警察が、ヒーローが、特務課が……理世と爆豪の救出に奔走する一方。
ある男に会ってくる――そう皆に告げて、ふらりと探偵社を後にした太宰は、とある大学にやって来ていた。
「やあ、美しいお嬢さんたち。ちょっと道をお尋ねしたいのだけど」
「あ、はい!ぜひっ」
「案内させて下さい!」
「ここの大学にいる、"個性"研究の権威と云われる教授に会いたくてね」
きゃっきゃっと太宰のルックスにはしゃぐ彼女たちに案内されて、やって来たのは南棟の一室だった。
太宰は愛想よくひらひらと手を振り、彼女たちと別れると――色が抜けたように表情を真顔に戻し、ノックなしにそのドアを開けた。
本やら資料やらに埋もれる男は、驚く様子も気にする様子もなく、自分の立てた仮説を紙に書き留めている。
「相変わらずつまらなそうな顔で、つまらなそうな研究に没頭しているねえ」
「答え合わせのような研究だからね。そして、その答えは私の考えの予想を上回ることはない」
実に退屈だ――。男はやっと手元から顔を上げて、太宰に言った。
白銀の長髪に白い肌、美丈夫という言葉が似合う男だ。
これまた白いスーツを身に纏っている姿は、太宰の脳裏にあるかつての姿と何ら変わりない。(液晶越しや紙面越しには何度か見かけたが)
「しかし、君がこうして会いに来たということは、少しは私の退屈も紛れるのかな?」
太宰を見つめる目は、林檎のように赤い目だ。
「君の予想は上回ることはないのだろう?なら、紛れるんじゃないの」
太宰は適当に言って、適当に側にあった椅子に座ると、足を組む。
澁澤龍彦。
日本の"個性"研究の権威とも呼ばれる男であり、太宰とは"古い知人"であった。
「今朝からメディアを騒がせている事件の件かな」
「私の可愛い愛弟子が、ピーチ姫のごとく攫われてしまってね」
「キノコを用意すれば良いのか?生憎、スターは持っていない。そもそも攫われて困るなら、塔の中にでも閉じ込めておけば良かったのではないか」
「時期尚早だったのだよ。初期のスクロールしたら後に戻れないあれだ」
「イレギュラーなワリオがちょっかいを出していたからな。彼も私と同じく退屈な人間なのだよ」
「そのワリオくんには、君に会いに来たら会えると思ってね」
ここに第三者がいたなら、二人は有名なレトロゲームの話をしているのか?と、不思議に首を傾げるだろう。はたまたここに安吾がいたなら、二人の腹を探り合う目と異様さに気づき、不気味に思うだろう。
ちなみにその安吾は、塚内と落ち合うのに車を走らせている。
「ここにはいないよ」
淡々と澁澤は言った。
「知っている」
それに、さも当然というように太宰は答えた。
「私がここに来て、君に会ったという事実だけでいい。私が探していると知れば、面白がって奴は自分から会いに来る」
そういう男だ――最後にそう太宰はつけ加えると、澁澤は「ふむ……」何かを考える素振りをした。
「では、ヨッシーはいらんかね?」
「え、誰?」
「私だ」
太宰のその端整な顔が、下手くそな絵のように歪んだ。
「君がヨッシーだなんてヨッシーに謝りたまえ。今すぐ謝りたまえ」
「すまない、謝ろう。だが、私を"そちら側に"置くのは損な話ではないだろう」
「何が目的だい?」
「いや、なに……"以前の"君より、今の君は退屈していなさそうだからだ」
澁澤の言葉に、太宰は一瞬間を置いた後、ふっと瞳を閉じる。
「……少年少女の成長には、目を見張るものがある」
それに……
「友人がいるというのは、良いものだよ」
そう笑う太宰を、澁澤は眺めていた。
「……理解しがたいな」
表情のない顔はそう呟き、だが……と続く。
「少し興味が湧いた」
その口元は、僅かに笑っていた。
澁澤と接触を果たした太宰は、その足で次の目的地へと向かう。
『この近くに雰囲気の良いカフェがある。立ち寄ってみてはいかがかな?』
という澁澤の言葉に、だ。
太宰は中に入ると、一つの席が目に止まり、椅子を引いて腰かけた。やって来た店員にコーヒーを頼む。
「なかなか洒落たカフェじゃあないか」
前を向いたまま、独り言のように呟いた。
「ええ。茶葉の香りもいいですね。ただ、日本では正しいロシアンティーの飲み方が定着していないのが残念です」
――声は真後ろから返って来た。
「君が自分で定着させれば良いのでは?こそこそ暗躍なんてやってるより、よっぽど有意義だと思うよ」
太宰は運ばれてきたコーヒーに口を付ける。
「ブームを起こせば金儲けだけではなく、日本経済を動かし、君は一躍時の人だ」
「ふふ、日本の国民性は面白いですね。同調行動が高く、同調圧力に弱い」
後ろの席の男は、薄く笑いながらその言葉に答えて、続ける。
「例えば……ヒーロー殺し。ステインの動画を称賛の言葉と共に流しただけで、彼の支持者が瞬く間に増えました」
太宰の目は鋭さを持ったまま、口元を歪ませた。
太宰と背中合わせのように座る男こそ――フョードル・ドストエフスキー。
本人の口から出た通り、ステインの動画の仕掛人にして、今回の事件の末端に絡む人物……。
太宰にとっては澁澤と同じように、古い知り合いで、かつて「魔人」と呼んでいた男だ。
「現実改変系の"個性"の持ち主の情報を奴等に渡したのも君だ」
「この世界は楽しいですね。"個性"という異能が当たり前に存在した社会。表裏一体の"正義"と"悪"を対立させて出来た「ヒーロー」と「敵」という存在……。僕にはまるで、自演自作に見えます」
どちらも"個性"という異能がなければ、生まれなかった存在。
「それは、君の目には大差なく見えるからだろう」
太宰のその言葉に、すかさずフョードルは「それはあなたもですね」そう返す。
「「架空」は「現実」に――この世界での戯曲は、どんな音を紡ぐと思いますか?」
最後のフョードルの問いに、太宰はくすりと笑いをこぼした。
「少なくとも、君がやる"役"はないよ」
「ええ。僕はただ、脚本に文字をほんの少しつけ足すだけ。――古来、物語は必ず正義の勝利で終わっていました」
「現実は違うと?」
「いえ、どちらでも良いのです。僕はその先が見たいだけですから……」
……しばしの沈黙。
背中合わせに、同じような薄い笑みを浮かべる二人は、とてもよく似ていた。
「あなたの大事な子を巻き込んでしまったのは申し訳なく思っていますよ」
「嘘を吐くならもっと笑える嘘を吐きたまえ」
「本心ですよ。彼女は何の"罪"もないのですから」
フョードルはどこからか紙を取りだし、横から太宰に渡す。
「敵連合のアジトの場所です。そう時間がかからないうちに判明すると思いますが……」
念の為、と太宰は受け取り、そのまま席を立つ。もうこの男に用はない。
彼の、この世界の立ち位置も確認できた。
それは澁澤と同じように答え合わせだ。
「太宰くん、最後に一つ……」
呼び止められて、太宰はちらりと振り返る。
今、初めて見た顔は、相変わらず長めの前髪の下でうっそりと笑っていた。
「僕はワリオではありませんよ」