「安吾さん、安心して。安吾さんの選択は間違ってないって……私が、私の生き方で証明してみせるから」
***
横浜の街を見下ろす丘の上、緑の茂った山道のただ中に、海の見える墓地がある。
二つの墓標に刻まれた名前は、父と母の名前だ。
色鮮やかな花束をその前に供える。蝉時雨が遠くに聞こえるなか、目を瞑り、そっと手を合わせた。
しばらくしてから、背を向け、歩き始める。
海風が吹いて、まるで私の背中を押してくれるようだった。
「じゃあ、太宰さん」
待っていてくれた太宰さんを、まっすぐ見上げる。
「私に、"個性"について教えて下さい」
『ちゃんと二人の"個性"を扱いたい。私に、"個性"について教えて下さい』
あの時と同じ言葉を――。
リ・スタートだ。
「君の"個性"は……」
太宰さんが口を開く。
「知っての通り、発動するのに使う器官は脳だ」
そのため、"個性"を使いすぎて起こる反動は脳による目眩で、さらに限界が越えるとブラックアウトだ。
「厳密に言うと、脳のどの部分を使っているか分かるかい?」
「どの部分……」
「思い出してごらん。君の"個性"は、"複合個性"だ」
"複合個性"――二つの能力が使える一つの"個性"。
それは焦凍くんと一緒で………
「あ!」
閃いて、弾かれたように声を上げた。
「もしかして……右脳と左脳ですか?」
「正解」
……そっか。焦凍くんが右と左で違うように、私もそうだったんだ。
「今まで全然気づきませんでした……」
「脳の成長は一般的に20代前半で完成するという。私があまり負荷をかけたくないと言ったのはそれさ。徐々に段階を踏んで教えていくはずが、とんだ邪魔が入ったもんだよ」
肩を竦める太宰さん。とんだ邪魔とはオール・フォー・ワンの事だろう。
「私の脳ってそんなにすごいんですか?」
自分では実感がない。だって、太宰さんのような超人的思考もできなければ、乱歩さんみたいに超推理もできない。
「その受け継いだ"個性"を使えるのが答えさ。理世」
紛れもなく、君は"天才"だよ――太宰さんは微笑み言う。
「私や乱歩さんとはまた違ったね」
父の"個性"の空間転移は「右脳」を。
母の"個性"の座標移動は「左脳」を。
「君は右脳左脳、どちらの機能も最大に使うことが出来る。つまり、脳を使う"個性"では最大限に能力を引き出せる可能性があるってことだ」
「それって、両親からの遺伝……?」
「それもあるだろうね。理世のご両親も"個性"を使いこなして、常人よりもそれぞれ脳が発達していただろうから」
その話に、私は両親から受け継いだのは、"個性"だけじゃなかったんだと知った。
「二つの能力を融合させて"個性"を使うなんて、規格外なことを出来るのはその脳がある大前提なのだよ」
「なるほど……」
「君が体力がないのは、その分のエネルギーがすべて脳にいってるからだろうね」
「あぁっ納得です!私も変だと思ってたんです!私は根っからの頭脳派人間だったんですね!」
「運動神経は関係ないと思うよ?」
「………………」
「こうして……夏でも手が冷たいのも、同じ理由さ」
太宰さんは私の手を取った。ただの末端冷え性だと思っていたけど、血液が脳に多く巡るため、指先の血流が悪いらしい。
「さて、本題に入ろうか。君がやるべきことは二つ」
一つ目。
「今後、"個性"を使うときは右脳と左脳の特性に沿った方法で使うこと。これだけで"個性"の反動がぐっと減るはず」
「右脳左脳の特性……」
確か、右脳なら想像力や空間の把握力……左脳なら計算力や数的処理……とかだっけ。
「触れないでテレポートは、目に見えている感覚を使って。触れてテレポートは、距離を計算して使う……みたいな?」
「簡単に言うとそうだね」
今までは右脳の能力を左脳で使ってたり、逆もまたしかりで反動が大きかったらしい。
焦凍くんが右から炎を出せたとしたら、と考えると分かりやすい。
右腕は耐性がなく、火傷してしまうだろう。ちなみに私がそれを出来ていたのは、これもその私の脳の特性によるものらしい。
「理世の脳ならどっちかがだめになっても、もう片方が代わりを担ってくれるだろうから安心だね」
「だめにはなりたくないです……」
……そんな感じに。片方が代わりを務めて使っていたらしいから、そりゃあ負担は大きいだろうなと思った。
それはそうと。
「あの、太宰さん」
「ん?」
「もうちょっと今の話、早く教えてもらいたかったです」
せめて、右脳左脳で"個性"を使っているぐらいは……!
