vs自分の"個性"!?・後編

 目にも止まらぬ速さは、まさしく幼い頃から見てきた兄のようだった。
 来ると分かっていても、反応できなければ何もできない。

「くっ……!」

 擬人化した"個性"の蹴りが、何度も飯田の体に打ち込まれた。コスチュームに傷が増えていく。

(このままではまずいぞ……!)

 逃げるにしても、すぐに追いつかれてしまうだろう。このまま堪え忍んで助けを――

(……いや。自分の"個性"を取り戻すのに、自分がやらないでどうする!!)

 飯田はヘルメットの下で、ぐわっと顔を引き締める。
 相手は自分の"個性"だ。自身の"個性"の弱点はなんだ!?燃料がなくなると、エンストしてしまう――だが、これは"個性"の擬人化も同様なのか分からない。(……少し、スピードが遅くなった気もするが……)

「っ!」

 目が目慣てきたのかも知れない。蹴りを肘でガードできるぐらいには、反応が出来た。

 これなら……!

 飯田は全速力で走り出す。

「はっ!!」

 次の瞬間、両腕を前にぴーんと伸ばし、猫のように横に飛んだ。

 その先には崩壊ゾーンの瓦礫の山。

 "個性"は急には止まれず、その山に突っ込む。
 それは、自身も実感している欠点だ。
 自分の"個性"は急に止まるのが苦手だが、それは擬人化した"個性"も同様だったらしい。
 起き上がろうとする"個性"に、先に起き上がった飯田は、その額に踵落としした。

 粉々に赤い宝石は砕け散り、"個性"は飯田に戻った。そして、すぐさま走り出す。委員長の使命を抱いて。

(皆は無事か……!?)


 飯田が自分の"個性"を取り戻した頃――……


「ちょちょっ!そんな瓦礫振り回したら危ないやんっ!」


 お茶子は自分の"個性"の攻撃を、ぎりぎりのところで躱していた。

(あの額の宝石を壊さなあかんのに、近づけへん……っ!)

 お茶子の"個性"は、無重力にした大きな瓦礫をむちゃくちゃに振り回している。
 瓦礫がなくても、迂闊に近づけないだろう。
 あの手の肉球に触れられたらアウトだ。
 無重力状態にされたら、なすすべがない。(デクくんならどうする……ってちゃうちゃう!ほら、理世ちゃんなら……)

「――え?おわあああ……!」

 ドシンッと大きな音を立て、瓦礫が地面に落ちた。
 "個性"が瓦礫をお茶子に投げたと同時に、無重力を解除したのだ。思考に浸ってたお茶子は、危うくぺしゃんこになるところだった。

「……今は余計なことを考えとる場合じゃない。なんとかしなきゃ!」

 ――自分の"個性"なんだから!

 お茶子が気合いを入れた時、地面を擦る音が耳に届く。

「尾白くん!?」
「麗日さん!」

 高台から飛び降りた尾白を追うように、彼によく似た"個性"もまた、追いかけてきた。
 擬人化"個性"による、回し蹴りならぬ強靭な尻尾の攻撃を、尾白は防御する。
 いつもより何となく尾白の動きが鈍いと思っていると、お茶子ははっと気づく。(動かない尻尾が動きを邪魔しとるんや……っ)

「!麗日さん!前ッ!」
「わっ」

 尾白の言葉によって、お茶子は迫る手をなんとか避ける。……危なかった!

「俺は大丈夫!なんとか感覚が掴めてきたんだ!麗日さんも、ガンヘッドの所で近接格闘術を学んでるし、努力もしてる!大丈夫さ!」
「尾白くん……っ」

 その言葉に、ガンヘッドで学んだ事をお茶子は思い出す。相手の攻撃を受け流し、それを逆手に取るのが、"G・M・A"だ。

(ナイフが肉球に変わっただけや!躱して、額の宝石にぶちこむ!)

