今、自分にできること

 でっくんたちの後を追って、やって来たのは138階。
 途中の実験場では、警備マシンと戦った痕跡があった。(みんなも必死に戦っているんだ……)

 今、自分にできることを。

 誰もがこの状況を打開しようと、希望を見失わずに、その希望を繋ぐために――。


 だから、私も……!


「!警備マシンが消えた……?」
「ウ、ウェ……?」
「この"個性"は……!」
「っ理世さん……!!」


 ――大型コンピューターが何十台も置かれた巨大なサーバールームでは、今までの比じゃない数の警備マシンが押し寄せていた。
 そのワイヤーに捕らえられていたのは、天哉くん、百ちん、耳郎ちゃん、上鳴くん、峰田くん。(でっくんとお茶子ちゃん、メリッサさんの姿が見当たらない……)

「轟に爆豪、切島もぉぉ!」
「それに発目くん!皆、無事だったんだな!」

 三人が警備マシンを蹴散らすなか、私は彼らをワイヤーで拘束している警備マシンの残りを飛ばして解放する。

「天哉くん、でっくんたちは?」
「メリッサさんと共に先に行ってもらった!」
「なら、こいつらとっと倒して後を追うぞ」
「っから命令すんな!」

 天哉くんの返答に、警備マシンに攻撃しながら焦凍くんと爆豪くんが答えた。爆破が響くなか、負けないよう声を張り上げる。

「三人は先に行って!」
「アァ!?」

 三人はまだ余力がある。ここで足止めになるのは……最適解じゃない。

「先に行けって、おまえは……」

 焦凍くんの振り返った顔は、驚いたような表情だった。

「この程度、私一人で十分だよ!」

 勝ち気に笑ってみせて、視界に映る警備マシンを床に埋めていく。行動不能にすること自体はどうってことない。ただ、数が多いというだけで。

「行くぞ」
「あっおい、爆豪!」

 さっさと背を向け走り出す爆豪くん。話が早くて助かる。焦凍くんも、少しだけ考える素振りを見せて、

「まかせたぞ、結月!」

 その言葉に無言で頷いた。それを見て、焦凍くんも背を向け駆け出す。

(でっくんたちをよろしく、三人とも!)


 ***


「いくら結月でも、ヴィランと戦ったっつってたし、大丈夫かな……」
「無茶はするだろうが、それを承知であいつは俺たちに行けって言ったんだ。その気持ちに応えるしかねえ」
「あの転んでもタダじゃ起きねー女が弱えわけねえだろ。つーか」

 あいつが戦う姿見りゃあ、他のやつらも奮起すんだろ。


 ***


「さてと。じゃあ、天才の本気といきましょうか!」

 半分ほど埋まった警備マシンを跳び越えて、新たにやって来る大群を見据える。

「結月……!いくら何でもおまえ一人で大丈夫なのかよ!?」

 背後から不安げな峰田くんの声に、前を向いたまま答える。

「頼りない背中かも知れないけど……、みんなのことは私が守るから安心して」
「っ理世……」

 それが、今の私がやるべきことだと思ったから。

『すべきことをすべきだ』

 いつだったか、国木田さんに教えてもらった言葉を思い出す。
 あのとき聞かれて思い浮かばなかった、私のなりたいヒーロー像は――。

「だから峰田くん!君はそこで指をくわえて見てるといいよぉ!」
「は!?」
「結月くんッ!そのセリフはこの状況に合っていないのでは!?」

 見えなくてもわかる。天哉くんが手をビシッとして言ったのは。自然と笑みがこぼれてしまう。

「っ……理世さん。私も、一緒に戦います……!」
「百ちん……」

 辛そうに立ち上がった百ちんが、私の隣に立った。

「その小さな背中で臆せず戦うあなたと、私も隣に並んで戦いたいんです……!」
「……ヤオモモ……」

 真摯な言葉で真っ直ぐにこちらを見つめて言う百ちんに、ぐっと込み上げる何か。

「それと……理世さん。そのドレス姿、とっても素敵ですわ……!」
「あ、ありがとう」

 そこは力強く言われた。(百ちんもそのドレス姿、大人っぽくて素敵だよ)

