最前線のヒーローたち

 静まり返った部屋――。
 瓦礫の下で、ぴくりと白い指先が動く。

「……やつがれたちは……敗けたのか……」

 瓦礫の下敷きになった芥川が、か細い声で呟いた。
 ヴィランは、自分たちより遥かに強かった。
 複数の"個性"を合わせた、予期せぬ攻撃。
 こちらの攻撃は、組み合わせた"個性"によってことごとく対処された。

「なぁ……芥川……」

 同じように血だらけで倒れていた敦が、痛みに堪えながら口を開く。

「雄英……の、校則……覚えているか?」
「……無論」

 腕に、脚に、力を込め……二人は立ち上がる。


 プルスウルトラ――さらに、向こうへ!!


 ***


 それは、中也の無線が入った直後だった。

「理世は当然救助済みだよ。――……」

 太宰の目の前で、すべてが吹き飛んだのは。

 ……一瞬の出来事だった。

 無効化の"個性"によって、太宰本人と、その後ろのビルの壁だけが無傷に残る。
 その場は更地になり、その中心に黒い不気味な人物が宙に浮かんでいた。

「こっちもそれどころではないようだ。中也、オールマイトさんに伝えろ」

 6年前と同じように、"奴"が現れた。


 奴の名前は、"オール・フォー・ワン"


 静かなその場に、CLAP CLAPと一つの拍手が響く。

「さすがNo.4!!ベストジーニスト」

 手を叩きながら、オール・フォー・ワンは彼に言った。
 数メートル先で、仰向けに倒れたベストジーニストは、その目を驚愕に見開いている。

「僕は、全員消し飛ばしたつもりだったんだ!!」

 Mt.レディ、ギャングオルカ、ラグドールを抱えた虎……

「皆の衣服を操り、瞬時に端へ寄せた!」

 彼らは端でぐったりと倒れて意識はないが、息はあった。

「判断力・技術……並の神経じゃない!」
「……こいつ……」

 薄っぺらい称賛の言葉を、オール・フォー・ワンは並べた。ベストジーニストは、作戦会議で言われた言葉を思い出す――

『連合には恐らく……いや……間違いなくブレーンがいる。そいつの強さはオールマイトに匹敵する』
『そのくせ狡猾で用心深い……己の安全が保証されぬ限り、表には姿を見せない』
『今回は死柄木らの確保から、奴の補足までを可能な限り迅速に行いたい』

 話が違う……!!

 その積み重ねた経験から、ベストジーニストは目の前にいる奴こそがブレーンであると確信した。オールマイトに匹敵するという実力も推し量る。

(……から何だ!?)

 一流は!!そんなモノを失敗の理由に――……ベストジーニストの思考は、そこで途切れた。

「相当な練習量と実務経験故の"強さ"だ。君のはいらないな」

 オール・フォー・ワンは、ただ人差し指を彼に向けただけだ。
 それは複数の"個性"を組み合わせたものであり、先程、この一帯を吹き飛ばした能力だ。
 いわゆる空気砲だが、その指から圧縮して押し出され空気は、いとも容易くベストジーニストの胸を破裂させた。

「弔とは」

 動かないベストジーニストに言う。

「性の合わない"個性"だ」


 ……あれが、オール・フォー・ワン……!!


