合宿三日目――昨日の夜は峰田くん騒動と女子会をして、あっという間に時間が過ぎた。今朝の集合は7時だったから、朝が少し楽だったのが幸い。
『昨日倒れてしまった結月さんは、今日は倒れないようにするのが目標よ。限界突破を目指しつつ、ぎりぎりのところで意識を保つ――』
マンダレインの"個性"《テレパス》で、直接頭の中に声が届く。(不思議な感覚……)
ピクシーボブは地形を微調整しに行っているらしく、昨日と同じ場所で待っているよう指示された。
(補習組、大丈夫かなぁ)
すでにフラフラしていたけど。
通常就寝が10時に対して、補習組は日を跨いで今日の2時に就寝したという。可哀想に。(相澤先生のキツいは大袈裟ではなく、本当にキツい)
足音が聞こえて、ピクシーボブかと思い、振り返ると……
「洸汰くん……?」
意外な人物がそこに立っていた。
「………………」
「………………」
ピクシーボブに用件があって、ではなさそうだ。って事は……
「私に何か用かな?」
視線を合わせるように声をかけてから、でっくんの急所が襲われた事を思い出し、そそくさと距離を取る。
「女に手ぇ上げねえよ!」
……あ、そうなのね。
「……昨日、あの緑でモジャ頭のうるさい奴が言ってたから……」
洸汰くんはそう不本意そうに切り出す。でっくんの好感度が低い事は分かった。
「その人の名前は、緑谷出久くんって言うんだよ」
「知るか。あんな奴、緑のモジャ頭で十分だ」
(う〜ん……確かにこれは爆豪くんに似てるかも)
「……一昨日」
「一昨日?」
「俺が風呂場で落ちた時に、真っ先に助けに来たのがあんただって言ってたから……礼だけは、言っておく」
――……
『昨日、俺を助けたからって良い気になりやがって……!礼も言わねえからな!』
『確かに落ちた君を受け止めたのは僕だけど……君を真っ先に助けにいったのは結月さんだよ。お礼なら僕じゃなくて――……咄嗟に男湯まで乗り込みかけて、落ち込んでたから……君の言葉をもらえたら喜ぶんじゃないかな。あっ、結月さんはこれぐらいの髪の長さで〜……』
……でっくん。洸汰くんにそんな風に伝えてたと知って驚く。
確かに、私は助けようとはしたけど、結局何もしていないのに。(それに……)
「マンダレインがちゃんと礼を言えって、うるさいから……」
口ではそう言いつつも、ちゃんとお礼を言いに来た洸汰くん。
「ありがとう、洸汰くん。わざわざ伝えに来てくれて」
相変わらずぷいっとしかめっ面だけど。(優しい所もちゃんとあるんだ)
「フン!男湯にまで助けに来るとかただのヘンタイ……いっ!?」
「じゃあ、洸汰くん。代わりにお姉さんが口の利き方を教えてあげる」
「いてっ……にゃにすんだ……!はにゃせ〜っ」
「洸汰くんは教えがいがありそうだなぁ」
「……っ!わっ、わかった……わかったからぁっ……(目がこえぇ!)」
――ごめんなさい!!
「ちゃんと謝罪を口にできる良い子だね」
笑いながら、洸汰くんの特徴的なキャップのつばをぐいっと下げた。「っ覚えてろよ……」くやしそうに小さく呟いたその言葉は、聞かなかった事にしてあげよう。
「――あれ、洸汰もいたの?」
ピクシーボブが来ると、同時にその横を走り抜ける洸汰くん。
「どした?」
事のあらましをピクシーボブに話すと、へぇ〜と彼女は嬉しそうに呟いた。
「あの子がお礼に、ね」
「洸汰くん、本当は良い子なんですよね……」
「そうだね……。それほどまでに今は周りに心を閉ざしてんだよね、洸汰のやつ」
マンダレインもなかなか踏み込めず、時が癒してくれるのを待っている状態らしい。
(時が癒してくれるって、どれぐらいの時間がかかるんだろう……)
「……ほーら、テレポキティは訓練!今日はでかい子でいくよ!」
「でかい子?ですか?」
***
「――なんだよ。あの嘘つきもじゃ頭め。全然優しくねーじゃん」
***
三日目の訓練だ。
ピクシーボブが言った通り、熊のような大きさの、びゃっことらしょうもんを相手にしていた。(今日と昨日で一緒じゃ飽きるでしょって、確かに新鮮だけどぉ……!)
