オールマイト

 町中は逃げ惑う人々で溢れ、誘導するヒーローや警察たちで混乱していた。
 その人波の中には、轟と八百万の姿も――……

「大丈夫ですか!?慌てずに避難しましょう」
「あ…ありがとうね、お嬢さん」

 途中、八百万が転けた老人に素早く駆け寄り、立ち上がる手助けをする。
 轟は出久に電話をかけていた。
 数コール、通話が繋がると間髪入れず轟は口を開く。

「緑谷、そっち無事か?」
『うん!轟くんの方は!?逃げ切れた!?』
「多分な。奴の背面方向に逃げてる。プロたちが避難誘導してくれてる」
『よかった!』

 一方の出久たちは――

「僕らは駅前にいるよ!あの衝撃波も圏外っぽい!」

 神野に着いてすぐの、雄英の謝罪会見を眺めた大型ビジョンの前に来ていた。

「奪還は成功だよ!」
「いいか、俺ァ助けられたわけじゃねえ。一番良い脱出経路がてめェらだっただけだ!」
「ナイス判断!」

 出久が電話する後ろで、爆豪の上から発言にも笑顔で切島はサムズアップした。
 駅で落ち合おう――そう轟と集合を決めて、出久は通話を切る。

「オールマイトの足、引っ張んのは嫌だったからな」

 爆豪が続けて言った言葉は、出久の耳にも入った。

 そうだ……足を引っ張る。

 出久は改めて、自分たちの行動を振り返った。(これが今出来る最善のハズだ……グラントリノだっている)

「!(ヘリ……報道のか……!)」

 上空を飛び交う複数のヘリを見ながら、出久は心の中で問う。

(僕らはこれで――……良かったんですよね……?)


 大丈夫……ですよね!?オールマイト……!


「ワン・フォー・オール――先代継承者、志村菜奈から……」
「貴様の穢れた口で……お師匠の名を出すな……!!」

 ――誇れ俊典!

 オールマイトの脳裏に浮かぶその姿は、いつだって気高いヒーローの姿だった。

最初ハナから持ってる奴とじゃ本質が違う。お前は"力"を勝ち取ったんだ!』

「理想ばかりが先行し、まるで実力の伴わない女だった……!ワン・フォー・オール生みの親として恥ずかしくなったよ。実にみっともない死に様だった……どこから話そうか……」
「Enough!!」

 オールマイトが怒りのままに叫び、拳を振り上げた瞬間。

 彼の体は遥か上空に突き上げられた。
 そこには回遊する報道ヘリ――!