「……うちもまぜてよ。こんな所で、負けてられないよね」
「耳郎ちゃん!」

 今度は耳郎ちゃんが、百ちんとは反対側に立つ。

「クラスメイトを守るのは……委員長の役目!俺も共に戦う……!!」
「天哉くんも……!」

 やっぱり、天哉くんはどこまでも委員長だ。

「〜〜っ、まだ……結月に、俺のかっこいい所を見せてねえもんな……!」
「上鳴くん!元に戻ったの?」
「あんた、さっき一瞬でアホになったじゃん」
「言うな耳郎!……今度は本気だぜ!」

 耳郎ちゃんと上鳴くんのいつものやりとりに、皆の顔も和らいだ。

「チクショー……!なんだよお前ら!かっこつけやがって……!オイラだって……オイラだって……!!」
「峰田くん……?」

 峰田くんも立ち上がって、

「オイラだって、指くわえて見てられっかよーーーー!!」

 そう叫ぶと、峰田くんも私たちと並ぶ。

 皆で顔を見合わせ、力強く頷き合った。

 まだ残っているこの数の警備マシンたちも、皆となら――。


「いくぞ、みんな!」
「他に駆動音がしないからこれで全部だよ!」
「ここが正念場ってわけね!」
「これに勝てばオイラのハーレムが……!」
「結月!俺をロボの中心に連れてってくれ!」
「理世さん!武器を創りますわ!」


 ここは、このかけ声で――


「「プルスウルトラさらに向こうへ――!!!」」


 ***


 ――あれが、ヒーロー科の人たち。

 発目の目に映るのは、一歩限界を越えて、諦めずに戦う彼らの姿。

(かっこいいじゃないですか。結月さんも、皆さんも……!)

 ならば、サポートする側である自分がすべきことは。

(ええと、他に何か使えそうなベイビーはありましたっけ……!)

「あ」

 発目は、リュックの奥底でそれを見つけた。


 ***


「ウェ〜〜イ」
「上鳴くん、またウェイモードになっちゃったね……」
「本日二度目ですわね……」

 でも、かっこよかったよ、と労いの言葉をかけると「ウェ〜イ!」違うニュアンスのウェイに、喜んでいるらしい。

「結月……オイラも褒めてくれ……」
「う、うん……峰田くんも頑張ってる姿かっこよかったよぉ!」

 今は頭から血をたらたらと流して、ちょっと怖いけど。(とりあえずハンカチで止血しようか)

 ――行動不能にした警備マシンを前にして。

 追加が来ないとなると、これで打ち止めなのか、先に行ったでっくんたちに回されているのか……。
 疲労で動けない皆を見る。私は皆のおかげで、"個性"は……まだ、使える。

「百ちん、ありがとう」
「え?」
「百ちんが武器を創ってくれたから、私は負担が少なく戦えた」
「……このぐらい、大したことない創造ですわ」

 力なく微笑む。百ちんが創ってくれたのはビリヤードキュー。ただの棒でも、それをロボに飛ばせば一撃で破壊できる。

「みんなはここで休んでて。私はまだ動けるから、後を追ってくる」
「結月くん……!勇ましいが無理はだめだぞ……」

 天哉くんの言葉に「だいじょーぶ」と、笑顔と共にピースサインをした。いつかのオールマイト先生の真似。

「なんか理世って、頼りになるのかならないのかわかんないよね」
「え〜」

 今日は頼りになる方とつけ加えた耳郎ちゃんに笑う。
 じゃあ、と足を踏み出す前に「結月さん!」発目さんに引き止められた。

「これを持って行ってください!きっと、役に立ちます!」
「これって……」

 発目さんから"それ"を受け取る。……確かに役に立ちそう。

「ありがとう、発目さん。行ってくる!」
「結月さん、お気をつけて!」
「頼んだぞ、結月くん!」
「うちらも少し休んだら追うから!」
「…………結月が走ってんぞ。本当に大丈夫なのかぁ?」
「峰田さん、理世さんだって走りますわよ……」


