人生で、一番最悪な目覚めだった。
「………………」
働かない頭で、目だけ動かして辺りを眺める。
仮面の敵の"個性"によって、異空間に捕らえられたのは覚えてる。
そこから、独房のようなこの部屋に連れて来られたらしい。
(……――そうだっ、爆豪くん!)
衝動的にベッドから重い体を起こすと、簡易的なそれは、ギシっと大きく音を立てた。
ふらつく頭を片手で押さえ、思考を巡らす。(……手に巻いてくれた、梅雨ちゃんのハンカチがない……)
確か……でっくんたちが「爆豪くんを護衛してる」って言ってたけど、そこに爆豪くんの姿はなかったんだ。ここにはいないけど、私と同じように囚われている可能性が高い。
爆豪くんだけじゃない――
皆は無事なのか……。状況が何も分からない。捕らわれてから何時間、何日が経過しているのかさえ。
いつもポケットに入れていたスマホはもちろんなく、閉鎖空間にあるのは今座っているこのベッドと、椅子と小さなテーブル……
それに、その上に意味深にこちらに向けて置かれた液晶だけ。
(……大丈夫。乱歩さんが居場所を突き止めてくれる。安吾さんと太宰さんが救けに来てくれる……)
突然、ザザという音が部屋に響いた。
顔を上げて、音が鳴った方を見ると――真っ暗だったテレビの画面に、砂嵐が映し出されている。
じっと見つめていると、やがてそこには人の形を映し出した。
『画面越しにはなるが、君とは初めましてだね』
画面の向こうにいる者はそう言った。
人間……?何故だか、瞬時にそんな疑問が湧いた。背筋がざわつく。画面に映る人物の顔が、潰れたように無いからだろうか。口元は笑っていて、それが異様に恐ろしかった。
「誰、なの……?」
私の口から出た声は、震えていた。
『私は『オール・フォー・ワン』とでも名乗っておこうか』
オールフォーワン……でっくんが死柄木に聞いていた名前だ。じゃあ……
『死柄木からは"先生"と呼ばれているかな』
こいつが、敵連合の黒幕――。瞬時に理解した。
「……その"先生"とやらが、私に何の用なの?」
『君を聞きたいことがあってね』
聞きたいこと……?
『君の"個性"は、両親から受け継がれた空間転移と座標移動の二つの能力を引き継いだ"複合個性"だね』
(……普通にバレてる)
私を攫った理由はそれだろうか。死柄木と因縁もあるから、どちらかか……あるいは両方とは考えてはいたけど。
『君はどうやってその"個性"を、二つの能力を使っているのかな?』
その質問の意図が分からず、眉間に皺を寄せた。どうやって?どうやってって……
『私はこの"個性"を使いこなせなかったんだよ』
「……何を……」
どういう意味か分からないのに、何故か心臓が早鐘を打つ。
『僕の"個性"は他者の"個性"を奪い、自身の"個性"にすることができるものなんだ』
「……!」
そんな"個性"が……。まさか、私の"個性"を奪うつもり……いや、違う。
こいつはさっき「使いこなせなかった」と言った。
……心臓の音が大きくなる。
まるで警鐘を鳴らしているように。
怖い。その先の話を聞くのが――
『君の両親から"個性"を奪ったのは、僕だよ』
…………嘘だ。そんな筈はない。
『ああ、君は両親を"個性"事故で亡くなったと聞かされていたんだっけかな。君の両親は……』
私に殺されたんだよ。
――鈍器で後頭部を殴られたようだった。
なのに、痛みも感じなければ涙も出ず、ただ、今まで見てきた世界が一転するように感じた。
それでも……私が冷静を失わなかったのは。
(敵の言うことなんて、誰が信じるの……?)
