発目さんを連れて、非常階段をテレポートで上がっていく。
10階……30階……50階……
ほとんどの通路はシステムによってか、シャッターが降りていて、必然的に道は非常階段のみだ。("個性"を使っているといえ、200階まで登るのは骨が折れるな)
「……って、行き止まり?」
「シャッターが降ろされてますね」
ここに来て――。階は80階だ。
「フロアの方から行くしかないみたいだね」
万が一、敵と遭遇したら……。
もちろん不要な戦闘は避けるけど、避けられない場合。"個性"が使えるこのI・アイランドでは、その分、身を守るための"個性"使用は正当防衛と認められる可能性が高い。
戦うことも覚悟しておかないと。
「発目さん。何か武器的なものを持って来てない?」
「ヌフフフ……もちろんありますとも!」
発目さんはそう言って、リュックから取り出したのは……
「まずは、結月さん……このベイビーを装着してください!結月さん用に開発した『アナライザースコープ』です!!」
「わ、見た目かっこいい」
発目さんから受け取る。片方だけ液晶レンズがついてるそれを、利き目とは反対側に装着した。
「ずっと思っていたんですが、結月さんの"個性"なら、まずは周囲の位置関係が把握できるデバイスが必要なのでは?」
あの発目さんに真っ当な意見を言われた。だが、良い質問だ。私が今まで使って来なかった理由を答えよう。
「私、自分の目で確かめた所しかテレポートできないし、そういうデバイスって目に覆うのがほとんどじゃない?目の辺りに何かあるのが嫌」
これは片方だけだからまだ良いけど。
「…………なるほど」
「今「こいつめんどくさいな」って思ったでしょ」
「はい」
はっきり答えたし!
「そもそも結月さんは視界に頼り過ぎなんですよ。視界からの情報が"個性"に必要なら、サポートアイテムを活用するべきです!」
またもや鋭い所を指摘されて、ちょっとぐうの音も出ないかも知れない。
「私の場合、心理的なものだからなぁ」
「じゃあ慣れてください」(にべはもない!)
「このスコープは素晴らしいんですよ!何が素晴らしいって、半径5mの位置状況を把握して〜〜」
結局使って欲しいだけなんじゃ……。
「とりあえず、爆発しないならいいよ」
「…………大丈夫です!」
何かなその間は。(爆発したら目がやられて今度こそシャレにならん)
「……ん。発目さん、これって例えば監視カメラの位置とか把握できたりする?」
「よくぞ聞いてくれました!!」
私の質問に意気揚々と再び説明する発目さん。
言われた通り、横のボタンを押すと……モニターが検知センサーからの情報に切り替わるらしい。
「監視カメラのような電子器具も検出します!」
「でかした発目明!」
「フフフ……そうでしょうそうでしょう!」
私の"個性"と合わせれば、監視カメラに映らず移動することができる――!
アナライザースコープの液晶に写し出される情報を確認しながら、縦横自在に飛びながらフロアの通路を進む。
上手いこと、上に繋がる階段が見つかると良いけど……。
「この辺りには敵はいないみたいですね」
「たぶん出入口、パーティー会場、最上階のシステムとか、主要な場所に人員を配置してるんだと思う」
順調だ――と思った矢先。
「!?シャッターが下りて……!」
「見つかったんでしょうか……!?」
監視カメラには映ってはいないはずなのに。そんな事を考えている隙に、行く先のシャッターがどんどん閉まっていく。(まずい……!)
「こっちの部屋が開いてるみたいです!」
発目さんの言葉に弾かれ、考える暇もなく横の扉を開けて飛び込んだ。
「ひょおぉぉ〜〜!!ここはロボットラボですね!!」
部屋に入った途端、宝の山を見つけたような声を上げる発目さん。(発目さんにとってはそれ以上か)
ありとあらゆるロボットや機械が置かれている工房と思われる広い部屋。
無機質なものから人型のものまで様々。
発目さんは目を輝かせ、興奮しているけど……人気もなく静かな雰囲気に、ちょっと不気味に感じてしまう。(ロボットがいきなり動いて、襲って来たりしないよね……?)
「すごいですよ!結月さん!!これ、最新モデルのトランスフォームするロボットですよ!!」
「発目さん。喜ぶのはわかるけど、今の状況、結構危ういと……――」
……っ!?
突然、奥の扉が内側に激しく吹き飛んだ。
「…………」
警告を発するように、速く打ちつける心臓。そちらを凝視しながら、
「発目さん。――隠れていて」
発目さんに言った。
「ガキ共が忍び込んだと聞いたが……、嬢ちゃん一人ってことは迷子か?」
予感通りの敵のお出ましだ。私よりはるかに大きな男。獣っぽさが残る見た目は異形系……?
