二学期へ

「降りろ、到着だ。……ほら、結月も起きろ」
「…………ン」

 行きと同じように、隣の相澤先生に起こされて目が覚める。
 雄英に戻って来たらしく、うーんと背伸びをしながらバスから降りた。行きと違うのは、私や焦凍くん、爆豪くんだけでなく、ほとんどの人たちも疲れて寝てたみたいだ。

「各自コスチュームケース戻したら、解散。皆さんお疲れさまでした」

 相澤先生の言葉に「ふあい」と皆が気の抜けた返事をした。

「私も今日は早く寝よ〜」
「帰りのバスの中でも寝てたのに、まだ寝るんかい」
「まだまだ寝れるね〜」

 耳郎ちゃんも寝てたでしょ?気づいたら爆睡してた。そんな会話をしながら、ケースを返却しに行った。


 ***

 夕食後――お風呂も済ませ、部屋に戻ると、パソコンの電源を入れる。

 イヤホンマイクをつけて、準備完了。

「安吾さん、お疲れさま!」
『理世もお疲れさまでした』

 安吾さんと、リモート通話だ。

『無事、仮免取得おめでとうございます』
「あのね、安吾さん。私、最終試験は100点の満点だったんだよ!」
『それはすごいですね!満点はなかなかないと聞きますよ』
「あ、安吾さん。目良さん知ってる?ヒーロー公安委員会の」
『ええ。仮免試験の試験管はいつも目良さんが勤めていますね』
「目良さん、安吾さんの仲間だよね」
『仲間……?ああ、確かに目良さんは激務に追われているアピールをしていますが、単に体力がないだけなんですよ。あの程度の激務、特務課の日常茶飯事レベルですからね』
(これぞ社蓄マウント……!!)

 年齢を聞いたら、目良さんは38歳らしい。ほら……安吾さんは落ち着いているけど、まだ二十代だし……。
 試験のことや、最近の出来事を話していると、スマホが鳴って着信を知らせる。上鳴くん……?

「安吾さん、ちょっとごめんね。友達から電話が来てて……」
「切りましょうか?」
「ううん。大した用事じゃないだろうし、ちょっとだけ待っててもらっていい?」

 リモートの通話はそのままに「上鳴くん、今家族水入らずで……」そう、電話に出たら、

『結月ーー!助けてくれ!頼れるのはお前しかいないんだ!!』
「…………」

 という、上鳴くんの泣き叫ぶ声が耳に飛び込んできた。

「どうしたの?」
『俺……、仮免免許証落としちまったみたいなんだ!!』

 ……。落とした!?

「ちょ、ちょっと待って。今有識者と繋がってるから」
『ユーシキシャ?』

 さっそく画面の向こうの安吾さんに、尋ねてみる。

「安吾さん。もしも、仮免免許証を失くしたらどうなるの?」
『罰則ですね。理由によっては再発行も難しくなると思いますが……』

 ………………。

「ごめん、安吾さん!至急の緊急事態になっちゃって……」
『それは……健闘を祈りましょう。もしものことがあったら、また連絡してください』

 なんとか力になりましょう、と言ってくれた安吾さんは、私の様子で何があったのか察したらしい。

「――で、上鳴くん。どこで落としたか見当ついてるの?会場で落としたって言われたって、私飛んでいけないよ?」

 簡単に例えて言うと、MPが足りない。

『いや、バスの中で親に見せようって写真撮ったから、そこで落としたと思うんだっ!』
「なるほどね。じゃあ、バスの中を調べに行こう。玄関で待ち合わせ」
『結月!ありがとう!!マジ神!いや、女神!!』
「お礼と称賛は見つかってからね」