『信じられないという風だね。特務課によく懐柔されているようだ。僕の存在は『悪の帝王』なんて世間から伏せられているから、それに関わった君の両親も、本当の死を隠されていたんだ。特務課によってね』
悪の帝王……?自分で何を言っているのか。馬鹿馬鹿しい。
『真実は残酷だが、嘘は優しい。真綿のようなそれで、彼らは君を守ろうとしたんだろうね』
……そうだ。安吾さんがもし隠そうとしたのなら、それは私の為を思ってだ。
『でも、それは本当の意味で人を救済しない。君を成長させない』
話の筋は通っている。疑問に思う事はあった。でも、自分から聞けなかった。
いつか、安吾さんが話してくれるのを待っていた。
もし――もしも、本当に私のお母さんとお父さんが、こいつに殺されたとしたら。
『だから、私は真実を話そう。君の両親に目をつけたのは、希少と有能な"個性"だけではない。その「脳」に注目したからだ』
「…………は」
脳……?
『当時、脳無を作るのに難航してね。運よく人体改造が成功し、"個性"を与えることが出来ても……脳が機能しないそれは、まったく使い物にならなくて苦労したんだ』
……何を。一体、なんの話をしているの。
これ以上聞きたくない。聞いてはだめだ。――やめて。耳を塞いだのに、声が聞こえる。耳に入ってくる。
『そんな中、君の両親の"個性"の発動に関わる器官が脳だと僕は気づいた。その能力を使いこなしていた二人の脳は、さぞかし素晴らしいものじゃないかと』
「……ッ!!!」
『僕の予想通りだったよ。君の両親のおかげで、脳無の製造は大きく飛躍し、現在の脳無が生ま……――』
そこで、声は途切れた。
静かになった部屋に、自分の荒い息しか聞こえない。テレビの液晶には、転移させた椅子の足が突き刺さっている。
(嘘だ……信じない。安吾さんの口から聞くまでは、私は……信じない)
だって、そんな酷い目に、お母さんとお父さんが……――!
…………とにかく、脱出しないと。こんな場所、1秒だっていたくない。
「……開いてる……」
掴んだドアノブは、いとも簡単に回った。鍵をかけ忘れたなんて考えられない。意図的だ。罠、だろうか……。
そっとドアを開け、外の様子を窺う。
暗く、コンクリートの壁の通路が続いている。見張りもいなければ、人の気配もしない。
(とりあえず、出てみよう……)
静かに部屋を後にした。暗い廊下を壁に手をつけながらゆっくり道なりに進む。
目は慣れてきたけど、暗闇は何かが出てきそうで怖い。(……本当なら、みんなで肝試しをしてたんだ……)
ペアになったでっくんと一緒に回って。
でっくんは怖がりかな?でも、やる時はやる人だから、頼もしかったかも知れない。
驚かされるのは苦手だけど、B組の皆がどんな風に驚かしてくるのか、ちょっと楽しみにしていた。
(B組のみんなも無事なの――?)
短い通路の先は、一つの扉の前にたどり着いた。ここのドアノブの鍵もかかってなくて、開けてみる。
中に入ると、パッと明かりが付いた。
警戒するも、目の前の光景に唖然とする。
なに、これ――……
元は何かの工場だったのだろう。
今はずらりと水槽が並び、そこに漬かるのは脳無たちだった。
あまりの数と光景に絶句した。
「――ここにいる脳無たちは」
「……!!!」
恐怖に膝が折れる。咄嗟に床についた手に、自分が生きている事に気づいた。
幻覚……?一瞬、死を悟った。
"オール・フォー・ワン"
――そこにいる。画面越しは平気だったのに、その存在を近くに感じるだけで、
(恐ろしくて顔をあげられないっ……!)