避けたり触れるのは簡単だけど、大きさによって負担もそれ相応になる。
「ピクシーボブ〜〜そろそろ休憩にしません……!?」
「ラグドールの"個性"でテレポキティの限界は把握済み!まだまだいけるよ!」
えー自分の限界は自分がよく知ってると思う、けど……!
素早い拳を避けて、びゃっこを飛ばす。
しかもなんか昨日より狂暴だし、ファイティングポーズしてるし〜!(これはこれで可愛い)
「ちゃんと周囲にも気を配ること!背中ががら空きだよ!!」
「!?うわっ……!」
警戒が薄くなった背後に突進されて、私は崖から突き落とされた。
「気を抜くなよ、皆もダラダラや――」
「いたた……危ないなぁもう……」
落とされるぐらいならテレポートで問題ないけど、激突された腰を擦る。地味に痛い。
視線を上げると、めっちゃ眉間に皺を寄せている相澤先生とばっちり目があった。
「えっと、上から落とされちゃいました」
「言ったそばから落とされるな」
「ええ……」
理不尽。相澤先生は「要するに」と、何やら話の続きをする。
「何をするにも原点を常に意識しとけ。向上ってのはそういうもんだ。何の為に汗かいて、何の為にこうしてグチグチ言われるか。常に頭に置いておけ」
どうやら、相澤先生は皆に活を入れていたらしい。
(原点……かぁ)
その言葉を考えると、私は両親を思い出す。
二人の"個性"を引き継いだ私の"個性"。
その"個性"を誰かを救う為に使うと決めた。
(お母さんたちは、どんな風にこの"個性"を使っていたんだろう……)
思えば……二人が"個性"を使っていたところを、あまり見た事がない。
「そういえば――相澤先生、もう三日目ですが」
「お前も言ったそばからフラっとくるな」
(理不尽再び……)
「今回オールマイト……あ、いや他の先生方って、来ないんですか?」
ふらふらなでっくんの質問に、相澤先生は答える。
「合宿前に言った通り、敵に動向を悟られぬよう人員は必要最低限」
「よってあちしら4人の合宿先ね」
そう補足したのは、ラグドールだ。
「そして、特にオールマイトは敵側の目的の一つと推測されている以上、来て貰うわけにはいかん」
『……今回は失敗だったけど……今度は殺すぞ。平和の象徴、オールマイト』
襲撃の時に、最後に死柄木はそう言い残していた。
やつらが虎視眈々と動いているのは、先日の敵連合志願者の遭遇からしても分かりきっている。
「良くも悪くも目立つからこうなるんだ、あの人は……」ケッ…
「「("悪くも"の割合でかそう……)」」
前から思っていたけど、相澤先生とオールマイト先生って根本的に合わないよね……。
でっくんは「そっか……」と、残念そうに小さく呟いた。(オールマイトに用事でもあったのかな……)
「ねこねこねこ……それより皆!今日の晩はねぇ……」
いつの間にピクシーボブがそこにいた。
荷物の上に座って、笑いながら生徒たちに話す。
「クラス対抗、肝試しを決行するよ!しっかり訓練した後はしっかり楽しいことがある!ザ!アメとムチ!」
「ああ……忘れてた!」
そういえばあったねぇ……肝試し。
「怖いのマジやだぁ……」
意外にも耳郎ちゃんは怖いのが苦手で可愛い。
「闇の狂宴……」
……常闇くん。まあ、ある意味間違ってはいない。
「イベントらしい事もやってくれるんだ」
「対抗ってところが気に入った」フフフ…
鱗くんに、鱗くんの"個性"をコピーしている物間くんが言った。顔色悪く、ぐったりしているけど、A組への対抗心を忘れないのはさすがだ。
「というわけで、今は全力で励むのだぁ!!!」
「「イエッサァ!!!」」
そう一緒に叫んでみたものの……
「テレポキティ!さあ、仕切り直しといくよ!」
……。今日も死にそう。
***
「目標は倒れないんじゃなかったっけー?」
「でも……意識あるだけ、昨日より進歩したと思いません?」
「まあ、半歩ぐらいはね」
色が変わりつつある空を薄目で仰ぐ。
方向感覚がぐるぐるして、立っていられないのだから、これはもうしょうがない。
「テレポートって、マンダレインのテレパスにちょっと似てると思ったけど、使い勝手はだいぶ違うみたいね」
「確かに……超能力系っぽいのは似てますね」
