急襲

 夕飯を食べ終わり、後片付けも終わると、ワイプシ一同に案内されて後ろをついていく。
 施設から道なりに少し歩き、森の中の開けた場所で、彼女たちの足が止まった。

「……さて!」

 ピクシーボブが全員を見回し、口を開く。

「腹もふくれた皿も洗った!お次は……」
「肝を試す時間だー!!」

 暗い森の中で、三奈ちゃんが元気に声を出した。
「その前に」
 相澤先生の言葉に、補習組の笑顔がぴしりと固まる。

「大変心苦しいが補習連中は……」

 大変心苦しいとは1ミリも思っていなさそうな声で、

「これから俺と補習授業だ」
「ウソだろ――!――!――!!?」
(三奈ちゃんの顔がっ……!)
「すまんな。日中の訓練が思ったより疎かになってたので、"こっち"を削る」

 4人を捕縛布でぐるぐる巻きにすると、ズルズルズルと引きずって連行する相澤先生。無慈悲……!

「うわああ、堪忍してくれえ、試させてくれえ!!」

 4人の悲痛な声が、元来た道に消えて行く……。
 私たちにはどうすることもできず――……でっくんと共に、心苦しく表情を歪めた。

「はい、というわけで脅かす側、先攻はB組。A組は二人一組で3分起きに出発。もうスタンバってるよ」

 よくある肝試しのルールを、何事もなかったかのように説明するピクシーボブ。

「ルートの真ん中に名前を書いたお札があるから、それを持って帰ること!」

 脅かされるのは嫌だなぁ……。山の中の森だから、月明かりしかなくて暗いし……風で葉がざわざわしてて不気味だし……。

 その場もシーンと静かだ。

「闇の狂宴……」
「(また言ってる)」
「(賑やかしメンバーが全員いないから、空気が神妙になってる)」

 カムバック!賑やかし組!!

「脅かす側は直接接触禁止で、"個性"を使った脅かしネタを披露してくるよ」
「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!」
「やめて下さい、汚い……」

 虎さんの言葉に耳郎ちゃんが顔をしかめた。同感、そのルールは嫌だ。

「なるほど!競争させる事でアイデアを推敲させ、その結果、"個性"に更なる幅が生まれるというワケか。さすが雄英!!」
「天哉くんは雄英側に好意的過ぎると思う」

 雄英によるサクラか何か?君。

「さあ!!クジ引きでパートナーを決めるよ!!」

 テンション高めのピクシーボブの手から、紙で出来たクジを順番に引いていく。

「やったー!!梅雨ちゃんとだー!」
「よろしくね、お茶子ちゃん」

 梅雨ちゃんの両手を掴んで喜ぶお茶子ちゃん。仲良しペアで良いなぁ。(梅雨ちゃんは怖いの平気だし)

 私は8番だ。問題のパートナーは……

「結月さんは何番だった?」
「8番」

 そう言ってクジをでっくんに見せると「!僕も8番……!」明るい笑顔と共に、でっくんも「8」と書かれたクジを見せてくれた。

「良かったぁ、でっくんとなら安心だ」
「ほ、本当?僕も、結月さんと一緒で良かったというか……う、嬉しいというか!」
「おい、クソテレポ。代われ」

 でっくんとふふと和やかに笑い合っていると、後ろから割って入って来た声は爆豪くんだった。
 どうやら爆豪くんのパートナーは焦凍くんらしい。ウケる。

「私、でっくんとだけど」

 そう言うと、爆豪くんの視線はすーっと動いて、私の隣にいるでっくんの存在に気づいた。

「んでクソデクと組んでんだよ!?ざけんな!!」
「横暴だねぇ……」
「無茶苦茶だ、かっちゃん……」

 当てが外れた彼は「おい尻尾…代われ…!」と、今度は尾白くんに詰め寄っている。

「青山、オイラと代わってくれよ……」

 その尾白くんのパートナーの峰田くんは峰田くんで、百ちんとパートナーの青山くんに懇願してるし……。(青山くんはめっちゃ首を横に振って拒否ってる)

「俺は何なの……」

 尾白くんの空しい声がぽつりと聞こえた。

「緑谷ぁ……!」
「ごめん峰田くん!」
「即答かよ!!」まだ何も言ってねー!
 