「(何だ、あいつ。何が起きた!?)」
「(一瞬で全部かき消された!!)」
「(逃げなくては……!!わかっているのに……)」
「(恐怖で、身体が)」

 身体が、動かない――。

 心臓が、脳が、その身体が、激しく警鐘を鳴らす。

 隠れていた出久たちは、運良くオール・フォー・ワンの"個性"の射程から外れて助かったものの、その一枚壁を挟んだ向こうで、指一本も動かせぬ恐怖に立ち竦んでいた。

 呼吸すらできない、脳裏に全員が殺される映像しか浮かばない。

 それほどまでにオール・フォー・ワンは、悪という悪を集めたような、死を象徴させる存在だった。

「ゲッホ!!くっせぇぇ」

 突如聞こえたよく知る声に、出久たちはハッと我に返る。

「んっじゃこりゃあ!!」

 その声は、間違いない。

「(かっちゃん!!!!)」
「(爆豪!!)」

 別のアジトに囚われていた筈の、爆豪だった。
 
「悪いね、爆豪くん」
「あ!!?」

 爆豪がその存在に気づくと同時に。
 背後からバシャバシャという音を立て、黒い液体が現れた。
「げええ……」
 そこからさらにスピナーが現れ、異臭に嘔気している。

 彼に続き、次々と黒い液体の中からヴィラン連合の仲間たちが現れた。その中には死柄木の姿も……

「また失敗したね、弔」

 言葉とは裏腹に、その口調は咎めるものではない。

「でも、決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい」

 まるで慈悲深く、諭すようにオール・フォー・ワンは言った。

「こうして仲間も取り返した」

 その場には、気絶した黒霧と荼毘も含め、ヴィラン連合全員が揃っている。

「この子もね……。テレポートの子は今回は残念だったが……」
「(結月か……!)」

 オール・フォー・ワンから出た彼女を指す言葉に、すぐさま爆豪は反応した。
 残念だったという言葉から、彼女が救出されたと推測する。
 自分とは別に囚われていた事もあり、ずっと気がかりだったが、爆豪の中からその懸念が消えた。

「この子は、君が『大切なコマ』だと考え、判断したからだ」

 爆豪をちらりと見てから、弔に向けてオール・フォー ・ワンは言葉を並べる。

「いくらでもやり直せ」
「その為にせんせいがいるんだよ」
「全ては、君の為にある」

 悪でも悪なりの正義があるのか――弔に向かって手を差し伸べる姿に、言い知れぬ異様さを感じて、ゾ……と爆豪の身の毛がよだつ。

 ……――それは、出久も同じだった。

(あの時、身体が動かなくて、救けられなかったんだろう!!!)

 だか、彼は少し違った。恐怖の中、彼は必死に自分を叱咤していた。

 恐いから動けないなんて!!!

(目の前にいるんだぞ。……僕らにはまだ気付いてないハズだ!じゃなきゃ、あんな悠長に話してないだろう)

 奴らにとって"大切なコマ"だと言った爆豪を救けるのは、今が千載一遇のチャンスだ。

(こっから、かっちゃんのとこまで6〜7mくらいか!?フルカウルで跳べば1秒未満で届く……!)

 必死に出久は頭を働かせる。

 その後は……!?逃げ切れるか……!?どこへ……!?皆が危なくなる!!どうすれば作戦を……皆と……!

 ……思い浮かばない。まとまらない考えに生まれた焦りは、出久を急かした。

(とにかく、動かなきゃあ……!!)

 ここで、動かなきゃ何も――……

 その衝動のまま動こうとする出久の、服を掴んで止めたのは、

(……っ飯田くん……!!)

 轟を挟んで腕を伸ばした飯田だった。
 もう一つの腕は、轟の肩を掴んで制止している。
 その手が震えていて、必死に自分たちを止めているんだと出久は気づいた。その向こうでは、同じように切島を震えながら制する八百万の姿が――

「(俺が……)」
「(私が……)」


 守るんだ……!!


