「皆さん、大変素晴らしい成果でした。一回目にしては」
13号先生はパチパチと拍手する。
「救助とは時間との戦いでもあります。まだまだ改善の余地が皆様にはありました。すなわち、まだまだ伸び代があるということ」
改善の余地と言うと……私なら"個性"をもっと使いこなせれば、複数人を転移させる事も可能なはずで、さらに迅速な救助ができるというわけだ。
「なんか呆気ねーや」
「気を抜くな。まだ授業は続くぞ」
上鳴くんの発言に、相澤先生が厳しい声で言う。
「次はこちら。倒壊ゾーンです」
続いて先生達に連れられてやって来た倒壊ゾーンは、敵襲撃時に、爆豪くんと切島くんが飛ばされた場所だ。
「救助訓練の一回目ということで、今回は色んな状況を経験してもらいます」
倒れているビルに、割れたコンクリートの地面――。本物の街が倒壊したらこんな風になるんだろうな、というリアリティで、まじまじと観察する。
「この倒壊ゾーンの訓練想定は、震災直後の都市部。被災者の数、位置は何もわからない状態で、なるべく多くを助ける訓練です」
となると、耳郎ちゃんか障子くんと組みたいなぁ。二人が被災者の居場所を見つけ、私が素早く助ける。完璧な流れ。
「8分の制限時間を設定し、これまた四人か五人組で救助活動を行います。残りの人達は各々好きな所に隠れて、救助を待つこと。ただし、そのうち八名は声を出せない状態と仮定します。その八名は私が指定します」
「それって、かくれんぼ!?かくれんぼじゃん!!」
「簡潔に言うと近いですね」
13号先生の説明に、はしゃぐ三奈ちゃんは小学生みたいだ。
「理世ちゃん理世ちゃん。私、かくれんぼ超得意なんだ!」
そりゃそうだ、透ちゃん。
「本気を出した葉隠を見つけるのは至難の業……」
常闇くんが呟く。
「全裸でかくれんぼしてたってことだよねぇ……」
言葉にするとアウト感がすごい。
「え、見つける方だよー?」
「「……」」
そっちなの!?
「では、一回目の四人組は……こちら!」
「なんでクソデクとやんなきゃなんねーんだよッ!!」
でっくん、お茶子ちゃん、爆豪くんに峰田くんの四人だ。爆豪くん、今日はいつもよりキレる頻度が多いけど、血圧大丈夫か。
(ん……?妙な視線が……)
「被災者を運ぶに当たって、胸および臀部にやむを得ず触れてしまった場合、それは何か罪に当たるのか否か……!!」
「君に限ってアウトだよ、峰田くん」
「…………。(呆れすぎて言葉が出ないよ、峰田くん……)」
でっくんがいるから止めてくれると思うけど、峰田くんは一回痛い目見た方が良い。
――被災者役が隠れてから2分後に、訓練は開始される。
テレポートで移動しながら適当にビルの上の階にやって来た。
内部も硝子が割れていたり、鉄骨が見えていたり。荒れ具合が見事に再現されている。
瓦礫が重なる不安定な床を歩きながら、外の状況も確認できやすい場所を探している――時だった。
「……ぅわっ!」
突然、近くの壁が破壊したのは。驚いて危うく滑りそうになった。
外からによる破壊。こんな乱暴な事をするのは爆豪くんしかいない。(もうっ被災者巻き込まれたらどうするの!?)
文句の一つを言おうと振り返った。
「……!?」
土煙の中、浮かぶ姿は爆豪くんのものではない。
「……どちら様?」
警戒しながら尋ねる。徐々に見えてくる姿は、屈強な男の姿。
「ここには小娘が一人か」
頭をすっぽり覆う厳ついマスクに顔は分からない。分かるのは……
「四日ぶりに暴れてやるぜ……!!」
(敵!?四日ぶりってことは襲撃の残党……ずっと隠れて好機を窺ってたってこと……!?)
「――っ轟くん!?」
その筋肉質で太い腕の先に、動かない轟くんの姿があるのに気づいた。
あの轟くんが負けたという事に、少なからずショックを受ける。
「轟くんッ!!」
もう一度強く呼び掛ける。背中を敵に捕まれたまま、だらんと下に伸びた手足は動かない。
「……轟くんに何をしたの」
「こいつを返して欲しければ、力ずくで奪ってみろォ!!」
(ということは、生きてる!!)