 ペア交代は当然、ピクシーボブに却下されて、番号順に並ぶ。私とでっくんペアは一番最後だ。

「1組目、常闇くんと障子くんGO!」

 元気なピクシーボブの声とは反対に、無口な二人が静かにスタートした。
 3分後に次のペアが出発だから、私たちは24分後か……。(うぅ、この待ち時間がいやだ……)

「……みんな、どんな風に脅かしてくるんだろうね」

 待ってる間、気を紛らわせたくて、隣のでっくんに話しかけるも……

「"個性"を活用できるとなると、まず一番に考えられるのが柳さんの"個性"かな。"個性"自体が《ポルターガイスト》だし、肝試しにぴったりの"個性"だ!いや、でも、意外性を狙うなら……ブツブツブツ」
「……………………」

 まず、隣のでっくんが怖い。

 いや、でっくんに"個性"に繋がる話題を振ったのが間違いだった。

 他に何か話題はないかな……。

「――あ。でっくんって、デートに行くならやっぱりヒーロー関係のイベントとかがいい?」
「……っ!?ででででデート!?」

 その驚きっぷりに、私もびっくりして肩が跳ねた。

「う、うん……昨日、B組の子たちも交えて女子会してて、そんな話題が上がったから……」
「(話題……!?どんな話題!?)」
「でっくんなら彼女よりオールマイト取りそうだって……サイン会とか」
「え、ええ〜!?い、今まで……か、彼女がいたことないから分からないけど……」

 そう言って、でっくんは口を閉じた。
 考えているみたいだ。そして、

「…………場合による。……ます」
「それさっき焦凍くんが言ってたの」

 その返答が面白くて笑う。

「ぎゃ、逆に……結月さんは、そういう趣味に付き合うというのは……?」

 でっくんの問いに、今度は私がうーんと考える。

「私は好きな人が好きなものは、なるべく理解したいな。一緒に楽しめたら楽しいと思うし」

 理解できない事もきっとあると思うけど、理解したいと思うし、否定はしたくないと思う。

「……僕も、その、好きな人と一緒にヒーローイベントとか行けたら良いなぁって思うよ」

 でっくんは照れ臭そうに、はにかみながら言った。

「〜〜!ええとっ……あのっ結月さんなら、たとえば……どんなデっ、デートがしてみたい?」

 次いで口早に聞かれる。

「そうだねぇ……デートっていうか憧れてるのがあってね。私、自転車に乗れないから、後ろに乗って二人乗りしてみたい」

 なんか青春って感じだし!

「そっかぁ!(可愛い……!)ち、ちなみに理想のタイプとかは……」
「趣味が健全な人」
「!?(健全!?……僕の趣味は健全に入るのか……!?いや、自分でもやばいって自覚はあるけど!)」
「でっくんの理想のタイプはオールマイトでしょ?」
「違うよ!?」どういう人!?

 でっくんと楽しく恋バナをしていると……

「じゃ5組め……ケロケロキティとウララカキティGO!」

 ちょうど梅雨ちゃんとお茶子ちゃんペアが出発するようだ。


「怖いよ、梅雨ちゃん。めっちゃ悲鳴上がっとる……」
「響香ちゃんと透ちゃんね。手を繋ぐといいわ。大丈夫よ、私平気なの」


 ……さっきから気にしないようにはしてたけど、微かに森の奥から悲鳴が聞こえるんだよね……。

「でっくん。最初に言っておくね」
「えっ」
「……私……」
「…………っ」ごくり…!

