vs自分の"個性"!?・前編

 ついこの間、寮に入居したと思ったのに、あっという間に日々は過ぎていく。

「昨日、夢に青山くんが出てきてね〜」
「僕の出演料は高いよ?」
「お前ら、朝からつっこみがいある会話を……」


 今日も特別外部訓練だ。
 コスチュームに着替えて、USJへと向かう。


「理世、誰が来るか聞いてないの?」
「来てからのお楽しみだって。でも、有名人で私も知ってる人みたい」

 耳郎ちゃんの問いに答える。

「有名なプロヒーローってことかしら?」
「昨日、月下獣と黒獣が来たから、グラヴィティハットじゃね?」

 正解だというように、梅雨ちゃんの後に自信満々に上鳴くんが言った。

「それはないよぉ〜太宰さんとグラヴィティハットは「蛞蝓」と「青鯖」って呼び合うぐらいには仲悪いし」
「どっちがどっち!?」
「爆豪が付けるのと、どっこいどっこいのあだ名だな!」
「いや、捻りがない分、爆豪の方が……」
「クソ髪としょうゆ顔……訓練の前にてめェらからブッ殺す!!」

 爆豪くんはすっかりイジられキャラになったなぁと思う。

「ん……あれは……げっ、物間!?」

 嫌そうな声を上げた上鳴くんに、そちらを見れば……廊下の先に、待ち構えたようにかっこつけたポーズで立っている物間くんの姿があった。

「やあ、A組の諸君!昨日はやっと月下獣と黒獣に勝ったんだって?」
「物間くん……わざわざそれを言うために朝から待ってたんだねぇ」
「彼らの妹弟子らしい結月さんがいるのに、一回戦は負けたなんてびっくりだよ!まあ、僕らは一回戦で勝ったけどね!!」

 ドヤァ!!

「僕らは一回戦で……!」
「知ってるよ!」
「二回も言わんでいい!」
「さっさとどっかへ行けや!物真似野郎!」

 当然、反感の嵐だけど物間くんはどこ吹く風だ。

「だっておかしくない!?僕らB組より優秀なはずの……」
「いい加減にしろっての」

 ここで一佳が登場して、その手刀で物間くんは撃沈。お決まりの展開だ。

「毎度毎度、物間がごめんな、A組」
「毎度毎度、大変だね……一佳も」
「今日も特別訓練みたいだし、お互い頑張ろうな。……あ、ちなみにうち、逆に二回戦は負けたんだ」
「!」

 物間くん、それを隠してドヤ顔してたんかーい!
 一佳は爽やかに言った後、物間くんを引きずっていった。(あ、結構雑な感じ……)

 呆気に取られながらも、駐車場に出て、バスに乗り込む。
 到着すると、すでにUSJには太宰さんと相澤先生、オールマイト先生、他の先生たちの姿もあった。

「なんか、ギャラリーが昨日より多いっすね」
「それほど、今日のゲストの"個性"が物珍しいものだからね」

 切島くんの疑問に、オールマイト先生が答えた。

 物珍しい"個性"……?ますます誰が来るんだろうと考えていると……。

 足音が近づいてくる。

「私を知っている者も多いと思うが、直接君たちと会うのは初めてだろう」

 ……!?あ、あの人は……!

「日本の"個性"研究の権威とも呼ばれる、澁澤龍彦教授……!?」

 白い白衣を羽織った、長身の男性がこちらに歩いてくる。長い白髪に、赤い目の整った顔立ちは、テレビや雑誌で見た姿と変わらない。

 実際に対面すると、まるで彼の周りだけが浮世離れした空間のように感じた。

「まさか、教授が対戦相手……!?」
「マジ……!?」

 ざわめくその場に同感だ。太宰さんと澁澤教授が知り合いなのも、意外で驚きだけど。

 澁澤教授の"個性"って……

「……でっくん、教授の"個性"ってどんなものか知ってる?」
「……いや」

 "個性"に詳しいでっくんが知らないのも当然だ。教授の"個性"は非公開だったはず。

(太宰さんは危険な"個性"って言ってたよね……)

「さて、私を満足させる、最高の"個性"の持ち主はいるかな?」
「君、まだそんなこと言ってるの」

 その太宰さんの、澁澤教授を見る目は冷ややかなもの。(あれ、あんまり仲は良くない……?)