 出久は、この時自分が「間違ったこと」をしようとしていたことに気づき、認めた。


「………」

 そんな彼らのやりとりをよそに、オール・フォー・ワンは何かに気づいた。

「やはり……来てるな……」
「!!」

 その言葉に「気づかれたのか」と、4人の心臓が大きく跳ねる。
 オール・フォー・ワンは振り返り、頭上を見上げた。
 今宵は満月――月明かりに照らす、ヒーローの姿。

「全て返してもらうぞ、オール・フォー ・ワン!!」
「また僕を殺すか。オールマイト」

 そのままオールマイトは突っ込み、オール・フォー・ワンは迎え撃つ。

 二人は互いの両手を掴み、激突した。


 ――一方、オールマイトを送り出したアジト前。

 グラントリオはオールマイトの後をすぐさま追いかけ、シンリンカムイとエッジショットが、大量発生した脳無掃討に加勢していた。

「グラヴィティハット!余計なことをするな!!」

 エンデヴァーは前を見据えたまま怒鳴る。自身の背後を襲おうとした脳無を、中也が蹴り飛ばしたからだ。

「ここはアンタ一人抜けたところで問題なさそうだが、向こうに加勢しなくていいのか?」

 対して中也は、エンデヴァーの言葉はスルーし、まったく違う事を背中越しに聞いた。
 二人のヒーローが加勢して、この数を片付けるのは時間の問題だろう。

「フン!彼奴に加勢が必要なら、とっくのとうにNo.1の座から引きずり降ろしているわ」

 そう答えながら、エンデヴァーは手から高温の炎を噴き出す。

「そう言う貴様こそ、あの探偵の元に加勢に行かなくていいのか?」
「あの青鯖の加勢に行くぐれえなら、こいつらとダンスでも踊ってた方が、」

 中也は両手をポケットに入れたまま高く足を上げると……
「マシだよ――!」
 そのまま脳無のむき出しの脳天に、強烈な踵落としをした。

「あの二人……よくこの状況で戦いながら喋れるよな……」

 ぽつりと立原は呟く。脳無は肉体が硬いだけでなく、ほぼ超再生を持っているので、二人のように攻撃特化した"個性"ではない立原はなかなかの苦戦を強いられていた。(銃弾は牽制にしかならねえ。"個性"だけでやるしかねえ!)

「実力があるからこその余裕だろう」
 
 忍法、千枚通し――。

 自身の体を紙のように薄く伸ばした、エッジショットの音速を超える刺突だ。
 改造されているとはいえ、脳無は元は人間の体。
 先程、黒霧の意識を奪ったように、立原の死角から襲おうとした脳無を気絶させる。

「っすんません!」
「構わぬ」
「我らは共闘して戦いましょう」

 大きくジャンプしたシンリンカムイが二人の近くに着地した。

「「!?」」

 その時、三人の間をすり抜け、脳無のみにじぐざぐと斬撃が走る。

 瞬きをする間もなく、次々と倒れていく脳無たち。

 唖然とするヒーローたちの前に、金色に輝く夜叉が宙に浮かぶように現れた。

「次はこの醜いヴィランどもを片付ければよいのかのぅ」
「姐さんか!」

 現れたのはヒーロー《紅夜叉》こと――尾崎紅葉だ。

 よく知る仲に、中也は気軽にそう呼んだ。

 紅葉は不気味な姿の脳無たちを前に、着物の袖で口元を覆う淑やかな仕草をするが……その仕草とは裏腹に、脳無を一撃で数体倒した超攻撃型の"個性"の持ち主だ。

「まさに夜叉姫だな……」

 エッジショットの呟きに立原は苦笑した。
 さらなる実力派ヒーローの登場に、自分の出番はもはやないのでは。(つーか俺、今回役に立ってるか……?)

「姐さんがここにいるってことは、現実改変系の"個性"持ちは確保したのか?」
「うむ。探偵の言う通り、地下に幽閉されておったわ」

 紅葉の"個性"があれば、壁も扉も簡単に破れるので、乱歩の護衛も兼ねて共に行動していた。

『彼と話をしたくてね』

 そう乱歩自らが出向き、無事に任務は完了したらしい。

「さて。骨のあるヴィランのことだし、たまにはわっちも推して参ろうかのぅ」

 そう言って、紅葉は手に持つ仕込み傘から、鋭く光る刀身を抜き出す――。


 オールマイトとオール・フォー・ワンの激突は――二人が立っている地面を抉るだけでなく、発せられた風圧によって、近くにいた爆豪やヴィランたちをも吹っ飛ばした。
 
「オールマイトまで……!!」

 向こうにいると思っていた彼まで現れて、出久は驚く。

「バーからここまで5km余り……僕が脳無を"送り"、優に30秒は経過しての到着……」

 オール・フォー・ワンは、手首を軽く回し、解しながら話す。

「衰えたね、オールマイト」
「貴様こそ。何だその工業地帯のようなマスクは!?だいぶ無理してるんじゃあないか!?」

 オールマイトは片膝をつきながらも、負けずと言い返した。

(オールマイトを素手ではじきやがった……!!こいつがヴィランのボス……!!)