 意を決して、口を開く。

「びっくりして、一人でテレポートして逃げちゃったらごめん……」
「……。う、うん……。いや、その時は僕も一緒に連れて行ってもらえると……(別に抱きつかれたりとか、そういう展開を期待してたわけじゃないけど……!)」

 暗い所も苦手だし……もういっそのことこっそりテレポートで一気に――

「結月さん、意外に怖いの苦手なんだね」
「……苦手じゃないよ」
「え?怖がってる……よね?」
「でっくん、知ってる?」
「?」
「幽霊って、怖がりな人の所によく顔を出すんだって」
「……へぇ、そうなんだ?」
「だから私は怖くない」
「な、なるほど……」

 次は尾白くんと峰田くんが呼ばれる。
 次の次と、徐々に近づいてくる順番。

「……おかしいな」
「え?」

 でっくんの独り言のような呟きに、聞き返す。

「最初に出発した常闇くんたちがもう戻って来てもいい頃なのに……」
「あ、確かに」

 気づいて、背筋にサァと悪寒が走った。
 バスの中で梅雨ちゃんが話していた昔話を思い出す。

(まさか、神隠し……――)

「何この、こげ臭いの――………」
「?」

 その時、ピクシーボブが不思議そうに呟いた。すんすんと鼻を鳴らせば、確かに微かに…………

 !?

「あれっ……!」
「あれは……」
「黒煙……」

 暗い空を指差した。そこには、星の光を遮るように黒い煙が立ち昇っている。

「何か燃えているのか?」
「まさか、山火事!?」

 山火事……?よく見ると、燐光のような青い光が瞬いて……

「っ!」

 青い炎――。私はその"個性"を使うヴィランに、つい最近出会っている。
 
「まさか……」
「……?結月さん……?」

 ピクシーボブ――!伝えようとしたその時、

「ピクシーボブ……!?」
「な、なに!?」

 ピクシーボブの体が、見えない何かに勢いよく引っ張られる。
(森の中に引きずり込まれてる……!?)
 あっと気づいた瞬間には、暗闇から現れた"何か"に、ピクシーボブは頭を打った。

「飼い猫ちゃんはジャマね」

 ――!!!

 暗闇から声がして、森から忽然と大柄な男が現れた。男は倒れたピクシーボブの額に、ダンッと長物の筒のような武器を叩きつける。

 …………っ!

 それを目にした瞬間、体中に流れる血が、カッと逆流するように感じた。

「何で……!」
「万全を期したハズじゃあ……!!」
「何で……」


 何でヴィランがいるんだよォ!!!


「ピクシーボブ!!」
「やばい……!」

 ここにいるはずがない、招かれざる客が……

「ご機嫌よろしゅう雄英高校!!」

 爬虫類系の見た目をした異形型のヴィランが、笑いながら叫ぶ。

「我らヴィラン連合、開闢行動隊!!」
ヴィラン連合……!?何でここに……!!」

 私が思考していた事を、尾白くんが先に口にした。……いや、今はそれより……!

「この子の頭、潰しちゃおうかしらどうかしら?ねえ、どう思う?」
「させぬわ、このっ……――」

 虎さんが飛びかかるよりも早く、振り落とそうとしたヴィランの手から、武器を瞬時に転移させる。

「っあら!?」

 私の後ろにどさっと落ちた。

「よくも……、ピクシーボブを……!!」
「飼い猫ちゃんの次は泥棒猫ちゃんかしら?可愛いげがないわね」

 若干ムカつく言い種で、武器を奪われても平然とヴィランは答えた。

(本当はピクシーボブを安全な場所に転移させたかった……!だけど、ただでさえ負担が大きいのに、昼間の疲労の蓄積もあるから使えない……)

「ふん!どの口がほざくか。ピクシーボブを返してもらうよ……!」

 虎さんは臨戦体勢を取った。

 私たち生徒は、戦闘は禁止の身。プロヒーローの虎さんとマンダレイに任せるしかない。(逆に言えば、戦闘以外なら私有地のこの場所で"個性"は自由に使える……)

「待て待て、早まるなマグ姉!虎もだ、落ち着け」

 そう二人の間に入ったのは、爬虫類系のヴィランだ。

「生殺与奪は全て、ステインの仰る主張に沿うか否か!!」
「ステイン……!"あてられた"連中か――……!」

 いち早く、天哉くんがその名前を口にした。

「そして、アァそう!」

 ヴィランはその天哉くんを指差す。

「俺はそう、おまえ、君だよ"メガネ君"!保須市にてステインの終焉を招いた人物。そして……」

 次にその指は、

「ステインが助けた女の子だ」

 ……そう言われたのは、二度目だ。(ステインのせいで、妙な連中に目をつけられたの……?)

