女子皆の手助けもあり、部屋の片付けはあっという間にその日のうちに終わった。
――翌日。後半に差し掛かった夏休み。
生徒たちは仮免取得に向けて、必殺技取得の圧縮訓練をしているという。
体調はもうばっちりな私も、コスチュームに着替えて一緒に向かった。
「最低でも一人二つってさ。体育館γ――通称"TDL"で、エクトプラズム先生の分身相手にしたりしてんだ」
途中、切島くんが詳しく説明してくれる。(ティーディーエル……)
「……東京デ[ピ――――]ド?」
「結月、まんま言うのはやべぇ」
切島くんに真顔で言われた。
正しくは「トレーニングの台所ランドを略して"TDL"」らしい。
セメントス先生が考案した施設で、生徒一人一人に合わせた地形や物を用意できるから、台所って意味だと。(紛らわしい!)
「アタシはね、こう……酸をぐわぁーと出せたらいいなって!」
「私は蛙の特徴を活かした必殺技はないか考案してるの」
「俺はやっぱ指向性だよな〜」
なるほど……。皆の話を聞いていると、必殺技って一口で言っても、攻撃だけじゃないみたいだ。
「「今日もよろしくお願いします!!」」
ここがTDL――広い体育館のような場所に、岩の地形が広がっている。
エクトプラズム先生と相澤先生の挨拶が終われば、皆はすぐに散って、訓練を始めていた。
中にはすでに必殺技のビジョンが浮かんでたり、もう完成している人もいるみたいで。(爆豪くんとか……さすがというか)
少しでも遅れを取り戻せるように、私も頑張らないと。
「結月」
「相澤先生」
先生に声をかけられ、そちらに体を向ける。
「生徒たちから話は聞いてんと思うから説明は省くが……おまえ自身は何か必殺技の考案はあるのか?」
「そうですね……」
太宰さんと話して知った、右脳左脳による"個性"の正しい使い方……必殺技より先に、その方法を使いこなせるようになった方がいいかも。
「必殺技の前に、二つの能力を使いこなす特訓がしたいです。私の"個性"について新しく知ったことがあって……」
「……そうか。おまえの場合、師がついてるからな。まかせるよ」
最後に無理はするなよ――という相澤先生の言葉に、大丈夫ですと笑顔で答えた。
「結月。我ノ分身ハ必要カ?」
「はいっ、数十体ほどお願いします!」
「ホウ……」
エクトプラズム先生の分身相手に、"個性"の特訓。
小高い岩の丘に立って、分身たちを見下ろす。
まずは、空間転移の方から。
右脳にアクション。
(想像して、右から二人目を飛ばす。次は左から六人目……八人目)
意識をした途端、順に分身が消え――転移先に彼らは現れる。(やり方を変えただけで今よりずっとスムーズだ。こんなに違うんだ……)
何回か試して感覚を掴む。それこそ想像していたよりずっと順調だ。
次は座標移動で、今度は左脳にアクション。
(計算。おおよその座標の数値を導き出して飛ばす――……)
「やあ、結月少女!調子はどうだい?」
「あ、オールマイト先生!」
しばらくして、ラフな格好のオールマイト先生に声をかけられた。下から手を振るオールマイト先生の元へ、テレポートする。
「君の顔を見る限り、私からのアドバイスは必要なさそうだな」
「そんなことないですよ。まだ"個性"の使い方の特訓で、必殺技作りまでいけてないですから」
「結月少女の場合だと……敵に直接攻撃するものか、戦況を有利に進めるものか、どの方向性の必殺技を作りたいかだな」
「確かに……考えてみます」
必殺技は最低二つって言ってたから、両方できるのが一番だけど……
「特訓して、"個性"の発動を補助する新しいサポートアイテムが必要だと考えてました」
「"正しい"使い方をするようになって、新しい問題が生まれたのかな?」
オールマイト先生の言葉に、頷く。
「座標移動で飛ばすと、大体の目測なので実際との座標位置がずれるんです」
正確な距離を測れるようにしないと、これでは座標が安定しない。正確性が重要な私の"個性"で、これは見過ごせない案件だ。
「たぶん、今までは能力をごっちゃに使ってたので、上手く作用してたのかと……」
その分、負担が大きかったんだと思う。
「"個性"の性質に合わせてサポートアイテムやコスチュームを改良することも大事さ。夏休みの間も開発工房は開いてるから、行ってみるといいよ」
「はい!」
善は急げと、早速行ってみよう。どんなサポートアイテムが良いか、アイデアはもう頭に浮かんでいる。
発目さんがいると良いけど……。(いや、いるな)
オールマイト先生に「ありがとうございます」と、お礼を言う。先生は生徒たちにアドバイスをして回っているらしい。
……ん。オールマイト先生のズボンのポケットに本が……
"すごいバカでも先生になれる"……!?
