再開、レスキュー訓練

 ヴィラン襲撃から早くも四日。
 体育祭が目前という事もあり、すっかりいつもの日常に戻って来た気がした。

「爆豪くん〜さっき私が黒板消したんだから今度は君が消そうよ……」
「雑用はテメェがやれ。適材適所なんだろ?」

 そう言って、爆豪くんはにやりと意地悪く笑う。むかっ。私の座右の銘、使い方を間違いないで欲しい。(私に雑用が向いてると?)

 日直が爆豪くんとだと非常にめんどくさい。

「あーごめんねぇ。爆豪くんは腕が短いから上まで届かなかったね〜私は届くけど」
「届くわ!!つーか、テメェが届いてねぇじゃねーか!!貸せ!!」

 爆豪くんは無理やり私の手から黒板消しを奪い取って、ちゃっちゃっか消してあっという間に綺麗にしてみせた。
 最初からそうしてくれたら私が、楽なのに。

「理世ちゃん、まるで猛獣使いね」
「誰が猛獣で誰がクソテレポに使われてるだとコラァ!!!」
「ほら」
「よっ、猛獣使い結月!!」
「そのあだ名はなんかいやだ」

 瀬呂くんって、薄々気づいてたけど冷やかしキャラだよね。


「今日からヒーロー基礎学が再開するわけだが」

 教壇に立った相澤先生が切り出す。
 授業が再開するまで少し時間がかかったのは、保護者への説明やら教育委員会への説明やらが色々大変だったらしい。
 会議で会った安吾さんへも、別途に相澤先生から挨拶があったとか。(良識的で丁寧な対応だったと安吾さんは褒めていた)
 怪我が完治していないのに、相澤先生は忙しそうで無理していないかちょっと心配だ。

「先日、行えなかったレスキュー訓練を行う」
「先生!場所って……」

 切島くんの質問に「もちろんUSJだ」と、相澤先生は答えた。
 ヴィランとの戦闘によって、破壊された設備も修復したとのこと。

「前回と同じくコスチューム着用は任意で任せる。準備が出来た者は駐車場へ集合だ」

 相澤先生の話が終わると、前回と同じくコスチュームを着用するため、ケースを持って更衣室へと向かった。

「まさか襲撃の四日目でUSJでの訓練になるとは……。結月くん!辛い目にあったらトラウマになると聞く。途中でもし気分が悪くなったりしたら、遠慮なく言ってくれ!」
「ありがとう飯田くん。知ってたと思ってたけど、私そんなヤワじゃないから大丈夫」

 飯田くんは自分の代わりに私を行かせてたら、あんな目に合わなかったのではと思っている節がある。そんな事ないのに。
 責任感が強いのは飯田くんの長所だけど、強すぎるのが玉に傷だ。