「君の両親の形見とも言えるだろう」
――その言葉に、手の震えが不思議なぐらいにぴたりと止まった。
脳に直接響くような声に、聞き間違いなんてない。
……今、なんて。
地面についた、両手を握り締める。
「……お母さんとお父さんをっ!侮辱するな……!!!」
顔を上げて、その姿を捉えた。
恐怖なんてもうない。恐怖より勝った別の感情が湧き起こって、体中を巡る。
黒いスーツを着て、ドクロのようなマスクを着けた男が目の前にいて……
この敵が、すべての元凶だと悟った。
「まだまだ未熟だが、君の"個性"の扱い方を見て可能性を感じた。どちらの能力も引き出すポテンシャル……」
「……脳無を、作る為に二人は殺されたの……?」
「君の脳があれば、両親を越える脳無を作れるだろう」
「……"個性"を奪われただけでなく、人としての尊厳も奪われたの……?」
「君は間違いなく天才の子だ――」
周囲にあったものが、忽然と宙に現れた。
机、棚、工具、瓶、鉄骨……小さな物から大きな物まで様々なものたちが。
同時に重力によって落ちて、衝撃音と共に床が揺れた。
床に潰れるもの、破壊するもの、衝撃に破片が周囲に飛ぶ。
それをやったのは自分だと……遅れて気づいた。
目の前に飛んできたそれをただ見つめて、刺さる前に飛ばす。転移したその先は電線で、火花と共に激しくショートした。
視線を動かすと……潰れたと思ったのに、敵は別の場所に立っていた。
全部……全部……
「……全部、壊さないと……」
脳無を。この場所を。元凶を。
残っていたらだめだ。
だって、お母さんとお父さんは――……
『お二人は静けさを手に入れた……。大丈夫です。誰も、二人から静けさを奪うことはできません』
「これじゃあ、二人が安らかに眠れない……!!報われない……っ!!」
――そうでしょう、安吾さん!
「"個性"の暴走……。君がリミッターを外した際はどうなるか見てみたかったが、まるで"個性"の法則を無視したような使い方だ」
オール・フォー・ワンが笑うように言った。
いや、奴は今までずっと笑っていた。
「君を仲間にしたいという意見もあったそうだが、僕は弔には君は不必要だと思っている」
「弔と君は真逆の人間だ。光の中で育った君は、弔の闇と決して相容れない」
「今、あの子は大事な時期なんだ。万が一にも悪い影響を与えるわけにはいかないからね」
――横に、後ろに、瞬間移動しながら喋るオール・フォー・ワン。
その"個性"は、紛れもなく、
「返して……ッ!」
「君には脳無の更なる進化の為に……人類の進化の為に、意義ある犠牲になってもらうよ」
……もう、どうなってもいいよ……
この場所が、目の前の敵が、私が。
それで、全部、なくなってしまえば……
――結月さん!!!
「…………っ」
名前を、呼ばれた気がしてハッとする。
手に持っていたガラスがすべり落ちる。
私は、何をしようとしてたんだろう。
(……あ、これを奴の心臓に飛ばそうと……)
その時、地震のように大きく建物全体が揺れた。
崩壊する世界で、オール・フォー・ワンは私に指差す。
そこから生まれる赤い雷を――……打ち消すように白い光が輝いた。
「――いくら。あなたが素晴らしい"個性"を持っていようとも、私には効かない」
「……太宰くん。6年ぶりだね。君は僕の"個性"だけでなく、僕の行く手も阻むのか。一体、君は何者なんだい?」
「悪い奴の敵です」
太宰さん……?
