――目が醒めて。
"二人のヒーロー"によって、敵との戦いは勝利で終わり、私は糸が切れたように眠ってしまったんだと思い出す。
ぼーっとした頭は一瞬、夢かと考えたけど、もちろん夢じゃない。
首筋に貼られたガーゼがそれを証明してくれた。
I・アイランドで起こった敵襲撃事件は、後に前代未聞の大事件として記憶に残るだろう。
私たちは、I・アイランドの責任者の方によって、ヒーローの卵たちの将来に配慮し、公表しない事になったという。
そんな危機を乗り越えた私が今――その場に打ちひしがれているとは、きっとあの名探偵でも――いや、あの乱歩さんなら予測できたかもしれない。
……問題はそこじゃなくて!
「バーベキューならもう終わったぜ」
――瀬呂くんのその言葉に、愕然と立ち尽くす。
昨日の事件で、エキスポ一般公開は延期になり、戦闘の疲れの労いも含めて、オールマイト先生が代わりにバーベキューをご馳走してくれるらしいと――発目さんから聞いて、身支度を済ませ、急いで湖のテラスまでやって来たのにもう終わった……!?
「疲れてる結月を起こすのもわりィよなーって」
その気遣いはありがたい。ありがたいけどぉ……!
「私も……!バーベキュー……!したかったぁ……!」
「「(あ、すごいショック受けてる……)」」
がっくりと肩を落とす。昨日は私、結構頑張ったと思うんだけど、現実は世知辛い……。
「な〜んてね!」
「……?」
しししっと笑う三奈ちゃん。
「ちゃーんと理世ちゃんのことを待ってたから安心して!」
透ちゃん。
「バーベキューはこれから始めるとこだぜ!」
砂藤くん。
「準備はできたから、もう少しして理世ちゃんが起きなかったら迎えに行くとこだったのよ」
梅雨ちゃん。
「昨日は功労者だったと聞いた」
「オツカレ!」
常闇くん。と、ダークシャドウくん。
「サポート科の発目さんと頑張ったんだってな。後で話を聞かせてくれ!」
尾白くん。
「無事で何よりだ」
障子くん。
「うん……!」
口田くん。
「僕は昨日どこにいたと思う?」
青山くん。
――昨日のメンバーだけでなく。
A組全員勢揃いで、皆の言葉にぽかーんとしていると、オールマイト先生が近づいてきた。
「ドッキリ大成功!……なんつって!」
サムズアップして笑うオールマイト先生。白い歯がキランと太陽の光を反射している。……オールマイト先生、元気そうで何よりです。
「……………………」
「……結月少女?」
「あはは〜びっくりしたじゃないですかぁ」
「HAHAHA!アメリカンジョークさ!」
「ちなみにこの発案はオールマイト先生なんですか?」
にこにこの笑顔で聞くと「言い出しっぺは……」と、皆から声が上がり、視線と指差す先にいるのは。
「……瀬呂くん。卒業するまでの2年半、警戒心は怠らないことだね」
「!?おまっ……暗殺でもする気か!?」
まったく面白くないドッキリだったよ!