 椅子から立ち上がって、腰を伸ばす。
 仕方ない。もう一仕事行くかー……


「これって、ふほー侵入になるのかな、俺たち……」
「上鳴くんだけね。何かあったら売るから私」
「結月さんっそんな殺生な!」
「当前でしょ〜」

 こっちは上鳴くんの一大事に付き合ってあげてるんだから。
 上鳴くんと二人で、雄英の車庫でテレポートでやって来た。スマホのライトを頼りに、乗っていたバスを探す。

「あ、このバスだ」
「よく覚えてんなー」

 見つけたら中にテレポートで侵入して、上鳴くんの座席辺りを探すだけ。
 改めて思うけど、本当この"個性"って便利。

「……ねえ。見つかんねえ……!」
「座席の奥に入っちゃってるとか……」

 しゃがんで座席の下を、照らしてあげる。

「……あったあぁぁ!!結月あったぜほら!!」
「良かったねぇ。じゃあ、警備ロボに見つからないうちにズラかるよ〜」

 再び、上鳴くんを連れてテレポートで来た道を戻る。

「もう落としちゃだめだよ?」
「おう!以後気を付けまっす!マジでありがとね、結月!」
「上鳴くん、ホルダーに入れて首から下げとけばいいよ。そしたら落とさないから」
「え、それダサくね……?」

 ハイツアライアンスに着くと、事情を知っている皆が待っていてくれたらしい。

「上鳴、あんた……ちゃんと理世に感謝しなよ」
「マジめっちゃしてるって!」
「しかし、見つかってよかったな!皆も仮免免許証の取り扱いは十分気をつけよう!!」
「落とすのなんて上鳴だけだろ」

 呆れる耳郎ちゃんに、手を上下に振って注意を促す天哉くんと、ケラケラ笑う瀬呂くん。

「明日からフツーの授業だねえ!」
「色々ありすぎたな」
「チョコチョーダイ」
「一生忘れられない夏休みだった……」

 最後の夏休みを、共有スペースで皆自由に過ごしている。

「メール?」
「うん!」

 お風呂上がりの切島くんに、でっくんは嬉しそうに答えた。その顔に、オールマイトからの返信を待っているのかなぁと思う。

(私も太宰さんから返信来てるかな……)

「邪魔だ――結月」
「あ、ああうん。ごめん」

 そう呼ばれるのにはまだ慣れないなって、爆豪くん……?道を開けながら、どこか様子がおかしい爆豪くんを目で追う。

「オレもまぜてくれー」
「あら、カワイイちゃん」

 うさぎのゆわいちゃんを連れた口田くんと、常闇くんもやって来て、ますます賑やかになる場に……

「おい!」

 爆豪くんはでっくんに声をかけた。

「後で表出ろ」

 ――……

 そして、すれ違いざまに確かにそうでっくんに何かを言った。
 
「理世ちゃんもチョコ食べる?」
「うん、食べる〜」
「お菓子を食べるのは良いが、寝る前にちゃんと歯は磨くんだぞ。委員長との約束だ!」

(……あらあら)

 透ちゃんから貰ったチョコを口に放り込んで、呆然と立ち尽くすでっくんの背中を眺めた。


 深夜。


 生温い夜風は、夏の終わりを感じさせない。
 寮からこっそり出て行く二人を……ただ眺めていた。

(なにやってんだろう、私……)

 爆豪くんがなんででっくんを呼び出したのか、なんとなく分かった。
 期末試験でつかなかった決着が、今日の仮免試験で合格者と不合格者としての形でついた。

(あの勘のいい爆豪くんが、でっくんの"個性"について、何か気づいていてもおかしくないんだよなー)

「………………寝よう」

 一旦ベランダにテレポートして、靴を脱いで部屋に戻る。
 二人の問題に、私が首を突っ込むべきじゃない。
 思うことは色々あるけど……そのままベッドに潜って目を閉じた。