「俊典!」
「!」

 ぶつかる寸前、グラントリノが素早く横から飛び込み、事なき得る。

「ゴホッ……邪魔を………」

 それを見上げながら、オール・フォー・ワンは苦々しく呟いた。

「六年前と同じだ!落ち着け!!そうやって挑発に乗って!奴を捕り損ねた!!腹に穴を開けられた!」

 茫然とするオールマイトを抱えて飛びながら、グラントリノは矢継ぎ早に言う。
 高度が下がると足裏の噴出口から空気を噴射し、軌道を変え、一気に地面に着地した。

「おまえのダメなトコだ!奴と言葉を交わすな!」
「……はい……」

 さらに言われた言葉に、オールマイトは力なく返事する。それほどまでに、オール・フォー・ワンの言葉は彼の心を抉った。

「前とは戦法も使う"個性"もまるで違うぞ。正面からはまず有効打にならん!虚をつくしかねえ」

 立ち上がるオール・フォー・ワンを見据えながら、グラントリノは強くオールマイトに言う。

「まだ動けるな!?限界超えろ!正念場だぞ!!」
「……はい!」

 ゼエゼエと息を荒らげながらも、オールマイトは、今度はしかと答えた。


 ……――答えるしかなかった。


『悪夢のような光景!突如として神野区が半壊滅状態となってしまいました!現在オールマイト氏が元凶と思われるヴィランと交戦中です!』

 報道ヘリから、リポーターが状況を伝える。

 その映像は全国に放送され――会見を終えた根津、相澤、ブラドキングたちも控室のテレビで、その様子を見守るように見ていた。

『信じられません!ヴィランはたった一人!街を壊し!平和の象徴と互角以上に渡り合って―……』

「何これやば」
「オールマイト、ボコられてなかった?」

 ……――どんな事件も災害も、画面の前では誰もが対岸の火だ。

「うっわ、めっちゃやられてんじゃん!」
「神野ってどこだっけ?」
「明日パパ会社休みかも……」
「わぁ!」
「他のヒーローは何やってんだ!?」

 ……――それは、東西南北。

「最近、ヴィラン暴れすぎじゃね?」
「たるんどる!!なんつって、まーでも実際あると思うわ」
「むしろヒーローがやられすぎな気ィする――」
「いやぁ、しかし結局今回もオールマイトが何とかするっしょ!」


