「ケロ……!」
トガヒミコは体を素早く回転させ、背中から伸びる管をムチのようにして後ろの二人を襲う。
「ッ痛!」
同時に向けられたナイフを、咄嗟に手のひらでガードして痛みが走った。一文字を血で描いたように、真横にまっすぐ切れている。
「わぁ!ぱっくりいきましたねえ!?理世ちゃんの赤い血流れて綺麗です……!ねえ、もっと見せて!」
「ッ!」
「離れて!!」
そう叫んで走って来るのは――お茶子ちゃん!
振り向きざまに、トガヒミコはお茶子ちゃんにナイフを突き刺すように向ける。
「お茶子ちゃんっ!」
「(ナイフ相手には!!)」
お茶子ちゃんは、それをサッと横に躱して、
「(片足軸回転で相手の直線上から消え、手首と首ねっこを掴み……)」
流れるようにトガヒミコの手首と首ねっこを掴まえた。
「(おもっくそ押し!引く!)」
――職場体験で教わった近接格闘術!
G・M・Aだ!!お茶子ちゃんはトガヒミコを地面にうつ伏せにして倒した。(すごいよ、お茶子ちゃん!実戦でちゃんと成功させた!)
惚れ惚れする淀みのない動きだった。
トガヒミコを捕まえた事に、糸が切れたように力が抜けて、その場に座り込む。
「理世ちゃん大丈夫!?梅雨ちゃん、ベロで手!拘束!出来る!?痛い!?」
「すごいわ、お茶子ちゃん……!ベロは少し待って……」
がばっと起き上がり、矢継ぎ早にお茶子ちゃんは言った。(あ……梅雨ちゃんは舌を切られて……)
「理世ちゃん、顔色が悪いわ。もしかして血を流し過ぎて……」
梅雨ちゃんの心配する言葉に「昼間の特訓の疲労が溜まってて……」と、答える。
「待ってて、今ハンカチで……」
「ありがとう、梅雨ちゃん」
梅雨ちゃんは自身のポケットからハンカチを取りだし、私の手に巻いてくれた。
「助けに来たのに、お茶子ちゃんに助けられちゃったね」
「ううんっ、理世ちゃんが来てくれて助かったよ!それに!敵の目的の一つは理世ちゃんだから……」
――私、守るよ!!
そう笑うお茶子ちゃんの笑顔は麗らかなのに、勇ましくて、心強かった。
「お茶子ちゃん……あなたも素敵」
唐突に聞こえたその声は、地面に押さえつけられているトガヒミコからだ。
「私と同じ匂いがする」
「?」
一体何を……怪訝に思っていると、トガヒミコは続けてお茶子ちゃんに言う。
「好きな人がいますよね」
「!?」
「そして、その人みたくなりたいって思ってますよね。わかるんですよ、乙女だもん」
「(何……この人……)」
「あなた、何言って……」
この状況で、場違いなことを切り出した彼女が分からない。
「好きな人と同じになりたいよね。当然だよね。同じもの身につけちゃったりしちゃうよね。でも、だんだん満足できなくなっちゃうよね。その人そのものになりたくなっちゃうよね。しょうがないよね」
「っお茶子ちゃん!聞いちゃだめっ!」
洗脳……!?そう叫んで咄嗟に立ち上がろうとするけど、力も集中力の糸も切れた体は言うことを聞かない。「ッ」咄嗟に手のひらを地面に着いて、切れた左手に痛みが走った。
「あなたの好みはどんな人?」
「私はボロボロで血の香りがする人、大好きです」
「だから、最後はいつも切り刻むの」
――一方的に、トガヒミコは狂気的な言葉を並べて話す。お茶子ちゃんの表情は見えないけど、反応がない。
「ねえ、お茶子ちゃん、楽しいねえ。恋バナ、楽しい」
「お茶子ちゃんの心を……侮辱しないで!!」
何が恋バナだ――トガヒミコの言葉をかき消すように叫んだ。
「お茶子ちゃんの気持ちを利用して、あなたは自分の行為を正当化したいだけでしょ」
「………………」
「あなたの気持ちをお茶子ちゃんと一緒にしないで」
たとえ、それがどれだけ崇高な気持ちのものでも……人を好意に傷つけていい理由にはならない。
「……あなたにはわからないです。愛されて育ったあなたには」
「………………」
お茶子ちゃんが短く悲鳴を上げる。「お茶子ちゃん!?」叫んだ声は、梅雨ちゃんと重なった。
「チウ……チウ」
謎の言葉をトガヒミコは呟いている。押さえられた状態でなお、お茶子ちゃんに何かしたのは確かだ。
(もういい、飛ばす――!)