 ***


「……また派手にやったねぇ」
「うっせえ」
「あはは……」

 翌日、私の目に映るでっくんと爆豪くんは、お互いあちこちに怪我していた。

 喧嘩して、でっくんは三日間、爆豪くんは四日間の寮内謹慎になったらしい。

 その間、朝晩の寮内共有スペース清掃を相澤先生に言いつけられたらしく、今、二人は掃除機をかけているというわけだ。

「プラス、反省文の提出もあって……」
「まあ、除籍よりはマシと思うしかないね」

 時間外の活動は禁止の上に、夜中にそんな傷が残るほどの喧嘩したらね……。

「ケンカして」
「謹慎〜〜〜〜!?」

 三奈ちゃんと透ちゃんの驚きの声に、他の皆も続く。

「馬鹿じゃん!!」
「ナンセンス!」
「馬鹿かよ」
「骨頂――」

 ……うん。なかなかの言われ放題だ。さすがの爆豪くんも言い返す言葉がないのか「ぐぬぬ……」と、唸った。

「えええ、それ仲直りしたの?」
「仲直り……っていうものでも……うーん……言語化が難い……」

 お茶子ちゃんの問いに、でっくんもそう唸る。複雑なのは変わらずのようで……

「よく謹慎で済んだものだ……!!では、これからの始業式は君ら欠席だな!」

 天哉くんも、今回の二人の問題行動にはご立腹のようだ。

「爆豪、仮免の補習どうすんだ」
「うるせぇ……てめーには関係ねぇだろ」
「じゃー掃除よろしくなー」
「ぐぬぬ!!」

 でっくんに手を振り、二人を置いて、皆と徒歩五分圏内の学校に向かう。

「皆いいか!?列は乱さずそれでいて迅速に!!」

 さっそくシュバババ、と張り切っている飯田委員長だ。

「グラウンドへ、向かうんだ!!」
「いや、おめーが乱れてるよ」
「委員長のジレンマ!!」

 ジレンマ!

「入学式、出れやんかったから、今回も相澤先生何かするんかと思った」
「ねっ、なんか久々の学校らしい行事に出る気分」
「まー4月とはあまりに事情が違うしね」

 お茶子ちゃんと尾白くんと、そんな事を話していると、前方にかっこつけて立っている姿に気づいた。

「聞いたよ――A組ィィ!」
「!」

 向こうは私たちの姿に気づいた途端、ズダダダダ、と勢いよく目前に迫ってくる。

「二名!!」
「ずっとそこで待ち構えていたんだね、物間くん。暇人?」
「そちら仮免落ちが二名も出たんだってええ!!?」
「無視ー?私も人間だから無視は悲しいよー」
「B組、物間!相変わらず気が触れてやがる!」

 情緒不安定に笑う物間くん(せっかくのイケメンが台無しよ)に、切島くんがははーんと何かに気づいた。

「さてはまたオメーだけ落ちたな」
「ハッハッハッハッハッ」

 お腹を抱えて笑う物間くん。次にス……と背を向けた。

「「いや、どっちだよ」」

 つっこみが切島くんとハモった。

「こちとら全員合格。水があいたね、A組」

 不敵な笑みを浮かべる物間くんの後ろには、B組の面々が集まっている。
 さすがだなーB組。安定した実力的な。

「……悪ィ……みんな……」
「いやいや、向こうが一方的に競ってるだけだから気にやむなよ」
「焦凍くんも丸くなったよね〜」

 そう思ったまま言ったら「丸くなった?体重は変わってねえが……」そう返ってきた。う〜ん、天然!

「プラドティーチャーによるゥと、後期ィはクラストゥゲザージュギョーあるデスミタイ。楽シミしテマス!」
「へえ!そりゃ腕が鳴るぜ!」
「つか外国人さんなのね」

 クラスとぃげざーじゅぎょーかぁ。

 私も楽しみだなぁ――って思っていると、何やら物間くんがポニーちゃんにコソ……と話しかけている。

「ボコボコォにウチノメシテヤァ……ンヨ?」
「変な言葉教えんな!」
「アハハハハハ……そういえば結月さんっ!クラスメイトが二人も落ちて今どんな気持ちだい!?」
「やっと私の存在認識したかと思えば、いきなり振ってきたね」

 どんな気持ちって言われても、別に……

「ん……なんだこの紙」
「あ、試験の採点プリント落としちゃった☆たいへ〜〜ん!」
「("個性"使ってわざと落としたぞ!)」
「(結月さん、持ってきてたんだな……)」
「(理世ちゃん、持ってたんやね……)」
「(棒読みひでぇ)」
「ははん?さてはひどい点数を取ったね結月さん!?」