 地面から起き上がりながら、爆豪は二人を凝視する。

「6年前と同じ過ちは犯さん。オール・フォー・ワン」

 そう言いながら立ち上がったオールマイトは、柔軟をするようにトントン、と軽くその場で跳ねると……

「爆豪少年を取り返す!」

 一気にオール・フォー・ワンに向かって飛び出した。

「そして、貴様は今度こそ刑務所にブチ込む!」

 ぐっと拳を握り絞める。

「貴様の操るヴィラン連合もろとも!」
「それは……やる事が多くて大変だな」

 お互いに――。オール・フォー・ワンはオールマイトに右手を向ける。

 その腕は、ブワッと肥大化した。

 あと一歩の所で、その手のひらから噴き出す空気圧にオールマイトは拒まれた。
 一瞬で、彼の体は数キロ先に吹っ飛ばされ、同時に建ち並ぶビルも、ドミノ倒しのように倒壊していく。

「「空気を押し出す」+「筋骨発条バネ化+「瞬発力」×4「膂力増強」×3」

 並べて言ったそれらは全て、オール・フォー・ワンがストックしている"個性"の能力たちだ。

「この組み合わせは楽しいな……増強系はもう少し足すか……」
「オールマイトォ!!!」
「心配しなくてもあの程度じゃ死なないよ」

 叫ぶ爆豪にオール・フォー・ワンが答える。
「だから……」
 続けて言った言葉は、

「ここは逃げろ弔。その子を連れて」

 死柄木に対してだった。今度はその右手の指先を変化させる。

「黒霧。皆を逃がすんだ」

 黒く赤い光線は枝のように伸び、意識を失っている黒霧に突き刺さる。

「ちょ!あなた!彼やられて気絶してんのよ!?よくわかんないけど、ワープを使えるならあなたが逃がしてちょうだいよ」

 何をするのかと、マグネはぎょっとしながら言った。

「僕のはまだ出来たてでね、マグネ。転送距離はひどく短い上……彼の座標移動と違い、僕の元へ持ってくるか、僕の元から送り出すしか出来ないんだ」

 先程の「黒い液体の転送」は、理世の両親から奪った"個性"では全員を転移されるまで使いこなせなかったので、別の"個性"と組み合わせて生まれたものだった。

「ついでに……送り先は人。なじみ深い人物でないと機能しない」

 ――個性強制発動!!

 オール・フォー・ワンの力によって、強制的に黒霧の"個性"が発動する。

 ワープの靄が黒く広がった。

「さあ、行け」
「先生は……」
「常に考えろ弔。……君は、まだまだ成長出来るんだ」


 ――これはまずい。

 自身の無効化の"個性"で、他の瀕死のヒーローに被害が及ばぬよう守りつつ様子を見ていた太宰だったが、その流れに動き出す。
 奴等を、人質と共に取り逃がすわけにはいかない。

「太宰くん。君にはこれ以上、邪魔はさせないよ」

 太宰の行動に気づいたオール・フォー・ワンは、再び長く伸びた指を、今度はベストジーニストに突き刺さした。
 "個性"を強制発動され、意識に関係なく彼の腕は動き、太宰のコートの糸を操る。

