結月理世:オリジン

 対岸の火だと思っていた出来事が、自分の身に起こるなんて、その時にならないと誰にも分からない。


 ――横浜、某所の葬式会場。

 黒い服を着た者たちは、皆同じように悲しみの表情を浮かべている。

 能面みたいだ――理世はその光景をただ眺めていた。

 その本心が別にある事を知っている。齢10歳の少女とはいえ、大人たちが思っている以上に見聞きし、理解していた。


「……結月さんご夫婦、ただの事故死じゃなくて自身の"個性"の暴発で亡くなったそうじゃない……」
「……他人を巻き込まなかったのが不幸中の幸いよね……」
「……親族の方は同じ"個性"を引き継いでる、理世ちゃんの引き取りを拒んでるらしいわよ。可哀想な話よね……」
「……そうなの?じゃあそういう保護施設に行くのかしら……」


 ――他人事の言葉たちは、まるでネットに書き込まれた無責任な言葉のように、理世の脳裏にこびりついていく。

 言葉は、時に凶器だ。

 理世は葬式会場を飛び出した。誰も両親の死を悲しんでなどいない。
 自分だけが……この世界で自分一人だけが悲しんで、孤独のように感じた。

(ひとりだけ……ひとりだけいた)

 本当に悲しんでくれた人。
 あの人は確か――……


 行く宛もなく、やがてたどり着いた場所は、鶴見川。橋の上からその流れを眺める。

「………………」
「この程度の高さから飛び降りても死なないよ」
「……!」

 突然そう声をかけられ、理世は驚きに振り返った。

「そんなことしても、君が行きたい場所には行けない」
「……だれ」

 そこには、少年と見間違えそうな青年が立っている。暗い目は、彼を睨んだ。ぎゅっと橋の手すりを掴む。
 少女が警戒するのも無理はない――青年は変わった格好をしていた。

 キャスケット帽にポンチョマント、ネクタイは締めており、下は丈の短いズボンに白のハイソックス。

 一般的な青年がしている格好には程遠い。
 だが、そんな格好を常時している存在はいる。

「ヒーロー……?」

 プロヒーローたちだ。理世はこんなシャーロックホームズみたいな探偵の格好をしているヒーローは知らないが。

「僕がヒーローなんて、目立ちたがり屋の変わり者なわけないだろう?」
「…………。(ヒーローをそんな風に言う人、はじめて見た)」
「僕は江戸川乱歩!世界一の名探偵さ!」
「……………………」

 びしっと人差し指を空に指す、自称世界一の名探偵。
 理世は渾身のうさんくさい目で彼を見た。

 こういう場合はどうしたらいいか。

 理世は亡き両親から言い聞かされて、よく知っていた。
 父からは「可愛い子は狙われるから気を付けろ!」と、いかに自分が狙われやすいかという事と、母からは現実的な対処法を。

「警察に通報する」

 子供携帯を取り出して現実的対処をしようとする少女に、乱歩は「警戒心が強い子だねぇ」と、動じる事なくその様子を眺める。

「……ん。ちょうどいいや、杉本くーん!」

 乱歩が手を振るのは、警ら自転車に乗って見回りをしている警察官だ。

「あっ、乱歩さ――」
「お巡りさん!ここに怪しい人がいます!」
「えぇ!?」

 よく知る人物に返事をしようとしたところ、その言葉が被さり杉本は困惑した。
 そう叫んだ少女の指は、明らかに彼の名探偵、乱歩に向けている。

「――はは、そういうことでしたか。お嬢さん、この人は怪しい人じゃないから安心していいよ。この方は正真正銘の名探偵、江戸川乱歩さんだ」

 事情を知った杉本は、にこやかに理世に説明した。
 自分の目線に合わせるように膝を折って説明する彼を、理世はじっと見る。

「警察手帳を見せてください」
「……!?」
「疑り深い子だねぇ」
「こういうどこにでもいそうな顔立ちほど、スパイや変装に適してるって聞いたことがある」
「(つまり僕はモブ顔ってこと……!?)」

 杉本は少しショックを受けながら、見せて納得するなら、と警察手帳を取り出す。

「はい、どうぞ……って、ちょっと!」

 理世はその手帳を素早く掠め取ると、太陽光に照らすように眺めた。
 手帳にあるホログラムで本物かどうか確認しているのだ――。
「……ほんものだ」
 やがてぽつりと呟いて、何故か残念そうな顔で杉本に返す。