「理世はいつ気づくかなあと思ってね。ほら、自分で気づかないと脳に良い刺激は与えられないし」
アハ効果的な……?
「さて、やるべきことの二つ目は、脳の認識を書き換えることだ」
「認識を書き換える……?」
その言葉に首を傾げる。
「たとえば、この小石をテレポートさせることは簡単にできるだろう?」
「はい」
触れても触れなくても、どっちでも簡単にできる。
「じゃあ、あの船をテレポートさせることは?」
「それは無理ですね〜」
太宰さんが指を指したのは、遠くに見える客船だ。
「それは何故?」
「だって、あんな大きくて重いの……」
「それだよ、理世」
「?」
「本来ならその"個性"に、距離、質量など関係ない。ただ、自分で限界値を思い込んで、脳が自動的にストップをかけているだけなのだよ。君があの船をテレポートできると本気で思えば、今すぐにでも簡単にできる」
「……!?」
もちろんキャパはあるらしいけど、それはあくまでも"個性"を使った労力で、5sの物と50sの物をテレポートさせても、脳の疲労度は変わらないという。
ただ、自分自身が重い物や距離があると負担が大きいと思い込んで、脳がその通りに動いているだけだと。
……衝撃過ぎる。天地がひっくり返るという言葉は、今が使いどころだと思う。
「だが、今までそう思い込んでいたのは決して悪いことじゃない。"個性"がコントロールできないうちは、制限がないと危険に繋がる可能性があるからね」
確かに……お母さんから「今の理世がテレポート出来るのはこれくらいの距離ね」とか、そんな風に教えられた気がする。
「ちなみに、今まで普段はできないことが、ピンチになった時は成功したことはなかったかい?」
「あ、あります」
思えば、職場体験で車のテレポートや、ステイン戦で焦凍くんに投げられたナイフを転移させた時とか……。
それこそ……"個性"を暴走させた時だ。
「それは意識のストッパーが外れたからだよ。無我夢中だったからと言ってもいい」
距離も、重さも、大きさも。ただ、無意識に制限をかけて、限界値を思い込んで作っていただけ。
「脳の認識を変えるんだ――今までの常識も制限もすべて書き換えて」
――"君だけの世界"を創れ。
「……私だけの、世界を」
地球の裏側にテレポートだって。本気でできると、信じればそれも可能――……
「無理ですね!」
あは〜と笑って答えた。十何年間凝り固まった常識を、今さら変えるなんて並大抵の事じゃない。
自分で自分を洗脳するぐらいじゃないと。
「でも、少しずつなら可能かも……?結局は、徐々に出来るようになっていく方が遠回りでも一番の近道そう」
「ふふ、難しく考える必要もない。案外、人の認識なんて脆いものだよ?」
例えば――と、太宰さんは話す。
「自分自身や他人をテレポートさせる時に、服も一緒にテレポートするのは君がそれも体の延長線で、一部だと認識しているからだ」
「あ、なるほど……」
「そこで、服は別物だと認識を変えたらすっぽんぽんでテレポートできる」
「……………………」
「服は、別物だと……」
「太宰さん変なこと植え付けないでっ!」
お、恐ろしい……!それで私がすっぽんぽんでテレポートするようになったらどうしてくれるの、太宰さん!笑っているけど!