本のタイトル!そしてそれをチョイスしたオールマイト先生!所々ページに付いてる付箋が、先生の努力を感じさせた。(オールマイト先生……ファイト)
工房の扉前に着くと、夏休みでも変わらず、中から色んな音が聞こえてくる。
「こんにちは」
「どこの誰かと思ったら、結月さんじゃないですか!元気そうで良かったです!」
「発目さんも。夏休みも開発に精を出してたみたいだね」
「フフフ……ベイビー開発に休みなんてありませんから!」
発目さんと会うのは、I・アイランドに一緒に行った以来だ。
「結月さんが私に会いに来た理由は分かってますよ。たった今出来上がった、ベイビージェットスーツβを試しに来たんですね?」
「ううん、違う」
相変わらず自分ペースの話に持って来ようとするな……。
さっそく本題に入る。
「今、仮免取得に向けて圧縮訓練をしてるんだけど、新しい"個性"を補助するサポートアイテムを作ってほしいの」
「なるほど!詳しく話を聞きましょう」
「I・アイランドの時に作ってくれたアナライザースコープなんだけど……」
「あれですか!結月さんにぴったりでしょう!?」
「あれにロボバト……だっけ?あんな感じの脳波を感知する機能を加えて欲しいんだ」
簡単に説明すると――
「私が決めた座標を脳波から感知して、正確な距離を演算して数値を出してくれるサポートアイテムがほしい。作って」
「くけけ……結構無茶な注文をしてきたね」
話を聞いていたパワーローダー先生が横から言う。無茶な注文。確かに、と思いながらも、私は笑って発目さんに言う。
「発目さんならできるでしょ?私をクライアントにするなら、それぐらい作ってもらわなきゃ」
その言葉に、発目さんは……
「……面白いじゃないですか!いいでしょう。結月さんが満足できるものをこの発目明が作ってみせますとも!」
「さすが発目さん!」
発目さんならそう言ってくれると思った!
エキセントリックな人だけど、腕は確かなんじゃないかと結構信頼している。
「――ただし。こちらからも代わりと言ったらなんですが、お願いがあります」
「ほう。言ってみて」
発目さんからのお願いなんて、自分の好きなデザインにしてほしいとか?
「私の試作品ベイビーの実……体験者になってください」
「今、実験台って言いかけたね、発目さん」
それは……下手したら命に関わる。
「発目さんのお願いは聞いてあげたいけど……。私、怪我もしたくないし死にたくないからそれは引き受けられないかなぁ」
「結月さんの"個性"ならすぐに危機回避できるじゃないですか!適任ですよ!」
「危険なの前提!?」
少しでいいので!実際の体験データが欲しいんです!――発目さんにそう懇願され、じゃあどんな試作品かによって決める……という折衷案になった。
「ちょっと待っててください!もう少しで出来上がりますので……」
まだ作りかけだったらしい。発目さんの横から覗き込む。何を作っているのかさっぱり分からない。ちょっと不安だ。
発目さんは「はっ!こっちの組み合わせを試してみたら……」と、ぶつぶつ言いながら――
BOMB!!!
突如起こった爆発に、吹っ飛ばされた。
「ぎにゃ!…………」
「フフフ、いててて……」
「ゲホッゲホッ……おまえなァア……思いついたもの何でもかんでも組むんじゃないよ……!」
……………………はっ!
痛っ……?私、頭打って一瞬気絶を……え、真っ暗!何も見えない!
……と、パニックになっていると、何かを頭からすっぽり被っているからだと気づく。
これは……バケツ!?バケツ被るってどんなコントだ!
ていうか発目さん……試す前に爆発とか危機回避する間もなかったんだけど!