「麗日!?」
!その時、茂みから現れたのは……
「障子ちゃん、皆……!」
彼だけじゃない、焦凍くんの姿も――。
「あっしまっ……」
その一瞬の隙を見計らって、脱兎のごとくトガヒミコはお茶子ちゃんを振りきり、茂みに飛び込んだ。
「人増えたので。殺されるのは嫌だから、バイバイ……――!?」
一瞬だけ、彼女の目が見開いた。不思議に思うや否や、トガヒミコは森の中に消えていく。
「待っ……!」
「危ないわ。どんな"個性"を持ってるかもわからないわ!」
追いかけようとしたお茶子ちゃんを、梅雨ちゃんが止めた。
「何だ、今の女……」
「敵よ、クレイジーよ」
「麗日さん、ケガを……!!」
「大丈夫。全然歩けるし……っていうか、デクくんの方が……!」
お茶子ちゃんの言葉に、障子くんは背中に背負われたでっくんの存在に気づいた。
でっくんは、ボロボロだった。
敵に遭遇したのだと分かった。上半身の服をまとっておらず、どれだけの激闘だったのか。
(……洸汰くんを、守ったんだね……)
「結月!おまえ、なんでここに……!施設にいたんじゃねえのか」
「えっ、結月さん……!?」
私の存在に気づいた焦凍くんの声に、でっくんも声を上げる。焦凍くんの背中には、意識がない円場くんの姿もあった。
「大丈夫か?」
「昼間の疲労だから……円場くんは?」
「意識を失っているだけだ」
「心配なのはわかるが立ち止まってる場合じゃない、早く行こう。結月は動けるか?」
障子くんの言葉に「大丈夫……」と、立ち上がる。
意識のない円場くんも、重傷なでっくんも心配だ。二人を連れて、私が、一緒に"個性"で戻れれば……
「理世ちゃんっ、無理したらあかん!私の"個性"で浮かせるから!円場くんも!」
「あ…ありがとう、お茶子ちゃん」
「とりあえず、無事でよかった……」
ほっと安堵な声がでっくんからもれた。
明らかな大怪我に、まずは自分の心配をと思ったけど……私も人のことは言えないか。
「そうだ、一緒に来て!僕ら今、かっちゃんの護衛をしつつ、施設に向かってるんだ」
……?爆豪くん?でっくんの言葉に、首を傾げる。
「……………ん?」
「爆豪ちゃんを護衛?」
お茶子ちゃんと梅雨ちゃんも不思議そうに呟いた。……まさか。心臓が嫌な風に鼓動をし始める。
「その爆豪ちゃんはどこにいるの?」
「え?」
一瞬の静けさが、その場に訪れた。
「何言ってるんだ、かっちゃんなら後ろに!」
でっくんだけでなく、障子くんと焦凍くんも後ろを振り返る。
そこには、爆豪くんの姿はなく、まっすぐただ道が伸びているだけ。
血の気が、引いていく。
「彼なら」
――愕然とするその場に、どこからか声が響いた。
「俺のマジックで"貰っちゃったよ"」
「「!」」
「こんな風にね」
――え。私の視界は突然、暗転した。
(――……!?ここは……今の一瞬で、一体何が……)
何も見えない。暗い。怖い……!
「だめだ……だめだだめだ、落ち着け……」
これは、あの敵の"個性"。
ここで取り乱したら敵の思うツボだ。
――必死にそう自分に言い聞かせて、頭では理解していても――バクバクと打ち続ける鼓動はおさまらない。発狂しそうになる。
("個性"を使って、みんなの場所に戻るんだ……!さっきの場所に、戻るだけ。いつものように。いつもと同じく……)
………………
変わらない、目の前はひたすら闇だ。
"個性"が、使えない……?
(使えているのか使えてないのかさえ、分からない……)
目眩がする。自分の体さえ目に映らない暗闇。
……怖い。自分の体を抱きしめるように回した両腕の冷たさに、生きてるのかさえ疑う。
「誰か……!!」
叫んだ声がむなしく響く。返事はない。返って来ない、足元が崩れ落ちる。
無数の黒い手が"見えた"
絶望と孤独感だ。ああやって引きずりこもうとするんだ。
「……違う。もう違う……!」
私はもう一人じゃないのに、どうして……
あの時も、目の前が真っ暗になって、私の世界は変わった。取り残された。
(お母さんとお父さんが死んだとき)
私はまた、独りぼっちだ。