人質のつもりか。だったら――あれ、いない!?
「お前も遅い!!」
真後ろから降り下ろされる腕。足場が悪いのにいつの間に!
慌ててテレポートで回避して、距離を取る。(背後を取るのは私の専売特許なんだけどぉ……!)
衝撃音と共に、粉々に破壊されたコンクリートの破片が宙に弾け飛ぶ。
このスピードとパワー。すぐに脳無を思い出した。
だからこそ、もう容赦はしない。
「お望み通り……」
手の中に、大きめの瓦礫の破片を転移させた。このぐらいの質量ならノーリスクで触れずとも手にする事が出来る。
瞬間。脳裏に浮かぶ……腕から流れる赤い血と父の腕に刺さった鉛筆。
――あの時の死柄木の笑顔。
それらの光景をすべて振り払う。(相手は敵。大丈夫。殺すわけじゃない)
戦わなければ守れない。
「力ずくで奪ってあげる――その腕ごとね!!」
「ッ!まっ待って待って!!結月少女!!」
慌てた声と、その独特の呼び方。ま、まさか……
「私だよ!私!私……でしたッ!!!」
「オ、オールマイト先生っ……!?」
お決まりの台詞と共にマスクを取って現れた顔は、紛れもなくオールマイト先生で。
どういうこと?とか、オールマイト先生がなんで!?とか、そんな疑問どころでは……ない。
(ひぇっオールマイト先生の腕、危うく大怪我させるところだッた……!!!)
気まず過ぎる……!!
「オールマイト先生、今のはですね!」
「結月少女、これはだね……!」
同時に弁解した。
「「……………………」」
……良くも悪くも気まずいのはお互い様のようで。
「…………とりあえず、下ろしてくれませんか」
静かな轟くんの声が沈黙を破った。
***
「麗日くんッ!耳郎くん――!!」
「飯田くん?」
「あれ、要救助側のはずじゃ……」
「逃げろ……!!!」
敵だ――!!!
「なんでここに!?」
「隠れてたってこと……?」
「っ!そんな、まさか……理世ちゃんっ!轟くん!!」
「理世に轟って……!クラスでもトップクラスの二人が……っ」
――戸惑う皆の、声が耳に届く。
『結月少女、君にも協力してほしくてね!』
それは、オールマイト先生の『サプライズ』という名の抜き打ち訓練だった。
いくらなんでも敵に襲われたばっかりなのに、再びそう仮定した訓練を行うのはどうかと思った。
しかも、人質つき。
私はさっきの轟くんと同じように敵に捕まって、意識を失っている"フリ"をしている。
私が人質に選ばれた理由は、この"個性"だからすぐに助けを呼びに行けるからだろう。
良くも悪くも厄介な"個性"。
轟くんが選ばれた理由は、たぶんクラスでもトップクラスに強いイメージがあるから。
爆豪くんは人質役なんて承諾しないだろうし。
私もだったけど、あの轟くん(と私)が敵に負けたという動揺を皆に誘える。(現にお茶子ちゃんと耳郎ちゃんがそんな反応を示した)
そこから生徒たちはどうするか。
オールマイト先生、意外にえげつない。
「だから早く!君たちは先生の元へ!!」
「でも……!」
飯田くんは、今度は自分ではなく、お茶子ちゃんたちを行かせようとしている。本当に飯田くんってぶれない。
「敵!?」
でっくん。
「嘘だろォ!!?」
峰田くん。
「そんな……!」
「マジかよ……!」
八百万さんと切島くん……。この騒ぎに続々と他の皆も集まって来たようだ。
「先生っ!残党が!」
呼びに言ったその声は尾白くんのもの。
「何てこった、俺たちはまだ怪我で戦える体じゃない」
相澤先生は若干棒読みの、やる気のない声だった。
皆、それどころじゃないから気づかないと思うけど。最初の妙な雰囲気といい、相澤先生はきっと反対したんだろうな。(相澤先生って、やっぱりなんだかんだ生徒思い)
「では……!」
「では……では!逃げて下さい!正面出口まで早く!」
対して、そう慌てて言う13号先生は演技が様になっている。
「逃がしゃしないさ!!!全員まとめて……」
オールマイト先生扮する残党敵が叫ぶ。
本物の敵も顔負けの迫力ある声。空気を揺るがすような声量に、体がびりびりした。(声色でオールマイト先生とはわからないだろうな)
違う意味でこの人質、心臓に悪い。
残党敵は両手が人質二人で塞がっているせいか、片足を上げて。
「死にさらせーーー!!!」
そのまま足を力強く下ろすと、凄まじい衝撃音が響いた。
何が起こったのか――気絶しているフリなので頭は上げられない。
見える地面は何ともないのに、あちこちからビルが倒れるような音が聞こえて来る。
どういうこと!?