マンダレインはどんな風に"個性"を使っているんだろう。一度に複数の人に声を届けられるって、改めて考えるとすごい。
「……ラグドールの"個性"はサーチですよね?虎さんの"個性"はどんなのなんですか?」
「なんで虎だけ"さん"付け?」
「なんとなく……」
「虎の"個性"は《軟体》超柔軟体質になる格闘戦に役立つ能力ね」
「へぇ〜猫っぽい……」
意識が途切れぬようピクシーボブと他愛ない会話をしながら、起き上がれるまで休ませてもらった。
空が夕焼けに染まる頃――昨日と同じで、夕飯は自分たちで作らなければならない。
「理世さん、また斜めに歩いてますわよ……」
「信じてもらえないだろうけど、自分ではまっすぐ歩いてる」
「隣を歩く俺たちまで斜めに追いやってるが……」
「っ…っ…」
常闇くんの隣で、口田くんは心配そうにこちらを見ている。
今日の私は重症らしい。
この状態で包丁は握れないかも。そういえば、今日のメニューは肉じゃがだっけ。
「「え〜〜お肉がない!!?」」
広場に女子たちの声が響いた。
肉じゃがでメインのお肉がないってどういうこと……?
「申し訳ない!!」
「僕の提案が事の発端でして……」
「いや、俺たちB組にも責任はある……」
天哉くんがびしっと90度にお辞儀して、その隣ででっくんもしゅんと頭を下げる。
泡瀬くんも「すまん」と、同様に頭を下げた。
「いや、でも、じゃがいもはなんとか死守したんだよなっ?」
フォローするように男子たちに向かって言った切島くん。
「当然だろ」
「じゃがいもなかったらそれはもう肉じゃがじゃないよ!」
「お肉ーー!!」
耳郎ちゃん、透ちゃん、三奈ちゃんの非難の声に「すんません!!」と、あえなく切島くんは撃沈した。
A組B組関係なく、男の子たちは申し訳なさそうな顔をしている。ふんっとそっぽを向いてる、爆豪くんと物間くんを除いて……。
何が起こったのか詳しく話を聞くと、腕相撲で決着をつけるところを、爆豪くんと鉄哲くんの大将戦で物間くんの茶々入れがあり、
「……何のこと?」
「てめェまだしらばっくれっか!!」
……こんな感じで勝敗がごたごたしたらしく、でっくんが仕切り直しに枕投げの勝負を提案したという。
「とりあえず……最後まで話を聞かなくても、爆豪くんと物間くんが悪いってことは予想がついた」
私の言葉にあー……と、女子皆も納得。
「んだとコラ!!」
「最後まで話聞いて!!」
しょうがないなぁ、最後まで話を聞いてあげよう。
両組一歩も引かない攻防に、二度目、三度目、四度目……と引き分けが続いたという。
飽々したところに、爆豪くんがキレて"個性"を発動。「わざとじゃねーつってんだろ!!」と、言うのが爆豪くんの主張。
「俺らもわざとじゃねーよなぁ?」
「そうそう、うっかりうっかり」
多少どぎまぎしている円場くんに、回原くんがあっけらかんと頷く。
「まあ……そんな感じでヒートアップしちゃってさ」
ばつが悪そうに、頬をかきながら言ったのは尾白くんだ。
白熱した枕投げは、早く決着をつけたい事もあり、「うっかり」を大義名分に"個性"使用の枕投げに発展したそうな。
「そりゃあ先生たちもブチ切れるわ……」
「それで、罰として争いの元になったお肉を没収されたのですね……」
「ちょっと男子、いい加減にしてよ」
「あたしらが女子会してる間に……」
「ん……」
「ダメキノコ!」
「肉じゃが楽しみにしてマシタ……」
冷めた視線を男子たちに浴びせるのは、B組女子だけではない。
「なんて、低俗な……」
「全員そろってアホだろ」
「よりにもよって先生たちに枕をぶつけるとはねぇ……」
「"個性"使用はやり過ぎ!」
「お肉ーー!!」
「私たちとばっちりやぁ……」
「連帯責任かしら」
私たちも同じように、男子たちを呆れて見た。
「いや、待ってくれ。さっきから黙って聞いてたけど、俺らもとばっちりだぜ」
なあ上鳴、砂藤――と、二人と大人しく補習を受けていた瀬呂くんがごもっともな抗議をする。
「そーだそーだ!!」
「俺らが補習受けてる間に、楽しそうなことしてたんだな……」
切島くんは、物間くんと同様にちょこちょこ抜け出していたから、無関係とは言えないらしい。……ん?