 迷惑極まりない!

「申し遅れた、俺はスピナー」

 ヴィラン名を名乗った男は、肩に背負う大剣のグリップを掴む。

「彼の夢を紡ぐ者だ」

 ぐるぐる巻きにされた包帯が解け、姿を現したのは大剣ではなく、いくつもの刃物をベルトや鎖で束ねたもの。

「わっ……」
「……悪趣味」

 引きつった声を出したでっくんと同時に、私の口からは蔑む声が出た。

「何でもいいがなあ、貴様ら……!」

 虎さんがもう一歩、前に踏み出す。

「その倒れてる女……ピクシーボブは、最近婚期を気にし始めててなぁ。女の幸せ掴もうって……いい歳して頑張ってたんだよ」
(……虎さん……)
「そんな女の顔キズモノにして。男がヘラヘラ語ってんじゃあないよ」
「ヒーローが人並みの幸せ夢見るか!!」

 スピナーが剣を構えると、一気に戦況が動く。

「虎!!「指示」は出した!他の生徒の安否はラグドールに任せよう」

 ――そうだ。ここ以外でもヴィランが現れた可能性は高いんだ……。
 ラグドールは、肝試しのルートの中間地点に待機していると言っていた。

「私らは、二人でここを押さえる!!」

 虎さんの隣に立った、マンダレイが勇ましく叫んだ。

「皆行って!!良い!?決して戦闘はしない事!委員長引率!」
「承知致しました!行こう!!」

 素早く答える天哉くんが、こちらを見る。

「…………飯田くん、先行ってて」
「緑谷くん!?何を言ってる!?」

 まっすぐで真剣な横顔。君がそんな顔をする時は、いつだって……

(――洸汰くん!)

「緑谷!!結月さんも早く!」
「マンダレイ!!」

 尾白くんの声を遮るように、でっくんはその背中に叫んだ。

「僕、"知ってます"!!」

 視線だけ後ろに寄越すマンダレイは、ゆっくりと頷いた。
 きっと、洸汰くんがいる場所は昨日、でっくんが夕食を持っていた場所だ。
 私に分かるのは大体の方角と、どこかの高台という事だけだ。

 マンダレイたちが動けない今、その正確な居場所を知っているのは、でっくんだけ――。
 
「でっくん、気をつけて」

 まっすぐと見つめて言った。やつらの目的は分からないけど、因縁ある生徒が狙われるのは間違いない。

 ヴィランが現れるとした、その生徒たちがいる森の方。

 洸汰くんが高台にいるなら、森が燃える様子に気づいて、驚いて戻って来る際に――ヴィランと鉢会わせする可能性がある。

「大丈夫!すぐに戻って来るよ!」

 ――洸汰くんと一緒に。笑顔ででっくんは答えてから、真剣な表情になる。

「結月さん。君もだ」

 その口調から、私がしようとしてる事をでっくんは察したらしい。見透かされちゃったなぁ、と小さく笑いがこぼれた。

「……じゃあこうしよ。お互い」
「必ず……」

 私は背を向けて、でっくんも同じように――


「「あとで会おう!!」」


 同時に反対方向に駆け出した。(絶対だよ、でっくん……!)


「天哉くん、みんなを連れて先に行って。私は隙を見て、ピクシーボブを救出してからまたたび荘に向かう」

 皆とその場から離れながら、委員長である天哉くんに言う。
 その場にいた皆が、当然驚く顔をした。
 止めても無駄だと目で訴える。

(あの場に倒れたピクシーボブを、放ってなんておけない!!)

「……分かった。だが、決して戦ったり無茶だけはしないでくれ!これは委員長命令だ」
「飯田……!」
「ありがとう、天哉くん……。ピクシーボブを連れてすぐに戻るから待ってて!」

(私の"個性"は誰かを救けるものだから……。それが、この"個性"を活かす、私の戦い方)


 そうだよね?お母さん、お父さん――


「てめェらのような利己的ヒーローもどきは粛清対象だ!」
(何が粛清対象だ……!)

