「安吾さん、行ってきます!」
――行ってきます。お母さん、お父さん。
季節は春、桜舞う4月。雄英の一般入試の日から、ずいぶんと暖かくなった。
あの日と同じようにフェリーに乗り込む。
雄英の学生服に身を包んで。
実技試験は1位で通過し(やったね!もう一人同率1位がいたらしいけど)筆記もそこそこで見事合格を果たした。さすが私。
『安吾さん、怖くて見れない……一緒に合否結果見て!』
(いざ通知の手紙が届いたらドキドキして、安吾さんに一緒に見て貰ったんだけどね〜)
――……
「私が投影された!!!」
「オールマイト!?」
「これはまた、派手な演出ですね」
てっきりかしこまった用紙が出てくると思いきや、中から出てきたのは丸いスイッチみたいなものと、そこから宙に投影されたのはオールマイト。
ハイテク使用にではなく、どちかというといきなりどアップのオールマイトの顔に驚いた。(濃くて)
何故あのNo.1ヒーロー《オールマイト》が?雄英出身ではあるけど――そう疑問に思っていると……
「HAHAHA!何故私が登場したか驚いているな!?それは今年度からわーたーしーがっ、雄英の教師になるからだ!」
だそうだ。何はともあれ、オールマイトが雄英の教師って、今年度に在籍している生徒は超ラッキー!
いや、肝心の私の合否はどうなの?
試験の合否もこれから教えてくれるらしく、オールマイトはゴホンと咳払いをした。
『結月少女だが、実技試験は57P、それにレスキューPの20Pが加わり、計77Pで同率1位だ!素晴らしい結果だな!筆記も通過し、文句なしの合格だぜ!』
「やった〜!安吾さんっ合格したよ!しかも実技は1位だって!」
「よく頑張りましたね。今夜はお祝いにしましょう」
ちなみにレスキューPとはヒーローとして恥じない救助的な活動に応じて与えられるポイントだという。審査制の。
純粋な取得Pだけでなく、行動も見られているだろうなと思っていたから、やっぱりというのが私の感想。
『安吾くんも鼻が高いだろう』
(えっ?なんで今安吾さんの名前が)
『んん?何故私が彼を知ってるのかって?私と彼は友人なのさ!!』
無駄に進行が上手いオールマイトは、ドヤ顔で疑問の答えを口にした。
「……そうなんだ?」
隣の安吾さんを見る。驚いたけど、驚かないような……。安吾さんの職業を考えると知り合いでもおかしくはないから。(あ、でも友人って言うのはやっぱり意外かも)
「ええ、じつは。最近はお互いいそがしくてあまり会ってはいませんが」
安吾さんは苦笑いのような笑みを浮かべて答えた。
そりゃあそうか。敵が現れたらすぐさま駆けつけなきゃいけないヒーローのオールマイトもそうだけど、安吾さんもほら、社畜だから……。(徹夜三日目を「まだ三日目ですよ」と言う人だ)
「……ええ?オーケオーケ。後がつかえてるって言うんだろ?じゃあ、結月少女!安吾くんに宜しくな!」
謎の手に急かされ、オールマイトは話を締めた。
「雄英で会おう!!」
最後にそう言い残し、ぷつりと映像はそこで切れた。
(なんだかコメディみたいだったな……。背景も撮影スタジオみたいだったし。さすが雄英。オールマイトが結果報告のサプライズって凝ってる)
……――海を眺めながらその時のことを思い出していたら、最寄りの港にそろそろ着くらしい。
そこから歩いていけば、HEROのHの形をした大きな建物が見えてくる。
これから三年間通う高校。
頑丈な壁に囲まれているのは防犯対策のためだろう。まあ、天下の雄英に殴り込みに入る命知らずな敵はいないと思うけど。
(えーと、私はAクラスだから……)
うえ。校内地図を見て顔が歪む。
私が通うヒーロー科以外にも、サポート科、経営科、普通科――それぞれ3クラスあるから、校舎敷地共に広いのは分かってはいたけど……。
この地図を見るとヒーロー科、遠くない?
毎日の事だから絶対大変だよ。道覚えたらテレポートで移動しよう。
今日は仕方なくしぶしぶ歩く。余裕持って登校してよかった。
(……ん?なにあれ、寝袋?)