「では、早速だが……君たちの対戦相手は私の"個性"であって、それは君たち自身である」
「俺ら自身……?」

 澁澤教授の言葉に訝しげに爆豪くんが呟いた。

「厳密に言うと、君たちの"個性"だ」

 私たちの"個性"……?ますます意味が分からない。

「まどろっこしいな。簡潔に説明してくれよ教授」
「では、実際に見せた方が早いだろう」

 澁澤教授が爆豪くんの言葉に答えると、辺りに白い霧が立ちこめる。

「な、なんだ……この霧は」
「またあのワープみたいな"個性"!?」

 瀬呂くんと三奈ちゃんが辺りをきょろきょろしながら言った。(確かに霧といえば、黒霧を思い出す……)

「私の"個性"を簡潔に説明すれば……霧の中にいる人物と"個性"を分離し、結晶化させ、その"個性"を擬人化させることができるというものだ」
「"個性"を擬人化……!?」
「どういうことですの!?」

 擬人化って…………待って、分離!?

「……"個性"が、発動しねえ」

 焦凍くんが自身の右手を見ながら呟いた。

「分離したことによって、今の君たちは"無個性"だ」
「「!?」」
「その上で、自分の"個性"と戦って"個性"を取り戻すのが、私からの訓練になる」

 ――"無個性"

 その瞬間、一斉に皆が私を見た。(いや、私だって自分が一番やばいと思うけど〜!)

「!あれが……僕たちの"個性"……!」
「なんかやべぇよ!無個性でどう立ち向かえってんだーー!?」

 でっくんの声に続いて、峰田くんが叫ぶ。
 幻影のようにも見える人型たちが、こっちを見据えている。
 その中の一人が、好戦的にBOM!!と片手を爆発させた。

 ……紛れもなくあれは、爆豪くんの"個性"だ。そして、直感。

 あの"個性"が一番やばい――。

「額にある赤い結晶を砕けば、その"個性"は元の人物に戻る。……ああ、異形系や、より身体にかかわる"個性"は完璧に分離は難しいのでね。そのまま"個性"が使える者も、中にはいるだろう」

 その言葉に見ると、確かに透ちゃんは透明なままだし、障子くんや常闇くん、三奈ちゃんなど、見た目は変わらない。

「しかし、ダークシャドウが現れない……」
「見た目は変わらなくても、分離したっぽいな。俺も尻尾はあるのに動かせない」
「アタシも酸が出ないよー!」
「私は舌は伸びるし、"個性"は使えるようだわ。でも、あの蛙みたいな子は私の"個性"みたい」

 どうやら"個性"を使えるのは、梅雨ちゃん、透ちゃん、障子くんのようだ。("個性"が分離したら、身体にも影響が出そうな三人)

 "個性"が使えても、三人の擬人化した"個性"もちゃんといるらしい。

「制限時間はどうしますか、相澤先生?」
「30分だ」

 相澤先生がタイムウォッチを押す。
 どうやらスタートは静かに切ったらしい。

「と、とりあえず!ここは全員で協力しあって、まずは攻撃に特化してない"個性"から取り戻していこうぜ!」

 切島くんの言葉に、全員頷く。確かにその方法が一番……

 ――え?


「!結月さん!?」
「結月が消えた……?」
「まさか……理世さん本人の"個性"に!?」


 誰かに背中を触れられたと思ったら――瞬時に視界が変わり、"個性"を使った時と同じ感覚がした。

(って、落ちてる――!――!――!?)

 下は水辺……水難ゾーンか!

 遠くから爆発音が聞こえてくるなか、"個性"が使えず、なすすべなく水中に落ちる。

 一気に体が水中深くに沈んだのが分かった。

 目を開けると、視界いっぱいに細かい水泡が映る。

(早く水面に上がらないと、溺れる……!)

