訓練は続く

 寮の食事は、変わらずランチラッシュが管理してくれているけど、備え付けの台所は自由に生徒が使える。

「結月くん。君は今日のお昼は自炊なのか?」
「あ、天哉くん。これ、発目さんに差し入れのお弁当なんだ」

 昨日の夜、サポートグッズが完成したって連絡が来たから、取りに行くついでに。
 どうも発目さんは熱中すると、ご飯も食べずに作業しているみたいだから、さっと食べられるおにぎりを握ってみた。

「…………!!」
「えっ、なんで天哉くんは感動してるの?」
「発目くんに振り回されながらも尚!気遣う心に!僕は感動した……!」
「……大袈裟だねぇ」

 私も結構な無理難題言ったし、これぐらいは、と思っただけだけどね。

 ……ん!?卵焼きが浮いてる……!

「……うま!理世ちゃんっ料理の才能めっちゃあるよ!」
「あは、ありがとう……って、透ちゃんつまみ食い!」
「葉隠くん、いくらおいしそうでもつまみ食いは良くないぞ」
「えへへ、ごめ〜ん」


 ……――出来上がったお弁当を持って、サポート科の工房に行くと、そこには見知った先客がいた。

「あ、上鳴くんだ」
「おっ、結月じゃん」
「上鳴くんもサポートアイテム新調?」
「おう!俺のニュースタイルだぜ!」

 机に置かれたそれを見ると、何やら腕に着けるような装置……?

「俺、電気纏うしかできねーだろ?狙い撃ち出来るようなやつをお願いしたんだ」

 ポインターと、そのシューターだという。

 発目さんとパワーローダー先生の合作らしく、先生も関わっているなら安全面も安心だ。

「これはどう使うの?」
「知りたいでしょ?聞きたいでしょう!?今からちゃんと説明しますよ!」

 発目さんは張り切って説明してくれる。

「ポインターは着弾箇所にひっつきます!ポインターとの距離が10m以内なら、あなたの放電はポインターへ、一直線上に収束します!複数個ある場合はダイヤルでポインター選択。付属のグラスで位置は常に〜〜」
「なるほどね〜」
「なんか頭使う感じ……?」

 確かに、これなら上鳴くんの"個性"で指向性はばっちりだ。あとは、その本人が使いこなせればだけど……。めっちゃ難しい顔しているな……。

「……でも。これなら、周りを巻き込まずに"個性"使えるんスね」

 そう言って、サポートアイテムを見て、上鳴くんは笑顔で言った。
 嬉しそうなその顔に、良かったねと思う。

「あ、そうか。上鳴くんは私とチームアップすれば最強だね」
「え?」
「私なら、このポインターを好きな所に飛ばせるから」

 戦闘で使うなら、どうやって相手や場所にこのポインターを付けるかが鍵だ。
 その点、私の"個性"なら、相手に知られる事なく付ける事だって可能である。

「そういうことか……!!」

 雷に打たれたように、上鳴くんは理解したらしい。

「俺と結月、最強だわ。付き合おう」
「いや、付き合いはしない」
「このポインターは、結月に預けるぜ」
「いや、預けられても。まずは一人で使いこなせるようにならないと」
「えぇと……なんだっけ?」

 ……しょうがないなぁ。実際に試しながら、使い方を教えてあげるとしますか。

「結月さんのサポートアイテムもできてますよ!」
「ありがとう!あ、これ発目さんに差し入れ」
「おぉっお弁当ですか!ありがとうございます!食堂に行く手間が省けますよ!」
「発目は熱中すると、食事も取らずに作業するからね……」


 ――それとは別に。


「梶井さーん、結月でーす。試作品できてますか?」

 梶井さん専用研究室のドアを、ノックして訪ねる。

「結月、他にもなんか頼んでたん?」
「うん、爆弾を……」
「爆弾!?」

 うははは――!

 という笑い声と共に、ドアは開いて梶井さんが現れた。

「君にぴったりの爆弾が出来上がっているとも!」
「……。え、何この見るからにやべぇ人は」

 引きつった笑みを浮かべている上鳴くんに、答える。

「大丈夫。中身もやべぇから」

 雄英公認で。

「――出来上がった爆弾は、これさ」
「わぁ、可愛い!」

 小さな手のひらサイズのレモン型の爆弾だ。

「名付けて……小型檸檬プチレモン爆弾!」
「「(そのまんまだ!)」」

 物騒な代物とは別に、なんかお菓子にありそうな名前だ。

「なんでレモンなんだ?」そう当然な疑問を口にした上鳴くんに梶井さんは答える。
「檸檬……それは美しき棒錘形は幾何学の究極にして、退屈の世界の破壊者だからさ!」
 それに「は?へ?」と、まったく理解できないという顔で、上鳴くんは私を見た。


 大丈夫。私も理解できていないから!