途中、視界の隅に映った寝袋に二度見する。
なんで学校にとか、何故あんな場所にとか、首を傾げながら通り過ぎた。
そして、やっとたどり着いた1―Aの教室。
大きなドアは、色んな"個性"に対応するためのバリアフリーだ。
ガラガラッと開けて、教室に入ると……。
すでに席についている生徒たちの目が、一斉にこちらを向く。
観察するような視線――。私たちはクラスメイトと同時に、ライバルでもあるからだ。
「君はあの時のテレポ女子!」
黒板に貼られている座席表を確認しようとしたところ、声をかけられた。
「あぁ!入試の時の……(テレポ女子!)」
まじめがねくんだ!
私、合格しそうだと思ってたよ。少しチラ見しただけでも良い動きだったし、頭も良さそうだし。眼鏡だし。
「ぼ……俺は飯田天哉だ。宜しく!」
「私は結月理世。宜しくね、飯田くん」
まっすぐ直角に差し出されたその手と握手する。
「君の活躍は見ていたよ。逃げ遅れた人たちを救出する、じつにヒーローらしい行動だった」
「見られてたなんて照れちゃうね〜」
素直に褒めてくれる飯田くん。仲良くなれそう。
「――どけよ、邪魔だ」
「ん……ああ、すまない」
鋭い声に注意され、飯田くんと共に素直に横にどくと同時に――その人物を見る。
目付きの悪い赤い目と一瞬、視線が合った。
顔はまあちょっとイケメンだけど、なんていうか、表情が悪人。(……あれ、この人どこかで……?)
…………
「あーー!思い出したっ!君、ヘドロの人でしょう!」
「ア゙ァア!?」
そうだ、通称ヘドロ事件。
あの事件もオールマイトが解決したんだよね。
ちょうど武装探偵社に遊びに来てて、たまたま皆でニュースを観てて――……
「ヒーロー達、苦戦してますね。ヘドロだからベトベトで掴みにくいンですかね」
「それに良い"個性"の人質が抵抗しているからだろう。子供を人質に取るなど悪質極まりない敵だな」
とか。
「それにしても、あの男の子すごくタフネスですわ」
「ねーもっと面白い事件ないのー?」
とか。
「理世、今飛び出した少年……自殺愛好家の素質があると思わないかい?」「思いません」
「友達を助けに行ったんじゃないか?」
とか。
「オールマイトは雨も降らせることも出来ンのかい?ここのところ乾燥してンから、こっちも降らせてほしいねェ」
とか。
一部の人たちが好き勝手言ってたのでよく覚えている。
「ニュースで見たよ〜!あんな長時間拘束されてたのに君タフなん」「モブ女!!それ以上喋ったらブッ殺す!!!」
「モ……ッ!?」
初対面でえらい暴言を吐かれたよ……!?
モブにブッ殺すって……!
「君ひどいな、本当にヒーロー志望か!?」
「褒めたのにぃ!」
私たちを無視してドカッと彼は自分の席につく。足を机の上に乗せてどこの不良だ。
「机に足をかけるな!雄英の先輩方や机の制作者方に申し訳ないと思わないか!?」
「思わねーよ!てめーどこ中だよ端役が!」
「ぼ……俺は市立聡明中学出身、飯田天哉だ」
「聡明〜〜〜!?くそエリートじゃねえか。てめェもブッ殺し甲斐がありそうだな」
「ブッコロシガイ!?」
(――あれ、このクラスは21人いる?)
二人で言い合いを始めたので放っておくことにした。
改めて自分の席を確認していると、クラスの定員人数が一人多いのに気付く。
ヒーロー科は一般入試定員36名、推薦入試4名の計20人ずつで2クラスしかない。
これが毎年300人を超える倍率になる正体……なんだけど。
21人……?
(なにこの中途半端な数。……あ、実地試験で1位が二人いたからとか?)
気になるけど、とりあえず席に座ろう。
席順は名前順。よって私の席は一番後ろの席。しかも奇数のせいで、ちょっと中途半端な位置に。
「あっ八百万さん!」
「おはようございます、結月さん」
微妙な気分になったけど、私の前の席は同じ中学出身の八百万さんだ!