 なのに、コスチュームが重くて上手く泳げない。(苦しい……っ息が続かない……!)これ、本当に……――


「……っげほ……げほ……っ」

 再び場所が変わり、必死に呼吸を繰り返す。

(本気で、自分の"個性"に殺されると思った……!)

 よく厄介な"個性"だと言われるけど、身に染みて分かる。

 わざと、孤立させたんだ――。

 ゆっくり近づいてくる、"彼女"を見上げた。
 私の容姿と似ている、擬人化した"個性"だ。

「!?うぅ……っ」

 地面にうつ伏せの状態から起き上がろうとしたら、片足で背中を踏みつけられた。

 …………私の"個性"なのに性格悪くない!?!?


 ***


「擬人化した"個性"には、生徒たちを攻撃するように指示してありますが、面白いことに、"個性"によって攻撃性も様々なのです」

 澁澤は教師たちに説明する。まるで人格があるように、好戦的なものがいれば、その逆もしかりと。

「自分の"個性"と戦うなんてとんでもねえな……。あ、でもイレイザーの"個性"ならこっちは無個性だし、すぐ倒せそうだな!」
「……確かに」

 反対に、こいつの"個性"は持ち主同様、性格もうるさそうだと相澤は思う。

「でも、ちょっと気にならない?自分の"個性"が擬人化したらどんな風になるのか」
「ミッドナイトは普通に人型じゃないか」
「僕もそうなるんでしょうか?そしたら、僕の姿が公開されてしまうので困りますね……!」

 ミッドナイト、スナイプ、13号が、カメラロボによって宙に映る映像を見ながら話した。

「君の愛弟子の少女は、初っぱなからピンチのようだね」
「うーん、理世は"個性"が使えないと途端に打たれ弱いからねえ」

 まあ、でも……そこで諦める子ではないよ、と太宰は笑った。逆にその隣で、渋い顔をしているのはオールマイトだ。

(ワン・フォー・オールは特殊な"個性"だが……)

 出久から分離されてされたのは、代々力が引き継がれた"個性"だ。
 一体どんな風に擬人化されるのか……他の者たちと同じように、現在の持ち主である出久に似たような姿ならいいが……。

(大丈夫なんだろうな!?太宰くん!!)

 眼力だけは衰えていないオールマイトが、太宰に熱い視線を送っていると、気づいた太宰は「大丈夫だ」と、言うように笑みを浮かべた。


 ***
 

「……――つっ」

 踏まれたと思ったら、今度は足蹴にされて地面を転がる。蹴られた脇腹を押さえながら、今度こそ起き上がり、地面に膝を着いた。

 額の赤い宝石……あれを壊せばいいのか。
 問題はその手段。普通に壊しにいっても、"個性"で逃げられるだけだ。

(隙を突く!足払いをかけて、すぐさま宝石を壊す!)

 痛みにうずくまるフリをして、さりげなく太股のホルダーに手を伸ばし……レプリカのダガーを握った。――今だ!

「はッ……!」

 油断して近づいてきたところを、足を伸ばして足払い!体勢を崩したその隙に、額の宝石目掛けてダガーを――……消えた!

「うあ……!」

 後ろから蹴られて、前方に倒れる。

 ……そんな簡単に、上手くいくわけがないよね。私だって、同じ状況なら、足払いかけられた瞬間に"個性"を使う。

「っ……!」

 立ち上がり、逃げるように走った。

 水分を含んだコスチュームが重い……!走りながら、この場所はどこだろうと辺りを観察する。ここは……山岳ゾーン?

「おわっ」

 前方にいきなり現れた彼女の回し蹴りに、よろけながらも間一髪、避ける。
 私の体力以前に、その"個性"から逃げきれないのは分かっていた。

 欲しいのは、考える時間。

(何かあるはずだ……何か。何か何か……考えろ……!)