「え、乱歩さん。この女の子、何者ですか?」

 杉本は小声で乱歩に問う。普通――と言うには、整っている顔立ちの、美少女と呼べる小学生ぐらいの女の子だ。
 喪服を着ているのには、少々気になるが。

「ただのマセている女の子だよ。僕もさっき会ったばかりなんだけどね」
「……」

 乱歩は、理世に向かって聞こえるように言った。

「探偵なのはわかったけど、名探偵かはうたがわしい……。世界一ってよくわからないし」

 じと目で、負け惜しみのように言う理世に、乱歩はやれやれと笑う。

「僕が世界一の名探偵なのは、どんな探偵よりもすごいからだよ。架空の名探偵さえ僕に敵いっこない。シャーロックホームズ、コロンボ、金田一耕助、コナンくん……」

 次々と乱歩の口から出た偉大な名探偵の名前に、理世は「コナンくん?」と、その名前に反応を見せた。

 おやと杉本は目を瞬かせ、乱歩はにやりと笑う。

「あのコナンくんだって僕の足元には及ばないさ!」あっはっは!
「コナンくんより……!?すごい……!」


 ――え、待って。それで納得するの!?

 先ほどまで乱歩を疑わしい目で見ていた大人びた少女の目は、キラキラと尊敬の眼差しに変わろうとしている。
 杉本はぽかんとした。コナン、すごい。
 さすが映画で興収何十億を叩き出しているだけある。きっと、少女も好きなのだろう。

 そして、同時に歳相応らしい表情を見せて、杉本はほっとした。

 普通ならば純真であろう瞳は、傷つき、悲しみの行き場を失った目をしていたから。(あれは、突然の悲劇が襲った被害者の目だ……)

「……どうして、ほかの名探偵よりすごいの?」
「僕は世界最高の"個性"を持つ名探偵だからね」

 世界最高の"個性"――。

『お母さんとお父さんの"個性"が世界で一番かっこいい!わたしもいつか使いこなせるようになるかな〜』

「特別に、"迷子のような君"にこの能力を見せてあげよう」

 過去の出来事を思い出して感傷してしまった理世に、乱歩は言う。

「都心だけでなく、この横浜でも賑わしているとある事件を今から一緒に解決しに行こうか」
「え……」
「横浜でも賑わしてる……もしかして『一ツ目シール』ですか?」

 乱歩は杉本の言葉に反応はせずに、

「どうする?」

 戸惑っている理世を、その開いた緑眼で見つめて問う。

「――……いく」

 はっきりと答えた理世に、彼は満足そうに微笑んだ。

「じゃあ、杉本くんは見回りの続き頑張ってねー!」
「ええ!?そんな乱歩さん!ここまで来たら自分も気になりますよぉ!」
「名探偵に警察の手助けはいらなーい」

 良く言えば自由奔放。悪く言えば傍若無人。
 無邪気に笑う乱歩に、そんなぁと杉本はがっくりと肩を落とした。
 巷を騒がす事件を、名探偵が華麗に解決する瞬間を見られないのは残念だが、二人の背中を暖かく見送る。

 名探偵と不思議な少女。

 もしかしたら、後に大きな何かが生まれる出会いかも知れない――。


 ***


『一ツ目シール』

 それは突如都内のいたる場所に貼られたシールのことだ。何故、ただのシールが世間を騒がす事件までになったのか。
 一番の理由は、そのシールのデザインにあるだろう。

 描かれているのは「一つの目」だけ。

 デッサンのようにリアルな目は、女性とも男性ともいえず、目にした者の感想は……

 "実際に人に見られているような視線を感じる"

 奇妙さと不気味さ。そして、そのシールが貼られる理由が見当もつかないため、瞬く間にオカルト話のように世間に広まった。
 
 そして、謎を深めるのは、シールはあらゆる場所に貼られていた。

 壁や電柱、ガードレールはもちろん、ポストや看板にまで。そこに規則性はない。
 そして、シールはいたる所で見つかっているのに、貼っている人物の目撃談が一切ないこと。

 監視カメラでさえ、犯人の姿は捉えられていない。

『どっかのイラストレーターのプロモーションの一環じゃね?』
ヴィランによる暗号じゃない?』
『何かの"個性"の呪いかも』
『いや、むしろ結界とか……』

 様々な憶測がネットに飛び交ったが、謎は謎のまま。
 理世もそのシールは、ニュースで見て知っていたが、この横浜にも貼られていたとはびっくりだ。
 
「そういえば、君、名前は?」

 歩きながら乱歩は、理世に尋ねた。

「……結月、理世」

 愛想はないが、少女は素直に名前を教えた。

「じゃあ、理世。目的のシールは、あれだ――」

 乱歩はビルの壁を指差した。そこにはテレビで見たのと同じように、一ツ目のシールが貼られている。
 シール自体はそれほど大きくはないし、一見地味だが、直接目にすると確かに不気味だ。