 そんな会話が日本中で交わされていた。
 それでも、真剣に向き合っている者たちも確かにいる。


 彼らは祈るように、信じるように、その勇姿を見守る――……。


「弔がせっせと崩してきたヒーローへの信頼。決定打を僕が打ってしまってよいものか……」

 両手を広げ、演説するようにオール・フォー・ワンは話す。

「でもね、オールマイト」
「君が僕を憎むように」
「僕も君が憎いんだぜ?」

 並べられた言葉に「隣で耳を貸すな」とグラントリノがオールマイトに言った。

「僕は君の師を殺したが、君も僕の築き上げてきたモノを奪ったんだろう?だから、君には可能な限り醜く惨たらしい死を迎えてほしいんだ!」

 その言葉を最後に、オール・フォー・ワンの腕が凄まじい勢いで、肥大化していく。

「でけえの来るぞ!避けて反撃を――」
「避けて良いのか?」
 
 後ろでガラッと瓦礫が崩れる音と人の気配に、オールマイトはハッとした。

「おい!!」

 素早くそちらにグラントリノは跳ぶが、

「君が守ってきたものを奪う」
「ぐっ……!!」

 特大の空気砲に、なすすべなく彼は吹き飛ばされる。

「まずは怪我をおして遠し続けた、その矜持」

 ……風圧がおさまった。

 オールマイトが立つ場所以外の地面は、深く抉られており、それがどれほどの威力かを物語っている。

「惨めな姿を世間に晒せ」

 その彼の後ろには逃げ遅れて、瓦礫に挟まる一人の女性――

「平和の象徴」

 オールマイトは彼女を守った。全身全霊で。その巨大な力を相殺するには、力は使い果たすしかなかった。


 ボロボロになり……トゥルーフォームの姿のオールマイトが、そこに立っていた。


 ――その姿はカメラにも映し出され、大型ビジョンを見上げて、爆豪は唖然とする。

「え……?」
「お……」
「なんだあのガイコツ……」

 同じく見ていた人々から、そんな声がざわめき立つ。

『えっと……何が、え……?皆さん、見えますでしょうか?』

 報道の声がどこか遠くに聞こえた。
 青ざめ、愕然と立ち尽くすのは、この場で出久だけだ。

『オールマイトが……しぼんでしまってます……』

『これは世間に公表されていない。公表しないでくれと私が頼んだ』

「そんな……」

『人々を笑顔で救い出す平和の象徴は、決して悪に屈してはいけないんだ』

「ひみ……つ……」


「――頬はこけ、目は窪み!!貧相なトップヒーローだ。恥じるなよ、それがトゥルーフォーム本当のキミなんだろう!?」

 声高々にオール・フォー ・ワンは喋る。オールマイトは光を失わない青い瞳で、ギンッと睨んだ。

「……そっか」

 それが答えか、とオール・フォー ・ワンは頷く。

「身体が朽ち衰えようとも……その姿を晒されようとも……」

 拳を顔の前で握り締める、オールマイト。

「私の心は依然、平和の象徴!!一欠片とて奪えるものじゃあない!!」

 揺るぎない声で、オール・フォー ・ワンに向かって叫んだ。

「素晴らしい!」

 1ミリも思っていなさそうな声が、その場に大きく響く。

「まいった。強情で聞かん坊なことを忘れてた」

 わざとらしく言う男を、オールマイトはただまっすぐに睨み付けていた。

「じゃあ、"これ"も君の心には支障ないかな……あのね……」

 そう切り出したオール・フォー ・ワンは、歌うように楽しげな声でオールマイトに言う。


「死柄木弔は、志村菜奈の孫だよ」


 ――オールマイトは、時が止まったようだった。

 ……いや、止まったのは自分の心臓かも知れない。
 冷たい手に心臓を鷲掴みにされたような――呼吸が出来ない。

 オールマイトは、目を見開いたまま固まった。

「君が嫌がることをずぅっと考えてた。君と弔が会う機会を作った。君は弔を下したね。何も知らず、勝ち誇った笑顔で」

 オール・フォー ・ワンの口から出る言葉が、ぐわんぐわんと脳内に響く。

「……嘘……」
「事実さ。わかってるだろう!?僕がやりそうなことだ」

 彼の、その握り締めた拳が力なく落ちた――瞬間だった。

「あれ……おかしいな、オールマイト。笑顔はどうした?」

 "笑顔"