 行動パターンとかなんでも――……

 ……あ。

(そういえば、溺れる寸前で助けられた)

 水難ゾーンに落としたのは性格の悪さからだろうけど、助けたのはもしかして……。
 それが正解なら、この方法で不意を突けるかもだけど、正解じゃなければ自殺行為だ。
 
 ………………。

(ええい!一か八か!)


 再び走ると、崖からダ――イブ!!


 常識的に考えても、擬人化した"個性"には生徒たちを殺さないように命令されているはず。
 無個性の状況で、私がこの高さの崖から飛び降りれば、確実に死。

 きっと"個性"は助けに……

 来た!!

「……!!」

 落ちる中、現れた彼女が私に手を伸ばす。
 触れられる前に、その額の赤い宝石にダガーを突き刺した。音を立てら宝石は砕け散り、私に戻るようにその姿は消えていく――。

 自分の体に手を触れて、地面に衝突する前に"個性"を使う。次の瞬間には、テレポート先の地面に立っていた。

「ふぅ……。何とかなった」

 どうやら、取り戻した"個性"は座標移動の方だけで、空間転移は別にいるみたいだ。

「もう一人の"個性"を探さないと……」

 再び私は、自分の体に触れて、"個性"を使う――。


 ***


 宙に映し出される映像の一つを見ながら、澁澤は口を開く。

「逃げると見せかけて、"個性"を取り戻した……。なかなかの度胸の持ち主だ」
「さすが、私の愛弟子。しっかりと自殺愛好家の素質が培われているね」
「(結月少女は不本意だろうな……)」

 誇らしげに言う太宰に、オールマイトはこっそり理世の心情を察する。

「"個性"を取り戻したのは、結月さんで四人目ね」

 ミッドナイトが言った。最初に"個性"を取り戻したのは、梅雨だった。
 やはり"個性"を使えるのは有利だ。
 梅雨は蛙の身のこなしを活かして、"個性"に近づき、舌で掴んだ石を使って額の宝石を叩き割った。

「切島くんも砂藤くんも、その熱血さで自身の"個性"に勝ったな」

 どこか誇らしげに言ったのは、セメントスだ。
 次に"個性"を取り戻した彼らは、期末試験で自分が完膚なきまでに叩きのめした二人だった。
 生身の体で、擬人化した"個性"に怖れず突っ込んだ切島は、硬化の攻撃によって自身の体が傷つこうが構わず、"個性"の懐に飛び込び……

「うおおおお……!!」

 血が滲む拳で額の宝石を砕いた姿に、思わずセメントスは感嘆の声をもらした。
 砂藤も同様だ。砂糖を摂取した時のような、パワーアップした"個性"との肉弾戦になり、互いに両手で握り合う攻防が続く。

「うおっ!……こんにゃろっ、自分の"個性"に負けてたまるかーーー!!」

 パワーに押しきられて、地面に叩きつけられても、砂藤は諦めずに立ち向かい、掴んだチャンスをモノにした。

「爆豪、轟ノ"個性"ガ、派手ニ暴レテイルナ……」
「クケケ……それによって、生徒たちはほぼ散り散りになったね」
「強力な"個性"故か、どの"個性"よりも攻撃性が高いように見えんな」
「自身の"個性"が強力なほど、脅威になるということだな……」

 エクトプラズム、パワーローダー、相澤、ブラドキングが続けざまに呟く。
 その際、何やら相澤の首に巻かれる操縛布の下がモゾモゾしているのに、彼らは気づいた。……もしや。

「生徒たちは、皆頑張ってるね」
「「校長先生!」」

 ――やはり。飛び出したのは、愛らしい顔の持ち主の根津校長だ。

「それにしても、興味深い現象だ。"個性"による人体や人格の影響はまだまだ謎が多い」
「ええ、それらについても私の研究対象です。……だが、私としては根津校長。あなたも興味深い存在だ」