「物間くんッ、君、補習組だったの!?」
あれ、ずっと他人事みたいな顔してたよね!?
「それが何か!?君たち優秀なハズのA組は赤点5人!!B組は僕一人だけ!この意味が分かるかい、結月さん!?」
「………………」
逆に煽られた。
「あれは、不可抗力だったんだよ……!」
枕投げの"個性"使用を、物間くんはそう正当化するように言う。
「まあ……元のきっかけを辿っても、勝負をするよう仕向けた物間くんとあっさり乗った爆豪くんのせいだよね」
「アァ!?」
あのまま丸く収まっていれば、お肉没収も男子だけトレーニングメニューを三倍にされる事もなかったのに……。
「いや、あんたたちうんうんと頷いてるけど、男子全員責任あるからな」
ぴしゃりと言った一佳に、彼らは全員、目を泳がせた。
「アハハハ!やっぱりヒーロー志望といえ、枕投げでねこはしゃぎなんて、君たち子供だね!」
私たちのやりとりの一部始終を見ていたラグドールがケラケラと笑う。
「そんなに体力が余ってるのなら、我が相手してやると言うものの……」
虎さんの言葉に、男子たちの肩がびくっと揺れた。ついでに私の肩も。
「食べ盛りに肉がないってのも可哀想だから、A組B組で仲良く作れるなら肉を使って良いって許可もらったよ」
眉を下げて笑うマンダレインの言葉に「うおおぉぉ!!!」と、野太い喜びの声が響く。
「本当は無関係なキャットたちと補習三人組だけ食べて良いってことだったんだけどね。部屋をぐちゃぐちゃにしたのは反省しなさいよ!」
ピクシーボブの言葉に「はい!!すんませんでした!!!」彼らの声が綺麗に揃った。
何はともあれ。
お肉騒動は解決し、A組B組合同で"仲良く"肉じゃが作りを始める。
「じゃあ、腕のある者は野菜切る係。それ以外の人は〜〜」
昨日と同じく、B組とも交流が多いという事で、私が総監督を務めることになった。
「泡瀬くんと骨抜くん、慣れてるね」
「これぐらいはできんぜ」
「家庭科の授業でも習ったしな」
その後ろからトントントン、と心地好い音が聞こえて、誰だろうと振り返って目を疑った。
「爆豪くん、包丁使うのウマ!意外やわ……!!」
「意外って何だコラ。包丁に上手い下手なんざねえだろ!!」
お茶子ちゃんの言葉にキレると同時に、爆豪くんの手も激しく人参を切っていく。
それでもしっかり厚さは均等だ。(うわぁ、器用過ぎるでしょう)
「出た!久々に才能マン」
通りすがりに茶化す上鳴くん。
「なんかムカつく」
私の得意分野を……
「んだとクソテレポ!てめェも一緒に刻んでやろうか!?」
「(あ、そこは爆破じゃないんや)」
「鎌切くんの口癖奪っちゃだめだよ〜」
「誰だコラ!」
「皆、元気すぎ……」
そう呟いたのは切島くん。補習とトレーニング三倍で、さすがの切島くんもげっそりしている。
ちなみに鎌切くんは、庄田くんと黒色くんと飯田くんの4人でじゃがいもの皮剥きだ。
「鎌切くんは切る方じゃないんだね。得意そうなのに」
「俺はこの"個性"の刃で刻むのが好きだからな!」
こだわりがあるらしい。
「………………」
「……そういえば、黒色くんはよく常闇くんのことをよく見てるけど、気になるの?」
謎の多い黒色くん。私をじっと見ていたので、話しかけたらふいっと視線をそらされた。人見知りなだけで、嫌われているわけではないと思いたい。
「……………………。(俺に話しかけた……気があるのか……?)」