見上げたその横顔が、いつもの不敵な笑みを浮かべている。
「太、宰……さん」
その姿を目に映した瞬間、視界が歪み、何故だか涙が溢れた。
「太宰さんっ……私……わたし……っ」
「理世、もう大丈夫だ。安吾も皆も待ってる。……一緒に帰ろう」
帰る……?帰りたい。みんながいるところに。
あの、暖かい世界に――……
***
糸が切れたように意識を失う理世を、太宰は受け止めた。
「あなたは昔から心の隙間に滑り込み、惑わせるのが上手い。わざと感情を誘導させ、"個性"を暴走させたのか」
先程の振動と外観の破壊はMt.レディによるものだったが、室内の嵐が過ぎ去ったような惨劇は、"個性"が暴走した理世のものだ。
"個性"は異能力ではない――身体能力だ。
"個性"を無理に使用すれば、反動は必ずやってくる。
理世の場合は脳だ。現に彼女は昏睡状態のように意識を手放した。
太宰は視線を、理世からオール・フォー・ワンに移す。
その瞳は彼女を案じていた瞳と同じものかと思うほど、どこまでも暗く冷えきっていた。
「確かに君には"個性"は効かないが、大きな弱点がある。"個性"を使っても、それが間接的ならば、物理攻撃は無効化にできない」
オール・フォー・ワンは豪腕になった腕で瓦礫を掴むと、それを太宰に向かって投げる。
「あなたの相手は私ではない」
太宰は避ける素振りを見せなかった。自分に当たらないと分かっているからだ。
「自惚れぬな、悪の権化め。いかなる攻撃も当たらぬなら意味をなさぬ」
背後からゆらりと芥川が現れた。彼の黒いコートが伸び、無数に瓦礫を突き刺して粉々に破壊した。
「太宰さん!別の脳無の格納庫には他のヒーローたちが予定通り侵入しました!」
芥川に続き、敦も姿を現した。
「理世ちゃんを、お願いします……!!」
理世を抱えて立ち去る太宰に、敦はオール・フォー ・ワンを強く見据えたまま言った。
「黒獣と月下獣……太宰くんの弟子というわけか。僕にも大事な弟子がいてね。救けに行かなくてはならないんだ」
手早く終わらせよう――。
その言葉が合図のように、今まで大人しくしていた脳無が動きだす。
瓦礫や鉄骨の下敷きになっているのをものともせず、腕や頭を突きだし、脳無たちは這い上がってきた。
「まるでゾンビみたいだな……!」
「全員、一匹残らず倒すぞ!」
敦と芥川は、同時に敵に向かって駆け出した。
――派手に壊したなあ。
理世を抱えて、太宰は半壊したビルを降りて行く。
自分たちとは別に、ヒーローたち別機動隊が脳無の他の格納庫を制圧にかかり、このビルの外には、安吾率いる特務課の制圧部隊も待機していた。
「!――っと」
太宰は横から飛び出して来た脳無の攻撃を後ろに跳び退いて避けた。
命じられてきたのか、明らかに狙いは太宰で、四本の腕で脳無は襲いかかる。
「私は戦闘員ではないのだけれど……」
それに、理世を傷つけるわけにはいかない。彼女を抱えたまま、太宰は避けるだけの防戦一方になる。
ちらりと周辺を確認し、一旦、壁が崩壊している部分まで引いた。
室内の様子が見えるここなら……予想通り、正確無比の銃弾が脳無の腕を貫く。
すぐにその痕は復元するが、数秒の隙を作るには十分だ。
「太宰くん!!」
「安吾!理世は"個性"が暴走して昏睡状態だ!」
眼下にいる安吾に向かって、太宰は叫ぶと同時に理世を――投げた。
この高さなら問題なく、安吾は落ちる理世を受け止める。
優先順位は何より彼女だ。
「結月さん……!!」
――私情で隠密行動をし、隠れてその光景を見ていた出久が叫んだ。
ヒーローの活躍に自分たちの出番はないと、立ち去ろうとしていた、轟、切島、八百万、飯田が同時に振り返る。
「理世さん……!救出に成功したのですね!!」
八百万が喜びの声とは反対に「意識がないみたいだが、大丈夫なのか……?」と、轟が心配そうに呟いた。
(やっぱり、さっき見た光景は……結月さんの"個性"だったのか……!)