 その言葉だけが鮮明に聞こえて、オールマイトは思い出す。

『人を助けるって、つまり、その人は恐い思いをしたってことだ。命だけじゃなく心も助けてこそ、真のヒーローだと……私は思う』

 ――どんだけ、恐くても。「自分は大丈夫だ」っつって笑うんだ。

『世の中、笑ってる奴が一番強いからな』

 両方の人指し指で頬を上げ、朗らかに笑う志村菜奈の姿を――。

「き……さ、ま……!」

 固まったオールマイトからやっと声が出た。ギリッと噛み締めた、歯の隙間からもれる声だった。

「やはり……楽しいな!一欠片でも奪えただろうか」

 お師匠のご家族――……

「〜〜〜ぉおおお――……!!」

 私は、なんということを――……

 オールマイトの体は萎んだだけではなく、膝が折れ、肩を落とし、どんどん小さくなっていく。

 絶望に押し潰される。
 罪の意識に引きずり込まれる。

「負けないで……」

 小さくすすり泣く声は、ヒーローに願った。

「オールマイト、お願い……」

 救けて。


 ……――ああ、可哀想に。その声は、今のヒーローにはもう届かない。


「オールマイト……」
「やばくない……!?」

 オールマイトの変わり果てた姿は、テレビやネットを通じて、日本中に震撼を走らせた。
 
「――……て」

 ボソ……と、呟いた爆豪の声は周囲のざわめきに溶けていく。

「そんな……嫌だ……」
「オールマイト……!」
「あんたが勝てなきゃ、あんなの誰が勝てんだよ……」

 次々と上がる不安や失望の声に、出久たちは不安げに周りを見渡した。

 感情は連鎖する。

 集団心理とも言える、その声に呑み込まれそうになった時――

「姿は変わってもオールマイトはオールマイトでしょ!?」
「いつだって何とかしてきてくれたじゃんか!」
「オールマイト!頑張れ」

 かき消すように声援が湧き起こった。オールマイトを信じる声だ。
 不安一色だったその場を塗り替えるように――次々と応援の声で埋め尽くされる。
 
「まっ、負けるなァオールマイト!!」
「頑張れえええ!!」

 出久の目に涙が溢れた。

 こんなにも沢山の人達が、オールマイトを応援している。

 彼の勝利を皆が願っている。

 バッと振り返り、出久は思いっきり息を吸った。画面に向かって、彼に届くように、

「勝って!!」
「勝てや!!」
「「オールマイトォ!!」」

 出久と爆豪――対照的で、けれど同じヒーローに憧れた二人の声が重なった。


 ……――もちろんさ。

 その瞬間、オールマイトの右腕に眩しい閃光が走る。

「お嬢さん、もちろんさ」

 今度は声に出して言う。オールマイトの耳には、ちゃんと「その声」は届いていた。

「ああ……!多いよ……!ヒーローは……」

 その目の光は、失われてなどいない。

「守るものが多いんだよ、オール・フォー・ワン!!」

 彼の中に残る全ての力が、右腕に結集していく。

「だから、負けないんだよ」

 オールマイトの顔には、あの笑顔が浮かんでいた。
 あの時、オールマイトは自身の心は折れたと感じた。
 目の前が真っ暗になって、もう立てない……と。

 けれど、一筋の光が見えた。
 その光は優しく語りかける。

 ――……俊典。限界だーって、感じたら思い出せ。

 ……思い出す……

 ――何の為に拳を握るのか。

 何の為に……

 ――原点オリジンってやつさ!そいつがおまえを、限界の少し先まで連れてってくれる!

 私の……

『皆が笑って暮らせる世の中にしたいです。その為には……"象徴"が必要です』

 それが、私の――原点オリジン!!

 彼は思い出した。そして、気づいた。

 たとえ、絶望に押し潰されても、罪悪感に覆われても……決してそれは、自分の中からなくならないのだ、と。


『まだ動けるな!?限界超えろ!』

 ――グラントリノは痛みに呻きながら、自身がオールマイトに言った言葉を思い出していた。

 確かに、自分はそう言ったが……オールマイトのその姿に驚きを隠せない。

(あれ程の大規模攻撃を何度も相殺した……とうに活動限界を迎えている……)


 右手のみのマッスルフォーム。
 その歪な姿が物語っている。


「――渾身。それが最後の一振りだね、オールマイト」

 フア……と、オール・フォー・ワンは、宙に浮く。

「手負いのヒーローが最も恐ろしい。腸を撒き散らし、迫ってくる君の顔。今でもたまに夢に見る」

 そう話ながらオール・フォー・ワンはさらに高く浮かんだ。

「二・三振りは見といた方がいいな」

 再び腕を肥大化させようとした――その時。オール・フォー・ワンに、業火が襲いかかる。

「――!」
「なんだ、貴様……」


 闇夜を照らす、燃え盛る威厳の炎。


「その姿は何だオールマイトォ!!!」


 その場に現れたエンデヴァーが、オールマイトに向かって叫んだ。

「どうにか間に合ったな」

 その後ろにしゅたっと着地したのは、エッジショットだ。

「全て中位ミドルレンジとはいえ……あの脳無たちをもう制圧したか、さすがNo.2にのぼりつめた男」

 見下ろしながら言うオール・フォー・ワンに「……フン!俺だけの力だけじゃないがな」と、不愉快そうにもエンデヴァーは小さく訂正した。

貴様オールマイト……」

 そう呟き、すぐに怒りを孕んだような強い視線を、エンデヴァーはオールマイトに向ける。

(貴様を越えようと、研鑽を重ねてきた……!)

 重ねる程に痛感する。
 貴様との差が……貴様の背中が……!!
 絶望が!!俺を――……

 その時、エンデヴァーの顔に浮かんだ二人の顔が――彼の口から吐き出す言葉を変えた。

「なんだそのっ情けない背中は!!」
「(エンデヴァー……!)」

 それは、紛れもない彼なりの激励だった。

「オールマイト!!!」

 続いて呼ばれた若い青年の声に、オールマイトはハッとそちらを見る。
 ――敦だ。満身創痍の彼は、中也に支えられ、まっすぐとオールマイトを見つめている。

「周囲の救助はまかせてください……っ!僕が救けます!あなたは、気にせず戦ってください……!」
「……月下獣くん……」

 敦は響く痛みに耐えながら、叫ぶ。
 泣きながら、必死に伝える。

「だから……、そんな奴に負けないで!!絶対……っ勝ってください……!!」

 僕は、あなたに憧れて、あなたみたいなヒーローになりたくて……。


 今ここに立っているんだ――!!