「初めて同じクラスになれましたわね。これから宜しくお願いしますわ」
「こちらこそ。前の席が八百万さんで嬉しいな〜」
自分の席に着きながら笑顔で答える。
同じ中学でも、ずっと別々のクラスだったから。
八百万さんの噂はよく耳にしていたけど。
優秀な"個性"と、全学年でトップの成績。その上、美人でスタイルも性格も良いお嬢様。
高嶺の花という言葉がぴったりだ。
「結月さん、実技試験で1位だったとお聞きしましたわ!一般入試でも結月さんなら合格すると思ってましたけど、さすがですわね」
「同率1位だけどね。八百万さんも成績良かったんでしょ?」
「轟さんには及びませんでしたが……」
そう言って、八百万さんが視線を向けたのは――。
"轟さん"と呼ばれた男子生徒は、気づいてちらりと視線だけこちらに寄越した。
真ん中から綺麗に白と赤に分かれた髪に、その下の正統派イケメンな整った顔立ち。
左側の目の周りにあるのは火傷の痕……?って、あまりじろじろ見ては失礼だな。
「……トップじゃねえけどな」
彼は目を伏せ、短く答えた。
まるでこちらに興味がないという風に。
クールと言うよりは冷たいという印象を受ける。(取っ付きにくい人だな)
せっかく微妙に隣の席同士なんだから仲良く………なれるだろうか。
そんなこんなしていると、前の席の反応に、どうやら担任の教師がやって来たようだ。
(え、まさかあの人が担任……!?嘘でしょう!?)
なんか見覚えのある寝袋の中からくたびれた男が現れた。
いや、どう見ても不審者!
スマホ片手に警察に通報しようかわりと本気で考えていると。
「ハイ。静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」
こちらの心情をお構いなしに男はそう言った。合理性って……。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
そう名乗ったこの人は、本当に担任らしい。……担任?
ということはプロヒーローでもあるわけで。
古今東西、色んなヒーローが溢れているけど、こんな怪しい風貌のヒーローもいるんだ……。
「早速だが、コレ着てグラウンドに出ろ」
そう言ってゴソゴソと寝袋から取り出したのは、雄英の体操服だった。
UとAの白いラインの洒落たデザイン。
寝袋から取り出したのも体操服に着替えるのもグラウンドに出るのも、すべてが意味不明とはこれいかに。
(……あれ?入学式は?)
疑問に思うも従うしかなさそうな雰囲気だ。
皆、同じように顔をしかめながら、体操服を片手に更衣室へと向かう。
それに続くように廊下に出ると、前を歩く明るい髪色のショートボブが目に入った。
「あ、お茶子ちゃーん!」
「理世ちゃん!?やっぱり受かってたんだね!しかも一緒のクラス!!」
振り向いたお茶子ちゃんは、嬉しそうに満面の笑みを向けてくれた。
「すごい偶然だね!!地味めくんも合格で一緒のクラスだし!」
お茶子ちゃんはそう言って「ね!」と隣にいる地味めくんこと入試の時のもさもさくんに振った。
彼は分かりやすくびくっと肩を揺らしてから。
「あ、あああの……!!」
……なんか挙動不審だけど大丈夫かなぁ。(あがり症?)
「体操服に着替えて、グラウンドに行けってどういうことなんかな?」
「分かんないけど、早く着替えて行った方が良さそう」
最初に登場した時に時間がどうのって言ってたし。
「ねーねー、二人は仲良さそうだけど同じ中学だったとか?」
更衣室で着替え中に声をかけて来たのは、ピンクの髪と肌に、大きな黒目と角?が特徴の気さくな子だ。
「お茶子ちゃんとは試験会場で知り合ったの。私はこちらの八百万さんと同じ、堀須磨中学出身だよ」
そう答えると、それをきっかけに軽く自己紹介することになった。
なんせ、女子は私を含めて七人しかいない。
「じゃあまずは私から。結月理世です。よろしく〜」
「結月ね!アタシは芦戸三奈!よろしくね!」
(元気いっぱいでクラスのムードメーカーになりそう)
「ウチは耳郎響香。よろしく」
(耳たぶがプラグだ。音楽やってそう。あとで聞いてみよ)
「えっと、麗日お茶子です!」
(笑顔が麗らかなお茶子ちゃん!)