 私のプリントを見る物間くんの顔が「は……」みるみるうちに青ざめていく。

「ひゃ、100点――!!?」
「え、マジ!?満点ってこと!?」
「すげぇなオイ!やるな結月オイ!!」
「WOW!エクセレント!」
「うちの最高得点、茨で92点だよ」

 物間くんの後ろから眺めるB組の皆さん。
 私は鼻高々に言う。

「二人が落ちたのは残念だけど、まあ特別追試もあるしね?私自身はこんな結果だったけど、ところで物間くんって点数何点だったの?」
「「(マウント仕返した――!――!――!!)」」

 物間くんはぐぬぬって唸っている。唸るのはいいけど、待ってプリント皺になる!

 この後も見せびらかすんだから!

「ほんっと君って最高にいい性格してるよね!」
「ありがとう」
「一ミリも褒めてないからな!?」
「やっぱお前らコンビ組めよ」

 ――物間くんと不本意なコントをしていたら、

「オーイ。後ろ詰まってんだけど」
「!」

 聞き覚えのある、落ち着いた声が後ろからかけられた。

「すみません!!さァさァ皆、私語は慎むんだ!迷惑かかっているぞ!」

(天哉くん、急に髪型どーなってるの)

 え、誰。慌ててウニみたいな髪型になった天哉くんに背中を押される。

「かっこ悪ィとこ見せてくれるなよ」
「心操」
「体育祭で緑谷と戦った人」
「あれ……なんかあいつ……」
「なんとなく……ごつくなった気が」
「ちょうどよかった心操くん!私の試験結果見たい?見たいよね!?」
「いや、別に」
「またまたぁ〜」
「てか、結果表持ってんのかよ!」
「理世ちゃん、マイペースやぁ」
「結月、マジ結月だわ」すげー
「すごいよね、あのコミュ力。ウチ、真似できないや」
「もはや結月固有のスキルだろ」
「結月くん!列を乱すんじゃない!!」

 心操くんにちょっと皺になったプリントを見せたら「へぇ、満点か。さすがじゃん。まあ結月さんなら当然の結果だろ?」と、ニヤリと笑って返された。

「心操くんはかなり筋肉ついたね。短期間で一体なんの」
「結月くん!A組はこっちだぞ!」
「ちょっ天哉くんッまだ心操くんに質問中〜〜……」
「(忙しいなあ、結月さん)」


 ――ただっ広いグラウンドに、全校生徒がずらりと並ぶ光景は、まるで軍隊みたいだ。

「やあ!皆大好き小型ほ乳類の校長さ!」

 その総司令官……ではなく、根津校長は朝礼台の、さらに台の上に乗って可愛らしく片手を上げた。

 そして、マイクに向かって話す。

「最近は私自慢の毛質が低下しちゃってね。ケアにも一苦労なのさ。これは人間にも言えることさ。亜鉛・ビタミン郡を多く摂れる食事バランスにしてはいるものの、やはり一番重要なのは睡眠だね」

(古今東西、校長先生の話はつまらなくて助長だと決まっているけど……)

生活習慣ライフスタイルの乱れが最も毛に悪いのさ。皆も毛並みに気を遣う際は、睡眠を大事にするといいのさ!」
「(ものすごくどうでもよくて、ありえないほど長え)」

 毛並みないんですが……あ、髪の毛?
 上鳴くんなんて尾白くんの尻尾で遊んでいるし。

生活習慣ライフスタイルが乱れたのは、皆もご存知の通り、この夏休みで起きた"事件"に起因しているのさ」

 確信に触れるような話に、ゆるい場の空気がピリッと変わった。

「柱の喪失。あの事件の影響は、予想を超えた速度で現れ始めている。これから社会には大きな困難が待ち受けているだろう」

 柱――オールマイトのことだ。そのオールマイト先生も、神妙に校長の話に耳を傾けていた。

「特にヒーロー科。諸君にとっては顕著に表れる」

 根津校長は、ヒーロー科の方に顔を向けて話す。

「2・3年生の多くが取りくんでいる"校外活動ヒーローインターン"も、これまで以上に危機意識を持って考える必要がある」

 ヒーローインターン……どこかで聞いた事あるような。

「(校外活動ヒーローインターン……?)」
「(職場体験の発展系みたいなものかしら……?)」

 ヒソヒソと話す三奈ちゃんと梅雨ちゃんに、あっと思い出した。

(そうだ、天喰先輩が言ってたんだ)