「なるほど、ね……」

 ギチギチと糸が絡まり、太宰は身動きが取れない。

「コートの糸なら私に直接触れていないから無効化できない。……瞬時によく思い付いたよ」

 薄く笑いながら太宰は言う。

 だが、所詮は糸だ――。彼の後ろに締め上げられた手首と袖口の間から、小型のナイフがちらりと覗いた。

「ところで、オール・フォー・ワン。私の弟子たちはどこに?」

 不意に太宰はオール・フォー・ワンに尋ねた。彼はわざとらしく口を開く。

「おや、どうしたかな。ここにいないのが答えじゃないか」

 そもそも、君は根本的に人を育てるのに向いていないよ――。
 その言葉に、太宰は「確かに……」と、目を伏せ笑った。自覚はある。

 自分自身が「人間失格」なのだから。

 それに、太宰の本来の教育方針はスパルタだ。今のご時世では確実にパワハラ案件でアウトである。太宰は笑ったまま口を開く。

「だから、あなたと二人を引き合わせたんですよ」

 実戦は何よりも勝る。経験の分だけ、彼らは強くなると確信しているから。

「僕を弟子の成長の糧にするか。君の神算も衰えたな。それか彼らの力量を買い被り……」

 オール・フォー・ワンが言い終わる前に、白い影が飛び出し、その顔を殴った。

「先生!」

 死柄木が叫ぶ。吹っ飛ぶオール・フォー・ワンは、一瞬、オールマイトが戻って来たのかと思ったが、それにしては少し威力が足りない。

 だが、その素早さは反応できない程だった。

 彼のマスクが大きく凹み、シュコシュコと空気が漏れる。

「あなたこそ、二人を侮っている」

 太宰は言った。頭から血を流しながら、ゼエゼエ……と、息を荒らげながらも――両手両足を虎化した敦が、そこに立っていた。

「まだ……、終わってないぞ……!!」
「……おかしいな。君の腕は潰したハズなのに」

 オール・フォー・ワンが不思議そうに言う。
 確かに先程の戦闘で、彼は敦の腕を潰した。肉体強化型の"個性"では、その腕が脅威だからだ。

 たが、今自分を殴った腕は、まるで完治している。

 ここまでの大怪我を敦はした事がないので世間には知られていないが、それは虎の治癒力だった。
 治癒というよりは復元。
 潰された腕も復元するとは、敦も初めて知ったが。

「まずは、人質を返してもらう」
「!」

 人質である爆豪の姿を見て、敦は何よりも人命救助を優先する。
 その言葉にヴィラン連合たちも、素早く臨戦体制を取った。

「ちゃんと今度は殺してあげるよ。師が見ている前でね」
「同じ手は二度も喰らわぬ――!」

 地面に音もなく這わせた黒い布は、芥川の"個性"だ。オール・フォー・ワンの腕を掴み、敦に向けられた指先を地面に向けた。

 音を立て、地面に亀裂が走る。

 衝撃と土埃に紛れて、飛び上がった敦は、オール・フォー・ワンを飛び越え、ヴィラン連合の前に着地した。

「殺せ!!」

 死柄木が叫んだ。向こうは駆け出しの手負いの新人ヒーローで、こっちは6人。全員の意見が無言で一致し、敦に向かって殺気が放たれる。
 敦の足は怯えなく、地面を蹴った。
 直後、背後から爆発が起こり、彼らの意識がそちらに向く。

 ――ニヤリと、挑発的に笑う爆豪。

「コマも逃がすな!」

 今度はMr.コンプレスが叫んだ。
 瞬時に二手に別れるヴィラン連合。

「ッ……いってぇ!殴ったな!?親父にも殴られたことあるのに!!」(あるんかい!)

 そのできた隙を狙って、一番近くにいたトゥワイスを敦は吹っ飛ばした。

「おイタが過ぎるわね……小虎ちゃん!」

 次に立ち塞がるのはマグネだ。

「……調子に乗んな、新米ヒーロー」
「……っ!(速い……!)」

 彼を目眩ましに、さっと横から現れたのは身を低くした死柄木だった。

「砕け散ろ……!!」

 その手が、敦の脚を掴む――。

「は〜い、それ禁止」
「!?」

 場にそぐわない太宰の明るい声が響く。
 死柄木が気づくと、自身の腕に包帯が巻き付かれており、その先は太宰に繋がっていた。

("個性"が発動しない……!包帯を通じて無効化……!)

 いつの間に糸の拘束から脱出したのか。そして、いつ巻かれたのか。チィと舌打ちする死柄木は、すぐに「ぐあっ」と呻いた。
 掴まれた死柄木の手を振りほどこうと、敦は死柄木に向かって、尻尾を鞭のように振り上げたからだ。

「尻尾!?ちょっ……!」

 驚くマグネの横を、虎の俊敏さで駆け抜ける。向かうはヴィラン3人に囲まれている爆豪の元だ。
 爆豪は、そのズバ抜けた身体能力と"個性"で、3人のヴィランの猛攻に耐えていた。

 すごい、と感心するも、あれでは逃げられない。

(彼を掴まえて、全速力で逃げるしかない!アジトの方まで行けば、中也さんたちがいる!!)

 不意にトガが、ニヤリと笑いながらこちらを一瞥した。敦の虎眼の瞳孔がかっと開く。

「っ!」

 飛ばされたナイフを、軽々と体を横にずらして避けた。

「避けられちゃいました」
「この暗さでよく気づいたな。まさに身体能力が虎だ」

 あっけらかんと言うトガの言葉に、爆豪から目を離さぬまま、Mr.コンプレスが言う。

 ――だが、これはどうかな?