「……でも、これでまた、一から"個性"と向き合ってみます。ありがとうございます、太宰さん!」
両親から受け継いだ私の"個性"は、私にしか使いこなせないから。
この"個性"で、私は私の目指すヒーローになりたい。
「……怖くはないのかい?」
「怖い?」
「ヒーローを目指せば、敵連合とまた対峙するかも知れない。君の"個性"や、脳の秘密を嗅ぎ付けて、狙う別の敵が現れるかも知れない」
「…………」
……確かに。怖くはないと言えば、それは嘘になる。ヒーローになればそれだけ、危険や敵の目に晒されるかも知れない。
でも、
「大丈夫です。だって――」
『いいか、理世。お父さんの言うことをよく聞くんだ……。可愛い子は狙われるから気を付けろ!』
『うんっ』
「私、小さい頃からお父さんにそう言われて育ってきましたから」
私が狙われるのは元から当前なのだ。
そう考えれば、どうって事ない。
「君のお父さんは素晴らしいね」
「そりゃあ私のお父さんですから」
……それに、私は一人じゃない。
「それにしても、理世とこうして気軽に会えなくなるのは寂しいねえ」
「私だって寂しいですよ。横浜を離れるのも。でも、安吾さんとも話し合って決めたので……」
……――というのも。私の入院中に、全寮制導入検討のお知らせが郵送されていたらしい。
そして。
今日はこの後、それについての家庭訪問があった。
「……結月少女、ちゃんとご飯は食べられているかい?」
「はい、今は大丈夫です。少しずつ、体重と体力を戻しているところで」
安吾さんの隣に腰掛け、テーブルを挟んで座るオールマイト先生と相澤先生を向き合う。
二人とも、私を見て同じように心配そうな顔をした。
これでも、以前よりずっと顔色は良くなったし、元気になったから安心してほしい。
「まあ、こんなガイコツみたいな姿の私に言われてもって感じだよね!」
ハハハと一人笑うオールマイト先生に「面白くないですよ、オールマイトさん」と、相澤先生がぽつりと横で呟いた。
痩せこけた姿のオールマイト先生は、何度か見かけた事がある、あの職員の人だった。
こっちの姿が本当で、今までは無理していたらしい。
「事前にお知らせした雄英の全寮制の件です」
普段の淡々としたものではなくて、真剣な口調で相澤先生は話を切り出した。
そんな先生も、無精髭は剃って(若干剃り残しはあるけど)伸ばしっぱなしの髪はハーフアップに纏めている。
……とても新鮮。
「理世と相談して、寮に入居すると決めております」
安吾さんの言葉に、相澤先生は少し驚いているようだ。
「我々としてはありがたいですが、もっと難色されるかと……」
「そうですね。そのことは……」
安吾さんに促されて、私は口を開く。
「私は……」
ちゃんと自分の言葉で伝えたい。
「ヒーローになります」
それは、自分の意思で決めたことだから。
「最初は……安吾さんと離れるのも、横浜の地から離れるも戸惑いました。私が一番安心できるのは、ここですから」
「……結月少女……」
武装探偵社の人たち、グラヴィティハットのヒーローたち――いつも騒がしいこの街で、私は育った。
「でも、私は雄英の先生たちも信頼してます。必要と感じての寮なら、私も入居します」
本当の姿を晒しながら、あの凶悪を……ワン・フォー・オールを倒してくれたオールマイト先生の勇姿を見て――
『彼女自身も同様です。素質……という言葉はあまり使いたくないですが、彼女は純粋なヒーロー精神を持っています。敵にどんな言葉を投げ掛けられても、決して揺るぎはしないでしょう』
相澤先生の会見での言葉を聞いて……
二人に、胸を打たれたから。
「私はこれからも、先生たちから学びたいです」
「……!」
プロへの道も、それ以外のことも。世間は雄英の安全対策に批判が飛び交ったけど、私は自分の目で見て、感じた事を信じる。
「……私が一番に考えるのは、理世の身の安全です。それが保証されるなら、彼女の意思に従うまでです」
「もちろんです」
安吾さんの言葉に、すぐさま相澤先生とオールマイト先生はそろって頭を下げた。
「結月、何も外出許可が出ないわけじゃない。日曜、祝日はここに帰って来るといい」
相澤先生の言葉に良かったぁと笑う。
「いつかは自立しなきゃなって思ってたけど、安吾さんと家族になれたのに……離れるのはやっぱり寂しいですから……」
安吾さんとこの家は第二の私の故、郷……
「安吾くん……っ!本当に君はっ良いお嬢さんを持ったな……!!」くぅ……!
「私には過ぎたる子です……!」
「!?」
二人とも、泣いてる……!