「………………」

 その目は、じっとこちらを観察するように見ている――そう理世は感じた。
 少し居心地悪くなっていると、隣で乱歩が口を開く。

「僕の"個性"名は《超推理》」
「超推理……」
「一度経始すれば事件の真相が判る"個性"さ」
「?……見ただけで謎が解けちゃうってこと?」
「そういうこと」

 驚く理世の言葉に、乱歩は自信満々に答えた。すごい"個性"だと、理世は素直に感心して彼を見る。

 探偵の基本は、まず情報収集だ。

 その過程を吹っ飛ばして事件を解決してしまうのだから、確かに他の名探偵の群を抜く。

「それは?」

 乱歩がポケットから取り出したのは、どこにでもある黒縁眼鏡だ。

「これは社長からもらった大事な眼鏡なんだ」
「(社長……?)」
「"個性"を発動する条件は、この眼鏡をかけること」

 そう言って、乱歩は眼鏡をかけた。

 超推理――乱歩の頭の中で、目にしたさまざまな情報から、そこから予測される全ての事柄まで駆け巡る。やがて、それは真相となって神の啓示の如く頭に浮かぶのだ。

「……………………なるほど」

 硝子の内で鋭い目をして、乱歩は呟いた。理世はごくり、と息を呑む。

「この目は右でも左でもなく、第三の目サードアイを現していたんだ」
「第三の目……?」

 おでこについてる目の事だろうか。理世が想像していると「理世」名前を呼ばれた。

「犯人を捕まえに行くよ!」
「え、犯人!?」
「このシールを貼ったヴィランは、この横浜にいる」

 ヴィラン?今度はヴィランって言った!?

「これは、シールを貼ることが目的ではなく手段だ。身勝手なヴィランが、まるで自身が神になって天誅を下す為の――……」


 理世は何がなんだか分からなかったが、乱歩の後を追いかける。

 
 ……――横浜の郊外から外れた雑居ビルに、一人の男がいた。

 長髪に、中性的な外見。白を基調とした服に身を包み、自身が描いた一ツ目のシールを手に取り、うっとりと眺めている。

 色のない薄い唇が言葉を呟く。

「小さな芽のうちに摘んでおかないとだめなんだ……。育ってからじゃ遅いんだ……。黒は、どんどん周りを染めるから……」
「――それにしては君のやり方は横暴過ぎるよ」

 無機質な室内に響いた声に「誰っ?」と彼は――ヴィランは振り向いた。
 ヒーロー?と一瞬思ったが、どうも違うようだ。
 妙な格好を青年と少女の二人組だ。

「この名探偵がいる横浜で事を起こしたのが、君の最大のミスだね!その一ツ目シールとは別に、もう一つ世間を騒がしている事件がある」
「………………」
「無差別連続殺人事件の犯人は――君だ」

 乱歩はヴィランに指を差し、告げた。

 殺人者――理世は驚愕の目でヴィランを見る。ヴィランは否定も肯定もしない代わりに、薄い笑みを浮かべていた。

「君の"個性"は《サードアイ》目を通じて相手の感情を見ることができる。君はそのシールを"目"とし、町行く人の感情を見ていた」
「……フフ。すごいね、横浜の探偵は。そんなことまで分かっちゃうなんて」

 笑みを浮かべて話すヴィランに、乱歩は「探偵じゃない。名探偵だ」と、訂正する。

「じゃあ、僕が何の感情を見ていたか分かる?名探偵さん」
「悪意だろう?」

 乱歩はまっすぐと突きつけるように言った。
「悪意……?」
 隣で理世が不可解そうに呟く。

「そうだよ……」

 嬉しそうに目を細めて、ヴィランは答えた。

「人の心に生まれた悪意を見つめてたんだ。人は、愚かな生き物だからね。その生まれた悪意の芽は最初は小さくても、どんどん育ててしまう。やがて、それは善良な人々を傷つける犯罪となって、この世界の平和と秩序を脅かす……」

