回天

 ――させん!!

 衝撃波が起きたと同時に、彗星のごとくオールマイトは戻ってきた。
 月下獣に黒獣――彼らは太宰の弟子にして理世の兄弟子。
 そして、オールマイトにとっては、ヒーローとしても雄英のOBとしても、彼らは後輩だ。

(君たちが命を張って、戦って繋いでくれた糸を、断ち切らせてなるものか!!)

 今年、ヒーローデビューしたばかりの二人は、言うなれば有精卵が羽化した、まだ雛鳥。
 彼らの命と、未来もここで終わらせたりなどしない――。
 その思いから、オールマイトは拳に力を込める。


「……っ!!」

 風圧ならまだしも、何かが太宰に激突して、一緒に吹っ飛ばされた。

「いてて……女性ならまだしも……男に飛んでこられても痛いだけで、嬉しくないよ……芥川くん」
「す…すみません……」

 衝撃波に吹っ飛ばされた、芥川だった。

 芥川はごほっと噎せると、同時に血を吐き出す。奴の攻撃をオールマイトが相殺してくれたとはいえ、確実に体にダメージを受けた。

「……君は、あの悪の帝王相手によくやった」
「……!太宰さん……っやつがれは、まだ……!」
「死にたいというなら、私は止めないよ」
「……ぐ……」

 太宰は打ち付けた背中の痛みを感じながら、上半身を起こす。
 耳の無線のスイッチを押した。
 いつの間にかトガの姿がないのは、彼女も吹き飛ばされたのだろう。

「中也。半径5km以内を避難区域にと警察に伝えろ。あと、君のところのヒーローが二名重傷だから早く応援に来たまえ」
『アァ!?俺は出前かよ!……こっちも片付いた。先にグラントリノが向かったが、俺たちもすぐ向かう』

 続けて中也は『つーか、テメェの弟子でもあんだろうが。あいつら使い捨てのコマにしたらタダじゃおかねえぞ』と、悪態をついて無線は切れた。

 使い捨てにするなら、こんなまどろっこしい事はしない――太宰は心の中で答える。

「……あ」

 オールマイトとオール・フォー・ワンの激しい戦闘の行く末を見守る太宰の目に、映ったその光景――。

 思わず顔が綻び、間の抜けた声が出た。
 退屈の歯車が止まる。

(私たちの予想を上回るものがあるとすれば、いつだってそれは……)


 必死に今を、全身全霊でもがいて生きる、"彼ら"少年少女だ――。



「あのパイプ仮面がオールマイトをくい止めてくれてる間に、今のうちに行こう死柄木!あの白虎ヒーローはほっとけ!」

 そう言いながら、Mr.コンプレスは倒れている荼毘に触れて、荼毘を球体に閉じ込めた。
「"コマ"、持ってよ」
 邪魔する者はいなくなり、ヴィラン連合たちの意識は爆豪一人に集中する。

「めんっ…ドクセー」

 爆豪は笑って言ったが、不利な状況に内心焦っているのも事実だ。
 囲まれ、一斉にヴィラン連合は襲ってくる。

(こいつらも緊急事態。さっきまでと違って、強引にでも俺を連れていく気だ)

 ちらりと月下獣を一瞥するが、彼は動かない。顔面から思いっきり瓦礫の塊を受けたのだ、当然だろう。
 一人で乗り切るしかない。6対1……(とりあえず、このクソ仮面には触られちゃいけねー!)

 爆豪は背後から迫って来たMr.コンプレスに気づき、爆破の勢いで彼を飛び越えて回避した。

「爆豪少年……!!今行くぞ!!」

 事態に気づき、オールマイトはオール・フォー・ワンに背中を見せて飛び出そうとする。

「させないさ」

 すかさず、黒く伸びた指先がその背中に突き刺さり、オールマイトは顔面から地面に叩きつけられた。

「その為に僕がいる」
「く……っ」

 指を引くオール・フォー ・ワン。

 オールマイトは地面にしがみつき抗うが、強い力にその体が浮くと、そのままビルに投げ飛ばされた。

「オールマイト……!」

 ――オール・フォー ・ワンが邪魔して、かっちゃんを救けられないんだ……!