苦笑いをして相澤先生を見ると……
「……。相澤先生?」
「……なんだ」
「今、目頭押さえて、もしかして泣いてました?」
「泣いてねえ。俺はドライアイだ」
いや、知ってますけど。(でも、ちょっとうるっとしてたような……)
「……結月少女は立派だな。辛い目にあっても、そこから立ち上がり、ヒーローを目指すことはなかなかできない。その強さに、きっとこれから多くの人が救われるだろう」
家庭訪問も終わり、玄関まで二人をお見送りする。
「私がこうしていられるのは、周りの人たちのおかげですから」
ずっと、今まで守ってくれた安吾さんはもちろん――。
救けに来てくれた、太宰さんや敦くんに龍くん。つきっきりで目が覚めるまで、側にいてくれた鏡花ちゃん。私が目覚めて、泣きながら喜んでくれた深月ちゃん。皆で千羽鶴を折ってくれた、織田作さんとこの子供たち。
迷った時は導いてくれる乱歩さん。
背中を押してくれたピクシーボブ。
武装探偵社の皆、雄英の皆――。
他にも数えきれない人たちに、助けられ、支えられ、ここまで来た。
「だから今度は、私が返す番です」
私自身が、救う側になって――。
「それに……オールマイト先生にそっくりな人が、一緒に目指そうと言ってくれたので……私は頑張れます」
思い出して、にっこり笑う。
「これから……また、忙しくなりますね」
「うん!」
――先生たちを見送った後、安吾さんのその言葉に大きく頷いた。まず体力を戻して、引っ越しの準備もしないと。
時間は有限、立ち止まっていた時間を取り戻さなくちゃ。
***
「ちょっ、ちょっと相澤くん、電話をさせてもらっていいかい?すぐ終わるから!」
「?はあ……」
「…………あ、緑谷少年かい?」
『オールマイト?何かあったんですか?』
「君……もしかして結月少女とできてる?」
『はい?……えっ、えええーー!!できっ……でっ!?』
***
――それから数日後。
「……理世ちゃん、どうしてるかな……。相澤先生も詳しく教えてくれんし……」
「意識は取り戻したと聞きましたが……。昏睡状態だったということは、もしかしたら後遺症などで、まだ復帰に時間がかかるかも知れませんわ」
「戻ってくるかも分かんねえよな……」
「ちょっと縁起でもないこと言わないでよ、上鳴!」
「俺だって嫌だぜ!?……でもさ、酷い目に合わされたんだろ?それなのに、ヒーローを目指すってのも酷っつうか……」
「………………」
「でも、結月もそろって全員いないと1−Aじゃないよ!アタシ、これからも結月と一緒にヒーロー目指したいよ……っ」
「……そうですわね。私も一緒の気持ちですわ」
「僕もだ……。いや、結月くんが心配で、戻って来てほしいのは皆同じ気持ちだな……」
「みんな、私がいなくて寂しい?」
「そんなの当前じゃない、か……」
……………………!!!?
「へぇ〜広くて綺麗な寮だね!」
――新築のにおいがする室内を見渡す。
一階は共同スペースで、食堂やお風呂、洗濯はこの階にあるらしい。中庭もあって、ホテルみたいだ。さすが雄英クオリティー
「は……?」
「え……?」
突然、テレポートで現れた私に、皆は目を見開き、驚愕に見つめて固まっている。
「やだなぁ。そんな幽霊を見るような目で。私、ちゃんと生きてるよぉ」
ほら、足もちゃんとあるしね?
「「結月/さん/くんーーー!!!」」
「「理世/ちゃん/さん!!!」」
一斉に、皆が私の名前を呼んだ。
「本物の理世ちゃんあああん!?」
「!?お茶っ子ちゃんんん!?」
「驚きのあまり麗日くんの目が飛び出してるぞ――!――!――!?」
「押し込め押し込め!!」
え、押し込んだら元に戻った……!?
いやいやいや、どうなってるのお茶子ちゃんの目!!
「結月ーーーー!!!」
「理世さん……っ!良かったですわ!!」
「嬉しいけど、二人とも苦しい……!」
主に百ちんの……!他にも集まってくる皆に、ふとでっくんと目が合えば、でっくんも微笑み返してくれる。
「結月〜〜!!心配かけやがって……!!オイラにも三人のオッパイ押しくらまんじゅうに混ぜろーーー!!!」
「相変わらずのセクハラっぷりで安心したよ峰田くんッ!!」
「コラ峰田!どさくさに紛れて飛び込むな!!」
瀬呂くんのテープが峰田くんに巻き付いて阻止してくれた。さすが瀬呂くん、良い仕事するぅ!