 そう叫んでマンダレイに襲いかかるスピナー。マンダレイも迎え撃つように、地面を蹴る。

「え?」

 その瞬間、何故かスピナーの動きがぴたりと止まった。
「なに照れてんの、ウブね」
 素早くマンダレイは身を低くし、懐に入るとグローヴの猫爪で、スピナーの横腹を斬る!

「でぇ!!?なんて……っ不潔な手を!尻軽めが!!」(……尻軽?)

 マンダレイのテレパスで何か動揺する事を言われたらしい。何だか分からないけど、さすがプロヒーロー。"個性"の使い方が上手い!

 ――天哉くんたちと離れたと見せかけ、私は身を潜めて機会を窺っていた。

(二人の戦闘の邪魔になる事だけは避けないと)

 スピナーはマンダレイが相手をしているけど……

 もう一人、やつが「マグ姉」と呼んだお姉言葉のヴィランが、ピクシーボブから離れてくれないと助けに行けない。
 異形型のスピナーはともかく、あのヴィランの"個性"はまだ未知数。(見たところ、物体を引き寄せる能力……?)

「!?」

 その時、ぐんっと引っ張られるようにマンダレイが体勢を崩す。

「わぁ!?」
「そこで大人しくしてなさい、飼い猫ちゃん」

 マンダレイが引き寄せられるのは、私が転移させた武器。まるで、磁石に引き寄せるように……そうか、磁石的な"個性"!

「そう同じ手!させぬわ!」
「きゃっ」

 虎さんが殴ったと同時に、"個性"が解除されたようで、マンダレイがその場に落っこちた。

「引石健磁――ヴィラン名《マグネ》強盗致傷9件。殺人3件。殺人未遂29件」

 猛攻を仕掛けながら、虎さんの口から、ヴィランの数々の犯罪歴が並べられた。

「やだ私、有名人……んっ」
「何をしに来た犯罪者」

 虎さんの強烈な拳を、マグネは腕でガードする。

 以前、雄英を襲ったチンピラもどきとはあきらかにレベルが違う。それでも、虎さんの猛攻に、マグネは押されているようだ。

 おかげで、徐々に倒れているピクシーボブとの距離が開いていく。

 頭の中で距離を測りながら、

 ……――今!!

「!?結月さん……!」
「「!」」

 まだその場に残っていた私に、マンダレイが驚きの声をもらす。
 その時にはすでに、無事にピクシーボブを腕に抱えて離れた場所へ飛んだ。

(ピクシーボブの息はある……!でも、額の出血が酷い……!)

 一旦その場に止まり、それだけ確認すると、すぐにテレポートで施設に向かう。


 ***


「さすがステインがお救いした少女だ!!」
「あの泥棒猫ちゃん、先に"捕まえて"おくべきだったかしら」
「……フッ、あの軟弱娘め!!これで心おきなく戦えるわァ……!!」
「ええ!いくよ、虎!!」


 ***


『結月さん、ありがとう……!ピクシーボブを救出してくれて!』
(マンダレイ……っ!)

 頭の中でマンダレイの"個性"によって声が響く。
 戦闘の最中にもかかわらず、テレパスで伝えてくれたマンダレイ。その声は、切羽詰まったものだった。同じチームの仲間だ、心配しないわけがない。
 怒りを露にした虎さんとは反対に、ワイプシの中の司令塔のような役割のマンダレイは、ずっと冷静にいようとしていたんだ――洸汰くんの時と同じように。

(マンダレイも虎さんも、あんなヴィランに負けないよね……?)

 暗闇の中、ざわめく木々に急かされるように――テレポートを繰り返し、またたび荘へ急ぎ戻る。
 施設には天哉くんたちだけでなく、補習組と相澤先生とプラド先生もいるはず。

 大丈夫。きっと大丈夫……。

 自分に言い聞かせるように、何度も心の中で唱える。それなのに……

(さっきから、不安でたまらない)


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