「蛙吹梅雨よ。梅雨ちゃんと呼んで。ケロ」
(梅雨ちゃん。小柄で可愛い)
「私は八百万百と申します。宜しくお願いしますわ」
(誰に対しても八百万さんは丁寧で上品)
「私は葉隠透!姿は見えないけど、ここにいるよー!」
(透明人間!姿は本当に見えないけど、言動から明るい子なのが分かる)
……よし、女の子の名前と顔は一致した。(葉隠さんは透明だから顔見えないけど)
どの子とも仲良くなれそう。そして、さすが雄英合格者。
皆、個性的で、キャラが立っている。
「「個性把握……テストォ!?」」
なんですか、それは。
グランドに集合すると「全員揃ったな。これから個性把握テストやるよ」と、先生は至極当然のように言った。
「入学式は!?ガイダンスは!?」
お茶子ちゃんの問いに、うんうんと私も隣で頷く。
「ヒーローになるならそんな悠長な行事、出る時間ないよ」
それをあっさり言ってのける先生。
言っている事はまあ分かるけど、唐突過ぎない?
「雄英は"自由"な校風が売り文句。そしてそれは"先生側"もまた然り」
「「…………?」」
つまりは何でもありということらしい。
って事はこれってこの先生の独断?
もう一つのクラスである、B組の姿はどこにも見当たらないし……。
「ソフトボール投げ」
「「?」」
先生の口から出てきた単語に首を傾げる。
立ち幅跳び、50m走、持久走、握力、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈――次々と出てくる単語に、私はげえっと顔をしかめた。
どれも私がキライなものたち。というか、運動全般が嫌いなんだけど。(まさか、これからそれらの体力テストをするって言うんじゃ……)
「中学の頃からやってるだろ?"個性"禁止の体力テスト。国は未だ画一的な記録を取って平均を作り続けている。合理的じゃない。まぁ文部科学省の怠慢だよ」
……はあ。つまりこの先生は"個性"を使ってテストをすべきという考えらしい。
「実技入試成績のツートップは……爆豪と結月だったか」
(同率1位の人と同じクラスなんだ。どの人だろう――)
先生が名前を呟いた視線の先を追うと、ほぼ同時に同じように探す目付きの悪い視線とぶつかった。
―まさか1位ってあのヤンキー……!?
―あのモブ女が同率1位だと……!?
そしてたぶん、お互い同じような事を思っている。
「んじゃ爆豪。中学の時、ソフトボール投げ何mだった」
「67m」
「じゃあ"個性"を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ」
先生はヘドロのヤンキーこと爆豪くんにボールを投げた。
「思いっきりな」
ニュースで見た彼の"個性"は強力なものだった。他のヒーローが手出しできず、周囲の被害が増したほどに。
「んじゃまぁ、」
――死ねえ!!!
そうだ、彼の"個性"は『爆破』
大きく腕を振りかぶり、爆風に乗ったボールは一直線に空へ飛んでいく。
間近で目にするとすごい威力。風圧にグラウンドの砂が舞い上がり、思わず目を瞑った。
「……。死ね?」
「うん……、ウチもそう聞こえた」
なにその物騒な掛け声。隣の耳郎ちゃんと一緒にドン引きする。
というかその場にいた皆が引いている。
さっきから殺すとか死ねとか、彼の口癖なの。(普通にやばい人)
「まず、自分の最大限を知る」
ピピと電子音が鳴り、先生は手に持つ電子盤の液晶画面をこちらに見せる。
「それがヒーローの素地を形成する合理的手段」
爆豪くんが出した記録は705.2m。
中学時の約10.5陪だ。"個性"によって得意不得意の差も激しくなるし、文部科学省が怠慢になるのも無理もないんじゃない、これ。
「なんだこれ!!すげー面白そう!」
「705mってマジかよ」
「"個性"思いっきり使えるんだ!!さすがヒーロー科!!」
ちょっと前と打って変わり、皆のテンションが高くなる。
確かに私も"個性"を使えばどれぐらいまで距離が出せるか、正確な数値は気になるところ。(自分がテレポートできる距離とかは大体把握してるけど)
「………面白そう……か」
そう低く呟く先生の、纏う空気が変わった。
「ヒーローになる為の3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」
「「!?」」
そう放たれる威圧感は、こんな見た目でも本物のプロヒーローなんだと認めざる得ないほどのもので。(それはそうとなんかすごく怒ってる……!)
「よし。トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう。ちょうどうちのクラスは1人多いしな」
「「はあああ!?」」
初日に突然体力テストをやるって言ったかと思えば、今度は除籍!?
見た目以上にこの先生、めちゃくちゃ過ぎる……!!(種目によっては私の"個性"、まったく活用できないんだけどぉ!)
「生徒の如何は教師の自由。ようこそ、これが」
――雄英高校のヒーロー科だ。