パワー系だったら嫌だなぁと考えるけど、それよりも。(私たち以外にも同じように行動を起こした人がいる……!)
きっと、雄英のみんなだ。
その事実が、勇気をくれるように感じた。
この"個性"で逃げる事は容易いけど、逃げ切れるかはわからない。もし、狭い通路に逃げ込んで、行き止まりだったら袋の鼠だ。
(戦うとしたら、広いこの場所で……!)
「クソガキならともかく、嬢ちゃんを痛め付けるのは気が引けるナァ」
向こうは油断しているから、今なら先手を狙える。(ちょうど発目さんのサポートアイテムを試す機会……なんて)
発目さんの説明通りなら、それは立派な攻撃手段になる!
「だが、これも仕事だ。恨むなら……」
――消えた?
現れたのは敵の背後。
『結月さんのブーツは蹴りの攻撃に想定している作りですから、さらに攻撃力が上がるようにしてみたんです!』
ヒール部分に仕込まれたコイルから発生したバチバチという音。
その毛むくじゃらのその頭部に、電流を纏った踵落としだ……!
すかさず反対の足でもう一撃叩き込んでから、テレポートで距離を取り、地面に立つ。
例えるなら、落雷のような衝撃を与えたはず。敵は呻きながら、その場に膝を着く――が。
「……先々攻撃とは舐められたもんだァ!」
「……っ!」
発目さんの開発したブーツは十分実戦に使える。ただ、この敵が普通よりタフネスだった、ってだけで。
「ウオォォォ……!!」
「……!?」
突然、狼のような雄叫びを敵は上げた。
(体が……変形していく……?)
人間味をどんどん薄れていくその姿。
鋭く伸びた牙に、太く鋭い爪。体もさっきより屈強な筋肉質になっている。(ビースト……!?宍田くんみたいな"個性"……?)
爪を立て、唸り声と共に飛び込んでくる姿は猛獣そのもの。"個性"を使って避ける。
「っ!」
現れた先を、瞬時に感知して襲ってくる姿はまさに野性的。
私の反応速度で対応できない素早さではないけど……。(避けるにしても、なるべく周囲に被害が出ないようにしたい……!)
敵はただ、獲物を追うように向かってくる。理性を感じられない動きはまるで――
「バーサーカー……」
壁を蹴って向かってくるその姿に呟いた。
対応できると油断していると、――爪が届く。数秒、"個性"を使うのに遅れて切れた前髪。
(さっきりより動きのキレが増してる……?早いとこ決着を着けないと厄介なことになりそう)
問題はどうやって戦うか。
ブーツの電流は、まだ試作品のため一回限り。
戦うとしたら近接戦闘だけど、私の攻撃でダメージが与えられるのか。(サポートアイテムもなければ、攻撃の手段が……)
――殺す方が簡単な"個性"。
(違う違う。今はそんなこと思い出してる場合じゃなくて)
何か他に手立てはあるはず。どんな状況でも考えることを止めてはだめだ。
(とりあえず……)
髪に挿してあった花の簪を手に転移させる。(結構お気に入りだったけど……)
牽制になればと、今度は敵の手に、飛ばす!
「っ!?」
手の甲に刺さっていても、気にせず向かってくる敵に戦く。(痛みをもろともしない……?)
「――結月さん!!」
「!」
テレポートで避けた後に、発目さんに呼ばれた。
「このロボットで戦えばいいんですよ!!」
ロボット……!?
「っ……危な!」
一瞬の気の緩みが命取りだ。爪が掠めた。天井近くまで飛ぶ。
「ロボットって、発目さん操縦できるの!?」
ガンダム的なあれか!宙を落ちながら、意識は敵に向けて尋ねる。
「いえ、動かすのは結月さんです!」
……私!?
「これ、オモチャの"ロボバト"を戦闘用に開発したものです!」
「まずロボバトってなに!?」
「ロボバトとは〜〜」と、一から十まで説明しようとする発目さんに「ごめん!簡潔に!」叫ぶ。
飛びかかってきた敵の腕を蹴飛ばした。こっちもいい加減、切羽詰まってきてる!
「簡単に説明すると、このヘッドを頭に装着すると、脳波を読み取って思い通りに動かせるというわけです!」
脳波を読み取ってというと……体の不自由な方や高齢者の方を補助するサポート装置みたいなものか。
「これを頭に装着すればいいのね?」
発目さんの手から、ヘアバンドのようなそれを手に転移させて聞いた。
「機械の作動はしておきました!」
「さすが!」
「武術の嗜がある結月さんなら、スムーズに戦えるはずです!!」
一回、やつの攻撃を避けてから……装着して、まずはジャンプをする想像をする。
体は人型なのに、頭はロボットっぽいロボットは、想像通りにその場でジャンプした。
「できた!すごい!なんか楽しい!」
「しょおーー!!さすがオモチャより何倍もスムーズに可動しますね!」
四足歩行でこちらに突進してくる敵を、横からロボットが蹴飛ばす!