「…………。(もしかして、あまりよく思われてない……?)」
「えぇと、黒色くんは女子と話すのが苦手みたいなんだ」
見かねた庄田くんが、フォローするように言った。苦手というと初期のでっくんみたいな感じか。彼も今では普通に女子と話せるようになったので(たまにどぎまぎしているけど)黒色くんもきっと大丈夫だ。
「……常闇踏陰は……」
不意に黒色くんが口を開く。
「……常しえの……黒に住む男……」
「……??」
すかさず庄田くんに通訳を求めた。
「自分と似たような者と感じていて、前から気になっていると」
……なるほど。
「確かにどことなく二人は雰囲気が似ているな!」
てきぱきとピューラーでじゃがいもの皮剥きながら、天哉くんが言った。(たぶん同士的な……)
――あ。他の作業の進み具合を確認していると、洸汰くんの姿が目に入る。
マンダレインたちのお手伝いをしているようだ。私はそちらに飛んだ。
「洸汰くん、お手伝いしてえらいね」
「うわっ!」
突然現れた私に驚いた洸汰くんだけど、すぐにキッと睨みつける。
「なんだよ、アンタには関係ないだろ!」
「自己紹介まだだったねぇ。私の名前は結月理世」
「……名前なんて興味ねーよ!」
洸汰くんはああ言えばこう言うで、困ったな。(ヒーローとか事情関係なく仲良くできればと思ったけど……)
「そんな風に"個性"ひけらかして、バカみてえ!!」
「あっ、洸汰くん……!」
捨て台詞を吐いて洸汰くんは走り去ってしまった。
("個性"をひけらかして、か……)
思っていたより根は深いみたいだ。
("個性"を使ったのまずかったかな。爆豪くんよりよっぽど難しい……)
「……結月、どうかしたのか?」
「焦凍くん……ううん。焦凍くんはどうしたの?」
次は何をすればいい?と聞いて来た彼に、じゃあ……と、一緒にお鍋に水を入れて運んでもらう事にした。
「オールマイトに何か用でもあったのか?」
お鍋に水を入れながら、反対側で釜戸の準備をしているでっくんに焦凍くんは声をかけた。
唐突に話しかけられたからか、でっくんは顔を上げてきょとんとする。
「相澤先生に聞いてたろ」
「ああ……っと……うん。洸汰くんのことで……」
「ああ、あの従甥か」
うんと頷き、でっくんは探すように視線を動かすと「あれ……またいない」
「あ、洸汰くんは私が怒らせちゃって……」
今朝、洸汰くんが私に会いに来た事と、今起きた出来事を話した。
「そっか……。洸汰くん、結月さんに助けてくれたお礼を言いに行ったんだね」
釜戸に薪を入れながら、少しだけ嬉しそうに笑ってでっくんは言った。
「そいつがどうしたんだ?」
話が見えない、という焦凍くんの疑問にでっくんは答える。
「その子がさ、ヒーロー……いや、"個性"ありきの超人社会そのものを嫌ってて。僕は何もその子の為になるような事、言えなくてさ」
昨日、帰ってきたでっくんが暗い顔をしていた理由が分かった。(だからさっき、洸汰くんは私の"個性"を見て、あんなに……)
超人社会が嫌い……Qちゃんと一緒だ。
その理由は、自身の忌み嫌われる"個性"によって。(洸汰くんはどうなんだろう……)
「オールマイトなら……何て返してたんだろって思って……」
でっくんの、憧れて尊敬するヒーローなら。
「……二人なら、何て言う?」
その言葉に、うーんと口ごもる。
「難しいよね……」