バケツを投げ捨て、一言文句を言おうと立ち上がる。
煙の向こうから話し声が聞こえた。
この声は……でっくん?
「あの……コスチューム改良の件でパワーローダー先生に相談があるんだけど……」
「コスチューム改良!?興味あります!」
「浮気者〜〜〜!!」
「この声は……理世ちゃん!?」おったん!?
「っ浮気!?結月さん!さっきのは決して浮気とかではなくて……っ!不可抗力というか事故で〜〜!!」
「発目さん!私のサポートアイテムもまだなのに、早々にでっくんに乗り換える気!?」
「あ、そっちデスカ……」
「緑谷くん?浮気とは?」
おこの私とは反対に、発目さんはケロリとしている。
「もちろん結月さんのことも忘れてませんよ。だけど、興味は抑えきれません。彼の提案が面白そうでしたら後回しにします」
「包み隠さずはっきり言って清々しい」
作ってもらう立場だから、まあ……それは良いとして。
「今の爆発で私吹っ飛ばされて一瞬気絶した上にバケツ被ったんだけど!発目さんはもうちょっと慎重になって」
好奇心のまま突っ走るから……。そもそも人が扱うものは、機能より安全性がまず第一なわけで。
「バケツ……?結月さんはコントの才能もあるんですね」
「ないよ!もうっわたし帰る!」
話しにならない!そのまま工房を後にする。
大事な頭なのにぶつけて、酷い目にあったよ――……!
***
「……発目さん?結月さん、怒って行っちゃったけど……」
「放っておいて大丈夫ですよ。ああやって感情を露にする時は、大したことない時でしょうから」
「「(結月さん/くん/理世ちゃんの扱い方慣れて(と)る……!!)」」
***
――とりあえず。
サポートアイテムは一旦置いといて。戻ってまた"個性"の特訓を……
「結月さん!」
「……あれ、心操くん!」
向こうから走ってくるのは、心操くんだ。
「なんだかすごい久しぶりな気がするね。どうしたの、こんな所で」
「相澤先生から結月さんが復帰したって聞いたから、会いにきた」
相澤先生?それにしても……と、久しぶりに会った心操くんをまじまじと見る。
「心操くん、なんかちょっと雰囲気変わった?」
体格ががっちりしたというか……"男子三日会わざれば刮目して見よ"っていう言葉があるけど。
「あー……そうだな。そのことも話したいし、ちょっと時間くれないか?」
いいよと二つ返事して、心操くんと近くの休憩スペースにやって来た。自販機でお互い缶ジュースを買って、椅子に座る。
「じつは……、相澤先生に目をかけてもらって、ヒーロー科への転入を見越して鍛えてもらってるんだ」
「えぇすごい!それすごいことだよ!」
あの合理的を極める相澤先生が、見込みのない生徒を鍛えるはずがない。
心操くんに素質があると判断したからだ。
「本当は内緒にして驚かそうと思ってたんだけど、やっぱり以前の俺と違う?」
「うん、顔つきとか男前になった」
「マジか」
心操くんが笑って、私も笑う。
久しぶりに会っても、こうして変わらなく、他愛ない会話ができる関係は心地いい。
「じゃあ心操くんはライバルだねぇ」
「ライバル?」
「私も……知っての通り敵に攫われたり、色々あったりして……」
一言「うん」と、頷く心操くんは、真剣に話を聞いてくれていると分かった。
「折れたというか、もうヒーローを目指せないとか思ったりもした」
「…………」
「それでも、周りの人たちのおかげもあって、改めてヒーローを目指そうと思ったの」
「……そうか。何があったか話すのも酷だと思うから聞かないけどさ。乗り越えてきたって顔してる」
「……乗り越えてきたかぁ」
今度は私が笑って、心操くんも笑う。