 澁澤は口角を上げ、意味深な視線を根津に向ける。

「……やれやれ、人間の好奇心とは恐ろしいものさ。私の頭を開けて見たいのかな?」
「許可を頂ければ……。いつでも研究所でお待ちしてますよ」
「では、訪れる際はたんまりと手土産を持っていかないとね」

 手土産とは一体……。

 フフフ、HAHAHA、と何やら笑い合う澁澤と根津。その周囲は凍りつき、教師陣は顔を引きつらせている。

「ブラックジョークどころか、ダークネスじゃねえか……!」こえぇ…!
「よせ、マイク。それ以上つっこむな」
「世ノ中ニハ、触レテハナラナイモノガアル……」
「でも……ちょっとゾクゾクするわね」
「ミッドナイトさんっ、新しい扉を開けてはダメです!」
「フフフ……!」
「HAHAHA!」
「未だに笑いあってるぞ、あの二人……」
「太宰くん、何か起こる前に二人の仲を……!」
「え、火種を入れればいいの?」
「大炎上起こす気満々!!」

 
 ***


 ――理世が飛ばされた後。爆豪の"個性"と轟の"個性"によって、その場は大混乱に陥り、生徒たちはバラバラに、己の"個性"と戦うはめになっていた。


「いいぞ、芦戸の"個性"!そのまま服を溶かす感じでーー!!」
「ホンット最低なんだけど!!てか、あんたが一緒に逃げるから、アタシも巻き添え食らってんじゃーーんッ!」


 なかには、たまたま逃げ道が一緒になった者も。だからと言って、状況が好転するとは限らない。

 峰田と芦戸は、二人の"個性"の攻撃を必死に避ける。

 くっついたら取れないもぎもぎと、何でも溶かす酸。どっちも受けたら最後だ。

「……チクショー!逃げてばかりじゃだめだ!なんか案はねえか芦戸!」
「それアタシに聞く!?アタシより頭がいい峰田が考えてよ!」
「勉強とこういった作戦を考えるのは違えんだよ!」

 避けて、走り、跳びながら。
 二人の頭にそれぞれ顔が浮かぶ。

 緑谷/結月がこの場にいたら!!

 残念ながら参謀的立場の二人は、この場にはいないので。

 自分たちの力でなんとかするしかない!

 ――二人は互いに顔を見合わせ、覚悟を決めて強く頷く。

 立ち止まり、倒す相手を見据えた。

 二人によく似た"個性"の擬人化。峰田の"個性"は、頭からもぎもぎをもぎ取る。

「……ねえ、峰田。思ったんだけど」
「なんだよ?」
「あんたは逃げなくてもよくない?」
「……!」

 芦戸の言葉に、峰田は丸い目をさらに真ん丸くさせた。

「だって、もぎもぎ当たっても痛くないし、地面のを踏まない限り動けなくなるわけじゃないし。そのままガーッて突撃して、勢いであの宝石壊しちゃったらよくない!?」

 なんともシンプルな案だったが、条件反射で逃げていた峰田は、それすらも思いつかなかった。目から鱗が落ちる。

「芦戸……。お前、頭いいな!」
「えっへへ!パッと閃いたんだ!で、"個性"取り戻したら、アタシの"個性"をもぎもぎで足止めしてよ。その隙に取り戻すからさ!」
「おう!まかせておけ!!」


 作戦は決まり、二人は決行する。


「オラアァァ!!投げたきゃ投げろーーー!!」

 叫びながら、峰田は"個性"に向かって一直線に走った。
 いつもならくっつかないもぎもぎが峰田の体にくっついていく。
 それは全身、やがて顔にまでくっついたが、峰田は怯まず突っ込んだ。