「……!!」

 オールマイトは込み上げる気持ちをグッと抑え、敦に向けて親指を立てた。
 それを見て、敦は涙を乱暴に腕で拭う。

「応援に来ただけなら、観客らしくおとなしくしててくれ」

 オール・フォー・ワンは彼らに腕を向ける。その腕はオールマイトと対照的に、赤黒い閃光を纏っていた。
 ――放つ前に、目に見えぬ何かに阻止された。
 オール・フォー・ワンは避ける。

「抜かせ、破壊者。俺たちは救けに来たんだ」

 エッジショットだ。薄く伸ばした体をくるくると解いていき、ドロンと実体を現した。

「頑張ったんだな……!!Mt.レディ」

 別の場所では、シンリンカムイが根のように腕を伸ばし、ボロボロのMt.レディを抱えていた。
 すぐに救急に向かおうとする彼を、中也が引き止める。

「シンリンカムイ、こいつも頼む」

 えっ…と敦は目を見開き、中也を見た。

「中也さん、待ってくださいっ……!僕まだっ――……」
「なっ!」

 最後まで敦が言う前に、中也はその首に手刀を落とし、強引に気絶させた。
 何を、と驚くシンリンカムイに、意識を手放した敦を見ながら中也は言う。

「こいつはとうに限界を越えてる。これ以上は無理をさせられねえ」

 彼の言葉に、シンリンカムイも敦を見た。
 確かに流れた血に、目に見えて分かるぐらいにその体は多くの傷を負っていた。
 いくらタフネスが売りの"個性"でも、無理をし過ぎているだろう。

「……わかった。我が責任を持って預かろう」

 シンリンカムイは反対の手の根で敦を巻き付けると、急ぎその場から離れた。


「!」

 ――次に、オールマイトが気配に気づいて後ろを振り返ると、そこには隙間からニュッと顔を出す虎の姿があった。
 片手にラグドールを抱えながら、瓦礫に挟まる女性を救助しようと、もう片方の腕を軟体化させる。

「我々……には、これくらいしか出来ぬ……あなたの背負うものを少しでも……」
「虎……!」
「そういうこった」
「グラヴィティハットも……!」

 その場に来た中也は、女性が挟まっている瓦礫に触れて無重力化させる。

「あ……ありがとう…ございます……!」

 中也が軽々と持ち上げている間に、虎が長く伸びた腕を女性に巻き付け、無事彼女は救出された。重力を解いた中也は、何故か上着のジャケットを脱ぐ。
「何もないよりはマシだろ」
 裸のラグドールを視界に入れぬよう、ぽいっと彼女に被せた。

「「(心もイケメン……!!)」」


 虎と女性は感動した。


 オールマイトは――ヒーローたちが、それぞれ自分の出来る事を行う姿を呆然と見ていた。

 本来、ヒーローは一人で活動する。

 現場で鉢合わせてチームアップをする場合もあるが、オールマイトの場合、速攻解決が基本なので、それも滅多にない。

 後ろに仲間ヒーローがいるという事は、こんなにも心強いのかと――オールマイトは実感していた。

「あの邪悪な輩を……止めてくれ、オールマイト……!皆、あなたの勝利を願っている……!!」

 虎が彼に向かって叫ぶ。

「どんな姿でも、あなたは皆のNo.1ヒーローなのだ!」


 No.1ヒーロー。


 その言葉に、グラントリノは古い記憶を思い出す――……


「八木俊典?」
「面白い奴だよ。イカれてる」

 まだ今より彼が若かりし頃。盟友、志村菜奈とは、こうしてよく肩を並べていた。

「いわく……犯罪が減らないのは国民に心の拠り所がないからだと。この国には今"柱"がないんだって」

 オールマイト――八木俊典を、存在を初めて知ったときだった。

「だから、自分がその"柱"になるんだって」

 今、自分の目の前にいる男は、十分に全うした。

(俊典……お前は柱だ。消して折れちゃいけない柱。No.1ヒーローだ)