「じゃあ俺は、結月さんが初めて意識したライバルってことになるのか」
「あ、そうかも。ちなみに私、出る杭は出る前に叩くからよろしく」
「嫌な人にライバル視されちゃったなぁ」
そう言いつつ、楽しそうな声色の心操くん。
その後は、どんな訓練をしているのか、寮生活の話など、缶ジュースの中身がなくなるまで話をした。
今度、手合わせしよっかと話して、心操くんと別れる。
「あ、結月さん」
「?」
「ヒーロー科に戻ってきてくれてよかったよ。結月さんは、俺の目標の一人でもあるからさ」
「……心操くんにそんな風に思われてたら、私もますます頑張らなくっちゃね」
期待には期待以上に応える主義だよ、私。
よしっ。気合いを入れて、TDLに戻る。
「……ん、結月さんじゃないか!まったく、どれだけこっちが心配したと思ってるんだ!?」
顔を合わせた途端。ずんずんとこっちに詰め寄って捲し立てられる――物間くんに。
それもただの物間くんじゃなくて、貴族のような、燕尾服っぽいコスチュームを着た物間くんだ。(初めてコスチューム姿見たけど、イメージを裏切らないというか)
「何度も敵に遭遇してるだけでなく、今度は攫われるって君はピーチ姫か何かなの?」
「ピーチ姫は何度も攫われてるけど、ほら私まだ一回だから」
そう返したら「これからも攫われる予定があるみたいな言い方だね。大体君は〜〜」と、何故か始まる物間くんの説教。
ここは明後日の方向を向いて聞き流す。
「ちょっと結月さん!人の話を堂々と無視して……!」
「物間くん、私も特訓しないとだから〜」
「残念でした!この時間は僕らB組が使う時間だよ!」
嬉々として言われた。え〜そうなの?
「物間くんはどんな特訓してるの?」
「僕の"個性"はコピーだから、あらゆる"個性"に対応できるようにね」
物間くんの"個性"は触れた"個性"をコピーして、その"個性"を使えるというもの。
ふと、思い付いた。
「じゃあ、物間くん。私の"個性"、コピーしてみて」
「君の"個性"?」
そう言って手のひらを差し出した。物間くんは怪訝な顔をしつつも、手を重ねてコピーする。
「テレポートできる?」
「……やってみようじゃないか」
物間くんは目を閉じ、一呼吸置いたと思えば、しゅんっと姿が消えた。現れた先は、
「僕にかかればこの程度、どうってことないよ」
私の背後。得意気に笑う物間くんは、再びテレポートして元の位置に戻る。
「私の"個性"、どう?」
「良い"個性"だよ。四次元に動ける機動力に、救助にも敵確保にも役に立つ」
まあ、僕の"個性"の方がもっと良い"個性"だけど――最後にそう付け加えるのが物間くんらしいなぁ。
「物間くんは自分の"個性"に誇りを持ってるよね」
「当然だろ。なんてたって、僕の前では「唯一無二」の人間は存在しないんだから」
いつだったか聞いたキメ台詞を、物間くんは自信たっぷりに言う。
「私も、自分の"個性"が好き」
「っ」
それは、今も昔も変わらない。
「コツ、教えてあげる。ちなみに今のは空間転移の方の能力ね。座標移動の方もあるから頑張って使いこなして」
「……は?」
「あ、今まで言ってなかったけど、私、"複合個性"なの」
隠す必要もなくなった"個性"の事をカミングアウトすると、案の定物間くんは「はあああ!?」と、驚いている。
良い驚きっぷりに「あははっ」声を上げて笑った。
「ちょっ……ちょっと待って。君、どういうつもりだ!?」
警戒しているというよりは、純粋な驚きと疑問という声だ。
「私の"個性"をコピーして、物間くんの役に立ったり、誰かを救うことに繋がったら素敵だなって思って」
……物間くん?