……少し前だ。明かりがついた窓に気づいた出久は、フルカウルで飛び上がって、その光景を目の当たりにした。
脳無の格納庫で、床に膝をつき苦しそうにする理世を中心に……
その周囲に様々な物が現れ、壁や床に突き刺さり、室内はまるで、そこだけ災害が起こったようだった。
出久は彼女の名前を叫んだ。
もちろん救けに行こうとした。だが、別機動隊の巨大化したMt.レディがビルを破壊し、その勢いにふっ飛ばされてしまった。
(あれだけの凄まじい力を使って、負担がないわけがない。昏睡状態って……)
彼女は敵の手から救出された。
「結月くんの救出の確認もできた!緑谷くん、行こう!」
けれど、それは決して手放しで喜べるものではないんじゃないかと、出久の不安はなくならない。
――ここまでは、計画通り。
安吾に理世を渡した太宰は、投げつけられる瓦礫をひらりとコートをはためかせ避ける。
(これからどうなるかは、私にも乱歩さんにも読めない)
思考しながら、一先ず太宰は目の前の脳無を対処する事にした。
「今日の包帯はちょっと特別製でね」
自身の腕に巻かれた包帯を、太宰は解く。
「炭素繊維に特殊合金の鋼製を編み込んだ素材の、ヒーロー御用達のサポートアイテムと同じようにできているのだよ」
――まあ、君に教えても分からないか。
太宰はもう片方の手で解けた包帯を掴むと、攻撃を避けながら、素早く脳無の一本の腕に巻き付ける。
その瞬間、脳無の動きが止まった。
太宰の無効化の能力は、自身が触れた時だけでなく、直接触れているものにも同様の能力を付加するからだ。
「私の無効化はそれが"個性"であれば、例外はない」
彼のその"個性"は、発動型、異形型など関係なく、すべての"個性"に作用する。
太宰曰く、"個性"に嫌われた"個性"。
複数の"個性"を植え付けられた脳無にどのように作用するのか。
目に見えて分かるのは、四本あった腕が二本になり、動きが止まる事だった。
先程、銃弾が貫通した穴が塞がったような超再生なら、発動する事はない。
動きが止まった脳無を、太宰はさらに包帯でぐるぐる巻きにする。
そして、崩れた壁から外に向かって脳無をぽいっと足で蹴り落とすと、続いて自身も飛び降りた。
ちょうどむき出しになった鉄の棒に包帯を引っ掛ければ、シーソーの原理で脳無は引き上げられ、同時に反対の太宰は落ちて、地面に足をつく。
「後はまかせたよ」
彼の背後で、ドスンと地面に音を立てて脳無は落っこちた。
包帯を巻き直す太宰の横を、特務課の制圧部隊『闇瓦』が、脳無を確保するため勢いよく向かっていく。
(さて、敦くんと芥川くんはどこまで食い下がれるか――)
太宰がコートのポケットに手を突っ込み、足を踏み出したその時『オイ!』耳の無線から怒声が響いた。
うげえと嫌そうに顔をしかめる。
『太宰!!どうなってやがる!次々とこっちに脳無が現れやがったぞ!』
声の主は、オールマイトたちと共にアジトの方に向かった中也だった。
今から遡る事、少し前――
「塚内ィ!!何故あのメリケン男が突入で俺が包囲なんだ!!」
「狭い室内にゃあエンデヴァーのオッサンの"個性"は暑苦しいだろ」
「帽子小僧!貴様には聞いとらん!!」
「万が一捕り漏らした場合、君の方が視野が広い」
「シャ!!」
「(あのエンデヴァーさんが簡単に納得した……!!)」
敵連合のアジトとされるビルの前で、中也と立原、エンデヴァーと塚内が、武装した警察と共に待機していた。
今しがたオールマイト、シンリンカムイ、グラントリノ、エッジショットの突入部隊がビルに侵入したところだ。
人質救出優先――。
脳無格納庫の方には理世が囚われていたが、こちらのアジトには爆豪が囚われていると、乱歩の超推理で突き止めている。
中也たちは捕り漏らした敵を、完全に包囲する役割だった。
「とりあえず、敵と知らねえ顔が出てきたら全員ぶっ倒せば良いんすよね」
「ああ、一匹残らずな」
「貴様らァ!民間人が出てきたらどうするつもりだ!!」
「民間人かどうか見りゃあ分かんだろ」
「(エンデヴァーから民間人を気遣う言葉が出るとは……)」
立原と中也のやりとりに、エンデヴァーがつっこむぐらい緩やかだった場は……
「!?なんだ、この黒い液体は!!」
「なんかくせぇ!!」
「中から脳無だと……!!一体どういうことだ!?」
一気に急変した。
突如、空間から黒い液体が次々と現れ、さらにその中から脳無が姿を現す。
「塚内!避難区域広げろ!!」
エンデヴァーが近くにいた脳無を燃やしながら、指示を出す。
「立原!とりあえず、この脳無どもをどうにかすんぞ!!」
「はい!!」
立原は腰から二丁拳銃を引き抜き、警察に襲いかかろうと
する脳無を、中也は蹴り飛ばした。
「アジトは二ヵ所と……捜査結果が出たハズだ。ジーニスト!!そっち制圧したんじゃないのか!?」
塚内は肩についた無線に呼び掛ける……が。
「……ジーニスト!?」
待てども返答はない。
混乱の中、中也は脳無を踏みつけては、同時に重力操作で地面に沈めて行く。(アジトの方はどうなってやがる……!)
