最上階の決戦

「デトロイト……スマアァアアシュッ!!」

 僕が、オールマイトを救けるんだ……!!

 ――警備システムが解除されたセントラルタワー。
 その最上階で、此度の事件の首謀者ヴィラン――ウォルフラムとの戦いが繰り広げられていた。

 活動時間が迫る、オールマイト。
 捕らえられたデヴィット。
 ウォルフラムの背後に見えるオール・フォー・ワンの影。


 幾つもの不穏が重なるなか、


「マイトおじさまああ!」


 メリッサの悲痛な叫びがその場に響く。

「デトロイト……スマアァアアシュッ!!」

 オールマイトを貫こうとする、鉄の塊を打ち砕いたのは――あらん限りの力を振り絞る出久だった。
 緑色の閃光が矢のように走り抜けたかと思えば、衝撃と共に、鉄の破片を集めた塊が粉々に崩れる。

 その中から閉じ込められ、ボロボロになったオールマイトが飛び出した。

 力を出しきった出久は、その体に鉄の塊が勢いよくぶつかり、なすがままに身を投げ出す。

「緑谷……!!」
「デク!!」

 気づいた轟と爆豪が、同時に叫んだ。
 意識がないように見えたその体は、タワーの外に落下する――……


 …………だめだ。

 ……戻らないと。

 ……戻って、戦って、救けないと――


「……ハッ!」

 朦朧とした意識を覚醒させた出久は、自分が置かれている絶望的な状況に気づいた。

 落ちている……!

 耳元でびゅうびゅうと風が吹き荒れる音が響く。遥か下に広がるのは、I・アイランドの夜景。

「っ痛……!」

 宙で無理やり体勢を変えようとしたら、ズキリと痛みが走った。

(ぎりぎりまで……!地上に近づいたら地面に向けて、スマッシュを撃つんだ……!)

 衝撃を相殺しないと助からない。いや、成功しても自分の体が持つか分からない。

(っ、怖れるな……!集中しろ……!タイミング!)

 こんなことを以前も考えていた事があった。
 あれは確か――……


「入試の時みたいだね」


 風にまざって、明るい声が届いた。


「でっくん」


 自分のことを、そんな風にあだ名で呼ぶ人は、一人しかいない。(いつだって君は……)


 僕を救けてくれる。


 ***


「っ結月さん……!!」
「最上階が騒がしいから、向かおうとしたらびっくりしたよ〜」

 ――でっくんが上から落ちてくるんだもん。
 まさか、空中ででっくんと再会するとは思わなかった。

 その体を支えて、上に飛ぶ。

 でっくんが落ちてきたという事は、上で戦闘が繰り広げられているのだと予想がついた。

「あ……結月さん……えっと……」

 でっくんはそう口ごもった後、突然はっとした表情をする。

「っ!結月さんっ、首筋に怪我が……!」

 自分だって怪我しているのに、口から出たのは私を案じる言葉。風で髪が舞い上がって、首筋についた傷が目に入ったらしい。

「ああ、このかすり傷?」

 バーサーカーの"個性"のヴィランに、一瞬の隙で付けられたもの。避ける瞬間、かすっただけだから、本当にかすり傷だ。

「君も、戦っていたんだね」

 真剣なその言葉に、私は同じような思いを込めて返す。

「……でっくんも。そんなボロボロになっても」

 ――戦うんでしょう。

「……うん!」

 力強い声が返ってきた。まっすぐな瞳に、至近距離で見つめられる。

「連れていってあげる」

(どこへだって――……なんて)

 でっくんに笑って言ってから、頭上を見据える。重量に逆らい、瞬くように飛んで、最上階へ向かった。


 ***


 でっくんを連れて最上階に着くと、辺りの金属と一体化し、禍々しい姿になった首謀者と思わしきヴィランがいた。

 まるで、金属のタワーだ。

 パイプたちが意思を持ってうねり、鉄柱が床に突き刺さる。(金属を操る"個性"……?道くんの"個性"みたいな)

 それにしても、威力が桁違い過ぎる……!