(その隙に、連合はかっちゃんもろとも逃走しようとしてる!月下獣は敵の攻撃を受けて動けない……かっちゃんも囲まれて逃げられる状況じゃない……!)

 こんなピンチに……!!なのに……!!

 出久は歯を食い縛る。目の前で皆が必死に戦っているのに。

 ただそこにいるだけの自分。
 見ている事しか出来ない自分。

 苦しい。救けたい。何をしにお前はここまで来た。
 自身の無力さに押し潰されそうだ。


 ……――それは、出久だけではない。
 

『資格未取得者が保護管理者の指示なく"個性"で危害を加えたこと。これは立派な規則違反だワン』

 轟。

『俺だって悔しい。だが、これは感情で動いていい話じゃない』

 切島。

『ルールを破るというのなら、その行為はヴィランのそれと同じなのよ』

 八百万。

『………何でよりにもよって、君たちなんだ……!なんで、俺と同じ過ちを犯そうとしている!?』

 飯田。

 それぞれがその言葉を思い出し、相反する感情の板挟みになっていた。


 ――僕らは、戦う事が許されない。


 それでも、出久は考える。思考を働かせる。
 何か、自分たちに出来る事はないのか。

(せめて……隙が……!!どこか!!一瞬でいい。かっちゃんを救け出せる道はないか――……!!!)

 かっちゃんが助かれば、オールマイトも存分に力を……。

 ……オールマイト……

「――……!」

 隙。そこで出久は、一つの作戦を電流が走るように閃いた。(これなら……!)

「飯田くん、皆!」
「だめだぞ……緑谷くん……!」

 出久が口を開くと、すかさず飯田は咎める。

「違うんだよ、あるんだよ!」

 出久もすかさず否定した。

「決して戦闘行為にはならない!僕らもこの場から去れる!それでもかっちゃんを救け出せる!方法が!!」
「……!」
「言ってみてくれ」
「でもこれは……かっちゃん次第でもあって――……」

『来んなデク』
『皆に救けられんの屈辱なんと違うかな……』

 話ながら、爆豪の言葉と切島から聞かされたお茶子の言葉を思い出す。

「この策だと多分……僕じゃ……成功しない」

 二人は幼馴染みだ。だけど、出久と爆豪はその一言で言い表せない、複雑な関係であった。

「だから切島くん。君が、成功率を上げる鍵だ」

 自分の名前が出てきて、切島は驚きに出久を見つめ返す。


 出久は、作戦を皆に話した――……


「かっちゃんは相手を警戒して、距離を取って戦ってる。タイミングはかっちゃんとヴィランたちが二歩以上離れた瞬間」
「飯田さん……」

 困惑する八百万は、飯田に意見を求めた。

「……バクチではあるが……状況を考えれば俺たちへのリスクは少ない……」

 飯田は、慎重に出久の提案を頭の中でシミュレーションする。

「何より成功すれば、全てが好転する……」

 やろう――その飯田の答えに、轟、切島はもちろん、八百万も委員長が納得したのならばと賛成した。

「皆さん、頼みます……!」


 ――作戦はこうだ。


(僕のフルカウルと飯田くんのレシプロで、まず推進力!)

 出久と飯田は両脇から切島を支え、その『タイミング』によって、出久たちは弾かれるように一気に加速する。

(そして、切島くんの硬化で、壁をブチ抜く!)

 切島は両腕を硬化して頭の上でクロスさせた。彼が盾となり、三人は壁をなんなく突き破る。

『開けた瞬間、すぐさま轟くんの氷結で、道を形成してほしい!』

 なるべく高く、跳べるよう――轟は出久に言われた通り、氷結でジャンプ台のような急斜面の道を形成した。

(頼んだぞ……緑谷、飯田、切島……!!)

 その斜面を、飯田のエンジンで三人は駆け上がって行く。

(ヴィランが僕らに気付いてない!)

 頂上に近づくと、今度は出久がフルカウルで足に力を込めて……

(これまでヴィランに散々出し抜かれてきたけど……今、僕らがそれを出来る立場にあるんだ!)

 二人を支えながら、一気に飛び上がった。


 ――手の届かない高さから、戦場を横断する!