ドシンッと音を立てて、敵は壁に激突した。戦闘用だけあって、ロボット自体が頑丈にできているようだ。
「グガアァァァ!!!」
雄叫びを上げて立ち上がる敵。
(……そうこなくっちゃ)
ロボットを敵と認識したらしい。
(動きを想像してロボットを動かせるなら……。想像するのは、私の動きじゃない)
――横浜の重力遣いの体術。
中也さんの動きを思い出す。
ヒーローの中でも、屈指の体術使いのあの人ならどう戦うか。
中也さんは攻撃で一切手は使わない。脚だけだ。
『なんで俺が手を使わねえかって?おまえがもっと強くなったら教えてやるよ――』
理由を聞いたらそんな風に笑ってはぐらかされたけど、使わなくたって中也さんは強い。
なんなら"個性"を使わなくても!
敵の攻撃をひらりと回転して、避けるだけでなく、同時に蹴りを鳩尾に押し込んだ。
次に来る攻撃を脚で受け止める。
弾いたその隙に、すかさずもう一撃。
敵が怯んだ。
今まで激しく動いた反動が、確実にやつの体にもきているとわかる。
飛び上がり、体を横に向けて回転するように……一発、二発、三発と蹴りを続けて叩き込んだ!
「強い……!」
「とどめといこうか!」
――決める!
敵の顎目掛けて、ドルフィンキック!!
華麗に回転したロボットは、完璧に中也さんが乗り移った。
「グゥッ……!!」
敵は呻き声と共に後ろにふっ飛んで、地面に背中を打ち付けるように倒れた。
さすがにもう動けないだろう。
敵の姿も最初の人に近い姿に戻っていく。
「……っ、その動き……何者だ……」
「ただの通りすがりのヒーロー志望です」
私は装置を外しながら、にっこり笑って答えた。敵に近づき、見下ろしながら言う。
「今あなたが相手にした動きは、横浜の重力遣いのものですけどね。まあ本物はこのロボットよりも強い――……って聞いてないか」
敵は気を失ったようだ。何か縛れるものがあったら良かったけど、この様子だとしばらく目は覚めないだろうから大丈夫か。
「ありがとう、発目さん!おかげで助かったよ〜勝てたのは発目さんのおかげだね。この試作品のブーツも良い感じ」
笑顔で発目さんに言うと、何やら感心している。
「結月さん……想像とはいえ、結構な嗜みを持ってたんですね。驚きです!」
「ヒーロー、グラヴィティハットの動きを再現したの。私の体じゃあの動きができる体力はないけど、ロボットならバッチリだったね〜」
「"個性"に頼りっきりだから体力がつかないのでは?」
失敬な!
「そういう体質なの!……それより、みんなと合流しなくちゃ。敵がここに探しに来たということは、この階にまだいるかも」
敵がやって来た入口から、通路に出る。
***
「よし、緑谷たちを追うぞ」
「命令すんな!」
「轟、何が起こってるか詳しく教えてくれ」
「――焦凍くん!爆豪くん!切島くん!」
「「結月……!」」
!?
――通路を道なりに進むと、色々な植物が埋め尽くす広いフロアに辿り着いた。植物を研究するようなその場所に、見知った三人の姿が見えて、ほっと安堵する。
「焦凍くん!爆豪くん!切島くん!」
「「結月……!」」
――!?
「クソテレポ!!なに引き連れて来やがったーーーー!!!」
爆豪くんが私の後ろを見て叫んだ。
「I・アイランドが誇る警備マシンっ!引き離せなくって……!」
なんとかしてーー!!