言えるような間柄でも立場でもなくて。だからと言って、知ってしまった以上、他人事と割り切る事もできない。(私たちに出来ること……)
「…………場合による」
「っ……そりゃ場合によるけど……!!」
「はは……確かに間違ってはいないけどね」
困惑するでっくんに、焦凍くんは続ける。
「素性もわかんねぇ通りすがりに正論吐かれても煩わしいだけだろ。言葉単体だけで動くようなら、それだけの重さだったってだけで……」
なんとなく、それは焦凍くんの実体験に基づく言葉のように聞こえた。私にも、経験があるから、分かる。
「大事なのは、"何をした・何をしてる人間に"言われるか……だ。言葉には常に行動が伴う……と思う」
最後に自身の見解だと言うように、そうつけ加えて。
「……ちょっとわかるよ。私にヒーローを目指せって言ってくれたのが、世界一の名探偵じゃなくて、ただの探偵だったら……私はヒーローを目指してなかったと思うから」
「……あ、前に言ってた結月さんのヒーローを目指すきっかけになった尊敬する人って……、もしかして武装探偵社の名探偵、江戸川乱歩さん?」
でっくんの言葉に「うん」と笑顔で答える。
「探偵か名探偵かか……説得力あるな」
隣で焦凍くんが妙に納得した。
「……そうだったんだ。(……結月さんとはよく話はするけど、僕は全然、結月さんのことを知らないんだ……)」
――もっと、君のことが知りたい。
「……どうかした?でっくん」
「……あ、いや!何でもない!た、確かに……。通りすがりが何言ってんだって感じだね……」
「お前がそいつをどうしてえのか知らねえけど、デリケートな話にあんまズケズケ首突っ込むのもアレだぞ」
うっと図星を突かれたように落ち込むでっくんに、焦凍くんはさらなる追い討ちをかける。
「そういうの気にせずぶっ壊してくるからな。お前、意外と」
まあ、そこがでっくんのすごい所ではあるけど……
「確かに、洸汰くんにはその方法はやめた方が良いかもね」
「……なんか、すいません……」
「君たち手が止まってるぞ!!最高の肉じゃがを作るんだ!!」
何やら張り切っている天哉くんに注意され、慌てて作業を再開。
(洸汰くんも……私みたいに、そんな風に思える人と出会えると良いな――……)
自分が見ている世界を変えてくれる人。
――そして。
ヒーロー科A組B組の初めての共同作業にして、肉じゃがが完成!
「うんめぇぇ〜〜!!」
「お肉ーー!超おいしい!!」
「牛も豚もうまいな!!」
「日本のオフクロの味、とっても美味デース!」
「白米にめちゃんこ合う!!」
「お茶子ちゃん、またここにおべんと付けてるよぉ〜」
「あ!こら回原!肉取りすぎだぞ!」
「へへーん!早いもの勝ちだぜ!」
「待てっ何気に青山もだ!」
「フフ……だって僕、育ち盛りだから☆」
「それは俺らもだっつーの!!」
「皆ーー!ちゃんと肉は全員が平等に食べられるように取るんだ!!」
「おい、爆豪……!それは僕が狙ってた豚肉だぞ!?」
「知るか!モノマネ野郎は白滝でも食ってろや!!」
「はあああ〜〜!?」
「……なあ、緑谷って爆豪の幼馴染みなんだろ?止めてくんね?」
「ええと、泡瀬くん。僕にはちょっと、かっちゃんは制御不能と言いますか……」
「物間ちゃんを止める拳藤ちゃんが別のテーブルなのは失敗したわね」
A組B組関係なく、木製テーブルを囲んで食べる食事は、おいしいだけじゃなくて、楽しくて。
食べたり、話したり、笑ったり――忙しなく時は過ぎた。