 聞こえているだろう。

 弱り切った姿を晒そうと、応援し続ける皆の声が。

 お前の勝利を願う皆の声が……


「みんな、あなたの勝利を願っている!」


 お前に憧れ、お前のようになりたいと願う生徒たちの声が――……

「煩わしい」

 その一言と共に、オール・フォー・ワンを中心に、一瞬でその空間は破裂した。
 戦っていたエッジショットや、エンデヴァーも吹き飛ぶ。

「くっ……!」

 中也は虎の前に盾のように立つと、"個性"を発動して、重力で向かってくる大小無数の瓦礫を落としていく。

 瓦礫はシンリンカムイの方にも飛んできた。

 彼は根を枝分かれさせ、救助者二人を守りながら、跳ぶように避ける。

「精神の話はよして、現実の話をしよう」

 筋骨発条バネバネ化、瞬発力×4、膂力増強×3、増殖、肥大化、鋲、エアウォーク、槍骨……。

「今までのような衝撃波では、体力を削るだけで確実性がない」

 音を立て、オール・フォー・ワンの左腕は異様に変形していく。

「確実に殺す為に、今の僕が掛け合わせられる最高・最適の"個性"たちで」

 君を殴る。

 オール・フォー・ワンの左腕は、自身の身の丈ほどの大きさになった。
 何本もの腕や筋肉が合わさり、剥き出しの槍のように発達した骨に、金属の鋲が表面を飾る。

 まさしくそれは、ただ殴ることに特化させた腕だった。

(先程、手を合わせてようやく確信得たよ、オールマイト)

 オール・フォー・ワンはオールマイトに向かって急降下する。

(君の中にもうワン・フォー・オールはない。君が今使っているのは余韻……残りカス……譲渡した後の残り火だ)

 そして、その火は使う度に弱まっている……。もはや、吹かずとも消え行く弱々しい光……

「緑谷出久」

 ぶつかる直前、オール・フォー・ワンはオールマイトに言った。

「譲渡先は彼だろう?」

 オールマイトは何も答えない。

「資格も無しに来てしまって……まるで制御出来てないじゃないか。存分に悔いて死ぬといいよ、オールマイト」

 ただ、迎え撃つだけだ。

「先生としても、君の負けだ」

 最後にオール・フォー・ワンは言った。

 今までで、最大級の破壊力。
 まるで、隕石が落ちたような衝撃。

 "衝撃反転"と、オール・フォー・ワンは"個性"を使う。

 君の放った力は全て君に返って――……

「そうだよ」
「!?」
「先生として……叱らなきゃ……いかんのだよ!」

 オール・フォー・ワンの拳を受け止めたオールマイトの腕は、骨が折れ、筋肉が千切れていく。

「私が、叱らなきゃいかんのだよ!!!」
「……なる程。醜い」


 吹かずとも消え行く――……弱々しい残り火。

 抗っているのか。
 役目を全うするまで絶えぬよう。
 必死で抗っているのか。


 ――……


 血を吐き、歯を噛みしめる。
 足を踏ん張り、踏みとどまる。
 痛みはすでに、どこかに置いてきた。

『限界だーって感じたら思い出せ』

 その声がまた一歩、オールマイトに力を与え、彼は前に踏み込む。

 "象徴"としてだけではない……!お師匠が私にしてくれたように……


『"個性"のない人間でも、あなたみたいになれますか?』


 私も、彼を育てるそれまでは――、


「そこまで醜く抗っていたとは……誤算だった」


 まだ、死ねんのだ!!!!


「――っ!!」

 オールマイトの渾身の一撃が、オール・フォー・ワンに叩き込まれた。

『正面からはまず有効打にならん!虚をつくしかねえ』

 グラントリノは気づく。

(最後の一振り……!右腕のパワーを左腕に……!右腕を囮に使った!)

 だが――……!

「らしくない、小細工だ。誰の影響かな」

 オール・フォー・ワンは、左腕だけではなく、右腕も肥大化させていった。

「浅い」

 見据えるオールマイトの目は青く。

「そりゃア……」
「!」
「腰が、入ってなかったからな!!!」

 囮にしたその右腕を振り上げる――!