 そんな先輩とはファットガムのお願いで、まずはLINE友達から始めて、授業関係の事で相談したり、たまにやりとりしている。

 仮免取得した事も、昨日さっそく報告してみたけど……

『きっと、結月さんにはすぐに追い抜かれてしまうんだろうな。君の先輩が俺みたいな頼りない先輩ですまない。敦先輩に顔向けできない』

 ……という文面でもネガティブを発揮された内容が送られてきて、どう返そうか5分ぐらいは悩んだ。
 おかげで私のネットコミュニケーション能力も上がっている気がする。

「暗い話はどうしたって空気が重くなるね」

 ……つい思い出しちゃってたけど、根津校長の話にちゃんと集中しないと。

「大人たちは今、その重い空気をどうにかしようと頑張っているんだ。君たちには是非ともその頑張りを受け継ぎ、発展させられる人材となってほしい。経営科も普通科もサポート科もヒーロー科も。皆、社会の後継者であることを忘れないでくれたまえ」

 最後にそう言って、根津校長の話は終えた。

 最初は根津校長の個人話が続くのかと思って戸惑ったけど、やっぱり、根津校長はこの雄英の校長先生なんだと、実感する話だった。

「――それでは、最後にいくつか注意事項を。生活指導、ハウンドドッグ先生から――……」
(ハウンドドッグ先生。あまり関わったことないからどんな先生かよく知らないんだよね)
「グル゙ル゙ル゙……昨日ゔゔ。ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙」

 ……?

「寮のバウッバウバウッ馴れバウバウグルッ生活バウ!!」

 ……!?

「アオーーーーン!!!」
「「……………………」」

 ハッハッ、と興奮して息を荒らげるハウンドドッグ先生に代わって、ブラドキング先生が朝礼台に立った。

「ええと『昨晩ケンカした生徒がいました。慣れない寮生活ではありますが、節度をもって生活しましょう』とのお話でした」
「グルル」
「「(ハウンドドッグ先生、何だったんだ)」」

 怒っていたのかな……?

「キレると人語忘れちまうのかよ……雄英ってまだ知らねーことたくさんあるぜ……」
「緑谷さんと爆豪さん、立派な問題児扱いですわね……」
「またA組が目立っちゃったね」

 物間くんが生き生きしてまた絡んで来そう。

「それでは3年生から教室へ戻って――……」


 始業式が終わってクラスに戻ると、相澤先生のSHRの時間だ。


「じゃあまァ……今日からまた、通常通り授業を続けていく」

 謹慎中のでっくんと爆豪くんは、もちろんいない。

「かつてない程に色々あったが、うまく切り換えて学生の本分を全うするように。今日は座学のみ。だが、後期はより厳しい訓練になっていくからな」
「(話ないねぇ)」ヒソ…
「何だ芦戸?」
「ヒッ!久々の感覚!」

 相澤先生、久々なのに反応早っ!

「ごめんなさい。いいかしら、先生」

 挙手して切り出したのは、梅雨ちゃんだ。ちゃんとした手順を踏めば、相澤先生は怒らない。

「さっき、始業式でお話に出てた『ヒーローインターン』って、どういうものか聞かせてもらえないかしら」
「そういや校長が何か言ってたな」
「俺も気になっていた」
「先輩方の多くが取り組んでらっしゃるとか……」

 梅雨ちゃんの質問に、瀬呂くん、常闇くん、百ちんも続いた。(私も詳しく知りたい……)

