食堂に来ると相変わらずの賑わいっぷりだ。
お茶子ちゃんたちを探すのも面倒なので、適当に空いてる席に座る事にした。(今日は長崎ちゃんぽん。酢をたくさん入れて食べるのが好き)
「あっ轟くんだ!」
「……」
「ここ、席空いてる?」
「……あぁ」
冷蕎麦をすすっている轟くんの了解を得て、前の席に座る。
お蕎麦とは大盛りみたいだけど、食べ盛りの男子にしては渋いチョイスだ。
「今日はあいつらと一緒じゃねえのか」
「うん。私、相澤先生に用事あって済ましてから来たから」
いただきまーすと箸を持つ。
「緑谷はオールマイトに呼ばれたみたいだな」
「うん。途中でオールマイト先生に会ったけど、でっくんをご飯に誘うって可愛いお弁当持ってたよ〜」
そう答えた後、あふっと麺をふーふーする。なんか今日の轟くんはよく喋るなぁ。
「お前は……緑谷と仲が良いよな」
「まあ、それなりに?」
「あいつのこと、何か知っているのか?」
「……何かって?」
唐突な質問に、曖昧に返事した。
「オールマイトとの関係」
轟くんは続けて「あいつ、最後オールマイトを助けようとしてるように見えた」と、ぽつり呟く。
そっちか――そう思いながら、お手拭きで口許を拭う。(てっきりでっくんの"個性"についてのことかと)
色々あって忘れていたけど、改めて思い出せば、確かに意味不明な行動である。
オールマイト先生が優勢だったし、死柄木は黒霧の"個性"を駆使して反撃しようとして来たけど、先生なら返り討ちにできただろう。
なんせ、打ち込む拳の風圧で天気を変えてしまうヒーローだ。
霧を飛ばすなりなんなりいかようにも出来るはず。(No.1ヒーローを助けに入る理由か……そういえば)
「確かに……でっくんを見張ってたけど、敵達が反撃に出るのを警戒してるみたいだったかも」
「……見張ってた?」
「轟くんたちが来るちょっと前にもね。でっくん、オールマイト先生と敵が戦闘中の所に向かって行ったから、また何かしでかすんじゃないかと思って」
案の定、彼は飛び込んで行った。
冷たい水を飲んで、一旦言葉を切る。
「まあ、でっくんらしいんじゃない?無謀や意味不明に見えても、考えなしに行動する人でもないから……何か彼なりの理由があったのかなって思うけどね」
「……緑谷のこと、ずいぶんと買ってるんだな」
轟くんのオッドアイの瞳がじっと私を見つめる。綺麗なのに、それより冷たい印象を受ける瞳だ。
「命の恩人、だからかな」
首もとの包帯を触る。
自分の"個性"のコントロールも不慣れで、諸刃の剣のはずなのに、救けに来てくれた彼だから。
「――なんて。自分と違うから尊厳してる部分はあるよ。入試試験の時も、お茶子ちゃんを助けるのに何のメリットもない巨大ロボに立ち向かっていったからね〜」
「それはお前もだろう。むしろ救助という点なら状況把握にしろ、咄嗟の判断力にしろ、お前の右に出るもんはいねえと思うが」
(さりげなく褒められてる!)
優れているというのなら、そうだと自信を持って言えるけど。
「私はね、轟くん」
「……?」
「救助に特化したこの"個性"だから、助けに行くことに躊躇がないの」
でも、でっくんは違う。
「"個性"をまだ使いこなせてないのに、救けようとするんだよ。反動で体がボロボロになるのを知ってるのに、躊躇いもなく"個性"を使って。普通出来ないよ、そんなこと」
ある意味すごいよね、苦笑いを浮かべながら言った。
私なら出来ないなぁ、痛いの嫌だし。
「だから、最初はとんだお人好しとか無鉄砲な性格なのかなぁって思ってたけど、そのわりには自覚ありで考えてるし。そういう勇気だったり、行動に移せるとこは尊敬してるかな」
――と、私の思うでっくんの良い所を並べてみたけど。
(ヒーローみたいと何度かでっくんに対して思ったことはあるけど、それは夢物語のヒーローみたいであって、現実のヒーローじゃないんだよね)
『正義なき力が無力であるように、力なき正義もまた無力である』
彼を見ているとその言葉を思い出す。
一言で言うなら、危うい。自己犠牲精神も強そうだし。
(だからかな……ついつい気になっちゃうのは)
「……わかった」
轟くんは何が分かったのか、短くそう答えた。
なんか顔、怖いけど。私、まずいこと言ったかなぁ。
「あ、そうだ。轟くんの"個性"って複合……」
「先に行く」
「え」
話かけようとする途中で、すっと席を立つ轟くんに唖然とする。
いやいやいや、まさか置いてく気?