「〜〜っ!……君って、そうやってこっちの意表を突くことを言うよね。……いいだろう。そこまで言うなら使いこなしてあげるよ。もちろん、君以上に!」
「うーん、赤点取る頭脳で私以上にこの"個性"を使いこなすのはちょっと……」
「あと本当口が減らないっ!」
「ありがとう」
「褒めてないから!」
物間くんが私の"個性"を使いこなす特訓が始まった。
客観的に自分の"個性"を見るのは面白くて、気づけばあっという間に時間は過ぎていた。
「なんか、すごい……目眩がするんだけど」
「"個性"を使った反動だね。大丈夫?」
物間くんは片手で頭を抑える。しばらく安静にしていたら治まると思うけど……。
「まあ、結月さん……!」
「なんだ物間、いねえと思ったら結月と一緒だったのか!」
「塩崎さん!鉄哲くん!元気だった?ちょっと物間くんに私の"個性"伝授してた」
塩崎さんと鉄哲くんに、騒ぎを聞いてか他のB組の人たちも集まってくる。
「結月の"個性"、便利だもんな!つか、元気そうじゃねえか!」
「ええ、心配してましたが、お元気そうで何よりです」
「え、理世?本物?」
「レイちゃん、私の偽物なんているの?」
「理世ちゃんのコスチューム、可愛いノコね!」
「こうやって理世の直接元気な姿見て安心したよ。――ね、みんな」
「んっ」
わいわいと皆と言葉を交わす。B組の皆ともこうして再会できて嬉しい。
「君、いっそのことB組に転入しちゃえば?」
「おー!それいいじゃん!」
まあ歓迎してあげるよ、と物間くんは続けて言った。B組の皆も好きだし、悪くはないけど……
「私、相澤先生の生徒でもいたいから」
ちょうど、こちらに歩いて来る相澤先生を見て。
「……どっちにしろ、クラス替えは基本うちにはないよ。まあ、結月にこの先の見込みがなくなれば、すぐにでも普通科に転入もしくは除籍になるが」
「じゃあ、私は伸びしろしかないので大丈夫ですね」
「まったく……口だけは頼もしいこった。……さて、おまえら時間だ。さっさと帰れー」
最後は相澤先生に追い払われて、TDLをB組の皆と後にした。
コスチュームからラフな格好に着替えて、校舎から徒歩五分の寮へ。
「今度、お互いの部屋へ遊びにいきましょ」
「行きたい!取蔭ちゃんの部屋、おしゃれだろうなぁ」
新しいわが家に、帰って来た。
(でも、やっぱりちょっとホームシックかも……。安吾さん、何してるかなぁ)
……うん、仕事かな。私がいなくてますます社畜っぷりに拍車がかかってないと良いけど。(あれ……)
「でっくん、天哉くん、庭で何してるの?」
「あ、結月さん!おかえり」
でっくんのその言葉に、自然と笑顔になって「ただいま」と、答えた。
寂しい気持ちが不思議と薄れていく。
「緑谷くんと特訓の続きをしようとしていてな」
「特訓?」
「実はね……」
でっくんが事のあらましを詳しく説明してくれる。
「……そっか。腕ではなく、脚……。新しいでっくんの戦闘スタイル、良いかも!」
リスクがある腕から脚へ。確かにでっくんの手には消えない傷跡もたくさんあって……直接的には聞いていないけど、ドクターストップも言われているんじゃないかと思っていた。
「腕のサポーターも新調するけど、蹴りを主体にできたら良いなと思って」
「攻撃のバリエーションも増えるしね」
「うん!それで、飯田くんに蹴りの使い方を教えてもらおうと思ったんだ。あ、結月さんも体術は蹴りが主体だよね」
「結月くんの蹴りは、俺から見てもなかなかのものだと思うぞ」
「肘とか手首の内側とか関節もよく使うけど、私に体術を教えてくれたのがグラヴィティハットだからなのもあって」
基本、足技。そして、中也さんの剛脚は本当にすごい。なんせ"個性"を使わなくても強いし。
「特訓は順調?」
「まずは飯田くんの動きを模写して、基本的な動きを身に付けるところから初めてたんだ」
そう言ってでっくんは、いつものノートを手に持って見せてくれた。
……なるほど。ピコンと頭に閃く。
「じゃあ天哉くん、私と蹴りで手合わせしようよ!」
「……そうか。攻守の動きも見れるし、緑谷くんの新しいスタイルのビジョンも、思い浮かべやすくなるかも知れないな。よし、やろう結月くん!」
「わ、ありがとう二人とも!」
「見てて、でっくんっ!天哉くんをコテンパンにしてみせるから!」
「(コテンパン……!?)」
「結月くんッ!蹴りの手合わせなのに拳が出ているし、俺はそう簡単にコテンパンにはならないぞ!」
そう言う天哉くんも謎の手の動きで構えているし。面白すぎる。
「じゃあ、天哉くん。いくよ!」
「どーんと来い!結月くん!」
どーんと天哉くんに蹴りを打ち込む!
***
……――良かった。
(結月さんがあんなに楽しそうに笑ってる)