 爆豪くん、焦凍くん、切島くん、天哉くん……4人が金属の破片と戦っているのが見えた。
 百ちんは"個性"でバリケードのようなものを創って、他の皆を守っている。

 もっとも激しい中心で、戦っているのは――

「オールマイト!戻りました――!!」
「緑谷少年!!結月少女も……!!」

 パイプの攻撃を交わしながら、でっくんをオールマイト先生の元へ連れて行く。

「結月さん!」

 言葉がなくても伝わった。オールマイト先生に襲いかかる鉄柱の前に、でっくんをテレポートさせる。
 でっくんは力を込めて、その一つを叩き落とし……「!でっくん……!」痛みに腕を押さえるその体に寄り添う。

「緑谷少年!そんな体で……さっきもなんて無茶を!」

 本当に無茶をしている。なのに……

「だって、困ってる人を救けるのが、ヒーローだから……」

 痛みに耐えながら。ぎこちなくも力強く笑う。
 ――オールマイト先生みたいに。

「…………HAHAHA、ありがとう」

 最初は驚いたようなオールマイト先生だったけど、いつものように笑いながら、大きな手をでっくんに差し出した。

「確かに、今の私はほんの少しだけ困っている。手を貸してくれ、緑谷少年」
「はい!」

 でっくんはその手をしっかりと掴んで力強く答えて、オールマイト先生はそんな彼を引き上げるように起こす。

(……私が手助けできるのは、ここまで)

 だからと言って、やるべきことがなくなったわけではない。

「結月少女。緑谷少年を救けてくれてありがとう。救出において、君の右に出る者はいないな」

 オールマイト先生の言葉に、私はとんでもないと首を横に振る。

「他の生徒たちを……メリッサのことを、君に頼んでもいいかな?」
「もちろんです!」

 そのために戻ってきたのだから。

 ありがとう、とオールマイト先生は優しい顔をして頷いた後。
 巨大な金属の塊の――中心にいるヴィランを見上げる。


「行くぞ!」
「はい!」


 どうか、気をつけて――。駆け出す二人の背中を見送ると、その場から飛んだ。


「ぐっ……くたばりぞこないとガキが……。ゴミの分際で、往生際が悪ィんだよ!」
「そりゃ、てめえだろうがぁ!」
「させねえ!」


 散弾のように二人に襲いかかる無数の鉄片の塊は、爆豪くんが両手から放つ最大限の爆破による爆炎で一掃し――矢のように次々と襲いかかる鉄柱は、二人の前に届く前に焦凍くんの氷壁が盾になる。

「邪魔だぁ〜!」

 激怒したヴィランの声が響いた。
 直後、中心部から鉄柱がそこらかしこに伸びて、大きく床が揺れる。

「きゃあっ!」
「――メリッサさんっ」

 吹き飛ばされたメリッサさんを、抱き留めた。

「っ!理世さん……!?」

 飛んでくる鉄片を、"個性"を使って避ける。この戦場で安全な場所はないけど、皆の元へと向かった。

「ありがとう、理世さん。でも、顔色が悪いわ。……あなたも、みんなを救けようと、必死に……」

 何故か思い詰めたようなメリッサさんの表情。意識的に笑顔を作って答える。

「元々こんな顔色ですよぉ」
「そ、それはちょっと無理があるんじゃないかしら……」

 笑えない冗談はさておき。皆の呼ぶ声が聞こえた気がした。

 早くそっちに……

「理世さんっ、大丈夫……!?」
「だ、大丈夫です……」

 唐突に襲ってきた目眩に、その場に膝をつき、床に手を着いた。
 もう片方の手で顔を押さえ、目を閉じる。(こんな時に……!)

 あと一歩が、動けない。

「……ああ!」

 メリッサさんの声にはっと顔を上げる。向かってくる鉄柱に、咄嗟にメリッサさんに触れて"個性"を使った。

(オールマイト先生と約束したから……)
「理世さんーーっ!」

 遠くからメリッサさんが叫ぶ声が聞こえた――。


「だァからぶっ倒れんじゃねえぞっつったろ」

 ……爆発音と共に、降って来たその声。

「結月……!」

 続いて焦凍くんの声がして「大丈夫か?」体を横から支えてくれる。

「……倒れる一歩手前だったからセーフ」
「どう見てもアウトだろうが!!」

 続いて「抱き上げるか?」と、さらりと世の轟ファンに聞かれたら暗殺されそうな事を言った焦凍くん(他意はない)に、大丈夫と断って、代わりに肩を貸してもらい立ち上がった。

