「おはようございます、理世さん!」
「おはよう、百ちん!」
「最初はちゃんと寮生活を送れるか心配でしたが、こうして理世さんとも一緒に生活を送れて嬉しいですわ」
「私も。寮生活にも慣れてきたよ」
――私にとっては、三日目の寮生活。
洗面所で朝一番に百ちんと顔を合わせて、一緒に歯磨きをする。
「二人ともおっはよー!ねえねえ、もう歯磨き終わっちゃった?」
姿は見えないけど、透ちゃんは朝から元気いっぱいだ。
「うん、今終えたとこ」
「じゃあ、次の時に!このキャラメル味の歯磨き粉、すっごくキャラメルだったから二人にも試してほしいんだー!」
「歯磨き粉なのに、キャラメル味……!?どういうことでしょうか……」
矛盾した歯磨き粉の存在を真剣に考える百ちん。
「たぶん、香料とかじゃないかな?」
「でも、おいしかったよ!」
「……透ちゃん、食べてないよね?」
「まさか!もう理世ちゃん、さすがに食べないよー!」
楽しげに会話をしていると「朝から楽しそうね」と、梅雨ちゃんがやってきた。
おはようと挨拶して、透ちゃんは梅雨ちゃんにキャラメル歯磨き粉を薦めている。
その様子にくすりと笑って、百ちんも一緒に食堂へと向かった。
「結月くん!八百万くん!おはよう!」
「おはよう、天哉くん」
「おはようございます」
合宿の時みたいに、天哉くんは爽やかな挨拶をしてくれた。(天哉くんって、もしや一番に起きてる?)
「結月さん、夜は眠れてる?」
「うん、自分のベッドなのもあってぐっすり」
いつも一緒に寝ているぬいぐるみたちもいるし。その返事に尾白くんは安心したらしく「よかった」と、微笑んだ。
「最初はホームシックになるかもってちょっと思ってたけど、昨日の部屋王も楽しかったし、なんか大丈夫そう」
「はは〜ん。意外に寂しがり屋かよ、結月。オイラに言えば、いつでも添い寝してやるぜ?」
「そういえば、朝食は洋食と和食選べるんだっけ。焦凍くんは朝ごはんは和食派?」
「ああ。洋食は慣れねえ」
「ガン無視すんなよ〜!」
峰田くんの情けない声に、食堂にどっと笑い声が響いた。(寮生活の難点は、朝から峰田くんの対応がきついことだな)
***
「緑谷も、昨日サポート科の開発工房行ったんだって?俺も行ってみよっかな〜」
「あ、俺も。あとで一緒に行こうぜ、上鳴」
「アイデアはもらったし、何かきっかけは生まれるんじゃないかな。色々大変だったけど……」
「結月くん、発目くんはどうにかならないのか!?」
「うーん、私じゃどうにかならないかな」
そんな会話をしながら、昨日と同じくTDLへ向かう。
「フフ、結月さん。復帰早々訓練に励んでるそうじゃない」
「あっ、ミッドナイト先生!」
「頑張ってるね」
「セメントス先生もこんにちは!」
今日はミッドナイト先生とセメントス先生の姿があって、他の先生方も昨日のオールマイト先生みたいに、アドバイスをしてくれているらしい。
「進捗はどんな感じ?」
「昨日、"個性"の使い方を再確認して、今日から本格的に必殺技作りに入ろうと思います」
ミッドナイト先生に、そう気合いを込めて答えてみせる。
「感心だねえ。私の出番はいらないかな」
……………………んん?