『え、得意技?うーん、敦くん直伝のパンチとかかなぁ。あ、お茶子ちゃんにも教えてあげるね!』

 ――今!!

 重心を落とし、親指を中にぎゅっと握り、猫のように拳を向けて……当てるのは手の甲!

 理世ちゃん伝授!猫パーンチ!!

「はぁ……!!」

 お茶子の拳が宝石を砕いたと同時に、飛び上がった尾白の膝頭も、自身の"個性"の宝石砕いた。

 二人は同時に"個性"を取り戻した。

 動くようになった尻尾に、やっと違和感が消えたと尾白は安堵する。
 自分の"個性"が具現化した存在は、以前エクトプラズムに指摘された通り、攻撃自体は尻尾が軸による単調なものだった。

(確かに、尻尾があればこうするという普通の動き……)

 だが、使えない尻尾はただの重りのようなものにしかならず、苦戦してしまった。
 今回の戦いを得て、もっと"個性"を活かした攻撃を生み出さないと……尾白は改めて考える。

「尾白くん!さっきはありがとう!尾白くんの激励、ぐっときた!」

 彼女特有の、麗らかな笑顔を浮かべるお茶子に、尾白は釣られてふっと笑みを溢した。

「麗日さんも、格闘術が様になってきたよね」
「ほんま?さっきは理世ちゃんに教えてもらったパンチで仕留めたよ!」
「ああ、なるほど。(……仕留めた?)」

 そういえば、手合わせする二人を見かけた時の事を思い出す。
 それに、自分が手合わせした時の事も。
 彼女は"個性"と合わせてエキセントリックな動きができるのが強みだ。

 結月さん……

「「大丈夫だ(や)ろうか」」

 尾白とお茶子の声が同時に重なった。


 ――彼女の身を案じるのは、二人だけではない。


(理世さんを助けにいきたいと思ったけど……!)

 そう案じる八百万の前に、立ち塞がったのはもちろん自身の"個性"だ。

 八百万の"個性"は創造。

 本来なら、それを創り出す知識が必要だが……そこは"個性"自体だからか、擬人化した個性"はいとも簡単に様々なモノを創り出した。

(私自身が、自分の"個性"をどうにかしなければ……!)

 予期せぬ攻撃に、八百万は翻弄された。"個性"は次に、腕から鉄の棒を創り出す。

「ああっ!」

 振り回したそれは八百万に当たり、地面に体を擦りながら倒れた。
 起き上がりながら、ぐっと拳を握る。(何か、何か方法があるはず……!)

「……!」
 
 あれは……峰田さんのもぎもぎ?

 目に飛び込んだのは、地面にトラップのようにくっついている、峰田の"個性"のもぎもぎだ。

(あそこまで誘い出せば……!)

 ――使わない手はない。八百万はそちらに走り出す。
 当然追いかけてくる"個性"は、足元のもぎもぎに気づかず踏みつけた。

(今……!)

 片足を取られ、擬人化した"個性"は戸惑う。八百万は、腰のベルトに磁石で装着している辞書を手にした。

「はああ……!!」

 時には凶器にもなり得る本の角を、"個性"の額にぶつけた。容易く宝石は砕け散る。
 戻ってきた"個性"に、八百万はほっと胸を撫で下ろす。……だが、安堵したままでもいられない。

「轟さんの"個性"も、爆豪さんの"個性"もまだ……!」

 響く爆発音や、遠くに見える氷結と炎に、八百万は急ぎそちらに向かった。

 
「――っ剥がれねえ!」


 その頃、自身から離れた"個性"によって、足にくっついたテープを外そうと、瀬呂が奮闘していた。

 自分の足だけならまだしも……

「"個性"が分離したから、持ち主のお前でも外せねえのか」

 テープは瀬呂の左足と、轟の右足にぐるりと巻き付けられていた。(二人三脚かよ……!!)よりにもよって、轟と。

「轟の"個性"が襲って来ねえのが幸いだな」
「"個性"同士が争うってどういうことだ……?仲悪ィのか」

 轟の視線の先には、二つに分離した"個性"が、互いに氷と炎をぶつかり合い拮抗していた。
 最初は自分に襲いかかってきたが、何故か途中から、"個性"たちは二人で戦い合っている。