「なんじゃあこりゃあああ――!!!」
「どんだけだよ!!」
「こんなヤツがずっと潜んでたのか!!」
峰田くん、上鳴くん、切島くんの声に、三人が無事なのは確認出来た。
「よおし、周りが壁になったな。一人足りとも逃がさんぞ」
衝撃波を起こしてビルをなぎ倒して、生徒たちを閉じ込めたってこと?
そんな力業出来るのはオールマイト先生ぐらいだろうな……。
「あぁ……嘘でしょう。皆早く逃げて!!」
13号先生の悲痛の声が響くと同時に、近くで爆破が起きた。
「逃げてぇヤツは勝手に逃げろ!!こいつは俺が潰してやる!!」
爆豪くんだ。やっぱりというか、爆豪くんは一番に向かって来た。
「完全に見切られておいてよく言えたもんだ……!!」
「馬鹿かよ!!なんで力量の差を考えねえんだ!!どう見ても格が違ぇってわかんだろ!?」
残党敵の余裕っぷりに、続けて峰田くんが叫ぶ。
確かにそうかも知れない。けど、
『俺はここで一番になってやる!!!』
その言葉を聞いたから、どんな状況でも爆豪くんは絶対に逃げないと、私は知っている。
「だが、両手を塞がっているのは不便だな」
残党敵はわざとらしくそう言うと、私(と、たぶん轟くんも)前に差し出した。
「どちらか一人、解放してやる。10秒数えるうちに選べ」
「「!!!!」」
(オールマイト先生……また意地悪い質問を……)
「そんな……どちらか選べって……」
でっくんの愕然とした声。オールマイト先生はもしもの状況を投げ掛けている。
もしも、どちらか片方しか救ける事ができないとしたら――。
どちらを救けるか。
どちらを見捨てるか。
「……っ、選べるわけないじゃないっ!」
「理世ちゃんも轟くんも大事な私たちのクラスメイトだよ……!!」
八百万さんとお茶子ちゃん。
「んなもん結月に決まってんだろーー!!」
「意義なーーし!!」
上鳴くん、峰田くん……。この場合は、一応ありがとう?
「1……2……」
皆の焦りと、戸惑いが見えなくても伝わってくる。
(オールマイト先生がそう問いかけるってことは、これから先の未来で、残酷な選択を迫られる日が来るということ……?)
オールマイト先生ならどうするんだろう。
No.1ヒーローのオールマイトなら――
「うるせえぇぇ!!!」
その時、怒声のような声が空気を切った。
「どっちかだァ!?んなもん、テメェが勝手に決めんじゃねェ――!!!」
そう叫びながら、爆豪くんが飛び込んで来るのが分かった。
残党敵は避けるけど、両手を塞がった状態では、何発も繰り出される爆破を避けるのには限界がある。
「小賢しい……!!」
「!結月さんっ!!」
邪魔だと言わんばかりに放り投げられたのは、私……!!
"個性"上、浮遊力とか慣れてるから投げ飛ばされるのは良いんだけど、問題は気絶したフリだからテレポートが出来ないという事だ……!(いざとなったら起きたフリするけど)
このままだと地面に激突する!!その前に誰か助けてぇ……!!
「まかせろ!!」
瀬呂くーん!