あれ、ものすごく聞きなれた声が……
「やあ、理世。何日かぶりだね」
「!?だ、太宰さん!?えっ、なんでここにいるんですか!?」
にこにこと笑顔で、ひらひらと手を振る太宰さん。ミッドナイト先生の「あら、知らなかったの?」という言葉に、
「知らないですっ!どういうことですか!?」
思わず大声を上げた。
「え、誰?結月の知り合い?」
「もしかして新しい先生!?イケメンじゃーん!」
上鳴くんと三奈ちゃんを始め、場がざわめき出す。
「知り合いというか……私の師匠的な……」
「「えぇ――!――!――!?」」
皆から、驚きの声が上がった。
「理世ちゃんの噂の師匠……!」
「なんか……すげえ……!」
「理世さんに"個性"を指導した方ですもの……きっととてもすごい方ですわ……!」
「(この人が、結月さんの師匠……)」
「君の師匠ってだけで、私すごく注目浴びてない?」
「なんでしょうね……?私もびっくりです」
皆、へぇとかほぅと頷くなか――
「あいつがクソテレポの師匠だと……!?」
ブレない声が響いた。
「君、クソテレポって呼ばれてるの?」
「爆豪くんにだけですけど……素敵なあだ名でしょ?」
「名付けの品性とお里が知れる素敵なあだ名だね」
「アァア!?」
「「(息の合った嫌み……!!)」」
「あ、爆豪くん。最初に忠告しといてあげる。太宰さんにだけは喧嘩を売らない方がいい」
正直、太宰さんはどんな敵より敵に回したくない。
「あ?何言ってんだ」
「爆豪くんは噂によると、どうやら反抗期真っ最中らしいね」
「どんな噂だッ!反抗期じゃねえわ!ざけんな!」
「はいはい、反抗期の子は皆そうやって否定するのだよ」
「だァから、反抗期じゃねっつてんだろうが!!」
「はいはい、反抗期の子はさらに皆そうやって否定するのだよ?」
…………どうやら遅かったみたいだ。
ぎゃあぎゃあ言う爆豪くんを、太宰さんはそよ風に吹かれたぐらいに、軽くあしらっている。
「さすが結月の師匠……!」
「この弟子にして、この師あり」
「二人ともどういう意味で言ってる?」
切島くんと常闇くん。
「ぶっ殺す!!」
「かっちゃん、結月さんのお師匠さんになんてことを……!!」
「え、君が殺してくれるのかい?悪いなあ」
「!?(嬉しそう……!?)」
「ンで笑顔で照れてんだよッ!?」
爆豪くん……
「自殺マニアの太宰さんにぶっ殺すなんて言っても喜ばすだけなのに……」
「おい待て、なんだそのおぞましい言葉は!?」
瀬呂くんの問いに「太宰さんの趣味は自殺で、自殺マニアなの」って答えると、皆の顔はどん引いた。
……ああ、そうだよね。最近は私も慣れてきちゃって普通に答えちゃったけど、普通はその反応になるよねぇ。(慣れって怖いなぁ)
「ちなみに、君。ずいぶん実力には自信があるみたいだけど、私に傷一つでもつけられるかな?」
「〜〜!上等だコラ!その言葉、死んで撤回しろや――!!」
「!かっちゃんっ……!」
慌てる周囲に、でっくんが止める間もなく爆発が起こった。
私はそれを"無効化"すると知っているけど、躊躇なく爆破する爆豪くんには呆れるような、感心するような。
「――爆破で死ぬのも悪くはないが」
「!?無傷……!?」
「……!無効化……?っつうことは、授業参観の時の犯人野郎か!」
さすが、爆豪くん。太宰さんの"個性"とあの時の犯人役ともすぐに気づいた。
「え、あの時の……!?」
「久しぶりだねえ、緑谷くん。お母さんは元気かい?」
「あ、はっはい!」
驚くでっくんに、太宰さんはにっこり笑う。
「んじゃあ、"個性"は無効化しても物理攻撃は無効化できんのかァ!?」
今度は飛びかかる爆豪くん。太宰さんは変わらず余裕の笑みを浮かべている。
「私が無効化するのは、残念ながら"個性"だけだ。――でも、君の拳は私には届かない」
「ッ!?」
「「相澤先生!」」
「ったく。お前は誰彼構わず喧嘩を売るな。一応その人、客人だぞ」
素早く伸びた捕縛布に、爆豪くんは雁字搦めになる。その拳は太宰さんの言う通り、寸前で止まった。
偶然、ではない。腕時計の時刻を見ると、特訓が始まる9時ぴったりだ。
時刻きっちりに相澤先生が来るタイミングを、太宰さんは計ったんだ。
「だから、最初に言ったのに……」
『太宰の敵にとって一番の不幸は、太宰の敵であることだ』
太宰さんを知る人なら、納得の逸話があるからだ。
「すでに知っての通り……こちら、武装探偵社の社員の方だ」
落ち着いたところで、相澤先生は事情を話す。
「雄英の寮制にするにあたって、彼らには防犯観点から相談に乗ってもらったのと、ついでに、仮免試験に向けての外部訓練を依頼した」
外部訓練の依頼……?