「雄英には色んな変人がいるんだなー」
「雄英だからね〜」

 さっそくお互いサポートアイテムを試そうと、コスチュームに着替えて、体育館γことTDLに向かった。

「進捗どうだい、相澤くん」
「また来たんですか……ボチボチですよ」

 ちょうど、オールマイト先生もやって来たみたいだ。

「結月少女と上鳴少年はこれからかい?」
「はい!サポートアイテムが完成したので試してみようかと」
「二人ともかっこいい装備じゃないか!」

 オールマイト先生に褒められ、上鳴くんと満更でもない笑顔を浮かべる。

 私の特訓は太宰さんがいなくなってむしろ順調だから、今日は上鳴くんにアイテムレクチャーする事にしよう。

「上鳴くん!ポインターに君の電撃が飛ばせる距離は何m?」
「……………………10m!」

 ……なんかえらい間があったけど、まあいいか。

「まずは、その距離感覚を覚えると良いんじゃないかな」
「うしっ、分かった!」

 私も"個性"を使うのに、最初は感覚で覚えたし。

「じゃあ、エクトプラズム先生に分身を……」
「はっはァ!出来たァ!!」

 私の言葉は、その声と爆発音によって遮られた。

「マジか!また爆豪、必殺技できたのかよ!?」
「戦闘脳だよねぇ、爆豪くんも」

 大技から、小手先のテクニックまで。バリエーションが幅広いのは素直にすごいと思う。(あ、そうだ。あとでプチレモン爆弾を爆豪くんに見せてみよう)

「俺も負けてらんねえ!結月!俺がアイテム使いこなせるまで付き合ってくれ!」
「OK!上鳴くん(使い方を覚えられるか)心配だしね」
「結月……やっぱ俺のこと……!」
「何のこと?」

 やる気になったと思えば……。

「爆豪少年は相変わらずセンスが突出している……」
「あ、オイ上!!」

 爆豪くんの慌てた声に弾かれ、頭上を見る。……落石?

「っオールマイト先生!」

 その下にはオールマイト先生が……!

「馬っ……」
「危ねえ!」
「大丈夫でしたか!?オールマイト!」
「ああ!」

 ――誰よりも早く。落石を粉砕してオールマイト先生を助けたのは、でっくんだった。(蹴りで一撃……すごい……!)

「何、緑谷!?サラッとすげえ破壊力出したな!」
「おめーパンチャーだと思ってた」
「上鳴くん、切島くん」
「新しいシュートスタイル、完成した?」
「あ、結月さん。破壊力は、発目さん考案のこのソールのおかげだよ」

 その言葉にでっくんの足元を見ると、確かにハイテクっぽく新しくなっている。

「飯田くんと結月さんに、体の使い方を教わってスタイルを変えたんだ」

 ねっ、というようにでっくんが視線を寄越した。
 私はほとんど何もしていないけど、この短期間でものにするなんて、さすがでっくんだ。

 毎晩、寮の庭で自主練していた姿を見かけてたし、努力をちゃんと身につけるのはすごい。

「方向性が定まっただけで、まだ付け焼き刃だし、必殺技と呼べるものでもないんだけど……」
「いいや!多分、付け焼き刃以上の効果があるよ。こと仮免試験ではね」
「?」

 仮免試験では……?オールマイト先生の言葉に皆と首を傾げた。(どういう意味だろう?)