 心配そうな表情をしたメリッサさんが、駆け寄ってくる。

「心配かけてごめんなさい。ちょっと"個性"の反動で……。それより、咄嗟に"個性"使っちゃったから、メリッサさんになんともなくて良かった」

 メリッサさんは優しく微笑む。

「救けてくれてありがとう、理世さん。あなたも立派なヒーロー候補生ね」


 その言葉は、何よりの褒め言葉だ。


「結月くん、メリッサさん!怪我はないか!?轟くんも爆豪くんも!皆で、一緒に集まろう!この場も危ない……!」

 天哉くんの言葉通り、全員その場に揃った直後。

「なに……あれ……」
「おいおい、嘘だろォ……」

 お茶子ちゃんの戦慄した声に続き、峰田くんの絶望的な声で言った。
 見上げる先には、タワーのようなヴィランの上に、鉄片が集まり、とてつもなく巨大な金属の集合体へとなっていく光景だ。

「まだ大きくなるっての……っ」
「んなもん、どうやって……!」

 セントラルタワーの面積より大きくなっていくそれは、対比するなら人が蟻のように見えるぐらいだ。

 ――だけど。

 それに恐れず、駆ける二つの光が視界に映る。

「…………っ」

 メリッサさんが息を呑んだのに気づいた。私たちも固唾を飲み、その姿を見守る。

「タワーごと潰れちまえ!!」

 誰かが叫んだ。巨大な鉄の固まりが、落ちていく。きっとその先に、でっくんとオールマイト先生がいるんだ……!


「「ダブルデトロトォォ!!スマーシュッ!!」」


 ――落ちていく巨大な鉄の塊が、止まった。凄まじいパワーがそれを押し返しているんだと気づく。
 二人の――叫びが、思いが、気迫が、ここまで伝わってくる気がした。
 力が均衡している。もう少し、あと少し……!鉄の塊に、雷のような亀裂が走る。

(押し返して……!!)

 祈るように見つめた。轟音と目映い光と共に、巨大な塊は内側から木っ端微塵に破裂した。

「やった……!!」

 誰かが、皆が喜びの声を上げるなか、

「……まだだ」

 爆豪くんが冷静に呟いた。瓦解した破片が宙に舞う塵のように、再び集まっていく。

「今度は自分の身を守るのに固めようとしているのか……!」

 焦凍くんの言葉に、すかさず切島くんが「きったねー!!」と叫ぶ。
 二人にだって、あんな強烈な攻撃を出すには限度があるはずだ。

 特に、でっくんは。

(何か……何か……二人の手助けになる方法はっ……)

 ……――ある。

「ちょっ理世……!あんたまさか、まだ動く気……!?」

 立ち上がろうとしたら、耳郎ちゃんが口ではそう言いつつも支えてくれた。

 驚く皆の視線を受けながら……

「爆豪くん!」
「!」

 爆豪くんの方に歩いて、向き合う。

「期末試験で借りた手榴弾、改めて返すね」

 さっき発目さんから受け取った、レモン型手榴弾を――!


 ――……


「結月さん!これを持って行ってください!きっと、役に立ちます!」
「これって……」

 発目さんから手渡されたのは、レモン……ではなく。

「梶井さんに渡してくれと預かってて、すっかり忘れてました。先日、間違えてレモンを渡してしまったので、今度こそ本物のレモン型手榴弾だそうです」

 発目さんの言葉に「手榴弾!?」そうすっとんきょんな声が天哉くんから飛び出した。驚くのも無理はない。

「よく入国審査に通ったね……?」

 こんな危険物……。I・アイランドの入国審査の信用問題が……

「梶井さんの作るレモン爆弾は特殊に作られているんです。タダのレモンとしか感知されないので、検査に引っ掛からないんですよ」これが
「「……………………」」

 あっけらかんと言った発目さんの言葉に、その場が絶句した。

「ちなみにその製法は梶井さんしかしらなくて、彼しか作れません」
「……。なるほど」

 超危険人物……!そりゃあ根津校長も心配して雄英で働かせるわけだ。(こんなものヴィランの手に渡ったらハイジャックし放題!)