 一人、通路を駆け抜ける。

 途中、前から人の気配がして咄嗟に角に隠れるものの……必要なかったとすぐに気づいた。

「お茶子ちゃん!」
「っ理世ちゃん!!」

 お茶子ちゃんがドレスのスカートを揺らしながら、前から駆けて来る。

「良かった、理世ちゃん!無事やったんやね!」
「お茶子ちゃんも!」

 ――再会を喜ぶのも束の間。

「っ!警備マシンの生き残り!?」

 現れた一体のロボットに身構えるお茶子ちゃん。

 手にあるキューをすぐさま飛ばした。

 串刺しのように現れて、警備マシンをショートさせる。

「一撃必殺……!ロボットに対してはめちゃんこ強いね理世ちゃん!」
「あははっ、百ちんが創ってくれたの」

 それはそうと。

「お茶子ちゃん、でっくんたちと一緒に先に行ったって聞いたけど……」
「うん。デクくんとメリッサさんは上層部へ送り届けたんだ!爆豪くんたちは非常階段から上に向かってる」

 お茶子ちゃんは残した皆が心配で、一旦合流しようと戻って来た所らしい。
 お茶子ちゃんがメリッサさんに案内されたのは、タワーの空洞部分に作られた風力エリア。
 その"個性"の無重力を使って、外から二人は上層部の階に入ったという。

「理世ちゃんは?」
「私は――……」

 お茶子ちゃんの問いに答える。先に行った皆の後を追っている途中だった。

「みんなも無事だよ。少し休んでから後を追うって」
「わかった!私はみんなの所に向かう!理世ちゃんは爆豪くんたちを……」

 その言葉に首を横に振る。あの三人が向かっているなら大丈夫だ。

「私は風力エリアから外部へ救出要請を出してくる」
「そっか!理世ちゃんの"個性"なら――」

 警察への連絡とヒーロー要請。万が一のことも考え、救急と消防に待機してもらうように。

「お茶子ちゃん、みんなをよろしく!」
「……うんっ、まかせて!」

 お互い背を向け、反対方向へ走り出した。

「理世ちゃん」

 名前を呼ばれて、足を止めて振り返る。

「私、理世ちゃんなら絶対この場に来てるって信じてた」
「お茶子ちゃん……」

 ……私も。

「私も、同じだよ」

 笑って答えると、照れくさそうにいつもの麗らかな笑みを浮かべるお茶子ちゃん。

「お互い、また後で会おうぜ!」

 力強くサムズアップするお茶子ちゃんに、私も同じように返した。


 今度こそ背を向け、お互い走り出す。


 ――破壊された扉の向こうは、壁のないむき出しの空間だった。
 吹き抜ける風が、ドレスのスカートを大きくはためかせる。
 I・アイランドを見下ろすような中央に、エレベーターが通っている柱。その周りにぐるりと並んでいるたくさんの大きなプロペラが、海からの風で回転し続けていた。

 床には破壊された警備マシンが転がっていて、爆豪くんと切島くんが倒したのだろう。焦凍くんによって、氷漬けになっている警備マシンもいる。

 視線を遠くに移せば、暗い空に時刻はもう夜更けだ。

 そこには、ここで起こっている事なんて何もないように、I・アイランドの美しい夜景が広がっていた。
 一階が約3mとすると大体、このセントラルタワーの高さは全長600m。それに近い高さから落ちるのは、私も初めてだ。

 まあ……

「スカイダイビングにしては低いか!」


 縁からジャンプして、そのまま落ちる。


("個性"を節約して、一気に落ちたいところだけど)

 ……さ、寒い!下からの風の抵抗で寒い上に、ドレスのスカートが一気に捲り上がってしまう。
 誰も見ていないけど、さすがに恥ずかしい。
 手で押さえながら、"個性"を繰り返し、下を目指す。

 だんだんと街の光が近づいてくるなか……

 念のため、ポケットからスマホを取り出して、安吾さんにかけてみるけど……電話は通じない。(やっぱり警備システムは街全体に……)

 それは、地上に近づくと確信へと変わった。

 あの警備マシンが街中を徘徊しており、お店も施設はすべて閉鎖されている。その場は人っ子一人いない。

 まるで、廃墟の街――。

 警備マシンに見つからないよう、上空から移動する。


『I・アイランドの警備システムは通常モードになりました。I・アイランドの警備システムは通常モードになりました』


 繰り返す放送がしたのは、目的を済ましたその直後。

(でっくん、メリッサさん……!成功したんだ……!)

 列をなして戻って行く警備マシンに、ほっと安堵のため息が出る。
 あとはヒーローたちや、オールマイト先生がなんとかしてくれるだろう。

 セントラルタワーを見上げる。

(――……え?)

 アナライザースコープが教えてくれるその事態に、私は再び"個性"を使う。


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