 ヴィランのボスはオールマイトを食い止めている。それはつまり、逆もまた然りだ。

『そしたら……切島くんだ。僕じゃダメだ。轟くんでも飯田くんでも八百万さんでも……』

 宙に飛び出した出久は、先ほど切島に言った言葉を思い出す。

(入学してから今まで、かっちゃんと対等な関係を築いてきた……)


 ともだちの呼びかけなら!!


「来い!!」


 ……――出久たちが行動に移す、少し前。


『……くん。起きろ、敦くん!』

 ……………………

『起きろ少年!!』

 …………ハッ!!敦は耳の無線の声に、意識を覚醒させる。……顔面がすこぶる痛い。

「だ、太宰さん……?」
『敦くん、まだ動けるね?』
「あ、はい!」

 有無を言わさず言葉に、反射的に返事をした。

『緑谷くんたちが爆豪くんを奪還しようとしている。一瞬でいい、君はヴィランたちから爆豪くんへの意識を逸らすんだ』

 緑谷くん?え、奪還??わけが分からないが、それが今、自分がやるべき事だと敦は瞬時に理解した。
 仰向けに倒れている敦は、夜空を見ながら意識を集中し、顔の傷を虎の回復力で治癒する。

 だらんと力なく放り出されていた腕。
 その手が、今、地面に爪を立てた。


 ……――オールマイトを見てから。


「(俺がこの場にいるからオールマイトが闘い辛え)」
「(俺のレシプロなら逃げ切れる!そうすればオールマイトが必ず……!!)」
「(かっちゃんならわかってるハズ……!!)」

 不思議と体の萎縮は治まってた。

 チャンスは一度きり!

 かっちゃんとヴィランの距離感を見誤るな――出久は飯田と共に切島を支えながら、慎重に機会を窺う。

「待て!!」

 その時、若い青年の声が響いた。

 月下獣だ――。あの怪我で、よろけながらも立ち上がる彼に「……っ!」出久たちは目を見張る。

「噂通りのタフネスっぷりね」
「あなたもボロボロで素敵です!」

 ヴィランが意識を自身に向いた瞬間、

「行け――!!!」

 敦は力強く叫んだ。

「「!」」

 それは誰に対してだったのか。分からないが、その声に弾かれるように爆豪も出久たちも動いた。
 爆豪が後ろに大きく飛び引き、出久たちも駆け出し、宙を飛ぶ。
 突然の出来事が重なり、ヴィランたちは誰も動けない。

 ――オールマイトとオール・フォー・ワン以外は。

 阻止しようと黒い指先を伸ばすオール・フォー・ワンに、逆もまた然りだ。
 オールマイトは先程のお返しと言わんばかりに、彼の鳩尾を殴ってビルに吹っ飛ばした。

「来い!!」

 暗い空のすぐ下で、切島の声が響く。

 見上げる爆豪の視界に、腕いっぱいに伸ばされるその手が、確かに映った。

 死柄木が爆豪に手を伸ばすが、それより早く、爆破による大爆発が起こった。

 その威力は、爆豪を高速で宙に押し出す。

 弾丸のようにまっすぐ追いかけ、その手を――

「……バカかよ」

 爆豪と切島は互いの手を、バシッと掴んだ。その顔は、互いに笑っている。

 ……それを眩しそうに見上げる敦に、

「「何ィイイ!!?」」

 ヴィランたちの驚愕の声がその場に響く。

「爆豪くん、俺の合図に合わせ爆風で……」
「てめェが俺に合わせろや」
「張り合うなこんな時にィ!!」

 一方、轟と八百万も。

「……思った通り!向こうに釘付け。今だ、逃げるぞ……」
「……はい!」


 二人もその隙に、その場から脱出を果たす。


「……どこにでも……っ現れやがる!!」
「マジかよ……全く!」

 苦々しく呟くのは死柄木に、呆れながらも笑うオールマイト。
 同じように見上げていた太宰も、その光景に優しく苦笑する。
 無謀にも思えるその行動が、形勢を一変させた。