 芦戸の案の通り、その勢いで拳を握り締め、

「いってぇぇ!!」

 痛みに声を上げながらも、宝石を砕いた。
 擬人化した"個性"が峰田に戻ると同時に、峰田にくっついていた、もぎもぎもポトリと落ちていく。

「やったぜ!芦戸!!」

 振り返ると、芦戸は持ち前の運動神経で、"個性"の酸攻撃を避けている最中だった。

「食らえ!オイラのもぎもぎ!」

 峰田は頭からもぎもぎをもぎ取り、次々と芦戸の"個性"の足元に投げつける。その一つに足を取られ、"個性"は攻撃の手を止めた。

「ナイス峰田!!」

 芦戸はその隙に、"個性"が振り撒いた酸を逆に利用し、酸で濡れた地面をスライディングするように滑った。

「!!」

 そして、下から突き上げるアッパー!
 宝石は砕け散り、"個性"は自身へと戻る。

「やったな芦戸!」
「お互いにね!峰田、他のみんなも助けに行くよ!」
「おう!」

 二人はまだ戦っているクラスメイトを探しに行く――。


 二人で協力して戦う者もいれば、逆に戦略的に別れて戦う事に決めた者も……。


「障子!別々に逃げようぜ!せっかく"個性"が使えんのに、俺の"個性"じゃ分がワリィだろ!?」
「しかし、上鳴……」
「危ねえ!!」

 上鳴の"個性"は放電だ。上鳴は咄嗟に岩影に障子を押し込み、間一髪に避ける。

「……一応、俺の"個性"だし、対策があるんだ!ここは俺一人で大丈夫だからさ!」
「……本当に大丈夫なのか」
「ああ!それより……ほら、葉隠の"個性"とかさ、お前や耳郎じゃないと見つからねえだろうからそっち頼むわ」
「……分かった。お前の言葉を信じよう」

 上鳴の言葉を受けて、障子はその場から離れていく。

(女子じゃねえ男の前で、かっこつけちまった……!!)

 少しだけ後悔する上鳴。しかし、障子がいても、あの無差別放電をどうする事も出来ないだろう。

 そして、上鳴には対策など何もない。

 策を考えようにも「やっぱ俺の"個性"、めちゃくちゃ強えーじゃん!」という自画自賛しか思い浮かばない。

(どうする俺……!?)

 ここで隠れていてもすぐ見つかる。なんとか逃げ切って、有利な"個性"の持ち主が助けに来るのを待つか……。

(……来ねえな)

 来る気配のない自分の"個性"に、上鳴はそっと岩影から覗く。


 ウェ〜〜イ


「って、お前もなんのかよッ!?」


 ……――上鳴がショートした自分の"個性"にずっこけながらつっこんでる頃、彼と別れた障子は、気配を感じていた。


 自分の"個性"だろう。暗殺者のように虎視眈々と狙っているように感じる。

 そして、もう一つ……

「障子くん!良かった、探してたんだよー!」
「!葉隠か」

 手袋とブーツを脱いで、全裸状態の葉隠が現れた。

「私の"個性"、透明だから、額の宝石が目印でも見つからなくて……」
「分かった、一緒に探そう。だが、その前に俺の"個性"を倒すのを手伝ってくれないか?」
「もちろんだよ!障子くんと共闘するのは期末試験以来だねっ」


 ――耳を覆製した障子の"個性"は、気配を消した"個性"の持ち主を探していた。
 近づいてくる一つの足音に反応し、そちらを振り返るが……

「残念!私は囮だよ!」
「俺も"個性"を使えるからな。こちらも気配を探らせてもらっていた」

 現れた障子が、油断した"個性"の額の宝石を、その剛腕で砕いた。擬人化した"個性"は消えていく。

「やったねっ障子くん!」
「取り戻した実感はあまりないが……次は葉隠の"個性"を探そう」
「うん!どこかに隠れてるのかな?」

 …………きゃ!