後ろを追いかけて来る、小型ロボのような警備マシンの大群。
通路を進んでいたら、目の前に突如現れたやつ。
数体なら簡単に飛ばして倒せるけど、この大群だ。切りがない。相手にするのは時間と労力の無駄だから、"個性"で飛んで引き離すはずが……
「さすが、I・アイランドが誇る警備システム!どこまでも追跡する素晴らしい性能!!」
「発目さんっ!感心してる場合じゃないっ!」
「なるほど!さらにワイヤーで侵入者を拘束するんですね!!」
「必死に避ける私の身になって!!」
――こんな感じで逃げ回って今に至る。
「すげえ数だ!?」
「ヤツら、本気になったようだな」
焦凍くんが白い息を吐き出したのがわかった。
「結月!/クソテレポ!上に飛べ!!」
被ってんじゃねーわ!と爆豪くんがすかさず言って、二人が動く。
「了解っ!」
発目さんをそのまま連れて、上に高くテレポート。
眼下で氷結と爆発が同時に起こった。
二人の攻撃から逃れたやつは切島くんが退治してくれて、すぐに一人残らず警備マシンは行動不能になった。
これでやっと解放される……。
「ありがとう、三人とも。助かったよ〜」
「一時はどうなるかと思いましたが」
「発目さん、それ私の台詞だと思う」
「追いかけられただけで、二人とも無事みてえだな」
スーツ姿の焦凍くんが言う。焦凍くんだけでなく、切島くん、爆豪くんももちろん正装で……
「爆豪くん、斬新な正装だね?」
左腕の服だけがボロボロに破れている。
「うっせえわ!……そういうてめェこそ髪ボサボサじゃねえか」
「本当はちゃんとまとめてたんだけど、さっき敵と戦ったりなんだりで……」
「結月も敵と鉢合わせしたのか!!」
「発目さんの協力もあって倒したよ」
「さすが!何にせよ怪我なくて良かった。俺らもさっき……」
切島くんの視線の先には、焦凍くんの氷結で拘束されている二人の敵の姿。
「そういえば……他のみんなは一緒じゃないの?」
「今まで一緒にいたが、緑谷たちは上に行く道を探すのに先に行かせた」
「俺たちは道に迷って、偶然この場でな!」
「てめェが迷ったんだろうが!」
道に迷って何故80階まで……?
「みんなも最上階へ警備システム解除を目指してたんだね」
「あ、俺らまだよく事情わかんねーんだ」
詳しく教えてくれ!という切島くんの言葉に、移動しながら焦凍くんが説明する。
……やっぱり。
オールマイト先生を含むヒーローたちは、警備システムによって拘束されて、会場の一般招待客が人質のようになっているとのこと。
「メリッサさんが警備システムを解除できるなら、私たちはメリッサさんを安全に最上階まで送り届けることがミッションね」
「ああ」
「敵全員ぶっ飛ばせばいいだろ」
「爆豪……男らしい発想だぜ!」
そんな会話の途中「上への道ってあれじゃないですか?」そう発目さんが指差したのは非常用の梯子だ。
「よくあんな見にくいの見つけられたな……ええと」
「サポート科、発目明です!コスチュームの改良等あればぜひ私にご相談を!」
切島くんに自己紹介と共にちゃっかりアピールする発目さんは抜かりない。
「発目さんの"個性"はズームだから遠くのものもばっちり見えるんだよね」
「はい!本気出せば5q先のものもハッキリクッキリです」
「へえ、便利な"個性"だな!」
梯子を上がると、出てきたのはメンテナンスルーム。でっくんたちは何らかの方法でレバーを下ろして、先に進んだようだ。
「……ぶっ倒れんじゃねーぞ」
"個性"ではなく、自力で梯子を上がっている私を見てか、目敏く爆豪くんが言った。
「"個性"多用してちょっと疲れただけだから、大丈夫」
疲労感はあるけど、ふらつきはまだ来ていない。
「爆豪くん、心配してくれた?」
「っしてねえわ!」
「結月さん!私は自分の足でついていくので大丈夫です!力を取っといてください!」
続いて発目さんの気遣ってくれた言葉に、ありがとうと笑顔を向けた。表情を引き締めて気合いを入れ直す。(私が倒れて足を引っ張らないようにしないと……!)
「みんなが通ったのはこっちの通路みたい。監視カメラが壊されてる。きっと耳郎ちゃんの"個性"だ」
アナライザースコープの液晶の情報から道を案内する。
「結月、そんなサポートアイテム持ってたか?」
「発目さんが持って来てくれてたの。周囲の状況を確認できる装置」
「かっこいいな!見た目もクールだし!」
「フフフフ……私の自慢のベイビーですから!」
「てめェら喋ってねえではよ行くぞ!」
90階……100階……110階……120階。
100階を越えてからは、シャッターは降りておらず、一本道の通路を何事もなく駆けていく。(これはあれかなぁ)
「誘い込まれてんな」
「ああ、俺たちが雄英生だって気づいたのかも知れねえ」
「その可能性は高いですね。入国した時にスキャンした個人データはここで管理されてますし」
「でっくんたちが先に行ってるなら……」
「おう!もしかしたら敵が待ち構えて戦ってるかも知れねえ……!早く合流しねえと!」
逸る気持ちと共に、私たちは先を急ぐ。