「!瀬呂危ねえ!」

 瀬呂の"個性"が再びテープを伸ばしてきて、轟は咄嗟にぐいっと足を引いた。
 繋がっている足を引っ張られ、瀬呂は後ろに体勢を崩す。
 寸前まで彼の頭があった場所にテープがすり抜ける――が。

「ぐはっ!」

 代わりに、瀬呂は地面にゴンッと頭をぶつけた。

「轟ィ〜〜おまっ……他に方法があんだろ……っ」
「立て瀬呂。次また来るぞ!」
「……っむちゃくちゃかよ!」

 後頭部の痛みに悶える瀬呂は、問答無用に轟に急かされ起き上がる。

「この状態じゃどうにもなんねえ。一旦退くぞ」
「おう!」

 二人はそれぞれ反対に走り出した。

「「!?」」

 当然、互いにくっついた足が邪魔し、二人はその場に尻餅をついた。幸いにも再びテープを避けられたが。

「瀬呂、そっちじゃねえこっちだ」
「オメーがそっちに行ったんだろ!?……いや、今は言い争いをしてる場合じゃねえか」

 二人は立ち上がり、瀬呂は続けざまに轟に言う。

「いいか?まずは真ん中の足から1、2のタイミングで走るぜ」
「分かった」

 1、2……1、2……

 タイミングを揃え、意外にも二人はすんなりと走り出した。

 あれ、意外にも轟と息合ってる?

 瀬呂は驚く。実際に二人三脚のレースに出たら、一位を狙いそうな順調な走りっぷりだ。

 ……レースなら。

「「!?」」

 そのペースで逃げ切れるはずがなく、二人の体に新たなテープが巻き付いた。

「くっ」
「っこりゃあマジでやべえ……!」

 背中合わせにテープでぐるぐる巻きにされた。
 こうなったら脱出不可能――。
 絶体絶命の状況の彼らから、直後、拘束していたテープがパッと消える。

「大丈夫?二人とも」
「「結月!」」


 ***


(座標移動の"個性"は向こうからやってきたのに、空間転移の"個性"は見当たらない……)

 ――もう一人の"個性"を探して宙をテレポートで移動していると、轟くんと瀬呂くんの姿が目に飛び込んできた。

 ……二人三脚?

 息ぴったりに、二人三脚で走る二人に、首を傾げつつも……すぐに何が起こってるのか把握した。
 どうやら、瀬呂くんの"個性"から二人は逃げているところらしい。
 二人三脚しているのは、テープが互いの足に巻き付いているからだ。