 ……――その瞬間、オールマイトは光を見た気がした。

 走る七色の光が近づいてくる度に、それは輝きを増していく。

 ……ああ、これが。

『何人もの人が、その力を次へと託してきたんだよ』
『皆の為になりますようにと……一つの希望となりますようにと』
『次は、おまえの番だ』


 ――頑張ろうな、俊典。


 オールマイトは叫んだ。

 心の底から。喉がはち切れんばかりの雄叫びを。
 最後の残り火を燃やし尽くす。

(さらばだ、オール・フォー・ワン)


 さらばだ――


「UNITED STATESOF」――SMASH


 ワン・フォー・ オール。


 オールマイトの拳が、オール・フォー・ワンを地面に叩き込む。

 その瞬間、激震が走り、爆発した。

 爆発だけにはおさまらず、超パワーは竜巻となって放たれる。

 気流に巻き込まれそうになる飛行機。

 ヒーローたちは、各々がとどまるので背一杯だった。


「――!!」ああ……

 飛ばされたグラントリノが、起き上がり、目を見開く。
 辛うじてオールマイトは立っているが、その口かは血がぽたりと落ちた。
 それでも、彼は……ゆっくりと。
 グラントリノの口角も、それに合わせて。


 勝利のスタンティング――!!!


 そこには力強く、腕を上げるオールマイトの姿があった。
 その姿を目にした瞬間、わああといたる所から歓声が湧き起こる。


「「オールマイトォ!!」」


 皆が、No.1ヒーローの名前を呼んだ。


ヴィランは――……動かず!!勝利!!オールマイト!!勝利のスタンディングです!!!』


 報道ヘリから、興奮の抑えきれない声でリポーターが実況する。

「な……!今は無理せずに――……」

 身を案じるエッジショットの言葉に、グラントリノが静かに遮る。

「させて……やってくれ」

『この国には今、"柱"がないんだって。だから、自分がその"柱"になるんだって』

「……仕事中だ」

 平和の象徴。No.1ヒーローとしと、最後の――。

 最後は、マッスルフォームになって、オールマイトは手を高く上げる。その姿を、グラントリノは滲む視界で、目に焼き付けていた。


 夜が、明ける――。
 終わりと始まりのような朝だった。


「この下!二人います!!あっちにも!」
「了解!急げ!」

 ――町では救助活動が逼迫しており、ウワバミの指示に、他のヒーローたちが急いで駆け寄る。

「オールマイトの交戦中も、ヒーローによる救助活動が続けられておりましたが、死傷者はかなりの数になると予想されます……!!」

 寝ずに活動するヒーローや警察の姿を、報道機関の彼らも、休むことなく報じていた。

「元凶となったヴィランは今……あっ今!!移動牢メイデンに入れられようとしています!オールマイトらによる厳戒体制の中、今……!」


 報道カメラを向けられ、トゥルーフォームのオールマイトは……――。


「こちらでも毛布配布しておりまーす!」
「電車動きません!!あちらで介抱施設の案内を行っています。立ち止まらずゆっくり……」

 街の混乱も人々の興奮も収まらないなか、出久たちも立ち往生していた。

「身動きがとれんな……轟くん、八百万くんらと合流したいが……」
「とりあえず、動こうぜ。爆豪のこと、ヒーローたちに報告しなきゃいけねーだろ」
「ん……」

 ゆっくりと彼らは歩き始める。

『次は』

 ――その時。大型ビジョンからオールマイトの声が聞こえて、出久たちは足を止める。


『君だ』


 振り返り、見上げると――画面にはこちらに向けて、まっすぐと指差すオールマイトの姿が映っていた。


「オールマイト……」
「やっぱすげえよあんた……!!」
「おお……おおお!!」


 再び湧き起こる歓声の中、出久はただ一人、その裏に隠された彼からのメッセージを受け取っていた。


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