相澤先生は「生徒たちに自己紹介を……」と、太宰さんに促した。
太宰さんは私たちを見回しながら、口を開く。
「改めて……私は武装探偵社の太宰。太宰治だ。君たちは前途ある優秀なヒーローの卵たちだと聞く。だが、もし……険しい茨の道に傷つき、夢半ばで折れるようなら私に相談するといい――」
いやいやいやいや、待って。
まさか、太宰さんん……!?
「清く!正しく!元気よく!とっておきの自殺方法を私が教えてあげよう!」
「「(なに言ってんだ、この人!!?)」」
最悪だよ……!太宰さん自身が自殺マニアなのはともかく、未来ある若者になんて事を言うの……!?
「相澤先生、金槌持ってませんか。私が責任もって殴りますので」
「……。結月、気持ちはよく分かるが生憎持ってねえ」
「ないなら仕方ないねえ」
「「………………」」
その場の引き潮感が居たたまれない……!!
「……まあ、こんな人だが、仮免試験に向けてお前たちのレベルを底上げするのに一役買ってくれるそうだ」
「一役買ってくれるとは、太宰先生が"個性"の指導をしてくれるということでしょうか!?」
ビシッと手を上げて質問したのは、もちろん天哉くんだ。(太宰先生……!)
「先生は照れるねえ。もちろん、"個性"について教えられるけど……。"個性"を鍛えると同時に、君たちに必要なのは実戦……つまりは模擬戦だ」
「つーことは、あんたが相手してくれんのか?」
ニヤリと好戦的な笑みを浮かべたのは、もちろん爆豪くんだ。(本当に負けず嫌いだな……)
「私は戦闘は苦手でね。代わりに君たちの相手をしたいという者を手配をした。まあ、その人物の"個性"は少々危険なのだが、そこは無効化の"個性"を持つ私がいれば安心だ」
太宰さんの"個性"が必要な"個性"なんて、少々じゃなくてかなり危険なものなんじゃ……。
「それとは別に、対戦相手を呼んでいるのですよね?相澤先生」
「ああ、まずは彼らと戦ってもらう」
彼ら……?
「雄英高校OBであり、今年デビューした現役プロヒーロー……」
「……!」
「先日の神野の一件でも活躍した、月下獣と黒獣だ」
二人とも入ってこい――。相澤先生の言葉に現れたのは、穏和な表情を浮かべている敦くんと仏頂面の龍くんだ。
「月下獣と黒獣……!横浜の新人プロヒーローで、白と黒の性格も戦闘スタイルも対照的なコンビヒーロー!結月さんの兄弟子だよね……!」
「うん……!」
いち早く口を開いたでっくんに、頷く。
二人とは何度も手合わせをした事はあるけど、こんな形で対戦するとは。
「すまんな、わざわざ来てもらって」
「いえ、相澤先生のお願いならお安いご用ですよ」
「生徒たちの相手をするなど、赤子の手を捻るより容易い……」
にこやかに答える敦くんとは対照的に、ぎろりと龍くんの目がこちらを見下ろした。皆が息を呑むのが分かった。
「……ッ!」
ただ一人、爆豪くんだけは相変わらず好戦的だけど。
「仮免に向けて、圧縮訓練を行って必殺技開発してもらっているが、いざ実戦で使えなければ話にならん。経験は何よりの糧だ。そこで、二人に来てもらった」
「しかし、先生!まだ、必殺技を取得していない者も多くいます!」
「それを模索する為のものでもある」
「なるほど……!分かりました!」
相変わらず天哉くんは納得が早いな……。
「あ、あの!俺ら一人でプロヒーローと戦うんスか!?」
「いや、対クラス21人全員だ」
「「!」」
2対21人……数だけ見るとこっちが有利だけど……。(二人が相手ならそう上手くはいかないだろうな)
贔屓目に見なくても――二人は強い。
"二人"でなら、なおさら。
「上鳴。今、余裕だと思ったか?」
「っま、まさか!思ってないスよ!いや〜全然まったく!」
「「(思ってたな……)」」
めっちゃ龍くんが睨んでるよ、上鳴くん。
「ルールは簡単だ。制限時間内に、ヒーロー二人の内どちらかに捕獲テープを巻き付ければお前たちの勝ちだ。できなければ負け」
制限時間は、30分。
「一見俺らに有利なルールだけどさ、プロヒーロー二人だし、ミッドナイトとセメントスがいるってことは、危険ってことじゃねえか……?」
瀬呂くんが二人を見ながら言う。
確かに、二人は安全対策で……
「私たちは見学よ。現生徒とOBの対決なんて面白そうじゃない」
「ええ。危険になったらもちろん止めるけどね」
「私も見学に」
「オールマイト!」いつの間に!