「お前も早く食った方がいい。もうすぐ昼休み終わるぞ」
最後にクールにそう言って、さっさと立ち去る轟くん。……。何なの!?
轟くんのせいで食べるの遅くなったんだけど!聞かれたから話してあげたのにっ!
(協調性なさすぎる……。いくらイケメンだからってだめだ)
目の前には冷めたちゃんぽん。いつの間にか人が少なくなった食堂で、急いで残りを食べた。(少し語りすぎたな……)
***
ヒーロー基礎学がないからか、放課後はあっという間に訪れた気がする。
「でっくん、どこで話そうか?」
「えぇと……」
カフェはこの時間、混んでるかなー?
スタバとかドトールとか近くに色々あるみたいだけど。(ん……?なんか外が騒がしい?)
「うおおお……」
「どうしたのー?お茶子ちゃん。……わあ」
すごいギャラリー。
「何ごとだあ――!――!――!?」
お茶子ちゃんの驚愕の声が教室に響く。
廊下にはざわざわと人が集まっていた。
好奇心旺盛な視線に、全員話を聞きに来たのかと気づく。(A組は敵襲撃の当事者だもんね〜)
「出れねーじゃん!何しに来たんだよ」
「敵情視察だろ、ザコ」
爆豪くんの暴言に峰田くんが震えながらでっくんに顔で訴える。「あれがニュートラルなの」そう動じず答えるでっくんはさすが幼馴染みの貫禄があるなぁ。
「敵の襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭の前に見ときてえんだろ」
そう見解を述べた爆豪くん。そこまでは良かった。そこまでは。
「意味ねェから、どけ。モブ共」
「知らない人の事とりあえずモブって言うのやめなよ!!」
飯田くんの言う通りだよぉ。私も初対面の時に言われたけど、君は何様なんだってね。
「どんなもんかと見に来たが、ずいぶん偉そうだなぁ」
不意に人盛りの中から聞こえた声。
誰だか知らないけど超同意する。
「ヒーロー科に在籍する奴は皆こんななのかい?」
いやいや、そこは超同意じゃない。
皆、爆豪くんみたいだと思わないでほしい。彼は例外中の例外だ。
隣ではでっくんと飯田くんがめっちゃ焦ってて、その姿がちょっと面白い。
案の定、爆豪くんは「ああ!?」と反応している。
「こういうの見ちゃうとちょっと幻滅するなぁ」
声の主――人をかき分け現れたのは。
紫色の逆立った髪に、目の下の濃い隈が良い感じに雰囲気を漂わせている男子生徒だ。
「普通科とか他の科って、ヒーロー科落ちたから入ったって奴。けっこういるんだ。知ってた?」
この人はこの人で何が言いたいんだろうね?
「体育祭のリザルトによっちゃ。ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆も然りらしいよ………」
「下剋上って事か」
「なるほど。私たちもうかうかしてらんないねぇ」
普通科らしい彼は淡々と不敵に話す。
「敵情視察?少なくとも普通科は、調子のってっと足元ゴッソリ掬っちゃうぞっつ――宣戦布告しに来たつもり」
爆豪くん並みに煽って来た。
このギャラリーの前でも堂々と言ってのける自信。
さぞかしすごい"個性"を持っているのかも知れない。それでいて、入試試験に落ちたって事は、実技では活用出来なかった"個性"かな。
「隣のB組のモンだけどよぅ!!」
今度はワイルドな顔が飛び出して来た。
「敵と戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ!!エラく調子づいちゃってんなオイ!!!」
「「(また不敵な人キタ!!)」」
初めてB組の人と会ったのに、すでに険悪ムード……。
「本番で恥ずかしい事んなっぞ!!」
この人も挑戦的な物言いだ。……というか。
「話聞いてたら私も言いたい事があるんですがよろしいでしょうか」
「理世ちゃん!?」
「おうっなんだ!?」
普通科の人と、B組の人を一瞥してから。
「爆豪くんの言ったことがうちのクラスの総意だと思われるのは心外」
「(結月くん……!!)」
「(結月さん、言いたいことはわかる。わかるけど……!)」
「そもそも、たった一人の発言で決めつけるなんて、ちょっと浅はかなんじゃないの?」
「「(君も煽ってるから――!――!――!!)」」
爆豪くんの発言が暴言なのは確かだけど、普通科の人とB組の人も、爆豪くん関係なく実は喧嘩売りに来たんじゃないの。
普通科の人は自分から宣戦布告だって言って来たし。
「話が聞きたいなら何でも話すよ。情報共有は大事だし。私はクラス関係なく、友好関係は築きたいと思ってる」
「理世ちゃん……!」
「素晴らしい結月くん!これぞ生徒の鑑!!」
平和主義なので。というか、いがみ合う理由がない。私は爆豪くんみたいにヒーローで一番になりたいとかもないし。
「それとも……、うちのクラスメイトが失礼しましたってまずは詫びが必要かしらぁ?」
「「!!」」
「……!!(※さらに煽ってんじゃんっ緑谷ァァ!!!)」
「た、たぶんアレが結月さんのニュートラルなんだよ……」
「結月、落ち着けって!爆豪は待てコラ!!」
「私は超落ち着いてるよ〜切島くん」
私と爆豪くんを左右に、慌ててフォローしようと切島くん忙しい。
その爆豪くんは、何故か黙って帰ろうとしている。(あれ、爆豪くんがキレない……!?)