「もう理世……驚かさないでよ……!本当に心配したんだからぁ」
「!耳郎も泣くんだな……」
「泣いてないよバカぁ〜!」
「そーだよ!理世ちゃん!良かったよぅ」
「葉隠さんも泣いてる……!?」
耳郎ちゃんだけでなく、驚く尾白くんの視線の先には、透ちゃんの顔があると思われる空間から涙が溢れていた。
「皆さんには多大なるご心配をお掛けしたから、これぐらいのサプライズはしなくちゃな〜って」
「とんだサプライズだよ、まったく」
「ははっ、結月らしいな!」
「だな!そういうところも好きだぜ、俺」
苦笑いする瀬呂くんと、満面な笑みで笑い返してくれる切島くんに、調子の良い上鳴くん。
皆、変わりなさそうだ。
「まったく!君って子は!!喜ばしきことだが!!麗日くんの目玉は飛び出し、僕の心臓も口から飛び出すところだったんぞ、結月くん!!!」
泣きながらカクカク手を激しく動かして、いつにも増して忙しい天哉くんだ。
「でも、飛び出さなかったんでしょ?心臓が口から飛び出す天哉くん見たかったな〜」
想像して笑う。絶対面白い。
「ふっ……さすが、神出鬼没のテレポートガール。……無事で何よりだ、結月」
「これからもよろしくナ!」
「ああ、元気そうで良かった」
「……うん、うん…!」
「フフ、サプライズなら、僕も負けないよ?」
常闇くんにダークショドウに、障子くんと口田くん。そして、相変わらず謎な青山くん。
「結月さん、元気そうだけど体調はもう大丈夫なのか?」
「うん!この通りもう大丈夫!」
気遣う尾白くんの言葉に、元気よく答えた。
「でも、ちょっと痩せたんじゃないか?俺のスイーツをいっぱい食ってくれ!」
「食べたい!」
これからは皆で一緒に生活するから、砂藤くんのスイーツを気軽に食べられるのは嬉しいな。
「……本当に、理世ちゃんが戻って来てくれて嬉しいわ」
梅雨ちゃんが涙を拭いながら言った。
そこであっと、私は思い出す。
「梅雨ちゃん、ごめん。私、梅雨ちゃんが手に巻いてくれたハンカチを失くしちゃったんだ」
「そんなこといいのよ」
梅雨ちゃんは首を横に振る。
「おかえりなさい、理世ちゃん」
「――……っ」
そして、皆が暖かく笑う。
「おかえり、結月」
「遅えーんだよ」
焦凍くんも微笑んでいて、爆豪くんの姿もあって。
「おかえり、結月さん!」
満面な笑みのでっくんに続くように、次々と皆の口から「おかえり!」という言葉が飛び交った。
――もう、泣かないと決めたのになぁ。
「……っただいま!」
嬉し涙だから、いっか。
「!?お、おぉい轟!なに結月の涙を拭ぐって……!!」
「結月に借りたハンカチだ」
「ずっと持ってたんだね、焦凍くん」
「……返せなかったらどうしようかと考えてた」
「そういえば……緑谷くんは結月くんの登場にあまり驚いてないようだったな」
「へ!?」
「もしかして、デクくん……」
「あっ、いやっ……その……!」
「……っは!最近、スマホ見てデレデレしてた相手は結月だったのか!?」
「あの時のはぐらかしかたおかしかったものね、緑谷ちゃん」
「デクくん、抜け駆けずるいや!!」
「抜け駆け!?」
「でっくんにはみんなを驚かせたいって内緒にしてもらってて……」
「その前になんで緑谷だけ結月とこっそりやり取りしてたか尋問しようぜ」
「ち、違うんだよっ上鳴くん!」これにはワケが!!
――楽しげな皆の笑い声が響く。
「あっじゃあさ!結月にも部屋王決めてもらわね!?」
「切島ナイスアイデア!男子女子関係なく!結月賞だー!」
「部屋王?」
「俺たち、初日に部屋の披露会してさ。その流れで投票して部屋王を決めたんだよ」
「その時はケーキにつられて砂藤が優勝」
「おう!」
「あはは、面白そう!」
――私は、この場所が、
「理世ちゃん、部屋の片付けって終わったん?」
「荷物は事前に入れてもらってたんだけど、片付けはこれから」
「オイラ、手伝ってやるよ」
「私の部屋、男子禁制だから」
「「え〜〜〜〜」」ぶーぶー
「あんたたち……」
「男子の方々は放っておいて、私たちで理世さんのお片付けをお手伝いしましょう」
「「おーー!!」」
「ありがとう!」
この暖かい世界が。
みんなが――大好きなんだ。