 バスに乗り込むと、耳郎ちゃんと隣同士に座った。
 前回、お互い隣の席がアレだったから(耳郎ちゃんの隣は爆豪くん)今度は一緒に座ろうよっという流れだ。

 轟くんは前回と同じ席に座っているけど、どことなくピリピリしている。
 あの、体育祭の開催が告げられた日から。

「ヒーロー基礎学が再開されたのは良いけど、平行して特訓するのは疲れるよねぇ」
「えっ理世も何か特訓してんの?」

 意外だと目を見開く耳郎ちゃん。

「まさか、体力作り……」
「まさかぁ!」

 耳郎ちゃんの言葉に笑った。

「"個性"の方の特訓だよ〜そんなことしたら体調崩しちゃう」
「ああ、そう……」


 バスは到着して、出迎えてくれたのは……


「まあ、あんな事があったけど、授業は授業。救助訓練、しっかり行って行きましょう!」

 13号先生!くるりと回って、明るい口調。元気そう、には見えるけど。

「13号先生……もう動いて大丈夫なんですか?」
「背中がちょっと捲れただけさ。先輩に比べたら大したものじゃないよ」

 心配そうなお茶子ちゃんの言葉に何てことないと答える13号先生。確かに隣に立つ人物は、未だ顔に両手に包帯ぐるぐる巻き。普通なら重傷患者だ。

「授業を行えるなら何でもいい。とにかく早く始めるぞ。時間がもったいねぇ」

 何でもいいって……。相澤先生はさっさと背を向ける。

「相澤先生」

 呼び止めたのはでっくんだ。

「前回は13号先生と、相澤先生と……あとオールマイトが見てくれるはずでしたけど、オールマイトは?」
「知らん。ほっとけあんな男」

 相澤先生はそっけなくそう言って、すたすたと行ってしまう。

「なんだ……?オールマイトと相澤先生、何かあったのかな」
「喧嘩?相澤先生にしては拗ねた口調……」

 でっくんと二人で不思議に思いながら、相澤先生と13号先生の後ろを皆とついて行く。

「では、まずは山岳救助の訓練です」

 山岳ゾーン。ヴィラン襲撃時に、八百万さん、耳郎ちゃん、上鳴くんが飛ばされた場所だ。

「訓練想定としまして、三名が過ってこの谷底へ滑落。一名は激しく頭を打ち付け意識不明。もう二名は足を骨折し、動けず救助要請という形です」
「うおぉっ!」
「すっげぇー!!」

 13号先生の説明をよそに、切島くんと上鳴くんが谷底を覗き込む。
 同じように覗き込んでみると、思ったより谷底は深い。

「二名はよく骨折で済んだなオイ!」

 たぶん、めちゃくちゃ運が良かった的な。

「切島くん、上鳴くん!何を悠長なことを!!一刻を争う事態なんだぞ!?」

 短い距離をものすごい勢いで飯田くんが走って来る。君が異常事態だ!
 勢い余って落ちないか心配してたら、急ブレーキのように止まり……

「大丈夫ですかーー!!安心して下さい!!必ず助け出します!」

 何故か谷底に向かって叫んでいる。

 そして、谷底に耳を澄ます飯田くん。(いやいやいや、返って来ないから)

「おめーは早すぎるだろ……」
「まだ人いねえよ」

 一連の行動が面白すぎるよ飯田くんっ!

「うおぉ!本格的だぜ!頑張ろうね、理世ちゃん!デクくん!」
「お茶子ちゃんの"個性"大活躍しそうだね」

 こちらも勢い余って近いお茶子ちゃんに照れるでっくん。
 すぐに気合いを入れる姿に、今回は安全そうな内容の訓練で私も安心だ。

「じゃ、怪我人役は……ランダムで決めたこの三人です」
「「助けられる方か……!!」」

 最初の怪我人役は、まさかの気合いの入っていたでっくん、お茶子ちゃん、飯田くんだった。
 三人は拍子抜けした様子で、ロープで崖を降りて行く。

「おし。じゃあまず救助要請で駆けつけたと想定し、この四名で……」

 救助者四人もランダムらしい。

「そこの道具は使っていい事とする」
「なんでだオイ!なんで俺がデクを助けださなきゃならんのだ!」

 早速キレる爆豪くんに「始めるぞ」クールな轟くん。そこに八百万さんと常闇くんと、また絶妙なメンバーな……。

「誰が降りる?」
「仕切ってんじゃねーぞ、半分野郎!!」

 淡々進める轟くんに、またもや爆豪くんはキレた。そのうち血管がブチっていきそう。

「降りるまでもねぇ……谷そのものを無くしちまえば問題ねー!!」
「正気ですか!?」
「爆豪くんは想像力がないのかな」
「んだとクソテレポ!!」
「考えなしじゃないけど、考えることが人とは思えないわ」
「緑谷絡むとやべーな、あいつホント」