 だが、優勢と劣勢は常に回るものだ。
 勝利の女神が気まぐれのように――。

 それでも……と、太宰は前線で戦う者たちに思いを託し、目を伏せる。

「……さて。私たちが手伝えるのはここまでだ。ここら一体は、すぐに大規模な戦場になる」

 撤退だと、太宰は芥川に言う。

「私は彼を、与謝野先生の元へ連れて行かなければならない」

 彼とは、ベストジーニストだ。一番重傷の彼を太宰は肩に担ぐ。

「君は、自分で立って歩いてくれると助かるのだけれど」
やつがれは……ここに残ります」

 芥川は地面に伏せたまま、太宰の言葉に答えた。

「人虎が戦っているのに、やつがれだけが尻尾を巻いて逃げるわけには行きませぬ」

 その目には、少年たちを追いかけようとするヴィランたちを阻止しようと動く、敦の姿が映っている。「……そうか」太宰は笑うように静かに頷いた。

「ならば、俺が一緒に残ろう」
「!」

 瓦礫の上を歩いてくる、白いスーツに身を包んだ人物は――意識を取り戻したギャングオルカだ。

「若者たちが戦っているのに、奴の一撃で倒れていたとは情けない限りだ……。せめて、いざとなったら俺が君を守ろう」
「……気遣いは無用です」
「目上の者の意見は尊重するものだぞ、新人ヒーロー」

 芥川のぶっきらぼうな言葉にも、ギャングオルカはふっと笑い飛ばして言った。

「では、そちらはおまかせします。……ああ、ギャングオルカさん」

 立ち去ろうとした太宰は思い出したように、ギャングオルカへ言う。

「理世はあなたのファンですから、自分が助かっても、万が一あなたに何かあれば悲しみますよ」
「……そうか!あの子は救助されたか」

 太宰のその言い方から察して、ギャングオルカは呟いた。表情は変わらないが、どこか嬉しそうな声色だ。

 まだ自分が駆け出しの頃だ――幼いあの子と出会ったのは。

 自分の姿を見ても恐れぬ度胸と、泣いて駄々をこねて先生を困らせる姿は、珍しい"個性"でなくても印象に残っただろう。

『……ならば、俺の頭を撫でさせてやろう。つるつるしてるぞ』
『ひっぐ……つるつる?』
『つるつるだ。特別だぞ』
『っ!わあっホントだ!つるつるしてる!』

 今の今まで泣いていたのが嘘のように、嬉しそうに笑う……その天真爛漫な姿も。
 そんな幼い少女は成長し、ヒーロー志望になっていた。
 希望溢れる若い芽を潰させるわけにはいかないと……そんな思いも抱きながら、ギャングオルカはこの作戦に参加していた。

「フフ……肝に免じておこう」

 人々の笑顔を守るのも、ヒーローの役目だ。
 これは何がなんでも生きて帰らねばと、ギャングオルカは決意して笑う。
 彼女の兄弟子という、この青年も共に――。


「逃がすな!遠距離ある奴は!?」
「荼毘に黒霧!両方ダウン!」
「あんたら"くっついて"!!」
「させるか……っ!」

 諦めが悪いと、敦が阻止しようと駆け出す。

「それは俺の台詞だぜ!お前の台詞でもあるがな!」
「つっ!」

 踏み出した敦の脚を、トゥワイスがメジャーで切りつけた。その隙に、マグネの言う通りに前後に並ぶMr.コンプレスとスピナー。

 マグネの"個性"は《磁力》

 自身から半径4.5m以内の人物に磁力を付加する事ができる能力だ。
 全身・一部に力の調整可。男がS極で女がN極に、自身には付加できない。

 すなわち。

「行くわよ!」

 マグネとスピナーの二人に磁力の付加をかければ……

 反発破局――夜逃げ砲!!