ちらりとビルに視線をやった。向こうからは特に連絡はないが、ここはエンデヴァーと二人で対応し、立原を応援に行かせるべきか。
「中也さん!切りがなねえぜ!!」
その立原は、サポートアイテムの液状金属を操ると同時に、二丁拳銃で脳無たちを撃ち抜いていた。
とにかく現れた脳無の数が多すぎる。
「ジーニストらと連絡がつかない。恐らくあっちが失敗した!」
「グダグダじゃないか全く!!!」
(あのジーニストがやられた……!?)
向こうには、理世を奪還する救出部隊に、太宰・敦・芥川・安吾が。
脳無格納庫制圧部隊に、ジーニスト・ギャングオルカ・虎・Mt.レディが参戦していた。
そのジーニストと連絡取れないとなると……中也は耳の無線に呼び掛ける。
「オイ!太宰!!どうなってやがる!次々とこっちに脳無が現れやがったぞ!」
すぐさま太宰の嫌そうな声が耳に届いた。
『奴の"個性"でこっちにいる脳無を転送したんだろうね。ちゃっちゃと片付けて。想定内でしょ』
「アァ!?もっとなんかねえのか!つーか理世は無事なのか!?」
『理世は当然救助済みだよ。――……こっちも、それどころではないようだ。中也、オールマイトさんに伝えろ』
無線はそこで途切れ、中也はチッと舌打ちする。
「エンデヴァー!!グラヴィティハット!!応援を――……」
その直後、壁に張り付いたシンリンカムイがこちらに応援要請を呼び掛けた。(あっちでもこっちでも……!一気に重力でぶっ潰してえところだが)
「立原!」
「いや待て、グラヴィティハット!」
立原に応援に行かせようとしたところ、エンデヴァーが制す。
ビルの中を嵐が吹き荒れ、脳無が内側から壁を突き破って宙に飛んだ。
――オールマイトだ。
驚異的なパワーとスピードで体を回転させ、自身にしがみついた脳無を全員吹っ飛ばしたのだ。
「エンデヴァー!!」
オールマイトは穴を開けた壁から、友人に向かって叫んだ。
「大丈夫か!?」
そう言ったオールマイト自身が、ごほっと噎せている。
「どこを見たらそんな疑問が出る!?さすがのトップも老眼が始まったか!?」
「オールマイト!クソ太宰からの伝言だァ!」
エンデヴァーに続いた中也が、その姿を見上げながらオールマイトに伝える。
"6年前と同じように"奴"が現れた"
その言葉に、オールマイトの身に纏う雰囲気が変わる。武者震いのようにその体が高揚した。
「行くならとっとと行くがいい!!」
「ああ……任せるね」
エンデヴァーの言葉に、オールマイトは静かに頷く。
6年ぶりの宿敵との因縁を終わらせる――。
オールマイトはその場から、弾丸のように夜の空を跳んだ。