「それについては後日やるつもりだったが……そうだな。先に言っておく方が合理的か……」

 相澤先生は説明してくれる。

「平たく言うと、"校外でのヒーロー活動"。以前、行ったプロヒーローの下での職場体験……その本格版だ」
「はあ〜そんな制度あるのか……」

 確かに「仮免取得するとできる」って天喰先輩も言ってたっけ。

「体育祭の頑張りは何だったんですか!!?」

 ガタッと大きな音が鳴ったと思えば、お茶子ちゃんが立ち上がっていた。

「確かに……!インターンがあるなら、体育祭でスカウトを頂かなくとも道が拓けるか」

『年に一回……計三回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対外せないイベントだ』

 天哉くんの言葉に、以前、相澤先生が言っていた説明を思い出す。

「まー落ちつけよ。麗らかじゃねえぞ」
校外活動ヒーローインターンは、体育祭で得た指名スカウトをコネクションとして使うんだ」
(……という事は、自分から売り込むってこと?)
「これは授業の一環ではなく、生徒の任意で行う活動だ。むしろ、体育祭で指名を頂けなかった者は活動自体難しいんだよ」

 だから、体育祭での指名が大事、という事だったらしい。(指名いただいた事務所なら、どこでも大丈夫なのかなぁ?)

「元々は各事務所が募集する形だったが、雄英生徒引き入れの為にイザコザが多発し、このような形になったそうだ。わかったら座れ」
「早とちりしてすみませんでした……」
「仮免を取得したことで、より本格的・長期的に活動へ荷担できる」

 できることも増えたわけだし、ぜひ活動したいけど……。

「ただ、1年生での仮免取得はあまり例がないこと。ヴィランの活性化も相まっておまえらの参加は、慎重に考えてるのが現状だ。まァ、体験談なども含め、後日ちゃんとした説明と今後の方針を話す。こっちも都合があるんでな」

 あくまで検討中という事みたいだ。

「じゃ……待たせて悪かったマイク」
「一限は!」

 廊下からめっちゃマイク先生の声が響いた。

「英語だ――!!すなわち俺の時間!!久々登場、俺の壇場待ったかブラ!!!」

 しーーん。なんか入試試験の説明会を思い出す。

「今日は詰めていくぜ――!!!アガってけー!!イエアア!!」

 久々の授業(しかも苦手な英語)に、ちょっとまだ身が入らない。


(ヒーローインターンかぁ……)


 ……――初日の座学も終わり、時刻も夕方に差し掛かった頃。

「んっん――……」

 窓のさっし付近を、指でつーと滑らす峰田くん。

「このホコリは何ですか爆豪くん?」

 小姑のようなそれに「アッヒャヒャヒャ」瀬呂くんがお腹を抱えて笑っている。

「そこデクだ、ザけんじゃねえぞ。オイコラ、てめー掃除もできねえのか!!」
「わっごめん。あ……皆部屋のゴミ、ドア前に出しといて、まとめます」
「爆豪くんはこっち側担当?」
「あ?だったらなんだ」
「ピカピカだなって思って。掃除の才能あるよ」
「んな才能いるか!!」ざけんな!

 再び声を上げて笑う瀬呂くんと峰田くん。私は結構真面目に言ったんだけどね。爆豪くんってなんでもできるんだな〜って。

「なァ、今日のマイクの授業さ……」
「まさか、おまえも……?」
「当然のように習ってねー文法出てたよな」
「あーソレ!!ね!私もビックリしたの!」
「予習忘れてたもんなァ……」
「一回つまづくともうその後の内容、頭入らねんだよ」

 ……話題は今日の授業の話に。確かに私も一気に難易度上がったように感じた。(これはもう百ちんと勉強会するしかない)

「インターンの話さ。ウチとか指名なかったけど、参加できないのかな」
「やりたいよねえ」
「前に職場体験させてもらったとこで、やらせてもらえるんじゃないのかなあ」

 続いては、ヒーローインターンの話題。
 授業の話に続いて、めっちゃでっくんが気にしているのが分かった。

「たった一日で、すごい置いてかれてる感……!!」
「――という顔だね、謹慎くん」
「!?」

 私がでっくんの心の声を代弁したら、スッと謎のポーズで天哉くんが現れた。
 示し合わせていないのに、この息のぴったり感。

「キンシンくんはひどいや。あの結月さん、飯田くん。インターンって何?」
「俺は怒っているんだよ!」

 すかさずプンプンと天哉くんは口を開く。

「授業内容等の伝達は先生から禁じられた!」
「特に私たち、でっくんと仲良いから釘刺されたんだよ」

 あと、お茶子ちゃんも。

「悪いが二人とも、その感をとくと味わっていただくぞ!聞いてるか、爆豪くん!」
「っるせんだよ、わかってらクソメガネ!」
「ムムッ……」

 授業内容が内密なのは、なかなか二人に効いたようだ。(明日からヒーロー基礎学も始まるしね〜)