 ぎょっとしている八百万さんと、梅雨ちゃんと上鳴くんは引いている。

「でっくんプラス轟くんもだと思う……」

 思えば爆豪くんって、クラスの中でも実力者な轟くんをライバル視している気が……。

「八百万。お前はプーリーを創れ。倍力システムを作る」

 轟くんは爆豪くんに一瞬呆れた顔をしたけど、無視する事に決めたらしい。的確な指示に八百万さんは頷く。

「意識不明のやつから一人ずつ上げる。介添えは常闇を降ろす。俺、爆豪、八百万で引き上げる」
「待てテメェ!!」

 いつまたブチギレてもおかしくない爆豪くんだったけど、いきなり轟くんの胸ぐらを掴んだ。一気に不穏な空気に……

「勝手に全部決めてんじゃねえぞ!!」
「爆豪さん!」
「これがベストだろう」
「アア……!?」
「遊び半分でやってるんなら何もしなくていい」

 いつも興味がない、という風にスルーしていた轟くんが、そんな風に言い返したのは珍しい。

「俺はこんな訓練で揉めるほど暇じゃねえんだ」
「テメェ……遊び半分だってェ……!?」

 一触即発――

「お止めなさい!!」

 終止符を打ったのは、まさに鶴の一声。

「二人ともみっともない。それに我々にはまず始めにやるべきことがあります!」

 八百万さんはそう二人に言うと、崖の淵に膝を着き、谷底に向かって叫ぶ。

「皆さん安心して下さい!今すぐ向かいます!」
「良かった!麗日くん!救助が来てくれたぞ!」

 谷底から、飯田くんのよく通る声が返ってきた。どうやら、今回もちゃんと救助者になりきっているらしい。

「要救助への接触。これが第一です。絶望的状況でパニックを起こす方も少なくないと聞きます。そんな方々を安心させることが迅速な救助に繋がるのです」

 八百万さんの正論に「ちっ」と舌打ちして爆豪くんは黙る。

「こんな訓練?真剣に取り組まずに何が訓練ですか!」

 その言葉は、轟くんに対してだ。

「すげえ…立派だな、八百万」
「そりゃあ八百万さんだからねぇ!」

 何故か私が誇らしい。

「ああ、ご立派……」

 涎を垂らす峰田くん。その視線の先には――

「クズかよ!!」
「キングオブクズだよ!!」

 八百万さんのお尻。いや、そんな格好でこちらに向ける八百万さんも無防備ではあるけど……。腐ってもヒーロー志望がガン見とは……。

「常闇さん!別のロープで担架を降ろしますからゆっくりでいいですわ!」

 その後は順調に救助活動は進み、無事三人は救助された。

「"個性"を上手く作用させあい、人助けをする。一組目にしてはとても効率が良い模範的な仕事です。これこそ、超人社会のあるべき姿だ!」

 13号先生、生き生きしてる!

「一人、ただ引っ張るだけの人がいますよ」
「ガヤがうっせんだよ!!黙れや!!」

 笑いを含みながら言う瀬呂くんはさすが冷やかしキャラだ。

「自身の"個性"が貢献出来ないと判断した場合はそれが正しい。適材適所。最近のヒーローはそれが出来ない人が多いんです。自分が自分がばかりで返って状況を悪くしてしまう例も多発しています」

 まさに私の座右の名の正しい使い方!わあ、わかるなぁ。さすが13号先生!

「そこをよく理解してフォローに回ることを覚えれば、彼もきっと素敵なヒーローになれると思いますよ!」

 13号先生の視線の先にはもちろん爆豪くん。なんかキラキラとエフェクトがかかっているように見えますが。

「素敵なヒーロー……っふ、瀬呂くんどう思います?」
「いやー素敵にはならんでしょうなぁ」
「あとでコロス。あのクソテレポと醤油顔……!!!」

 まず、フォローに入る爆豪くんが全然想像できないし。
 
「じゃあ、次の組だ」
「適材適所の本命来たぜ!!」
「この訓練内容は結月の独壇場だろう」
「ケッ」

 切島くんと障子くんの言葉が続く。
 皆の注目の中、満を持してやっと私の出番が……来た!

「ふふふ……完璧な救援訓練を見せてあげる!」
「いつにも増して自信満々結月だ!」
「同じ組だから心強いぜ!」

 同じ組になったのは、三奈ちゃんと上鳴くんだ。

「救援者はこの三名になります!」
「…………」
「轟さんと爆豪さんと峰田さんですわね……」
「また絶妙な組み合わせ……(正直ウチの時じゃなくて良かった)」
「うわぁ……(峰田くんはともかく。かっちゃんと轟くん相手はやりづらそう……)」
「結月でも笑顔が固まるんだな……」

 さすがに笑顔が固まったよ、常闇くん。
 轟くんはまあ良しとして。峰田くんも……まあまあまあ。

「(ぜってー妨害してやる……!!)」

 って、爆豪くん絶対思っているよぉ。目がそう言っているもん!(さっき煽っちゃったし)

「んじゃ、結月まかせたぜ!俺たち上で待機してるからよ!」
「調子が良いよねぇ、上鳴くんは。形としては私がテレポートで要救助者三人を谷底から救出するから、三人は救急隊が来るまでの付き添いって感じかな」
「りょうかーい!!」

 三奈ちゃんが元気よく返事した。それじゃあ、行くか!