「大丈夫?二人とも」
「「結月!」」

 テープから解放された二人に、笑顔を向けた。

「お前、一番やべぇと思ったけど、"個性"取り戻したんだな!」
「一応?」
「なんか濡れてねえか」
「水難ゾーンに落とされてね〜」

 瀬呂くんと焦凍くんに答えたものの、悠長に話している暇はなさそうだ。

「瀬呂くん!」

 擬人化した瀬呂くんの"個性"から、テープが飛ばされる。狙いは本来の"個性"の持ち主。
 飛ぶ方向は一直線なので、瀬呂くんは横に跳んで避ける。

「まずはあいつをどうにかしねえとな……!」
「じゃあ、私たちが囮になってあげる」
「……ああ、そうだな」

 焦凍くんに視線を寄越すと、すぐに私の考えを察してくれた。

「囮?」

 ――作戦は簡単だ。テープが出てくるのは両腕。
 瀬呂くんの前にテレポートして、代わりにテープに捕まり……

「瀬呂!今だ!」

 焦凍くんが腕を差し出して、同じくテープに捕まる。これで、擬人化"個性"の両腕は一時塞がれた。

 その隙に、瀬呂くんは飛び込み、

「もらったーー!!」

 その発達した肘で宝石を砕く!すぐに擬人化した"個性"は、瀬呂くんに吸い込まれるように消えていった。

「ありがとな!二人のおかけだぜ!」

 瀬呂くんと笑顔で見合わせてから……さっきからド派手にバトルしている光景に視線を向ける。

「焦凍くんの"個性"だけど、あれは喧嘩してるの……?」

 持ち主そっちのけで。

「ああ、仲が悪ィみてえだ」

 擬人化した"個性"でも性質とかあるのかな……。

「次は、轟の"個性"を取り戻すの手伝うぜ」
「だね!」

 三人で"個性"の方へ向かう。

「まずは、氷の方を取り戻す。さすがに炎は近づいただけで危ねえからな」
「氷の"個性"もちょっと圧されてるみたいだね」

 威力は同じように見えても、氷結を生み出すと同時に溶かされている。
 それでも、あの高熱の炎を防いでいるのはすごい。

「今度は俺がテープを向けて、氷の"個性"の気を引くから、その隙に……!」
「ああ、結月!」

 こくりと頷き、焦凍くんと飛ぶ。

 瀬呂くんがテープを放ったタイミングで、テレポートした先は氷の"個性"の頭上だ。

 焦凍くんは、そのまま額の宝石を拳で叩き割る!

 そして、その右足が地面に着いた瞬間。
 最大級の氷結が音を立て、そこから生み出された。

 一瞬で、その場は氷の世界に……。

 冷えきった空気に、口から出た息が白い。
 炎さえも飲み込んで、もう一人の"個性"も凍りついている。その際、額の宝石も砕け散ったらしく、炎の"個性"も戻ってきたようだ。

「おいおい、擬人化した"個性"より凄まじい威力じゃね……!?」
「焦凍くんには毎回驚かされるね」
「ありがとうな。二つとも取り戻せた」

 両手から微量の氷結と炎を出しながら、焦凍くんは小さく微笑んだ。


「理世さん!轟さん!」
「おーーい!」
「瀬呂も取り戻したみたいだな!」
「結構、皆取り戻してるじゃん!」
「オイラも取り戻したぜ!」
「アタシも!」


 ……――その時、複数の声が響く。

 百ちん、お茶子ちゃん、尾白くん、上鳴くん、峰田くん、三奈ちゃん!

 どうやら、皆も"個性"を取り戻したようで……――!?

「?結月がまた消えた……?」
「上!」

 瀬呂くんの言葉に頭上から叫ぶ。
 いきなりテレポートした。

(間違いない……もう一つの私の"個性"!)

 不規則に何度もテレポートされ、視界が次々と変わる。目が回りそう……!

「どうしたの結月!?」
「なんか小刻みにテレポートを繰り返してね……?」

 三奈ちゃんと上鳴くんの言葉に、大声で答える。

「もう一つの私の"個性"の仕業!私、じつは"複合個性"なの……!」

 轟くんと一緒の――!

 隠す必要もなくなったカミングアウトに、

「「ええええ…………!!?」」

 驚きの声が皆から上がった。

「俺と一緒……?どういうことだ結月!」
「そのまんまの意味!あとで説明するから、私の"個性"を探して!」

 その間も次々とあちらこちらにテレポートさせられ、振り回されている。

「"個性"の特性上、視界に映さないとだめだから、見える範囲にいると思う!」
「……!理世さんっ、あれではないでしょうか!」

 双眼鏡を片手に、百ちんが指差しながら叫んだ。いつの間に創造を!

「ありがとう百ちん!おおよその距離って分かる!?」
「大体5メートルでしょうか……!」

 妨害されるなか――頭の中で5メートルの位置にアンカーを刺して、"個性"を使う。

(どんぴしゃ!)