 磁力が反発し、Mr.コンプレスが先程の爆豪のように、高速に宙へ飛んで行く。

「――タイタンクリフ!!!」
「っだ!?」

 だが、突然現れた巨大化したMt.レディの顔面にぶつかり、Mr.コンプレスはそのまま落ちる。
 Mt.レディの方は、鼻から血が飛び散り、大きくよろめいた。
 巨大化して彼が人形ぐらいの大きさとはいえ、勢いよく飛んで来た物体を顔面で受けた衝撃はかなりのものである。

「Mt.レディ!」
「救出……優先。行って……!バカガキ……」

 意識を朦朧とさせ、倒れながら……Mt.レディは自分の後ろを飛び去る彼ら4人に言った。

「まだ間に合う!!もう一発……」

 マグネはトゥワイスを呼び寄せ、敦はそれを追いかける。

「――まかせろ、虎小僧!!」
「!(あの人は……!)」

 目にも止まらぬ速さですり抜け、3人のヴィランは首もとを強打され、その場に倒れた。

「……ああ!!!」

 上空から気づいた出久が声を上げる。

「グラントリノ!!」

 ――現れたグラントリノが、ヴィランを倒すのを見て、敦は足は止めずにそのまま走り抜ける。

「ッ……」

 切られた足が傷む。虎の治癒はもう追い付かない。だが、彼の目は迷わずその先を――歯を食い縛り飛び上がる。

 せめて――!

 "個性"が解除されて落ちるMt.レディを、虎化した腕が受け止めた。

「……救出対象、間違ってんわよ……新人……」
「救けるのに、対象なんてないと……僕は思いますから……」

 そのお人好しな笑みに、まったくと呆れながら、Mt.レディは意識を手放す。……そんなんじゃ、椅子取りゲームのヒーロー社会に生き残っていけないわよ――……


「遅いですよ!」

 自身の後ろに着地したグラントリノに、オールマイトが言った。

「おまえが速すぎんだ」

 志村の友人か……。オール・フォー ・ワンが瓦礫の上から起き上がりながら、その姿を捉えた。
 
「なァあいつ緑谷!!!っとに益々おまえに似てきとる!!悪い方向に!!!」

 プンスカと指摘するグラントリノに、オールマイトは返す言葉がない。

「保須の経験を経てまさか来ているとは……十代……!」

 その行動力は末恐ろしいものだ。

「ゴホッ……しかし、情けないことにこれで、」

 オールマイトは手のひらに吐き出された吐血を、地面に向けて振り払う。反対の指で、立ち上がる男に指差した。

 心置きなく、おまえを倒せる――

連合こっちもあと二人!!終わらせる!」

 グラントリノは素早く動く。

「弔くん、終わりたくないです」

 身構える弔に、後ろで焦りながらトガが言った。

「やられたな、一手でキレイに形勢逆転だ」

 オール・フォー ・ワンは黒い指先をオールマイトに伸ばす。それをサッとオールマイトは避けるが「!?」狙いは違った。

 ――強制発動「磁力」!!