「食べ物の恨みは恐ろしいと聞く……」
「おまえ、そんなに肉が食いたかったのかよ……」
「っそうだけど、そうじゃなくて〜!」
常闇くんの言葉の後に呆れたように言った爆豪くん。皆から笑い声が上がる。もうっ……。
「理世ちゃんっ、私もお肉楽しみだよ!食べるぞーー!!」
「ええ、いっぱい食べましょう!」
元気なお茶子ちゃんと百ちんの言葉に、つられて私も笑顔になってしまう。
「はい、理世ちゃん。お皿よ」
「ありがとう、梅雨ちゃん」
「オールマイト先生が直々に焼いてくれるんだって!」
三奈ちゃんの言葉に、私服姿のオールマイト先生が、バーベキューしている姿はちょっぴりシュールだ。
焼き上がるのを今か今かと皆と待っていると……
「――結月さん」
隣に並んだでっくんに声をかけられた。
「調子はどう?」
「ぐっすり寝たから大丈夫だよ。"個性"の疲労と徹夜だったから」
急に倒れたからびっくりしたんだ、とでっくんは微笑む。
「……でっくんも。結構怪我してたけど、大丈夫そうで良かった」
あの時……落ちてきたでっくんを戦場に連れていくか、本当は一瞬迷った。
すでにボロボロに怪我をしていたから。
でも、あの瞳に――……
(ヒーローの瞳だと、思ったから)
「結月さんのおかげだよ」
「……私?」
「結月さんが救急を呼んでくれてたから、迅速に皆の治療ができたんだ」
デヴィット博士も――そう呟いたでっくんの顔は、少しだけ影を落とした。
この一連の事件にデヴィット博士が絡んでいたという事は、さっき発目さんに聞いたばかりだ。(発目さんもさすがにショックを受けてたな……)
敵に加担した理由は分からないけど、敵に怪我をさせられた事も含め……きっとその背景には、何か事情があったんだろうなと私は考える。……そうで合って欲しかった。
デヴィット博士は重傷のため、見張りつきで入院し、治り次第、取り調べなどが始まるという。今はメリッサさんがつきっきりで看病しているらしい。(メリッサさんはその事を知って……だからあの時、あんな表情をしたんだ)
「あ……、そういえば発目さんはいないんだね」
神妙になった空気を変えるようにでっくんは聞いた。
「昨日、レセプションパーティーで人質になった人たちの中に、アカデミーの責任者の方がいたらしく……」
『私が開発したこのアイテムなんですが、特徴としては〜〜』
『excellent!!』
「って、売り込んだら特別にアカデミーの研究室を見学させてもらえることになったみたいで、張り切って出掛けて行った」
「発目さん……抜かりない!!」
発目バイタリティー!
「あと……!落ちた時は救けてくれてありがとう、結月さん。それに……、あの時は言える状況じゃなかったから……ドレス姿……――」
「さぁ食べなさい!」
焼き上がったとオールマイト先生のその言葉に「うおお!」や「わああ!」と声が飛び交い、その場が盛り上がる。
「ごめん、でっくん。なんて?」
「あ、いやっ……」
「さあ!これが緑谷くんの分で、これが結月くんの分だ!」
シュパッと現れた天哉くんが、お皿にお肉と野菜の串刺しを置いてくれた。
「……食べよっか」
眉を下げて笑うでっくんに、私も同じように笑い返す。
「「いっただきまーす!!」」
わぁ、おいしそう!皆と一緒にお肉にかぶりつく。
「……おいしい!」
「うん!さすがオールマイト!焼き加減が絶妙だ!」
オールマイト先生関係あるのかなと思ったけど、確かに良い焼き加減。
「やったー!肉だ肉だー!」
「うんめえ!!」
大はしゃぎしているのは、上鳴くんや切島くんたちだ。
オールマイト先生は「たくさんあるから、おなかいっぱい食べなさい!少年少女たち!」と、飛ぶように鉄板から消えていくお肉をさらに追加して焼いている。オールマイト先生、大忙しだ。
「うんまー!」
「串、気をつけなよ!」
「あは、三奈ちゃん良い食べっぷり!」
大きな口でかぶりつく三奈ちゃんに、笑いながら言う耳郎ちゃん。
その隣では、口田くんも別の鉄板でお肉を返しながらおいしそうに頬張っている。
皆のおいしそうに食べる姿を見るのも楽しい。串を横にして野菜を食べる。うん、野菜もおいしい!
「理世ちゃん理世ちゃん」
「透ちゃん?」
声をかけて来たのは、今日の私服もオシャレな透ちゃん。
「私たちも食べさせあいっこしよ!」
透ちゃんの言葉に見ると、お茶子ちゃんと梅雨ちゃんが「あーん」と、お互いにお肉を楽しそうに食べさせあっていた。
「じゃあ私から!あーん」
「え、待って透ちゃん。難易度高い」
あーんしてるらしいけど、まずは透ちゃんの口の位置を特定するところからだよ!
隣ででっくんが肩を揺らして笑っている。……私も笑ってるけど。
「私の口はね……ここだよー!」
「ねえ透ちゃん、指差されてもわかんないよぉ」
「えへへ!」
「うう〜ん!美味しいね、梅雨ちゃん!」
「ええ、青空を見ながらだと、よけい美味しくなる気がするわね」
なんとか透ちゃんと「あーん」を成功させると「結月さん。ばっちり」と、でっくんに褒められた。おかしくて笑い泣きしちゃう。
「バーベキューなんて初めてですけれど、なかなかいいものですわね。お肉もお野菜も、とても美味しいですわ。今度家の庭でもやってみようかしら」
百ちんはバーベキューデビューなのかぁと微笑ましく思っていると……その目の前には、すごい量の食べ終えたお皿と串が積み重なっていて、二度見した。
「無限……」
その様子を唖然としている常闇くんの顔!