「どうしてくれんだ、おめーのせいでヘイト集まりまくっちまってんじゃねえか!!」
「関係ねえよ………」
「はあ――!?」
「上に上がりゃ関係ねえ」
そう言って爆豪くんは今度こそ人を押し退け、その波に消えて行った。
って……いやいや、本当にどうしちゃったの。
爆豪くん、こんなにクレイジーな感じだっけ?
「く……!!シンプルで男らしいじゃねえか」
「上か……一理ある」
「騙されんな!無駄に敵増やしただけだぞ!」
(あ、爆豪くんに選手代表の件を伝えるの忘れちゃった。ま、良いか明日で)
***
「テレポートって、こんな感覚なんだね!すごい……!!」
その後も騒動にキリがなかったので、でっくんと共にこっそりテレポートで学校を脱出した。
飯田くんたちにはでっくんと話す用があると伝えたし、ギャラリーも委員長である飯田くんが何とかするだろう。きっと。
「でっくん、海好き?」
彼の希望で来たのは港。今日は天気が良いから海風が気持ちいい。
「うん。僕の地元に海浜公園があるんだけど、そこで特訓してた時のことをちょっと思い出して、海を見たくなったんだ」
そう言って、海を眺めるその横顔はどこか感傷深い。
「特訓かぁ。私も体育祭に向けて特訓しなきゃかな。みんなやる気満々だし」
「僕もだよ。体育祭、本当は乗り気じゃなかったんだ。"個性"だってまだ使いこなせてないし……」
「でっくん、私を助けてくれた時は腕怪我しなかったのにね」
「あの時は何故か……。たぶん敵とはいえ、人に使おうとしてたから、無意識にセーブしてたのかも。でも、結局足は怪我したし、まだまだで……」
でっくんは右手をじっと見つめている。
「体育祭まで二週間……長いようであっという間だよねぇ」
「正直、二週間で"個性"を使いこなせる自信がないけど、出来る限りのことをやらなくちゃ。みんな、本気なんだ。それに、」
僕に期待してくれる人もいるんだ――。
その言葉を聞いて、なんとなくその人はオールマイト先生じゃないかと思った。(でっくんってネガティブっぽいのに、そういう諦めない所は長所だよね)
「"個性"が使えないとなると、でっくんの武器は正真正銘の自分自身ってことか」
「自分自身……」
いや、でっくんの場合、また指やら脚やら何やら犠牲にして、勝ちを獲りに行きそうだな……。
「君はもっと自分を大事にしなきゃダメだよ?」
「あ……そうだね……ありがとう。本当に、結月さんには感謝しかないというか……あの時の最後も、結月さんにまた助けてもらって……」
「良いってばぁ、でっくんは命の恩人だしね〜」
「命の恩人!?」
その後、彼が言葉を選びながら私に聞きたかったこと。
「最後の時、えっと……結月さん。何か気づいた事とかあった?」
「あの時は意識はあったけど、目眩酷くて朦朧としてたから……よく覚えてないかも」
「そ、そうだったんだ」
私の答えに明らかにほっとする。……隠し事をするなら、もっと上手にしないと。
「乗り場まで送ってくれてありがとう。じゃあまた、明日!」
「うん!結月さん、また明日」
フェリーから手を振った。
今日は天気が良いから、このまま甲板で海を眺めようかな。
穏やかな波に揺られながら、まるで推理小説の探偵かのように、頭の中で断片的な情報が思い浮かんで来る。
(推理小説は好きだけど、私は乱歩さんみたいに見ただけじゃ真相は分からない。けど、これだけピースが集まってしまうと……)
でっくんの譲り受けたという"個性"。
安吾さんがそれを知らないと言ったこと。
ワン……、とオールマイト先生に言いかけた言葉。
オールマイト先生がでっくんを気にかける理由。
でっくんがオールマイト先生を助けに行った理由。
(それらのピースを組み合わせて出てくる答えは――……)