「飛び降りるのかよ!?」
「度胸あるな……!」

 上鳴くんと砂藤くんの驚く声が上から聞こえた。

「皆さーん!今すぐ助けますので、動かず安静にしてくださーい!!」

 落ちながら一応形式としてそう叫ぶ。
 地面に衝突する前に、テレポートで安全に着地。

「テレポートによって慢性力は働かないのか」

 冷静に私の"個性"を観察してた轟くんが言う。
 隣の鋭い目付きの爆豪くんも同じだろう。(弱点を探すような目付きだなぁ、こわいこわい)

「そういうこと。テレポートの際にキャンセルされるんだよね。さて、重傷患者は……」
「結月!オイラだよオイラ!頭打って意識不明なんだ。優しく抱き抱え…」
「意識不明者は喋らないよねぇ、峰田くん」

 まったく。下心の権化過ぎるでしょうよ……。峰田くんが全部言う前に、問答無用で上にテレポートさせた。

「てめぇ、俺に少しでも触れてみろ。爆破してやるからな……!!」
「わあ、元気な骨折者ですねぇ」

 そう来ると思ったよ!

 まあ中にはこういう厄介な人もいるだろうから、訓練として理にかなっているのかも知れないけど。

「13号先生ーー!!救護者が暴れたり、他の救護者の不安を煽る場合なら、安全に救助するため気絶させるのも一つの手段ですよね〜!?」「アァ!!?」 
「そうですね!コミュニケーションを試みても無理だと判断した場合や、危険が伴う場合。やむ得ずその手段を取ることもあります!でも、今回はなしでお願いします!」
「わかりました!!……残念」
「マジでこいつブッコロス」

 うん、そろそろマジでブッコロされそう。引き際肝心。

「轟くんは触れても良い?」
「別に構わねえ」
「じゃあ上にテレポートするから、そこで応急処置されてね」

 轟くんの肩に触れて、テレポートさせる。
 さてと、残るは……

「爆豪くん、ちょっと調子に乗りすぎたのは謝るよ」
「謝るぐれぇならヒーローいらねえんだよ!!」

 え。君が言うの、その台詞。

「じゃあ、良いよ。――触れずにテレポートさせるから……!!」
「――!!」

 訓練の成果はちょっとずつ出ているとは思う。
 元々コントロールは出来ていた。
 ただ、私のキャパがまだ低いだけで。

(……やっぱり、人一人でも反動が大きいな。いつかは馴れるのかなぁ……)

 頭を片手で抑えながら、壁に寄りかかる。あの時の三人転移した時より、立っていられるだけマシだけど。

 そして、崖の上の爆豪くんがうるさい。

「結月ーどうしたー?大丈夫!?」
「うん、平気〜ちょっと"個性"の反動で立ち眩みしただけだから」

 三奈ちゃんの呼び掛けに答えると、相澤先生がその横から顔を出す。

「次で最後の組だ。ちょうどいいからおまえが救助者になってそのまま待ってろ」

 ……合理的だからだろうけど、実は相澤先生って優しいんじゃないかと最近思うようになった。

 救助者は私と梅雨ちゃんと常闇くんだ。

 意識不明者として、目を瞑って横になる。やっぱり横になると楽だなぁと思っていると、救護者のお茶子ちゃんがやって来た。

「理世ちゃん、今助けるからねっ」

 お茶子ちゃんにタッチされると、体は無重力になって、上へ浮いていく。
 ちなみに無重力状態は中也さんの"個性"で体験済みだ。
 そして……無事に私は、救護者のでっくんや尾白くんに保護された。


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