「そんなに腹へってたのか」
「ええ、昨日ずいぶんと脂質を使い果たしてしまいましたので補給しないと……」
「百ちん、大活躍だったもんね〜」
もぐもぐと食べる焦凍くんの問いに答える百ちん。
その食べっぷりは"個性"によって。
百ちんの"個性"には、私も何度も助けられている。
「それは理世さんもですわ。……あら、このラムもイケますわ!あっ、ソーセージもいただかないと!」
理世さんの分もお取りしますわね!と、答える前に百ちんは嬉しそうに取りに行ってしまった。
「八百万、またプリプリ(?)してるな」
「あはは、だねぇ」
焦凍くんからプリプリという単語が出てくるのも面白い。
「理世さん、どうぞ!」
「……………………」
満面の笑みの百ちんから受け取ったお皿には……。たぶん、百ちんには適量なんだろうけど、てんこもりにソーセージやお肉が盛られていた。
「……。ありがとう、百ちん」
「どういたしまして。あ、あちらに飲み物も用意されてるみたいですわ!」
楽しそうな彼女に、指摘するのは無粋というもの。
「……。結月、それ全部食えるのか」
「……正直厳しい」
「手伝ってやる」
見かねた焦凍くんのお箸が、私のお皿からソーセージを摘まんでいった。助かると一緒に食べてると……。(あ、ソーセージもおいしい)
向かいでは、透ちゃんが今度は砂藤くんと「どっちが美味しそうにお肉を食べられるか対決」をするらしい。
審判は平等な判定をしそうな尾白くんだ。
「ワイルドな肉汁が俺を獣にさせるぜー!」
(獣……!)
「お肉うまー!思わず飛び上がっちゃうよ!」
(透ちゃん、身体能力高いよなぁ)
「さぁどっち!?尾白くん!」
尾白くんの判定はいかに……!
「いやぁ〜……引き分け?」
困ったように笑いながら尾白くんは答えた。
「ちなみに焦凍くんはどっちだと思う?」
「…………葉隠」
「(真剣に考えてから答えてくれた……!)うん、私もそう思うかな」
観客席は透ちゃんに2票だよ〜と伝えれば「やったー!」「観客席とかあったのかよ!」透ちゃんは喜んで、砂藤くんは少しくやしそうだった。
「僕はねー、昨日どこにいたと思う!?」
そう言って近づいて来たのは、もちろん青山くん。
「知りたいでしょ、結月さん」
「知りたいか知りたくないかって言ったら知りた」「知りたいよね?」
まだどっちか最後まで言ってないのに……。
「なに言ってんだよ、口田と一緒に三人でいただろ?買い物してたら、青山がおなか痛くなったってトイレに――むぐっ」
こちらも最後まで言わすまいと尾白くんの口に、ほどよく焼けたズッキーニをつっこんだ青山くん。
「内緒だよ☆」
どこに向けてしてるのそのウィンク。
青山くんには、ちょっと私のつっこみレベルが足りない。
「――あれ。そういえば、爆豪くんは?」
さっきまでいたのに……また単独行動?