瀬呂くんのテープが体に巻き付き、引き寄せられる。
無事に抱き止められて、保護された。
「結月くんっ!無事か!?」
「気絶してるだけみたいよ、飯田ちゃん」
「そうか、良かった……!また結月君が怪我をしたらと……!」
飯田くんの安堵の声に、オールマイト先生に協力をしているとはいえ、皆を騙しているのがちょっぴり申し訳なくなった。
「HAHAHA!!実はちょっとサプライズ的に敵が出た時の救助訓練をと思ってねー!ほら、前あんなことが起きたばかりだし。いやーしかし、皆思いの他テキパキしててさすが雄、英…………なんか、すんませんでした」
「「やり過ぎなんだよッッ!!!オールマイト――!――!――!!!」」
でっくん策と皆の活躍と、爆豪くんの機転により、岩に張り付けた峰田くんのもぎもぎトラップにオールマイト先生は捕らわれた。
案の定、皆からめちゃくちゃ怒られている。当然だよねぇ。四方八方から文句を言われてるけど、同情はできない。
「みんな、誰一人逃げずに戦って。同じクラスメイトとして誇らしいね、轟くん?」
「……そうだな」
隣に立つ轟くんも。でっくん、お茶子ちゃん、梅雨ちゃんの"個性"を合わせた連携により見事救助された。
「私も結果的に爆豪くんに助けられちゃったもんだし……」
あの時……誰もが残党敵の言葉に戸惑う中。動じず、彼らしい言葉と共に突撃した爆豪くん。(不覚にもちょっとかっこいいと思っちゃった)
「おまえも……」
「ん……?」
気づくと轟くんがじっとこっちを見ている。
「……いや、あんな風に怒るんだな」
……まあ?やっぱり轟くんは難解だなぁ。
すぐにはピンと来なかったけど、オールマイト先生が私の前に現れた時のことを言っている?
「そりゃあ私だって人の子だもの。あの時は……本当に轟くんが人質に取られてると思ったから、こっちも必死だったというか、ちょっと手荒くなっちゃったというか……」
「……俺を、」
――救けようと……必死に。
「……?轟くん?」
「結月さん!轟くん!」
「テメェらもこのクソサプライズの共犯か!!」
轟くんが何か言いかけた気がするけど……。
私たちの存在に気づいた、でっくんと爆豪くんがこっちに向かってくる。
「悪かったな」
短く謝罪を口にした轟くん。それっきりで会話は終わってしまった。(さっき何を言いかけたか聞きそびれちゃったな)
「ひどいよー!オールマイト!!」
「ごめんって。本気じゃなかったんだよォ」
「しかし、緑谷くんは指を負傷しております!結月くんに至っては先日の一件のトラウマを思い出す事となり、これは学校としては非常に不味いことになるのでは!?」
飯田くんは眼鏡をカクカクさせる。
ええ……いつの間にか、飯田くんの中で私はトラウマになっているって確定しているし……。
「結月。おまえ、トラウマになってたのか?」
「いいえ。微塵も。まったく」
「……。そうか。ならいい」
相澤先生の問いにキッパリと否定した。
飯田くんには後できちんと言っておかないと。
「あの、結月さん……」
「あ、でっくん。采配お見事だったね!」
なかなかでっくんは参謀の才能があるのでは?けど、勝利を収めたというのに、何故か浮かない表情をしている。
「ごめん……っ。あの時、君と轟くんをどちらか解放するって言われた時……僕はすぐに動けなかった」
「仕方ないよ、あれはオールマイト先生の意地悪だったんだから」
わざわざ謝る事じゃ――
「っ違うんだ。僕は、かっちゃんみたいに、真っ先に「二人を」救けに行くべきだった――」
そう言って、真っ直ぐな目を向けられた。
その目を見て、たぶんでっくんが動けなかった理由は『どちらか一方を選べない』からではなく『二人を救けたい』っていう思いが根本にあったからじゃないかと思った。
きっと、どうやったら二人を救けられるか、必死に思考を巡らせていたはず。
「まあ、爆豪くんもそこまで考えて突っ込んだわけじゃないと思うけど……」
救けるつもりはまったくなかったとまでは思わないけど、敵に指図されるが嫌だったていうのが大きいんじゃないかなぁ。
「……今度は、もっとちゃんと君のことを救けられるように……」
「え?」
「あ、いや、何でもっ!」
「デクくん、早くリカバリーガールのとこ行こう!」
「ち、近いぃ……」
「理世ちゃんも一緒にだよ!大丈夫!?辛なってない!?」
「う、うん。大丈夫……」
確かに近い。そして、お茶子ちゃんも私がトラウマになっていると思っているらしい。
(飯田くん……!)
こうして、四日ぶりのヒーロー基礎学は。
敵襲撃再びと思わせて、オールマイト先生のとんでもサプライズというドタバタな展開で終わった。