 仮面の下で彼は笑った。

「突っ込んで来るぞ!!」
「では、こいつをプレゼントしよう」

 Mr.コンプレスが敦に向かって投げたのは、小さな球体だ。

 ビー玉?……――そう敦が認識した瞬間。

 パチンと音と共に「ッ!!」それは目と鼻の先で瓦礫の塊になり、もろに顔面に受けて、敦は大きく後ろに倒れた。

「敦くん!」
「……あ!?トガちゃん!?」
「ここはおまかせします!」

 直後、離脱したトガが一目散に向かう先は――「え、私?」

「さっきから、あなたのことが気になってたんです……!お兄さんっ包帯ぐるぐる巻きで、すっごく素敵ですねえ!」

 トガはナイフを振り上げながら、太宰に飛びかかる。

「そんな物、振り回して危ないじゃないか」

 太宰は後ろに跳び引いて避ける。が、不意にぐんっと腕を引っ張られた。
 その反動に避けきれず、太宰の頬をナイフが掠め、髪が数本舞う。

「♪」
「…………」

 横に切れた太宰の頬から血がツー、と流れる。
 彼は目を細め、冷ややかな視線を自身の包帯の先に送った。

「そいつは"個性"を無効化するだけで普通の人間と変わらない。刺し殺せ」

 死柄木は歯を見せ笑う。自分の腕から包帯は解いたが、逆手に取って包帯を引っ張り、太宰の動きを妨害した。

「弔くんからも許可をいただきました!いっぱい切って、お兄さんをもっとかっこよくしてあげますね!」
「女子高生に殺される最後というのも、悪くはないが……。生憎、私は痛いのは嫌いでね」

 腕を拘束されたまま、太宰はトガの攻撃を避ける。
 自身に巻かれた包帯を解く選択肢もあるが、それは同時に死柄木を野放しにする事にもなる。

 この中で、彼の"個性"が一番厄介だ。
 敦が動けない今、それは避けたい。


「状況は変わらない。君も諦めてはどうかな?」
「戯れ言を……」

 オール・フォー・ワンと対峙していた芥川は――奴が本気ではなく、自分で遊んでいるという事は分かっていた。
 節々がズキズキと痛む。身体強化型のタフネスな敦と違い、芥川は元から体も丈夫ではない。

 それでも、人一倍の執念が、彼を突き動かす。

 痛みに歯を食い縛り、腸が煮え返る感情は攻撃に変える。

「羅生門・ムラクモ!!」

 黒外套が黒獣の腕に変わり、オール・フォー・ワンに襲いかかった。

「自分との圧倒的な差がある敵にも、立ち向かわないといけない……ヒーローとは実に健気なものだね」

 オール・フォー・ワンは、それを肥大化した腕一本で防ぐ。

「……笑止。やつがれが立ち向かうのは、やつがれの意思によるもの」

 戦う理由は、奴が妹弟子の理世を拉致し、傷付けたから。意思を貫く理由はそれだけで十分だ。

(たとえ、やつがれがここで朽ちようとも……)

 彼のヒーローが後ろにいる。

 そのヒーローオールマイトは、絶対に敗けない。

やつがれとて、ヴィランには測隠の情を覚える」
「……理由を聞こうか」
"個性"に翻弄され、利己を社会に押し付けることしか出来ぬ愚か者だからだ――」

 マスクの下で、笑った気がした。いや、奴はずっと笑っている。

「僕が相手じゃなければ、君は素晴らしい成長を遂げただろうね」

 オール・フォー・ワンは反対の肥大化した腕で、芥川の鳩尾に目にも止まらぬ速さで拳を叩き入れた。

「ぐはっ……!」

 芥川の体が後ろに倒れようとしたが……踏み留まった。

「……!黒布を体に張り巡らせて、防御したのか」

 それは近距離戦闘が苦手な芥川が、カバーするため編み出した技だった。

「羅生門・連門顎れんもんあぎと――!!」

 彼の背中から黒獣が二匹現れ、オール・フォー・ワンを噛み砕こうと口を開ける。

「!?消えた……!?」

 空を噛んだ。オール・フォー・ワンはというと、別の場所に立っている。

 その"個性"には、よく見覚えがあった。

「瞬間移動……!」
「ああ、これはあの子のじゃないよ。あの子の両親から奪った"個性"だ」


 ――……そういう事か。


「貴様ァ……!!!」

 芥川の怒りに同調するように、二匹の黒獣が獰猛さを増す。

「そろそろオールマイトが戻ってくる頃だ。……遊びは、終わりにしよう」

 オール・フォー・ワンは、すぅと宙に浮いた。
 そして、再び激しい衝撃波がその場に起こる。


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