 マグネに突き刺さり、その"個性"が発動する。

「塵になれ」

 その近くでは、突っ込むグラントリノに手を向ける死柄木の姿が――。

「!?」

 グラントリノの蹴りがスカッとからぶった。
 死柄木が後ろに引っ張られるように、倒れたからだ。
 本人も驚いているそれは……。

「え」

トガが異変に気づいた。

「えっえ!」

 両手を慌てて動かしながら、自身に引き寄せられるように迫る仲間たちに戸惑う。
 男はS極、女はN極――強制発動されたのはマグネの"個性"だ。

「や――そんな急に来られてもぉ」

 トガ目掛けて。その勢いに、トガは背後のワープの靄に呑み込まれ、彼らもまた一緒になって消える。

「待て……ダメだ、先生!」

 残るは死柄木だけだ。地面に尻餅をついている死柄木は、そのまま後ろから引っ張られる磁力に抵抗していた。

「……!」

 その時、地面を素早く這う黒い布が、逃がさないというように死柄木の足に絡まった。

「其ほど、この場に残りたいのなら……やつがれが手助けしてやろうぞ……!!」

 地面に伏せながら、"個性"で黒いコートを伸ばす芥川だ。

 まさに低く地を這う声で。

 漆黒の目付きの悪いその目が、じっと死柄木を捉えている。

「っ!(しつこい……!!)」

 力なく伏せても尚、邪魔してくるその執念に死柄木は畏怖する。

「黒小僧!そのまま抑えて……ぐっ」
「ッチ!」

 指の数だけ増えるオール・フォー ・ワンの黒い指先は、グラントリノを打ち払い、芥川の布を切り裂き、マグネをワープの靄に放り投げた。

「行くんだ、死柄木」

 オール・フォー ・ワンは彼に言う。

「"その身体"じゃあんた……ダメだ……」

 前からの力がなくなり、反動で死柄木の体は勢いよく後ろに浮く。


『誰も救けてくれなかったね。辛かったね。志村転弧くん』


 あの日、あの時、あの言葉……。孤独だった自分に差し伸ばされた手。

『大丈夫。僕がいる』

 その手を取ったように死柄木は、彼に手を伸ばす。

「俺、まだ――」

 死柄木の顔面についた手が外れた。
 オール・フォー ・ワンは、消え行くその顔をじっと眺めて……

「弔。君は戦いを続けろ」

 黒いワープが消えると同時に言った。
 そして、オール・フォー ・ワンの目の前には、オールマイトが迫っている。

「転送」
「!?」

 オールマイトのその拳が、彼に当たる事はなかった。黒い液体によって、寸前に転送されたグラントリノの頬にめり込んだからだ。

「僕はただ、弔を助けに来ただけだが」

 衝撃反転――その言葉通り、オールマイトの手に衝撃が反転され、弾かれる。

「戦うというなら受けて立つよ」
「すみません!!」

 オール・フォー ・ワンの言葉をそっちのけで、オールマイトはグラントリノに謝った。

「何せ僕はおまえが憎い」

 オール・フォー ・ワンは饒舌に続ける。

「かつて、その拳で僕の仲間を次々と潰し回り、おまえは平和の象徴と謳われた。僕らの犠牲の上に立つその景色――」

 喋りながらも、オール・フォー ・ワンが次の一手を繰り出そうとしているのが分かった。
 オールマイトは右手をグラントリノに伸ばす。

「さぞや良い眺めだろう?」


 DETROIT SMASH!!!!!!!!


 グラントリノをこちらに引き寄せると同時に、左手がストレートな一撃を放った。
 互いの力がぶつかり合った威力の余波は、強大なものだった。
 オールマイトは地面に足を擦りながら後ろに押し出され、周囲のビルたちは次々と倒壊していく――。

「凄まじい攻撃だな……っ大丈夫か?」
「……問、題…ない……」

 咄嗟にギャングオルカは自身の超音波で相殺したものの、被害は免れなかった。

「これ以上はこの場が持たん。行くぞ」

 意識が朦朧としている芥川を背中に抱え、その場を離れる。

(虎の姿が見当たらない……。目覚めて避難していると良いが……)


 強引に打ち消したな……オールマイトを見て、オール・フォー ・ワンは心の中で呟く。
 彼にとってはこの惨状も、狙ったものより小さな被害だ。

「心おきなく戦わせないよ。ヒーローは"多い"よなあ。――守るものが」

 ヴィランらしく、狡猾に、陰湿に、非情なやり方だった。

「黙れ」
「!」

 彼らしからぬ声が出た。抑えきれぬ怒りを、己の前にいる凶悪にぶつける。

「貴様はそうやって人を弄ぶ!」

 空気を揺るがす程の怒声。その気迫に、オール・フォー ・ワンは、ほんの一瞬呑み込まれた。

 その一瞬は、オールマイトにその腕を掴ませた。

「壊し!奪い!つけ入り支配する!」
「(マズい……"空間転移"を……)」
「日々暮らす方々を!理不尽が嘲り笑う!」

 オールマイトは、巻き込まぬようグラントリノを投げる。

「私はそれが!」

 ――許せない!!

 オールマイトの憤怒の一撃は、オール・フォー ・ワンに逃げる隙を与えなかった。

 そのマスクを貫き、地面に沈める。

「俊典……!」

 地面から顔を上げ、名前を叫ぶグラントリノ。
 活動限界が……!
 身体の半分が、トゥルーフォームに戻っている――。

「いやに感情的じゃないかオールマイト」

 ブニっと柔らかい皮膚が、オールマイトの拳を押し返していた。

「同じような台詞を前にも聞いたな」

 破壊されたマスクの下の、のっぺらぼうが続けて言う。

「ワン・フォー・オール、先代継承者」


 ――志村菜奈から。


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