 さすが百ちん!崖の上に腰かけている、男の子のような姿の"個性"だ。
 逃げられる前に、蹴りで額の宝石を砕いた。

「両方取り戻せたよ!」

 元いた場所に戻ってくると、早速、皆の疑問に答える。


「……ご両親とも、珍しい空間転移系の"個性"でしたのね……」
「うん。それを引き継いだのが、私の"個性"」
「なるほどな……」

 同じような"個性"の形を持つ、焦凍くんが納得したように頷いた。

「それで尚更、結月はヴィランに狙われたってわけか」

 上鳴くんの言葉に「そんな感じ」と、曖昧に答えた。本当の目的は、その"個性"を使いこなす脳という事は周囲には内密だ。

 ――その時、一際大きな爆発音が響き、音がした方へ顔を向ける。

「爆豪の"個性"か」
「爆豪くんの"個性"、いかにも強敵そうや……!」

 焦凍くんとお茶子ちゃんの言葉に、全員が同意だ。

「助太刀に行こうぜ!ま、あいつが素直にさせてくれるとは思わねえけど」
「……待って」

 宙を見上げる先に、眩いレーザーが飛び交っている。

「あれって、青山の"個性"じゃん」
「青山くんもまだ"個性"と戦っているのかも……。私はそっちに行ってくる!」


 ***


 ――理世が皆に見送られ、青山の元に向かう少し前。

(ワン・フォー・オールが擬人化って、どうなるのかハラハラしたけど……!)

 襲ってくるのは、自分の姿によく似た擬人化した"個性"だ。
 近接格闘で襲いかかってくるそれに、出久は素の身体能力と体力で渡り合っていた。

 "個性"が分離して戸惑う者が多いなか、出久は比較的、冷静であった。

 何故なら、自分は元々"無個性"だったから。

 オールマイトから"個性"を譲渡された後も、しばらくは使いこなせていなかったので、"個性"を使わずとも戦う術はある程度身に付いている。

「攻撃は単調……"個性"の持ち主を攻撃しろという単純な命令しか受けていない……?」

 彼特有の、思考をブツブツと口に出しながら考える。嫌な気配がして、咄嗟に後ろに跳び退くと……

 "個性"の拳が、今しがた自身がいた地面を貫いた。

 ごくりと息を呑んで、出久は笑う。紛れもなく、超パワーの"個性"に油断は禁物だ。
 相手の攻撃を避けて、あの額の宝石を叩き壊すしかない。

(飯田くんと結月さんの手合わせの際――結月さんは、こうして避けて、蹴りを打ち込んでた……っ!)

 二人の攻防を思い出しながら、出久は頭の中の動きを再現する。
 素早く上がった出久の爪先が、額の宝石を掠めた。宝石にヒビが入り、パチンと弾け飛ぶ。(やった…か!?)
 目の前にある姿が朧気になっていき、やがて自身に戻ってきたようだ。

 オールマイトから譲り受けた大事な"個性"だ……。出久はふう……と、安堵のため息を吐いた。

(他の皆はどうなったんだろう……)

 ……!気にする出久の目に飛び込んだのは、キラキラと光る眩いレーザー。

 あれは青山くんの"個性"だ――。

 もしかしたら助けが必要かもと、

(フルカウル!)

 出久はそちらに駆けて行く。


 ……――僕には、無理だ。

 自身の"個性"が擬人化し、向けられる敵意に、青山はただひたすら逃げていた。

 ただの"無個性"が、敵に立ち向かえるわけない。

(無理だ、僕には……っ。だって、"個性"がないのにどうやって……)

 "個性"があっても、僕は――。

「うわ……っ」

 考え事をしながら、ただひたすら走っていた青山は、僅かな段差に躓いて転ける。
 自分とは似つかない姿をした、"個性"が近づいてくる気配に――青山は目を瞑り、覚悟した。

 …………!?