「オールマイト、危ないんであまり近寄らないように」
「いや失敬!爆豪少年!すまなかった!」

 オールマイト先生が見上げて爆豪くんに言うも、その鋭い視線が向けられているのは、でっくんだ。
 
「気ィ付けろや、オールマイトォ!!」
「爆豪くんがそれを言う?」
「あいつ、マジで誰に対してもブレねえよなぁ」

 くるりと背を向け、爆豪くんは特訓を再開するようだ。再び、爆破が頭上から響いてきた。

「それより……!皆もコスチューム改良したんだね!」
「あ!?気付いちゃった!?お気付き!?」

 気づいてもらって、上鳴くんはめっちゃ嬉しそう。

「ニュースタイルは、何もおめーだけじゃねえぜ!」
「切島くんのコスチュームも、今までとちょっと違うね」
「おうよ!俺ら以外もちょこちょこ改良してる。気ィ抜いてらんねえぞ」

 対策している事は皆一緒、か。

「だがな。この俺のスタイルチェンジは群を抜く!度肝ブチ抜かれっぞ見るか!?いいよ!?すごいよマジで!!」
「上鳴くん……まだ使いこなせてないのに……」
「そこまでだA組!!!」

 室内全体に響くような、その力強い声は……

「今日は午後から我々がTDLここを使わせてもらう予定だ!」
「B組」
「タイミング!」カー!

 ブラドキング先生率いる、B組一同が現れた。

「イレイザー、さっさと退くがいい」
「まだ10分弱ある。時間の使い方がなってないな」

 ブラドキング先生の言葉に毅然と答える相澤先生さすが!……なんて思っていると、物間くんが生き生きと話しかけてくる。

「ねえ結月さん、知ってる!?」
「知ってる」
「仮免試験て半数が落ちるんだって!」
「(結月さん、知ってるって答えたのにお構いなしだ……!)」

 最初に聞いておきながら、私を無視し、皆に向けて話す物間くん。

A組キミら全員落ちてよ!」
「「(ストレートに感情ぶつけてくる)」」

 本音そのままに!

「つか物間のコスチュームあれなの?」
「『"コピー"だから変に奇をてらう必要はないのさ』って言ってた」
「てらってねえつもりか」
「アハハハハハ、どっちか上かハッキリさせようかハハハハハ」
「物間くん、ついに感情が壊れたの?」
「仮免試験目前だからナイーブになってるっぽい」

 私の質問に、泡瀬くんが答えてくれた。
 物間くん、その辺メンタル不安定そうだもんなぁ。

「しかし……もっともだ。同じ試験である以上、俺たちは蟲毒……潰し合う運命さだめにある」
(なんかドラマティックだねぇ、常闇くん)
「だから、A組とB組は別会場で申し込みしてあるぞ」

 その相澤先生の言葉に、物間くんは笑顔のまま固まっている。

「ヒーロー資格試験は、毎年6月・9月に全国三ヶ所で一律に行われる。同校生徒での潰し合いを避ける為、"どの学校でも"時期や場所を分けて受験させるのがセオリーになってる」

 ――ホッ。

 続いてブラドキング先生の説明に、明らかに物間くんはホッとした。

「直接手を下せないのが残念だ!!」
「ホッつったな」
「病名のある精神状態なんじゃないかな」
「物間くん、今ホッとしたでしょ」
「なんのことかな!?結月さん!」

(私はちょっと残念だな〜)

 せっかく物間くんに私の"個性"の使い方を伝授したのに、別会場なら活用できないからだ。

「"どの学校でも"…………そうだよな。フツーにスルーしてたけど、他校と合格を奪い合うんだ」
「しかも、僕らは通常の取得過程を前倒ししてる……」

 真面目に瀬呂くんが言って、でっくんも続いて言った。(その後ろでテープぐるぐる巻きにされたエクトプラズム先生のコピーが気になる……。シュール)

「1年の時点で、仮免を取るのは全国でも少数派だ。つまり、君たちより訓練期間の長い者。未知の"個性"を持ち、洗練してきた者が集うワケだ」

 だからこそ、外部訓練など、少しでも経験値になるように先生たちは用意してくれたのだろう。
 
「試験内容は不明だが、明確な逆境であることは間違いない。意識しすぎるのも良くないが、忘れないようにな」
「「はい!!」」

 相澤先生の言葉に、A組B組関係なく声が揃った。

「では……話は済んだことだし、A組は速やかに退出しろ」
「まだ6分あるだろうが」
「「……………………」」

 相澤先生、どこまでも時間にきちっとしているな……。

「あ、そうだ。爆豪くん!見て、私用に爆弾作ってもらったの」
「ん」

 6分間に出来る事と、爆豪くんにプチレモン爆弾を自慢気に見せる。

「爆豪くんも手榴弾、レモン型にすればいいのに」
「しねえわ。つーか威力は?」
「周囲に被害を出したくないから、そこまで……――あ!」

 爆豪くんは、私の手からプチレモン爆弾を奪って、投げた。

 私だってまだ試していないの…に……

 !!?