 ***


「(……気になる)」
「――でっくん!」
「結月さん……?」

 大きなゴミ袋を抱え、ゴミ捨てに向かうでっくんの後を追いかける。

「手伝うよっ」
「いやいや、これ僕の仕事だし、結月さんに手伝わせるわけにはいかないよ!重いし……」
「じゃあ、一緒についてく」
「へ?じゃ……じゃあ行こっか」


 私は手ぶらで、でっくんの隣を歩く。


「〜♪」
「(わっかんねー!結月さん、たまに読めないんだよなぁ。あ、まさか僕のこと気にして――……)」
「でっくん」
「っはい!」

 突然声をかけたからか、でっくんの肩はびくっとなった。それにくすりとして、続けて話す。

「どっち勝ったの?」
「え?」
「爆豪くんとの喧嘩」

 その言葉に、あー……と気づいて。

「……最終的にはかっちゃん。でも、僕の新しいシュートスタイルも悪くなかったみたいだし、このままこのスタイルを煮詰めていこうと思うんだ」

 そう話すでっくんの顔は、得たものはあったというように晴れやかだ。
 二人とも結構な怪我していたし、ちょっぴり心配してたけど、思ったよりは大丈夫そうで良かった。「そっか」と、頷く。

「あ、あのさ……結月さん。僕の"個性"――……」


 ――そこで、でっくんの言葉は途切れて、私は目を疑った。



「ゴミね。食品トレイとかも可熱で出しちゃって大丈夫だからね」
「「………………」」

 …………壁に、顔と手が生えていてしゃべった。

「…………あ…………はい……」

 素直に返事するでっくん。顔は満足したようにコクッと頷き、スゥ……と消えていった。


 ――なんだ、今の。


「なななに今の!?でっくん今のなにーー!?」

 ヒト!?ヒトなの!?

「い、いや!僕にもヒトなのか何者なのか何がなんだか……!!」
「元気な1年生って君だよね!?」

 ズッ

「うわあ!!?」
「きゃあ!!?」

 悲鳴を上げた。さっきの顔が、今度は地面に現れた。

「ビックリしたよね!!?ビックリすると思ってやってるんだけどね!!」

 アハハハハハ――って、めっちゃ愉快に笑ってるし!(なんか腹立ってきた!)

「何なんですかあなたは!?」
「アハハハハハハハ、何なんだろうね!!俺も何してるんだろうって思うんだよね!!極まれに!!」
「踏んづけてもいいですか」
「俺は地面みたいだけどね!踏んづけるのはオススメしないね!君のスカートの中が見えちゃうからね!」
「でっくん、不審者だ。通報しよう」

 通報は待ってほしいな!!と、その人(?)はさすがに慌てた。

「君は環が言ってた子だよね。すっぽんぽんにならなくてもいいって素晴らしいよね!」

 環って、天喰先輩のことだよね……。てか、すっぽんぽん?

「天喰先輩のお知り合いですか……?」
「まァ俺のことはじきにわかるんだよね。とにかく、元気があって何よりだよね!!」

 じきにわかる……?でっくんと一緒に、首を傾げる。

「とりあえず、言えることはなんか噂になってたから気になって見に」

 そう中途半端に言い残して、その顔はスッと消えた。

「…………何……だったんだ」
「……何だったんだろうねぇ」
「…………どっかで見たことある気が……」
「たぶん、三年の先輩……だよね?」


 とりあえず、断言できることは。
 雄英って、変な人がいっぱいいるなぁということ。


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