「葉隠、どうした!?」

 突然、葉隠が短い悲鳴を上げて、障子の覆製碗はきょろきょろと辺りを探る。

「いたたた……誰かに足を引っ張られて転けた……」
「引っ張られた……?あれは……!葉隠の"個性"じゃないか」

 覆製碗の口が喋る先には、赤い宝石がふよふよと浮いて逃げるところだ。

「あー!そうだ!障子くん追いかけよう!」
「ああ!」

 二人は追いかける。

 ……――結果的に葉隠の"個性"を取り戻す事は出来たが。

「な、なんとか倒したけど……、なかなか手強かったね……」
「ああ、さすが葉隠の"個性"だ……」

 "個性"は身を潜めて二人からやり過ごしたと思えば、隙を突いて攻撃してくるというヒット&アウェイで、思いの他二人は振り回された。


 二人がぐったりしている間……


「まさか、自分の"個性"に追い詰められるとか……!」


 耳郎は一人、"個性"から逃げていた。

 耳郎の"個性"はサポートアイテムのスピーカーを使えば、自身の心音を爆音の衝撃波として放つ事ができるが、それを持ち合わせていない"個性"の擬人化は、地面に突き刺し、足場を破壊して攻撃してきた。

 一旦身を引いた耳郎だったが、何も闇雲に逃げ回っているわけではない。

(隠れ場と道具があれば……勝てる!)

 あそこなら……と、目指す場所は倒壊ゾーンだ。
 目的の場所に来ると、手頃なパイプを拾って、崩れかけてるビルの影に隠れた。

(……あいつにされた攻撃が、自分の"個性"と戦うのに役に立つなんてね)

 勇学園との合同訓練で、爆豪に弱点を突かれた攻撃された事を思い出して。

 耳郎は息を潜め、様子を窺った。

 自分の居場所を探すのに、"個性"なら必ずそうするはず。予想通り、追いかけてきた"個性"は、耳のプラグを地面に突き刺した。

 ――今だ!

 耳郎は思いっきりパイプを地面に叩きつけた。
 小さな音でも拾おうという索敵中に、大きな音を立てられれば、それは逆にダメージになる。
 怯んだ"個性"に、そのままパイプで額の宝石を叩きつける。

 砕け散り、"個性"は自身に戻ってきて……

「よっしゃ」

 耳郎ははにかみ、小さくガッツポーズをした。


 耳郎が"個性"を取り戻した頃、期末試験で一緒に組んだ口田は――……


 一人水辺に飛び込み、隠れていた。

 "個性"が操ってけしかけたのは、動物ではなく虫。動物をけしかけられても困るが、口田は虫が大の苦手だ。

 虫が追って来られない水辺に身を潜める。

(どうしよう……っ)

 考えるだけで、体がガタガタと震える。期末試験で耳郎の激励もあり、操る事は出来たが……克服したわけではない。

(……でも、僕だって……)

 遠くで爆発音と、氷壁や炎が燃え上がるのが見えた。

 爆豪と轟の"個性"だ。

 あんな強力な"個性"が相手でも、あの二人なら、きっと一歩も引かずに戦っているだろう。

(僕だって……ヒーローを目指してるんだ……!)

 何故、自分がヒーローになりたいのか。
 どうしてこの場にいるのか、口田は思い出す――。

 ぎゅっと瞑った目を開く。
 その目には強い意思が宿っていた。

 口田は意を決して、水辺から出る。

 あそこに行けば……勝機があるかも知れない。
 虫軍団から逃げながら口田が向かったのは、火災ゾーンだ。
 予想通り、虫たちは火の勢いに逃げていく。

「……口田か。こんな所でお前に会うとはな」
「常闇くん……!」

 そこで偶然にも出会したのは、常闇だった。
 分離したダークシャドウを弱体化する為に、この場所にやって来たのだろう。

「お互い、ここで退いたら自分の"個性"には勝てないだろう」
「うん……」
「取り戻すぞ……!」
「うん……!」


 二人は互いの"個性"に向かって、駆け出す!


「……フ。戻ったか、ダークシャドウ」
「いるヨ!」
「俺とお前は一心同体だ」

 無事に戻ったダークシャドウは、常闇の中から姿を現した。

「口田、お前も自身の"個性"を取り戻したようだな」
「う、うん……常闇くんのおかげで……ありがとう……!」
「?俺は何もしてないが……」

 常闇は首を傾げたが、口田は笑顔を浮かべた。口田に勇気を与えたのは、常闇の言葉だからだ。


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