 ――可愛い見た目とは裏腹に、桁違いの大爆発がそこに起きた。

「な、なに!?」
「なんだ敵襲か!?ついに俺たちB組の出番か!?」

 混乱するB組の皆に、比較的爆発には慣れてるA組の皆はただ唖然として……

「爆豪!またお前か!」

 操縛布片手に、キレる相澤先生。

「は!?違げえよ!こいつだ、結月」
「結月〜……?」

 ひえっ、先生の鋭い目が隣の私に移る……!

「爆弾投げたのは爆豪くんです」
「てめェの持ちモンだろうが!」
「爆弾ってなんだ」
「サポートアイテムです!梶井さんに作ってもらった……」

 ここはしっかりと弁解しなければ!

 相澤先生は「ああ、あの変人か」と、思い当たって納得した模様。(変人……!)

「結月さん!?サポートアイテムの爆弾をこんな威力にするなんて、君は死人を出すつもりかい!?」
「物間くんは黙って!話ややこしくなるから!」

 でも、物間くんの言っている事は正しい。

 梶井さん、どこが「プチ」なの……!?むしろ小型爆弾からどうやったら、こんな大爆発が起こせるの!?

「……結月。この威力じゃ規定違反になる。その爆弾、返して来い」
「返して来ます」


 要望とは違うし、これは梶井さんに真っ当な抗議だ!

 
 ……その後、梶井さんと話し合うと、双方の認識の相違からのものだと判明した。

 どうやら、梶井さんにとってはあの威力は「プチ」に当たるらしい。

 野放しにしたら危ないという根津校長の判断は、やっぱり正しいと思った。


 ***


「フヘエエエ、毎日大変だァ……!」
「圧縮訓練の名は伊達じゃないね」
「私、爆弾は当分いいや……」
「ぶっつけ本番に使わなくて良かったわね、理世ちゃん」

 寮の共同スペースで、女子皆でまったりお喋りする。

「あと数日もないですわ」
「ヤオモモは必殺技どう?」
「うーん、やりたいことはあるのですが、まだ体が追いつかないので、少しでも"個性"を伸ばしておく必要がありますわ」

 透ちゃんの問いに、百ちんは眉を潜めながら答えた。

「そのもどかしさ、分かるなぁ」

 今は"個性"の正しい使い方を覚えて、だいぶ改善したけど、少し前の私もそうだったから。

「理世ちゃんは?」
「必殺技っていう派手さはないけど、"個性"の使い方のバリエーションは広がった感じかな」
「技名決まった?」
「技名はまだ決まってない」

 三奈ちゃんの言葉に苦笑いして答える。

(そもそも、私の"個性"って、技名いらないかも……?)

「梅雨ちゃんは?」
「私はよりカエルらしい技が完成しつつあるわ。きっと、透ちゃんもびっくりよ」

 カエルらしい技かぁ……どんなだろう?

「お茶子ちゃんは?」

 次に、透ちゃんはお茶子ちゃんに尋ねたけど、お茶子ちゃんは上の空だ。

「お茶子ちゃん?」
「うひゃん!!」

 梅雨ちゃんがお茶子ちゃんの二の腕を指先でツンとしたら、その声と共にその肩がびくっと跳ねた。
 その際、お茶子ちゃんの手から落ちたパックの飲み物を、反射的に転移させる。

「理世ちゃん、ありがとう……」
「お疲れの様ね」
「大丈夫?お茶子ちゃん」
「いやいやいや!!疲れてなんかいられへん。まだまだこっから!」

 そうお茶子ちゃんは元気に振る舞うも、

「……のハズなんだけど、何だろうねぇ。最近ムダに心がザワつくんが多くてねぇ」

 心がザワつく……?

「恋だ」
「ギョ」
ぎょ?」

 それは鯉とかけて……と、冗談はさておき。三奈ちゃんの言葉に、文字通りお茶子ちゃんはぎょっとした。

「な、何!?故意!?知らん知らん?」
「緑谷か飯田!?一緒にいること多いよねえ!?」
「…………」

 最初――……私はお茶子ちゃんは青山くんと何かあったと思ったけど、どうもそれは勘違いらしいと、最近気づいた。

(でっくんか、天哉くん……)

「チャウワチャウワ」
「浮いた」

(…………。お茶子ちゃんがでっくんを好きだったらどうしよう………)