相変わらず自由すぎるよ、ここの先生たち!
「二人には、今日と明日の二日間頼んでる」
「二日間……」
不思議そうにでっくんが呟いた。
「ルールはハンデとして、生徒側に有利にしてあるからな。今日、二人に勝つことが無理だとしても、」
明日は必ず勝て。
「「……!」」
相澤先生は最後の言葉を、有無を言わせぬ声で言った。
「俺からは以上だ。二人は生徒たちに挨拶があれば手短にな」
「ええと……初めまして、月下獣です。今日は生徒の皆さんの仮免取得に向けて、お手伝いができればと思います。よろしくね」
「……黒獣だ。模擬戦とはいえ、手加減はせぬ。僕たちを敵と思い本気でかかって来い」
「「(挨拶まで正反対の二人だ……)」」
「面白ェ……」そう呟く爆豪くんは、すでに龍くんとバチバチしている。(この二人は合わなさそう)
「五分後に開始する。その間、作戦会議をするといい。……ちょうど二人をよく知るやつもいるしな」
相澤先生は私を見て言った。作戦会議に、皆と頭を突き合わすなか……
「あ、あの……!」
でっくんが敦くんたちに声をかけた。
「神野では、助けてくれてありがとうございました!」
でっくんの言葉の後に「ありがとうございます!」天哉くん。「諦めない二人はめちゃくちゃかっこよかったっス!」切島くん。「ありがとうございます」焦凍くん。「おかげさまで助かりました」百ちんか続いた。
「どういたしまして。あの時はびっくりしたよ。でも、君たちも爆豪くんも無事でよかった」
五人が爆豪くん救出に向かったとは聞いてたけど、何か二人とあったらしい。(あとで詳しく聞いてみよう)
「作戦会議っつっても、捕獲テープをどちらか一人につけるだけだろ?全員で戦えば余裕じゃね?」
「甘いね上鳴くん。甘過ぎだよ」
砂藤くんのシフォンケーキよりも甘いよ――上鳴くんの言葉を一刀両断した。
「新人ヒーローとはいえプロだし、神野では二人ともすごかったんだ。"個性"も強力だよ」
その言葉に頷くと同時に、
「でっくん、二人の"個性"を説明してみて」
そう聞くと、視線をこちらに向けてでっくんは答える。
「月下獣はタフネスが売りの虎化の"個性"で、黒獣は衣服を操る攻防に優れた"個性"……だよね?」
「そう、一般的には。それは公表された部分と、情報から推測されたものでしかない」
「詳細は違うってわけか」
焦凍くんの言葉に頷く。
「私も全部はたぶん知っているわけじゃないけど。まずは、月下獣。普段は身体の一部を虎化して戦ってるけど、半人半虎化すると身体能力が格段に上がる。あと治癒能力がある」
「そういや、神野でンな姿してたな」
爆豪くんが思い出すように呟いた。
「黒獣は衣服を操ってるんじゃなくて、正しくは変化。もっと詳しく言うと、悪食の獣に変化させることができる」
「悪食の獣って、なんだよそれ!?」
峰田くんがひぃっと声を上げた。
「空間さえも喰らうから」
「空間も喰らう……?」
「自身への攻撃が来る前にその空間を喰らって防御したりとか、超厄介」
爆豪くんと焦凍くん――上鳴くんのような派手な"個性"ほど相性が悪い。
「何より二人は仲が悪いけど、連携はばっちりだし、二手に分けて相性の良い"個性"をぶつけて戦うと良いと思う」
例えば私なら……龍くんの方が相性良さそう。タフネスの敦くんだと、力押しされてそのままKOされる可能性があるから。
「だとすると――……」
でっくんがぶつぶつと呟きながら、思案する。
五分はあっという間だ。私たちの即席の計画が、果たして通用するかどうか。
「理世。おまえとはいえ、此度は本気でいくぞ」
「もちろん」
――いざ、尋常に勝負!
***
「この勝負……チームアップが鍵ですね。相澤先生はそれを含めて二人を?」
「まあ、うちのOBで彼らと縁ある結月もいて頼みやすいってのもありましたが、それも一つの理由ではありますね」
――仮免試験を突破するに、"特に雄英生徒には"必須だからだ。