 発目さんから受け取る。……確かに役に立ちそう。

「ありがとう、発目さん。行ってくる!」


 ――そんな危険が香るレモン型手榴弾の出番は、きっと今ここ。

「今度こそ本物だから……威力、試してみて」

 にっと笑って言えば、意図に気づいた爆豪くんもにやりと笑みを返して、私の手からレモン型手榴弾を受け取った。

「んじゃあ、まあ……」

 ぐるぐると腕を回す爆豪くん。

「爆豪!!思いっきりいけえ!!」
「やっちまえ!爆豪!!」

 切島くんや峰田くんの声援を受け、投げるフォームをしながら、


「地獄に落ちやがれーーーー!!!」


 爆風に乗って、それは一直線にヴィランの元へ!(地獄に落ちやがれ……!)


 やがて、大爆発が起こった。


「爆弾に関しては、あの人は一流ですからね〜」

 唖然としているその場に、発目さんがまるで花火を見るような軽い口調で言う。

(可愛いレモンの見た目に反して、何て威力……!!)

 でも――これで、二人の前に障害はなくなった。爆風のなか、二つの光がヴィランに迫る!!

「いけえぇぇ!!」

 お茶子ちゃんが叫んだ。

「「オールマイト!」」

 百ちんと耳郎ちゃんもそれに続いた。

「ウェ〜イ」

 耳郎ちゃんに支えながら、上鳴くんも必死に声を上げて。

「やっちゃってください!!」

 応援する発目さん。

「「緑谷!!」」
「緑谷くん!」

 その近くで、切島くんと峰田くん、天哉くんも……

「「ぶちかませぇっっ!!」」

 爆豪くんと焦凍くんの張り上げた声が重なった。
 私も、肺いっぱいに大きく息を吸い込んで、メガホンのように両手で覆い……


「ヒーロー!!勝ってーー!!」


 私たちの声は、きっと二人に届いたと……私はそう信じている――。


 激しい轟音が起こって空気が膨れる。
 破裂して、でも、それも一瞬で。

 時が止まったかのように思えた。

 閃光に目を開けていられなくて、次に開けたときには、崩れていく金属のタワーが目に映る。

「やったのか……」

 静かに天哉くんが呟いた。

「やったんだ……ヴィランをやっつけたんだ!」

 拳を上げる峰田くんの声に、止まった時が動き出すように――


「「やったああぁぁ!!!」」


 今度こそ。その場に笑顔が生まれ、歓声が飛び交う。近くにいた発目さんとハイタッチした。
 ふと焦凍くんと視線が合えば、彼も笑みを浮かべ、少し離れた場所にいる爆豪くんも笑みを浮かべている。
 二人で見ていると、その視線に気づいた爆豪くんは「ケッ」と、そっぽを向いた。

 いても立ってもいられないという様子で駆け出したのは、メリッサさんだ。

 気づけば……いつの間にか真っ暗だった空は、淡い藍色に変化している。
 太陽が顔を出し、だんだんと明るくなっていく空の下で――……

「デクくーん!」
「怪我はないか!」
「やったな、緑谷!」

 皆と、元気よくメリッサさんの横に立つでっくんに手を振った。

「大丈夫!オールマイトも博士も無事だよ!」

 でっくんも笑顔で手を降り返す。その言葉を聞いて、安堵と共に……ものすごく眠い。

(そういえば、徹夜なんて初めてかも……。脳疲労が…………)


「結月さんっ……!!」


 遠くで、でっくんの慌てる声が聞こえたような気がした――……。


「えっ、……理世さん!?」
「結月くん!まさか、意識を失って……」
「……いや、寝てるみてえだ」
「チッ……人騒がせな……」
「爆豪くん、理世ちゃんのこと心配したん?」
「してねえわ!!」
「なんか眠り姫みてえだな!」
「おー確かにドレス姿だし!」
「じゃあここはオイラの……」
「やめい」
「ギャアッ!目に爆音……!!」
「今回、結月さんは頑張っていたのでここは寝かせてあげましょう!」
「みんな……!結月さんは……!いてえっ!」
「デクくん!?」
「緑谷くん!顔面から落ちたが大丈夫か!?安心してくれ、結月くんは……」

 寝てる!!

「ね、寝てる……?」


 長かった夜が、やっと眠りにつくと同時に、朝日がその穏やかな寝顔を明るく照らした。


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