 両手を広げ、演説するようにヴィランは話す。
 理世はこの時点で、彼に対して嫌悪感でいっぱいになった。

「だから、僕はそんな悪意の芽を生み出した人間たちを、粛清していったんだ。小さな芽のうちに摘んでおかないと……。育ってからじゃ、もう遅いからね」

 優越感に浸るような声だった。まるで、自分が神にでもなったつもりのようだ。
 乱歩が言っていた、言葉の意味が分かった。

「まだ、罪も犯してない人をころすなんておかしい……!」

 理世の口から吐き出された言葉に、ヴィランは反応した。

 ゆっくり、彼女に視線を向ける。

「君の心も見させてもらったよ」
「っ!」
「可哀想に……。世界を恨んでいるんだね。何故、両親は自分を置いていったのか……。何故、優しい両親は死んで、酷い言葉を垂れる人間たちが生きているのか……。代わりに、この人達が死ねばよかったのに――」
「ちがう!そんな風におもってないッ!」

 理世は叫んだ。咄嗟に否定したが、本当に自分がそう思っていないか自信はなかった。

 自分でも、気づかない心の底で――

「安心しなよ。君はそんな子じゃないって、僕が保証する」

 動揺する理世に、乱歩が静かに言った。
 そして、再びヴィランに向き合い……

「あー!やだやだ!馬鹿なヴィランが中途半端な"個性"を持つとろくなことにならないね!」

 いきなり場違いな声で話し始めた乱歩に、理世はきょとんとする。
 対して、不快そうにヴィランはその表情を歪ませた。

「君程度の"個性"で、人の心を推し量れるわけがないよねぇ。ましてや粛清とか、馬鹿馬鹿しいたらありゃしない!」
「………………」
「納得がいかないって顔だね?だって、そうだろう。感情が生まれては消えていくのが人間だ。悪意自体は罪じゃない。それを他者に向けるのが罪だ」

 乱歩の言葉に、今度はヴィランが口を開く。

「君は何でも分かっているという顔で言うんだね。少し、不快な気持ちになったよ」
「だって、君の"個性"と違って僕は何でも分かるからね。僕の世界最高の"個性"なら――!」

 突然、ヴィランは声を上げて笑い出した。

「ここまで傲慢な人間は初めて見たよ!」
「じゃあ、証拠を見せてあげよう。君の左手には銃を隠し持っている」
「!」

 乱歩の言葉に、理世はヴィランの左手に注目する。
 隠す必要がなくなったヴィランは、左手を上げた。

 銃口は――

「だが、その弾は決して僕に当たらない」
「……!!」

 乱歩の言葉が終わるや否や、その場に銃声が響いた

「……!?」

 ……――消えた?