 自分の体を何かに引き上げられる。
 何かではなく、誰か。その誰かは……


「緑谷くん!?」
「大丈夫?青山くん!」


 ――緑谷出久だった。

 彼の動きから見て、きっと"個性"を取り戻したのだろう。

「一旦、あの岩影に隠れよう!」

 その真っ直ぐな瞳が、青山の目には何よりも眩しく見えた。


 ***


「青山くんっ、……でっくん!」

 飛び交うレーザーの元に向かうと、そこには青山くんだけでなく、でっくんの姿もあった。

「結月さん!良かった、"個性"を取り戻したんだねっ」
「うん!でっくんも?」
「僕もなんとか取り戻したよ!」

 そう答えるでっくんも、青山くんの加勢にきたらしい。直後、打ち込まれるレーザーに、でっくんは青山くんを抱えて避ける。

 "個性"の擬人化は、大体持ち主に似ているけど……。青山くんの"個性"は、何故か姿が似ても似つかず、レーザーの威力も高く感じた。

「なかなか青山くんの"個性"も厄介そうだね。私に手伝えることはある?」
「うん、もちろん!青山くん、三人で君の"個性"を取り戻そう!」
「緑谷くん……結月さんも……」


 ――ありがとう。


 レーザーは直線にしか発射出来ないから、軌道は読みやすい。
 青山くんは一秒以上発射し続けるとお腹が痛くなるけど、"個性"の擬人化にはそのデメリットがないみたいだ。

 絶え間なく走る光線に、でっくんは器用に跳んで避けて近づいていく。

 そして、

「結月さん!青山くん!今だっ!」

 "個性"に足払いをかけたでっくんが叫んだ。
 額についている宝石を壊すのに、真っ正面から放たれるレーザーは脅威だ。

(……だけど!)

 すっ転んだ"個性"が放つ方向は上。

 青山くんを"個性"の側に転移させる。仰向けに倒れている擬人化"個性"の額を、見下ろすように青山くんは立って、そのまま石をぶつけた。

 宝石は砕け散り、"個性"は青山くんに戻っていく。

 …………気づけば。

 辺りに響いていた爆発音も静かになっていて、どうやら、爆豪くんも"個性"を取り戻したみたいだ。


「爆豪くん、ボロボロだねぇ」
「てめェはずぶ濡れじゃねえか」
「むしろ、よくあの"個性"相手にその程度のボロボロ具合で済んだというか……」

 一部始終を見ていた人たちに聞いたところ……

「素の反射神経で爆破を避けててすごかったぜ!」
「凶悪っぷりは負けてなかったわ、爆豪ちゃん」
「無個性でもタフだった」
「俺らの助太刀必要なかったよな」

 ……ええ!?さすがすぎる!爆豪くんの戦いっぷりすごく見たかった……!

 最後は手持ちの手榴弾を罠にして、"個性"が怯んだ所を、己の拳で宝石を砕いたらしい。(強い……!)

「俺の"個性"にしちゃあ爆破の威力が弱かった気がする」

 そう爆豪くんが真面目に言った先にいるのは、澁澤教授の姿だ。教授の口角は微かに上がっている。

「ご名答だ、爆豪くん。強さは君たちに合わせたつもりだったが、少々物足りなかったかな?」

 あ、あれでレベル合わされていたんだ……。
 全員"個性"を取り戻して意気揚々だったのに、その場はしょんぼりする。

「しかし、全員が時間内に取り戻すとは……。私は君たちを見くびっていたようだ。次は本来の"個性"の力のままに戦ってみるかね」

 返事は無言。私を含めて、げっそりした顔を浮かべている人たちが多いなか……
「ああ、頼む」
 当たり前のように答えたのは爆豪くんだけであった。

 …………まあ。

 何はともあれ、三日間にわたる外部訓練は無事にこれにて終了だ。
 私たちの訓練はまだまだ終わらない。
 明日からまた、必殺技の訓練が始まる。


 ***


「理世も立派な自殺愛好家になって、私はとても誇らしい」
「なってないですよっ!本気で命がけだったんですから……」
「(やはり、結月少女は不本意だよな……。太宰くんの元で学ぶのにそこだけ心配だったが、正常で良かった)」


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