「誰ー!?どっち!?誰なのー!?」
「ゲロッちまいな?自白した方が罪軽くなるんだよ」
「違うよ本当に!私そういうの本当……わからんし……」
「無理に詮索するのは良くないわ」
「ええ、それより明日も早いですしもうオヤスミしましょう」
「ええ――!やだ、もっと聞きたいー!!何でもない話でも強引に恋愛に結び付けたい――!!!」
「……ちょっと理世、もしかして目を開けたまま寝てる?」

 耳郎ちゃんに聞かれ、考え込んでた意識をはっと戻す。

「いくら私でも、そんな器用なことできないよぉ〜」
「いや、黙ったままだったから」
「ごめん、アプリゲームに夢中になっちゃってた」

 咄嗟にごまかした。画面は開いてたから、嘘ってわけでもない。

「なんのゲームしてるのー?」
「数学の謎解きと計算式のゲームでね。全世界に配信されてて、順位を競い合うんだけど……」

 三奈ちゃんの問いに答えると、皆の興味はその話に移った。私の手元を覗き込む。

「ゲームっていうより、勉強系?」

 うへぇ、と素直に拒否反応を示した三奈ちゃんに笑う。

「脳トレに近いかな。私の"個性"って脳で使うから鍛えたくて……。三奈ちゃんや百ちん、耳郎ちゃんとか、"個性"を使うのに役に立ったり、関係するものを趣味にしてていいなって思ってたんだ」
「ウチは本当、趣味って感じで活かせてないけど……」

 三奈ちゃんはダンスで運動神経を。
 百ちんは読書で知識を蓄えて。

 耳郎ちゃんは遠慮がちにそう言ったけど、耳郎ちゃんの部屋を見て、改めて思ったからきっかけの一つだ。

「じゃあ、結月は目指せ一位だねっ!」

 無邪気な三奈ちゃんの言葉に、今度は苦笑いする。

「まだまだ先は遠いよ〜最近始めて、やっとランキングの一万台まで上がってきたところだから」
「世界での順位なら、一万台でもすごい方じゃないかしら」
「そんな中で1位の人って、どんな人なんやろ?」
「インドの人とか!」
「確かに、インドの方は数学に強いって聞きますわね」

 透ちゃん、惜しい。インドの人も上位にいるけど……1位の人は……

「ロシアの人なんだって。アカウント名はロシア語で書いてあるから読めないけど……」

『Преступление и наказание』

 画面を皆に見せた。

「ええと、……」
「え!?ヤオモモ、ロシア語読めるの!?」
「ほんの少しですが、家にあった露和辞典を読んだことがあって……」
「ほんの少しでもすごいよ百ちん!」
「ロシア語辞典が家にあるのすごい!」
「読もうとしたのもすごい!」


 秀才な百ちんの口が、ゆっくり開く。


「「罪と罰」……――?」


 ***


「ドスくん!ドスくん!退屈だったからドスくんに会いに日本へ遊びに来たよ!はいこれ!浅草観光のお土産の雷おこし」
「……何故、このお菓子は雷の名がついてるのですか?」


 ――フョードル・ドストエフスキー。


 その彼の前に現れた、右目だけ仮面で隠した男は、道化師ゴーゴリだ。
 世界を股にかける『大怪盗ゴーゴリ』の名の方が、世間では知られているだろう。

「ドスくんがゲームをするなんて珍しいね。何かあるのかい?」
「ただの暇潰しですよ。貴方が僕に会いに来たのと一緒です」

 ……でも。

「でも?」
「最近、興味深い子が参戦してきたので、少し楽しめそうです」

 フョードルは目を細めて、ゲーム画面を見つめる。

「へぇ、ドスくんの興味を惹くなんて、私も興味が湧いて来るな」
「こんな話を知っていますか?人間の脳は、宇宙と似ている構造をしている……と」

 どんな子なんだい?というゴーゴリの質問に、フョードルの口から出たのは、質問の答えになっていないものだ。

「それは壮大かつミステリアスな話だね。さて、実際は?」
「さあ?僕には分かりません」
「ドスくんに分からないことなんてあるのかな」

 笑うゴーゴリの言葉に、フョードルもふふと小さく笑う。

「僕は、全知全能の神ではないですから」

 これもまた、質問の答えにはなっていないような言葉だった。
 再びフョードルは、ゲーム画面に目を落とす。
 自分より、遥か下のランキングに載る名前。


 ――さて、彼女はどこまで登って来られるでしょうか。


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