 目の前にいた二人の姿が、一瞬で。

「ほらね」

 少し離れた場所に二人はいた。乱歩に抱きつくような形になっていた理世は、驚きながら顔を上げる。

 自分一人で"飛ぶ"ことはできても、誰かと一緒に"飛ぶ"ことは初めてだった。

 今、助けようと必死だった。

 結月理世の"個性"は《テレポート》

 それは両親から受け継いだ、希少とも言われる空間移動系の"個性"だ。

「僕の"個性"が一番だけど、君の"個性"もなかなか良い"個性"だねぇ!」
「…………いい"個性"?」
「うん。僕には及ばないけど」

 あっけらかんと答えた乱歩は「あーそうそう」と、思い出したようにヴィランへ言う。

「後ろには気を付けた方がいいよ。社長がそろそろ助けに来るから」

 その言葉に、慌ててヴィランは振り返る。

「逆逆」

 乱歩が笑ってそう言ったと同時だった。
 二人の横を、素早く人影が走り抜ける――

「!」

 再び振り向くと同時に、ヴィランの視界は反転した。
 何が起こったか分からないうちに、背中を床に打ち付け「ぐう……!」痛みに顔が歪む。

「乱歩……応援が来る前に犯人と対峙するのは危険だと……」
「社長ー!そいつは無差別連続殺人の容疑者でもあるから警察に突き出しておいて!」
「…………分かった」

 社長と呼ばれた和装の男は、ヴィランをうつ伏せにして拘束した。

 苦し紛れにヴィランは吠える。

「……っ、僕を捕まえたことを後悔するよ!これから!どんどん悪意が蔓延る!」
「そういうのは取り調べ室で言いな。一ツ目シールの犯人が大層なヴィランだったとはねえ」

 ヒールを鳴らして現れたのは、髪をボブに切り揃え、蝶の形の髪飾りを付けた若い女性だ。
 唖然としている理世を見ると、くすりと笑みを浮かべて、優しく声をかける。

「怪我はないかい?」
「あ……うん」
「よし、上出来だ」

 何が上出来かは分からないが、笑顔で褒められて嫌な気はしなかった。

「この人は与謝野さん。うちの専属医ね。あっちは社長」

 いきなり自己紹介されて、不思議そうに理世は首を傾げる。

「最近、設立されたばっかりだから、君はまだ知らないか。僕たちは、ヒーローとはまた違った、"個性"使用許可をもらった組織――武装探偵社さ!」

 武装探偵社……。

 少女はその名前を口の中で繰り返した。

「何か困ったことがあったら、初回は無料で相談に乗ってあげるよ」
「……いま。いま、こまってる」

 理世の口から、今まで誰にも言えなかった言葉が溢れ落ちる。

 ――たすけて。

 両親が亡くなってから、初めて理世は誰かにすがった。

 泣きじゃくりながら理世は話す。

 両親が事故で、それも自身の"個性"で亡くなったこと。
 この"個性"を恐れられて、親戚にも疎まれていること。
 自分はこれからどうしたらいいか分からない――と。


「理世。君は、自分の"個性"が嫌いか?」

 その言葉に、理世は首をぶんぶんと横に振る。

 大好きな両親から受け継いだ"個性"だ。

 今となっては形見でもある。けど、この"個性"を周りは恐ろしいものだと言う。
 一回だけ、理世はこの"個性"で父に怪我をさせた事があった。

 "個性"事故で両親が亡くなった通り、この"個性"は――……

「なら、君はヒーローを目指すと良い」
「……!」

 とめどない涙を流す少女の目が、乱歩を映す。

「……ヒーロー……?」

 ヒーローに憧れる子が多いなか、理世には今まで考えた事がない選択肢だった。

「さっき、僕のことを助けてくれただろう。あれが、君の本質だ」

 見えていないような目で、何もかも見透かしたように乱歩は言う。

 その言葉は何故か、心から信じられた。

「……乱歩さん。どうしたら……ヒーローになれますか?」


 世界一の名探偵の言葉なら。


「……大丈夫。君にはたくさんの味方がついている」


 ***


「――彼女がいなくなった……?」
「え、ええ……さっきまでいたと思ったのに……」

 なんてことだ――坂口安吾は頭を抱えた。
 しかも、それを気づいたのは、安吾が周囲に理世の所在を聞いてからだ。

 その間、誰一人少女の存在は気にも止めなかったのだ。

 いや、これは我々特務課の責任でもある。少女が飛び出した理由には察しがついた。

「まずは探さないと……彼女の身に何かあってからでは……」
「安吾、その必要はないみたいだよ」

 焦燥する安吾に声をかけたのは、彼の友人であり、今回の協力者――太宰治だ。

「どうやら、理世ちゃんも君に話があるみたいだ」


 ……――花と共に、祭壇に飾られた二人の遺影写真。

 室内にはたくさんの椅子が置かれているが、そこに座っているのは理世と安吾しかいない。
 理世は彼を知っている。特務課のエージェントだった両親の部下の人だ。

「たくさんの謂れのない言葉を受けて、辛い思いをしましたね……」

 静かな空間で……先に安吾が口を開いた。

「……みんな、好き勝手言うの」

 ぽつりと理世は言った。
 死人に口なしとはよく言ったものだ。反論したい事があっても、二人はもうできない。

「お二人は静けさを手に入れた――。大丈夫です。誰も、二人から静けさを奪うことはできません」

 その言葉は、理世の中にストンと落ちた。

 ……そうなのだろうか。

 静かな場所で、二人は安らかに眠っているのだろうか。

 酷い言葉が聞こえていなかったなら。
 傷ついていないなら。
 悲しんでいないなら。


 ……良かった。


「理世さん。あなたはこれから特務課が管轄する保護施設に行くことになるでしょう。もし、あなたさえ良ければ……」


 安吾の提案に、理世は迷わず答えた。

 彼が、きっと乱歩が言っていた人物だ。
 だが、理世が彼を後見人に選んだのは、名探偵の助言だからではなく、紛れもなく自分の意思だ。


(あの言葉が、私と両親を救ってくれたから)


 ……――数週間後。
 後見人の手続きや諸々を済ませ、今まで家族三人で住んでいた家ともお別れの時がやって来た。

 これからは、安吾と共に新しい家で新しい生活をする。

 その日、理世は彼に将来の夢を話した。
 ……いや、夢ではなく、これは未来の話だ。


「安吾さん。私、ヒーローを目指したいです!」


 微笑む安吾は、口を開く――。





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ヴィランの"個性"は実際の過去にあった事件「力士シール」をモデルにしています。


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