「爆豪がなら向こうにいるぞ」
焦凍くんの視線の先には、一人離れて座っている……いや、一人じゃないか。
「爆豪、ほら肉だぞ!山盛りだぜ!」
「飲み物コーラでいいよな」
「ったくー、こんなとこで一人黄昏ちゃってんなよー。でも、爆豪が皆に交じってわいわい肉食ってんのも想像できねーけど!」
切島くんと瀬呂くんと上鳴くんだ。
「うるせえ!仲良しごっこなんかしてられっか」
「と言いつつ参加するあたり、わりと律儀?それともオールマイトのおごりだからか?」
「テープ野郎、勝手に人を分析すんじゃねえ!」
「いーから肉食おうぜ!肉、肉!」
賑やかし組に囲まれて爆豪くんは迷惑そうな顔をしているけど、じつはまんざらでもないんじゃないかなぁと私は思っている。
「障子くんはたこ焼きも上手く焼けそうだね」
「そうか。……考えておこう」
別の鉄板で、複製腕を駆使しながらお肉を焼く障子くんを見て。(何かを考えてくれるらしい)
「ここらへん、もういいぞ」
「ひゃっほー!肉祭りじゃー!」
障子くんが焼いたお肉を、すかさずザーッとかっぱらっていった峰田くん。
何本も串を持ちながら幸せそうにかぶりつく彼を――。
でっくんと談笑しながら食べていた天哉くんの目が、見逃さずキランッと光らせたのを私も見逃さなかった。
「峰田くん!そんなにたくさん何本も一人で取ってしまっては、他の人が食べられなくなるだろう!」
どこまでも委員長は、どの場面でもどこまでも委員長なのだ。
「それに一度に全部食べられないから、肉が冷めてしまうぞ。それでは君も残念ではないか!」
「ま、まぁまぁ落ち着いて飯田くん!」
困ったような笑顔を浮かべて天哉くんを抑えるのは、きっとでっくんの役目。
「両手いっぱいの肉祭りくらいやらせろよ〜、オイラの『美女でハーレム』の夢がなくなっちまったんだから!」
峰田くん、いつのまにそんな夢のまた夢を抱いてたの。
「しかたないでしょ。無免許で戦ったこと公表するわけにいかないんだから」
嘆く峰田くんに呆れて言った耳郎ちゃんに続いて、天哉くんもビシッとロボットのように腕を向けて言う。
「いくら人救けのためといえ、真相を明かすわけにはいかない」
「…………」
その言葉に、顔をわずかに曇らせたのはでっくんだった。……?
「そんなぁ……あんだけがんばったのに〜!」
「まぁまぁ、焼き肉食べて元気だそう!」
「こーなったら食いまくってやらぁー!!」
お茶子ちゃんが励ますと、峰田くんは残りの肉に勢いよくかぶりついた。
「峰田くん!さっきから肉しか食べてないじゃないか!野菜も食べねば立派なヒーローになれないぞ!」
「肉祭りに野菜はおよびじゃねーんだよォ!」
そんなわいわいと騒がしいなか――でっくんが静かにその場を離れる。一瞬、さっきの表情が気になって、追いかけようとも思ったけど。
……オールマイト先生が後を追って行ったから大丈夫そうだ。
でっくんが何か悩んでたとしても、きっと、オールマイト先生がその答えを持っているだろう。
「緑谷は?」
「ム?本当だ」
「トイレか?」
気づいた焦凍くんに天哉くんたちが周囲を見渡すなか、私が口を開く前に「さっき、そっと出てったよ。オールマイトがあと追いかけていった」と、耳郎ちゃんが答えた。
「なんかあったの?理世」
「え?」
次いで唐突に振られ、驚きの声が口から出た。
「ずっと緑谷のこと、目で追ってたから」
その言葉に、そんな風に見られていたと知ってちょっと恥ずかしい。
「……でっくん、結構な怪我をしてたのに元気だし、筋肉痛とかないのかなぁって観察してた」
「いや、理世じゃないんだから……」
耳郎ちゃんが苦笑いを浮かべて、同じように皆も「私らしい」と笑う。
どうやら上手く誤魔化せたようで、なんとなくほっとした。
***
あっという間の帰国日――。
I・アイランドでの短くも濃い数日間。
最後は、メリッサさんが笑顔で私たちを見送ってくれる。
「みんな、また遊びに来てね!」
まだ心の整理がつかない事もあるだろうけど、明るい笑顔を見せてくれるメリッサさんに応えるように――私たちも笑顔を浮かべた。
帰りも同じく発目さんと一緒に、ジェット機に乗り込む。
程なくしてジェット機は離陸すると――
敵との戦闘で上部が崩れたセントラルタワーが、どんどん遠ざかって行く。
そして、海に浮かぶI・アイランドも……。
(きっと。また、いつか)
少しだけ感傷を感じていると、窓いっぱいに夏らしい眩しい青空が飛び込んだ。
(……そうだ。戻ったら林間合宿の準備をしなくちゃ)
私たちの夏休みは、まだまだ終わらない。